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蛇足

 エピローグC 蛇足、あるいは後を考えない一人の男




「俺、思うんだけどよ。こうやって飯を食ってる間にも、俺は、生命は命って物を吸い取ってるんだと思うんだよな」


 真っ白い、清潔そうな部屋。そこで一人の男の声が響いている。

 男はいかにも入院した者が着る様な色合い、デザインの服を着ていて、誰もがこの部屋の入院患者だと感じる姿をしていた。

 男は、ベッドの上で上半身を起こし、口に食べ物を運んでいる。無味乾燥な雰囲気のトレーと食器に乗せられた食べ物を。


「例えば、このスープだ。材料に何が使われてる? コンソメか?」


 そう言って、食器の一つに入ったスープを持ち上げる。目には何の感情も宿さず、言葉の中に何の抑揚も感じられなかった。


「海草よ」


 そんな男の声に、答える声が一つ。

 女らしき声だ。ただ聞くだけでも、その女が静かで、退廃的な雰囲気を持っている事が分かった。

 聞き惚れてしまいそうな声。だが、男はどうでも良さそうに言葉を続けた。


「そうか、まあそれはどうでもいい。で、だ。この材料もまた生命体『だった物』って訳だ。つまり、俺達は死体を食ってるという事になる」


 今度はトレーに置いてあるナイフを一本取って、自分自身の顔に近づける。危険を感じさせる持ち方だが、男にも女にも、剣呑な雰囲気は無かった。


「つまり、俺は思う訳よ。人間って奴は他人の命を背負ったと思いこんで『あの人の分まで生きなくちゃ』とか言い出すがな、実際には一瞬の間に山のような命を消費してるのが生き物って奴なのさ」


 言うだけ言うと、男は黙って食事に手を付ける。相変わらず、無気力そうだった。

 だが、女は男の言葉が気になったのだろう。


「つまり? 何が言いたいの?」


 女の声の中には純粋な疑問と、鋭さがあった。まるで、質問に答えなければ殺すとでも言うように。

 それを聞いた男は全く恐れも怯えも見せず、一気にスープを飲み干したかと思うと、それまでの抑揚の無い口調とはほど遠い激怒と楽しさが入り混じった声を発した。


「こんなクソまずい飯にされた生き物は哀れだと思ってよぉ! 涙で塩味を付けたいくらいって程だ、驚きだよなぁ!」


 食器をトレーに叩きつけて、男は叫ぶ。ベッドの上に座っていた女は驚いた様子も無く、ただ笑った。


「しょうがないじゃない。あなたは病人なんだもの」


 食器の中身は全て無くなっている。男は何だかんだ言っても食べ尽くしていたらしい。それを確認した女は意地の悪い笑みを浮かべた。


「おいおいおい、間違うな。俺は食材がもったいねえから食っただけだぞ?」

「あら? 私は一言もそんな事……言った覚えが無いわねぇ?」


 馬鹿にする様な態度で女は大げさに腕を広げ、白々しく笑う。男は眉を顰めたが、行動する気は無いのか大人しくため息を吐くだけだった。

 その姿に、女は一層楽しそうな表情でクスクスと笑う。それがどうも自分をあざ笑っているだけだとは思えなかった男は笑顔の理由を聞く事にする。

 すると、女は愉快だと言いたげな顔のまま答えて見せた。


「さっきのあなたの言葉、実はあの子も言ってたのよ?」

「飯がマズいってか」

「いいえ、『私が生きてきた中で犠牲になった命を全部背負える程、私の肩は大きくありません』って」


 どこかで聞いたような声の真似をして、女が嬉しそうに語る。


「分かった様な事を言うじゃねえか」


 何故か、それを見た男は苛立ちを込めて女を睨み付けていた。

 殺気すら感じさせる視線だったが女はそれを柳に風と受け流し、変わらない意地の悪そうな顔で男へ返した。


「感謝しなさい。お医者様があなたを治してあげなきゃ、あなたはそんな口を叩く事すら出来なかったでしょう?」


 恩着せがましい口調で女、『医者の助手』は男に笑いかけた。相手を舐めきった声の中にはわざとらしい色が見て取れる。

 そう、男----胸に穴を開けられて、死んだはずのダンプは生きていた。病院の一室らしきその場所で、ベッドに寝かせられながらも生きていたのだ。


「まったく……エィストさんがあなたを殺そうとするなんて予想外も良いところよ。マーカスさんは分かっていたみたいだけれど……私が、あなたを殺してやろうと思ってたのに」

