エピローグB
「……と、まあ。そうなった訳です」
そこまで話し終えた男----トニーはそう言って話を締めくくった。
既に、外の光景は夕日になっている。男達の質問が合間に入ったのもあったが、何より、トニーの話は長かったのだ。
「ここまで話してボスが逝っちまった理由はご理解頂けたと思います。で、俺達が気にするべき事は当然……次のボスが誰なのか、ですよね」
トニーは話し続けた疲労を一切感じさせず、次の話題に入る。それは彼ら全員が気になっていた事だ。
だが、話を聞いていた男達の顔は彼の話に驚くのでも考え込むのでも、ましてや興味を覚えるのでもなく----トニーの隣に居る、男へ向けられていた。
「……あれ? 皆さん、どうしたんっすかぁ?」
男達の視線に気づいたトニーは不思議そうに、だが何かを確実に理解している顔で笑みを浮かべてみせる。その笑みの中には、何故だか怪物を連想させる物があった。
男達は考えていたのだ。トニーの話によれば彼の相棒はボスを殺し、その後エィストという存在に殺されたらしい。
----ならば、目の前に居るダンプは誰なのか。
「おいおい、何だよその目その視線! 俺が気になるのか? 好意を抱いてるのか? 行為に及びたいのか? 勘弁してくれ、俺にはそんな趣味は無い」
「俺もそんな趣味は持っていない、無いが……お前は、誰だ?」
戸惑いがちに、顔中に包帯を巻いた男がトニーの隣に居る『何か』へ疑問をぶつけた。
いや、その疑問の答えは既に、全員が分かっているのだ。ただ、信じ難いだけで。
「あはっは、いやぁ。バレちまったな。そうそう、俺はお前等の想像通りの存在だよ」
そう、包帯の男が『ダンプの形をした何か』へ声をかけた時には、既に『何か』は『エィスト』の形をしていた。
エィストはその姿になったかと思うと、驚愕のあまり沈黙しているその場の全員を幸せそうな笑顔で包み込んだ。
「ああ、確かに私は……私はエィストだともさ」
虹色の髪をしたその青年。髪の色以外は特に言う所の無い存在に思える。だが、その雰囲気は決定的に『異常』で恐ろしい物だった。
「いやいや、ダンプ君が居た方がトニー君の話に説得力がでるんじゃないかなぁと思ったんだよね」
エィストは楽しそうに話している。それを視界に入れた男達の体が震えた。
彼はトニーでも、ダンプでもカミラでもない。常識を『越え過ぎた』存在を知った時の反応は、恐怖なのだ。
「それで、それでさ。本題に入ろうじゃないか。ねえ、トニー君?」
だが、そんな反応を全て無視して気楽そうにエィストは言う。勿論、男達は彼の言う本題に入ろうとはしない。
それが分かっているのだろう、エィストはトニーへ声をかける。だが、トニーは話にならないとばかりに肩を竦めてみせるのみだった。
歳に似合わない怯えと、警戒心を剥き出しにしてエィストを睨む男達。それらをため息混じりに眺めるトニー。話は一向に進む気配が無かった。
「落ち着きなよ、ね?」
肩を竦めたエィストの声が、全員の耳へ、魂へ響く。
----その瞬間、男達の意識は『強制的に』落ち着かされた。
「何だろうなぁ……何で俺達、こんなにビビってたんだろうな」
「まったくだよ。本当に、情けないね」」
男達は落ち着き払った、朗らかな声で話している。
確かにエィストは異常に思えたが、それがどうだというのだ。
不思議な感覚が、男達を支配している。今まで恐ろしいと思えた者が、急に全く恐れる要素が無い様に感じられたのだ。
「うんうん、落ち着いたね? よしよし、じゃあ……トニー君?」
「……あー、皆さん落ち着いたみたいですね。じゃあ、本題に入りましょう」
落ち着いた男達を確認したエィストが満足げな表情でトニーへ声をかけると、トニーはあらかじめ準備していたかのように声を上げた。
「……それは、次のボスの事か?」
「ええ、ハーベイ・ライアンはダンプの旦那にぶっ殺されてしまいました。今や、俺達にボスは居ません」
若干大仰な態度で唱うように、トニーは困った様子を見せつける。
それはとてもわざとらしかった。実際、わざとだった様で、トニーは得意げに言葉を続けた。
「そこで、俺が次のボスを考えておきました」
「誰だ? お前か? いや、確かにお前なら何とかやれそうだが……」
男達の一人がトニーの姿を見ながら呟いた。そこには、確かなトニーへの信頼が見て取れた。
例えダンプがハーベイを殺していようが、トニーが有能で、今までダンプの手綱を握ってきた男であるという信頼は全く揺るがない。彼であれば、この大組織を引き継げないとは言えないだろう。
