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「………………」
「………………」
「あははー、これはまた……うーん、何?」
アンとミアと恭助、その三人の内二人は部屋に入った瞬間に飛び込んできた光景に絶句して、言葉を失った。
何故か恭助はそれを予想していたかのように笑っていたが、二人はそれすらも見えていない。
彼女らがそうなるのも当然の事だった。そこにあったのは、二人がまったく想像していなかった光景で----
「----ようこそ地獄へ! ってか? どうよこれ、どうよ?」
----それを作り上げたのが目の前に居る男であると、すぐに理解出来る物だった。
そう、そこに有ったのは----額に穴を作られ、血を流して倒れるハーベイの姿。
「……ダンプ! あんたはっ……!」
先にそれがどういう事なのかを理解したのはアンだった。そう、ダンプが自らの主であろうハーベイを殺してしまったのだと。
アンはダンプへ視線をやった。それを受けたダンプはどこまでも楽しそうに、手に持った銃を振り回しながらアンへ話しかけた。
「ようようアン! 楽しんでるかっ!? ああ、そうさ! ちょっぉぉぉっとばっかし、色々あってな、ちょっとやっちまったのさあ!」
隣で人が倒れているというのに、ダンプはそれを意に介した様子も無く足踏みをしている。思わず、アンはダンプを睨んでいた。
「ちょっと? ちょっとじゃないでしょうが!」
「いやぁ、お前、ボスっていうかこのコイツ、嫌いだろ?」
図星を付かれて、アンは息が詰まる思いになった。
どう見ても死んでいるハーベイは、確かに彼女にとっては自分を生け贄にしようとした人物だ。アンは彼を好いてはいない。
だが、とアンは再度ダンプを睨む。例え自らの敵であっても、ハーベイは同時にミアの父親でもあるのだ。許せる事ではなかった。
「ああ、俺がお前を呼んだのは今お前が考えているであろうその話の事なんだよなぁ」
アンの感情を理解しているかのようにダンプは二人へ一歩近づく。
その瞬間、アンとミアを庇うかのように、恭助が二人の前に立った。
「おおっぉっと! この二人と喋るなら事前に僕へどうぞー!」
ある種、恭助の笑顔はダンプのそれより残酷さを感じさせる物だった。何故か、その視線は部屋の隅の医者が居る方向へ向けられていたが誰も気づいていない。
恭助が前に出たその瞬間、ダンプが次に行うであろう行動が読めたアンの体は恭助を庇おうと勝手に動いていた。
「やめっ……!」
「おお、邪魔だぞガキ」
だが、アンの行動は遅かった。ダンプは言葉と同時に、恭助の瞳に照準を合わせ、躊躇せずに----撃つ。
銃弾は何の障害も無く、残酷さが含まれた笑みを浮かべる恭助の頭を吹き飛ばした。
「キョースケェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
それを見たアンは、悲鳴を上げていた。必死の思いで恭助の体に縋り付き、もう恭助の体が動いていない事を知りながらも思い切り抱きしめた。
そのまま、アンは凄まじい怒気を込めた瞳でダンプを睨みつける。先程までとは比べ物にならないその気配を、ダンプは少し困った様子で受け止めた。
「あー……まあ、何だ。気分で撃っちまった。いやぁ、すまんすまん」
「何が……! 何故……どうしてこの子を……!?」
呪いすら籠もった瞳がダンプに突き刺さる。命の恩人を撃ったのだ。当然だろう、とダンプは理解していた。
だが、ダンプにとって恭助は異物だった。そう、『この話をする為には』恭助はその場に居てはいけないと考えたのだ。
しかし、ダンプはその態度を表面には一切出さず、柳に風とアンの怒気を受け流した。
受け流した瞬間----ダンプは目を見開いてもう一人の少女を見た。
「----ダンプさん、でしたよね?」
そこに居たのはミアだった。確かに驚愕と混乱で固まっていたその少女は、この時、おぞましい程の気配を込めてダンプを睨んでいた。
業火の如き怒りがダンプの体に放たれ、そのまま燃やしつくさんばかりの圧倒的な力が彼をねじ伏せようと絡み合って来る。
「……はっ。ああ、俺はダンプだよ。それが、どうした?」
だが、ダンプはそれを笑い飛ばして見せた。冷や汗こそかいていたが、その表情には余裕が伺える。
倒れ伏すハーベイ、アンとその腕の中で倒れる恭助を一瞥したミアは覚悟を決める様に一度息を思い切り吸って、吐いた。
「……父を撃った事は、あなたがアンの父代わりだったと考えればまだ理解できます」
その発言をアンが驚いた様子で聞いていた。
だが、ミアの目はハーベイを悲しそうに見て、それ以上に恭助を見ていた。
「……ですが、これは分かりません。どうして恭助君を撃ったのですか?」
冷たい雰囲気でミアはダンプを睨んだ。強烈極まるその怒りは確かにダンプへ届き、彼は真剣な様子でミアを睨み返した。
「その理由は、な。ただ一つさ。俺がボスを撃ち殺したのも、そこのガキを撃ったのも、全て、全てお前達、いやアンにこれを教える為さ」
「これ、とは?」
ミアの目が、油断無くダンプの全身を監視していた。
だが、ダンプはミアがそれを認識するより早く机の上から一枚の紙を取り出し、ぶつける様にミアへそれを押しつけた。
「これだ、読め」
虚を突かれた様に、ミアはその紙を受け取った。何の事も無い、安っぽい一枚の紙。だが、それが自分にとって衝撃的な内容である事が、ミアには分かった。
静かに、ミアは一番上から書かれた文章を読む。そこには、こう書かれていた----『出生記録』と
「これは……っ!」
驚愕の余り、ミアの手から紙がすり抜ける。側に落ちてきたその紙を、アンは恭助を抱き抱えたまま静かに手にとって目を通し、そのまま同じように紙を落とした。
途方に暮れた様子のミアは、アンの行動に気づく事も無くそのまま壁の端に居る医者へ目をやった。
「お医者様……本当に?」
信じられない、ミアの表情がそれを語っていた。医者はその態度に打ちのめされる様な痛みを覚えた。今まで、自分を信じてくれた少女に生涯吐き続けるつもりだった嘘を、言わねばならないのだから。
「ああ、そうだよ。そうだよミアちゃん……許してくれとは言えない、だが、本当の事なんだ」
沈みきった様な様子で、医者は続けた。
「君は……ハーベイ・ライアンの娘じゃない」
アンとミアが息を飲んだ事を、医者は理解する。だが、それを知りながらも語り続ける事を優先した。
「君はそこのアン・ライアンと同じ、ハーベイ・ライアンの娘の……クローンなんだ」
十六年前、妻を亡くしたハーベイは二つの事を決めた。 一つは、『娘のクローンを作り、それを治療のパーツとして使う』という事。
もう一つは----
----もう一つは、『もう一つ、万が一の為にクローンを作る』という事。
そして、そのすぐ後にハーベイの娘は母を追うようにこの世から消えて、ハーベイは狂ったのだ。
2012/8/28