「……」

「何黙ってるのかしら? でもまあ、良いわ。多分エィストさんは、ハーベイ・ライアン殺害の一件を全部あなたの責任にして、二人がその罪を背負わない様にしたのね。あなたが死んでしまえば、ファミリーのメンバーもそれ以上は追求しないでしょうし」


 誰もそんな事は聞いていないというのに、女は構わず自分の考察を話し続ける。

 何故か、ダンプは黙ってその言葉を聞いている様だった。普段の彼なら、絶対に騒ぎだす状況だというのに。


「まったく、良いのか悪いのか分からない人よね? ああ、人じゃなかったのでしたっけ? じゃあ……あなたはどう呼ぶべきだと思う?」

「……」


 女が唐突にダンプへ話を振る。だが、ダンプは黙ったまま答えない。そこでようやく気になったのだろう、女は小首を傾げた。


「……どうして、黙ってるのかしら?」

「----エィストって言ったか、お前」


 口を開いた女が言葉を紡ぐのとほぼ同時に、ダンプの鋭い声が女に突き刺さる様に発せられていた。

 聞いた瞬間、女は驚いた風に目を見開く。だが、次の瞬間にはにこやかな表情で腕を広げ、ダンプに向かって悪戯っぽく舌を出した。


「うーん、惜しいわねっ。残念だけど、ハ・ズ・レ!」


 今までの印象とはまったく違う、その声音。似たような声音を覚えていたダンプはその女『の形をした何か』が断じて医者の助手ではない事を確信する。

 だが、同時にダンプはその存在が言う『エィストではない』が真実である事も直感で理解した。

 ならば、とダンプは考える。エィストではないとすれば、その様な事が出来そうなのは----


「だったら、確か、キョー……キョースケだったか?」


 ----自分の目の前で空を飛び、自分が頭を撃ち抜いても生きていた、その存在しかいないだろう。

 そして、今度は当たりだったらしい。


「ふ、ふふ……素敵! ああ、大っっ正解! お礼にキスでもしてあげよう! んー……」


 感極まった様に喋ったかと思うと、女、いや女の形をした恭助はダンプが反応出来ないくらいの速度で抱きつき、唇を近づけた。

 艶のある笑顔と、柔らかそうな唇がダンプの顔に接近していく。


「そんな賞品いらねえよ馬鹿が!」


 しかし、受け入れてしまいたくなる様なその唇ごと、ダンプは恭助を殴り飛ばし、壁に叩きつけた。

 コンクリートで出来た壁すら突き破る程の力が込められた拳。だが、そんな一撃も何ら痛手にならないらしい。恭助は女の形をしたまま、無事を見せつける様に微笑んだ。


「いらないの? 僕なら、この人の唇なんて幸せ極まるご褒美だと思うんだけどなぁ」

「お前がそう思った所で俺にとっては本当に本当に本当にっ! ……いらねえよ! 大体、お前は男のガキだろうが……!」

「いやいやぁ、世の中には色々な趣味の人間が……それに僕はただ形や口調を真似てる訳じゃないんだよ?」


 言いながら、恭助は女の服装を白衣からドレス姿に変えてクルリと一回転し、スカートの先を掴んで優雅に一礼する。

 だが、ダンプの反応はとても不愉快そうな物だった。


「お前がそうするならこう言ってやる。俺は、その形が既に好みじゃねえ、むしろ嫌いだ。さっさとガキに戻れ」

「むむ、酷いなあ。こんな美人連れてきて、好みじゃないなんて、嫌いなんて……」

「戻れ気持ち悪い」


 強烈な力を感じさせる声だ。そこに剣呑な色を見て取った恭助はやれやれと肩を竦める。

 だが、これ以上は危険だと判断したのだろう、その姿はいつの間にか元の少年の物へと戻っていた。


「しょうがない子だなぁもう……ほら、戻りましたよーっと」

「ああ、それでいいぞ。やっと落ち着いた」


 そこでようやくダンプは息を吐いて、恭助に笑いかける。

 恭助も同じように楽しそうな顔をしたが、すぐに首を傾げてダンプに何事かを尋ねた。


「で、聞きたいんだけどさ! どうして本人じゃないって分かったのかな?」