だが、トニーの返事は予想とは異なる物だった。
「いやいや、俺じゃあないっす。俺の特技は二番手に回る事でね」
「では、誰なのだ? 私かね?」
今度は、男の一人が欲望を露わにしてトニーへ声をかける。数人の男達が不快そうに眉を潜めていたが、男は気づかない。
先程より数段冷たい声で、トニーは返事をする。隣でエィストが悪戯っぽく笑っていた。
「まあそれは……見た方が、早いっす。ねえ、お二人さん?」
何気なく、トニーは部屋の隅へ目をやる。釣られてそこへ視線をやる。すると、数人の男達は『納得』の表情で頷いた。
そこに居たのは----鏡の様な、二人の少女。
「あー……えっと、初めまして皆さん。アン・ライアンです。その、トニーさんの話通りに、クローンです」
「初めまして、ではない方もいらっしゃいますね。ミア・ライアンと言います。一応、この子と同じ、クローンです」
髪型だけが違う赤毛に、少し緊張した様な雰囲気の二人。彼女らはどうやらエィストが連れてきたらしく、いつの間にかその場に居た。
男達の中の一部、そしてトニーは少女達に懐かしそうな目を向ける。だが、その男達は苦しそうな顔をしていた。
「……まだ子供ではないか。いや、ハーベイの血を引くなら、ああ、確かに組織を相続する権利はあるだろうが……それにしても、話の通り『あの人』にも似ている」
「はっきり言って、組織を動かせるか? トニー、お前が実質支配でもするか? ……『あの人』に似ているのは事実だけどよ」
不満そうに男達はトニーを見る。敵意すら感じられるそれに、トニーは感動した。彼らはその意志を二人の少女には一切向けなかったのだ。
そう、彼らもまた、『ハーベイの妻』を追って組織に入った者達なのだから。
ハーベイの信頼は、得られなかったにせよ。
「……」
トニーが黙って感動する一方で、周囲では不快そうな顔をする者から、組織を乗っ取る魂胆で賛成している者まで様々な表情があった。
「いやいや、心配いらないよ。頼もしい助っ人が居るからね」
その中に、鋭い、だが柔らかさも感じられる声が響く。それに反対する様に、二人の男が思い切り立ち上がって否を唱えた。
「その助っ人が頼りになるかどうかも分からねえだろうが、一応、曲がりなりにも大組織だぞ? こんな組織に子供二人を巻き込むべきじゃ、ね、え……?」
「ああ、そうだな……若くてまだ将来のありそうなガキにこんな組織背負わせるなら、俺達が、やって、や、る……?」
そこまで言った男達はそこで困惑と驚愕の余り互いの顔を見たかと思うと、目を見開いたまま呟く。
「おい、今喋ったのは、誰だ?」
二人の少女を心配して否を唱えた男達は、その時気づいたのだ。----先程響いた声は、その場に居ない人間の物だという事に。
驚いて周囲を見回した男達は、すぐに気づいた。欲望を剥き出しにしていた男が、いつの間にか別の『女』に入れ替わっていた事に。
「……君達、思ったより優しいな。てっきりボスの座を虎視眈々と狙う連中に見えたんだが……大半はそうじゃなかったみたいだね。見くびっていたみたよ、悪かった」
長身の女は、髪の色や今着ているスーツに至るまで全てにおいて『黒色』を強調した物となっている。何故かサングラスをかけている事も含めて、わざとらしい程『マフィア』的な格好だった。
鋭利な刃物と、しなやかな肉食動物を混ぜ合わせた様な雰囲気を放ったその女、それを言葉にするとすれば---人を見とれさせる、『美女』だろう。
普段の彼女自身の数倍も魅力的に写る、女の姿。だが、その場に居た男達の反応はこの世の恐怖を一気に味わった様な----怯え。
「あ……お前、お前は……!」
一番に声を上げたのは、包帯を顔に巻いた男だった。顔の痛みを思い出したかの様に包帯へ手をやりながらも、その男は女への警戒を解いてはいない。
同時に心の底からの恐怖を覚えていたのも、確かであったとしても。
それを見た女は愉快そうに、だが少し心配そうに顔を見る。
「おや? 確か君には……ああ、昨日会ったね。確か、私の首を絞めてくれたんだったかな? ああそんなに、怖がらなくてもいい。今日は味方だ」
柔らかい笑顔で、女、カミラ・クラメールは話しかけてくる。包帯の男はそれだけで失神しそうになったが、何とか耐える事に成功していた。
が、一日前に植え付けられた恐怖はまだ消えない。男はカミラから視線を外さない様にしながらもトニーへ声をかけた。
「おい、トニー何でこいつが……!」
