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 マーカスの部下が住むアパートでは、二人が窓を見つめてため息を吐いていた。


「カミラ君、連中をおびき寄せたんだろうが……大丈夫かね」

「大丈夫だろ? あいつを倒すなんざ、お前さんの所にいる連中を総動員しても無理だ」


 まったく心配していない様子で二人は話している。

 そう、カミラ同様、この二人もミアを追っているであろう怪しい集団の存在に気づいていたのだ。


「ま、あいつの事はいいか……いやお嬢ちゃんがバイオレンスな光景で失神してる可能性もあるか」

「いや、あの手合いはそういう光景が苦手だろうが……眉を顰めるくらいだろうさ、君らが思ってるより十六歳は弱くない」


 ミアの事は心配しているアベリーに、マーカスは心配要らないと肩を叩く。老人の外見だというのにマーカスの力はやはり強く、アベリーは一瞬よろけてしまった。


「ああ、すまないね」

「元気な爺さんだよな、アンタ。ライアン・ファミリーよりずっと敵にしたくねえよ」


 アベリーは心の底からマーカスを敵にしたくないと思っていた。それは、立場的な理由や組織的な理由ではなく、マーカス個人に対する物だった。



「ふむ、ライアン・ファミリーと言えば……君にあの屋敷を襲う様に情報を提供した人物は一体?」


 そのマーカスはアベリーの言葉に返事をする事無く、思い出したようにアベリーに聞いた。

 彼が疑問に思うのも無理はない、ハーベイの屋敷に爆弾を設置する様な者が居るとは考えられない物だ。


「あぁ……アンタには話してもいいか……」


 アベリーは思い出すような声でその人物の名前を言おうとする。話すかどうかを一瞬迷ったが、マーカスが信頼できる人物である事は知っているのだ。

 ---だが、その前にアパートの玄関が吹き飛ぶ勢いで開かれ、二人の男女が飛び出してきた。


「……何?」


 とっさに銃へ手をやったアベリーだが、そこに居る二人を見て意外そうに眉を顰める。

 片方は勿論、よく知っている男だ。アベリーが驚いたのはもう片方の女を見た為だった。そう、その女こそ『アベリー達に屋敷を襲わせた人物』なのだから。


「大丈夫か……!」

「……大丈夫よ。でも久しぶりに身体を動かしたから、ちょっと辛いわ……」


 そこに居た二人---ビルと、『白衣を着た退廃的な雰囲気の女』はまだアベリー達の存在に気づいていないらしく、互いの無事を確認し合うと安堵の息を吐いた。

 ビルは背中が痛むのか眉を顰め、女は疲れた様にその場へ座り込んでいる。


「で、ここは何なんだ?」

「私が恋人と同棲している部屋よ。大丈夫、彼も『私も』マーカスさんの部下だから、信頼出来るわ」


 どうやら、この部屋に居るはずだった部下、というのは目の前の女だったらしい。

 アベリーはその事実に驚いたが、ビルの存在が気になった為、そちらを優先する。


「---ビル! お前がどうして!」


 聞き覚えのある声に驚いたらしく、ビルは驚愕を宿した表情でアベリーと、その隣のマーカスを見た。

 女の方もそこでようやく二人の存在に気づいたのだろう、ビルと同様驚きで目を見開いていた。


「ぼ、ボス? 何でここに?」

「そりゃこっちの台詞だ、どうしてここに来た?」


 ビルの背中の傷はまだ治っていない。だというのにビルは何やら急いで走ったのか冷や汗をかいていた。

 明らかに、何かがあった証拠だ。それが危険な事である可能性をアベリーは考えて、嫌な予感を覚える。

 そんなアベリーの行動を見て、ビルは隣に居る女を指差した。


「いやその、こいつが一番良い逃げ場はここだって」

「逃げ場? お前は病院で寝てたんじゃねえのか?」

「いえ、寝てましたけど……他の連中はまだ寝てる筈です」

「……病院で何かあったんだな。攻撃でも受けたか? 他の連中はどうなった?」

「他の連中は大丈夫です。どうやら、狙いは医者とこいつにあったみたいで……俺は巻き込まれただけです」


 いまいち要領を得ないビルの回答に、アベリーは首を傾げていた。

 そんなビルの隣ではマーカスが女の状態を確認して、怪我がない事を確認すると手を差し伸べている。


「大丈夫かね?」

「マーカスさん……助かりました」


 女は、礼を言いながらその手を取って立ち上がる。

 その様子に、マーカスは安堵の笑みを浮かべた。医者の助手という立場を持つ女は、同時にマーカスの部下であり、長くを生きるマーカスにとっては全員が子供の頃から知っている家族同然の存在でもあるのだ。