「……流石に二度も同じ外見に騙されねえよ。俺と話すにしちゃ、お前は俺に対して優しすぎる。何せ、俺はミアを殺しかけて、医者を拉致して殴り飛ばしたんだからな」


 苦笑気味に、ダンプは言う。だが、彼が女の正体に気づいた理由はそれだけではなかった。


「それに何より」

「私は、お医者様の事を『先生』と呼ぶ、かしら?」

「……ああ、その通り」


 先に言われてしまった事にダンプは眉を顰めながらも肯定して頷いた。

 一瞬だけ女の形に戻った恭助は既に少年に戻っていて、にこやかに微笑みかけてくる。ダンプは落ち着いたらしく、不敵な笑顔で口を開いた。


「さて、今度は俺から二つ質問だ。まず、ここはどこだ? 何故、雪が降っている?」


 窓を指さしてダンプは話していた。実はその答えを彼は予想出来ているのだが、あえて確認しておく事にしたのだ。


「んー? あぁ……多分エィストさん辺りがちょっとした演出の為に降らせてるんだと思うよ? あ、ここは……まあ、気にしないで?」


 あっさりと、気安い調子で恭助は天候を操作したと言ってのける。

 そんな事は間違いなくただの人間には不可能なのだが、既にダンプはエィストの、恭助の力を見ている。大いに信憑性が感じられた。

 彼は、恭助の言葉を信じる事にして頷き、言葉を続けた。


「もう一つの質問だが……何故、俺を生き返らせた? ハーベイの奴は生き返ったのか?」


 その事は、ダンプの心の中で懸念材料になっていた。アンが今後生きていくには、ハーベイは生きていて欲しくない部類に入るのだ。

 だが、どうやら心配はいらなかったらしい。


「ああ、えっと……ハーベイさんは向こうで娘さんと奥さんの三人で暮らした方が、幸せそうなので……死んでいて貰ったよ」


 明らかに死後の『何か』見えている様な言葉だ。嘘ではないのだろうとダンプは思ったが、どうでも良かったので特に深く聞く事はしない。

 それよりも、今生きている自分が気になっていた。


「じゃあ……何故、俺は生きてる?」

「うーん、んー……そうだねぇ……何となく、いや……物語に終わりがあってはいけないから……それも違うか……あえて、言うなら……そうっ」


 少し答えに迷った様で、恭助は目を泳がせながら独り言を喋り続けて、やがて答えるべき言葉を見つけたのか手を叩いた。


「僕達は今回、色々な人の……特にエィストさんの思惑で立てられた道筋に沿って動い……いや『動かされてきた』訳だけどさ……」


 ニコニコと、恭助はダンプに笑いかける。どこか愉快そうで、どこか幸せを味わうような表情で。


「それでも動くのをやめないのはさ、やめられないからさ。嬉しいからさ。例え、このコレが最初から決まっていたとしてもね」


 そこまで言うと、恭助は思い切り楽しそうにダンプの手を取る。

 何故だか、ダンプは次に彼が言う事を予想出来た、更に納得出来て、最後には『共感』すら覚えた。

 そう、恭助の答えは----



「つまりそれら全ての行動が----僕にとって楽しいから、だよね」



 単純な、その一言。

 それを聞いたダンプは、思い切り笑った。後の事など全て忘れて笑った。アンの今後も自分の命も、トニーも組織も、何もかも忘れて笑った。

 楽しかったので、笑った。

 釣られた様に、恭助もまた笑い出す。 


 ケラケラ、ニコニコ、ゲラゲラ

 クスクス、クスクス----


完結です! 投稿も済ませましたし、読み直してみたら文章が足りない気がしたので色々加筆していこうと思います。思いっきりパロったレストランの名前の作品は、両作品とも見ていますよ。

後、次回作はこのシリーズとは関係の無い場所で作ります。なので、エィスト以外の登場人物は次の作品には登場しません。まあ、これと、次に予定してるのが終わったらまた書きますかね……何だかんだで、凄く愛着のある人物ばかりですし。 2012/8/28

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