「あー、いや、勝手に付いてきたっす」
必死の声音で話す男に対して、トニーは困った様に頭を掻いていた。それはどこか、楽しそうでもあったのだが。
「勝手にって……! 一体、誰に!?」
「ほら、助っ人の彼らに」
他の男達がトニーに疑問をぶつける。すると、トニーは肩を竦めながら、何故か敬意を払う様な挙動で室内にある二つの席を指さした。
男達は釣られて、その椅子を見る。幹部の一人が座って居た筈の席。そこには----見覚えのある、老人が居た。
「やあやあ、こんにちは。見覚えのある者も居るね」
老人は慣れた様子で挨拶をする。
座っていた老人を見た者の反応は大きく分けて、三つあった。一つは、知らない老人に対する困惑。二つ目は、知っている老人に対する驚愕、そして三つ目は----圧倒的な、喜び。
三つ目の反応をした者が『何』なのかなど、何をせずともすぐに分かる事だった。そう、『ライアン・ファミリーにも彼の部下は居る』のだから。
「だから言ったじゃないか。頼もしい助っ人を呼んであるって」
得意げなカミラの声が室内に響いたが、今度は彼女へ何らかの視線を向ける者は皆無だった。
全員が全員、老人、いやマーカスへ目を向けているのだ。それを理解したらしく、マーカスは気安そうな笑みを浮かべた。
「知っての通り、私は『島』の管理人をやっている。我々が支援するから、ライアン・ファミリーの皆さんは安心してくれると嬉しいね」
マーカスの口から出ているのは老人らしからぬ覇気を感じさせる声だ。
その声が、そして『島の管理人』という立場が男達の心に強烈な説得力を覚えさせて、思わず男達は大きく頷いていた。
「まあ……アンタなら。いいぜ、申し分ない」
「仕方ないよな、俺達じゃ無理さ」
「いやぁ、マーカスさんの指揮で動くなんて一年ぶりです。楽しみにしてますよ」
男達は納得した顔でマーカスを受け入れ、頭の中で今後の行動を考える。
まず、最初にやるべきはハーベイの葬式だ。組織の頭が崩れたのだから、盛大にやらねば----
「待て、俺を……忘れちゃいないか?」
男達が考え込み始めたその瞬間、マーカスの隣で座っていた男の不機嫌そうな声が彼らの思考を遮った。
男の顔を見た彼らは、複雑そうな表情になる。当然だ、男は強盗団のリーダーにして、ミアを救う一因となった人物でもあるのだから。
「ちょっと知ってる顔も居るが……アベリーだ。知ってる奴は知ってるが、強盗団のリーダーをやってる。俺も、アンとミアの手伝いさ」
彼らの変化を見て取った男、アベリーは思い切り不敵な笑みを浮かべて話を続ける。
「俺が話したいのはな、多分、お前等も気になってるだろう? 誰かさんに払う予定だった手術料の事さ」
「かなりの金額だったそうだな。ちなみに、どれくらいだった?」
幹部の一人がアベリーに質問をしていた。トニーの話の中で、その手術料は明確な金額を示されていなかったのだ。
周囲の人間も同じように興味を持っていたらしく、アベリーの言葉に聞き耳をたてる。
だが、アベリーは口を開かずに質問をした幹部の一人を手招きしていた。
「ちょっと、耳貸せ」
悪戯っぽく笑って、アベリーは幹部の一人にだけその金額を教える。それを聞いた男は目を見開いて、どこか唖然とした様な表情を浮かべていた。
「……そんなにもか!? ああ、いや……で? その金は、どうするつもりだ? マーカスに、彼に渡すか?」
「……元々、ミアの為に使われる金だ。ミアの為に、使おうと思ってる」
「その、金額をか? 本当にお前は強盗団のリーダーか?」
「お前等みたいなマフィアにだけは言われたくねぇよ」
そう言ってアベリーは手を振った。強盗団を名乗っているというのに、金に頓着した様子がない。そんなアベリーを見て男達は関心した様に声を上げる。
アベリーの目にあったのは、ミアを助けようと言うただそれだけだったのだ。
「受け取る予定だった奴が『十分に良い物を見せて貰った』とか言って受け取らなかったからな。だったら、その金はミアの為に使うべきだろう?」
不敵に笑って、アベリーは言ってのける。
それを見た男達もまた不敵に笑いながら、今後の行動について話を始めた。
彼らは気づいていない。
いつの間にか、その場からエィストと二人の少女が消え去っているという事に。
それに気づいていたカミラとマーカスとアベリー、そしてトニーは、だが彼女らの事を話題にあげる事はしなかった。
四人の感情は、一つだったのだ。
『あの少女達の未来に幸あれ!』と。