 女の無事に安堵したマーカスだが、すぐに様子がおかしい事に気づいた。普段の彼女とは違い、焦りきって周囲を何度も見回しているのだ。


「ふむ、何があったのだね? 君がそこまで焦った様子になるとは珍しいじゃないか」


 マーカスは女に直接聞いてみる事にした。すると、女はやっと正気に戻ったようにマーカスを見て、少し震えながら口を開く。


「マーカスさん、先生が……先生が……」


 そこから先の言葉は、言えなかっただろう。黙り込んだ女に代わって、ビルがアベリーとマーカスに報告する。


「医者の先生がライアン・ファミリーの奴に連れて行かれました!」


 その医者が誰なのか、この場の全員が知っている。アベリー達にとっては、格安で怪我の治療をして貰った事もある恩人だ。


「そいつは……」


 それに対してアベリーが何かを言うよりも早く、玄関扉はさらに開いてそこからまた人が飛び出してきた。

 人影は一瞬ビルにぶつかりそうになったが、目の前で見事に跳躍するとアベリーのすぐ近くに着地した。


「ボス! カミラと嬢ちゃんが……!」


 アベリーの目の前に居た男はダグラスだった。別のアジトで待機している筈の彼がここに居る事に、アベリーは異常事態を感じて最優先でダグラスの言葉に耳を傾けた。

 アベリーが聞く姿勢に入った事を認識したダグラスは、すぐに言葉を続ける。


「二人だけで、ライアン・ファミリーのビルへ行ってしまいました!」


+


 同じ頃、ビル内部の執務室に居たハーベイの目の前には、ダンプが立っていた。


「遅かったじゃねえかダンプ。パーツはどうした?」

「ははっ、そう慌てるなよなぁ。まずはこのケースから渡さねえと」


 既に電話を受けてからかなりの時間が経過している。ハーベイの言う事も尤もだろう。だが、ダンプは悪びれる様子も、敬意も見せずにケースをハーベイに投げ渡した。

 どこか苛立っている様で、同時に面白がる雰囲気も持っているダンプをハーベイは少し疑問に思いながらも、とりあえずの賛辞を述べる。


「ご苦労だ、もう行っていい。さっさとパーツを連れてこい」


 邪険にする態度はいつもの事だ。だが、そう言ってもダンプはその場から離れようとはしなかった。むしろ、どんどん近寄ってくる程だ。


「いやぁ、とりあえず中身を確認してくれよ」

「何だと?」

「確認してみろって、聞こえなかったか? 分からねえなら、アンタの耳をぶち抜いて音が通りやすくしてやるが」


 これも、ダンプが時折言う軽口だ。だが、今日に限ってはそこに『本物』の凄みが感じられる。


「……分かった」


 身の危険を感じたハーベイは、言われるままにケースを開ける。

 どうやら爆発にでも巻き込まれたらしく、ケース自体はかなりへこみが目立ったが、開く事だけは簡単に出来た。

 ケースの中には、金らしき物はどこにも無かった。代わりに、幾つかの書類と、何かが書かれた紙だけがそこに有った。

 ハーベイは、凄まじい威圧を込めてダンプを睨みつけた。


「……何だ、金が入ってねぇぞ」

「いいから、その下にある紙を読んで見ろ」


 だが、ダンプはそんな威圧を受け取りつつも余裕を感じさせる笑顔を浮かべ、だがそれとは違う淡々とした声音で喋っていた。

 言われるまま、ハーベイはその書類へ目を通す。

 そこには、ハーベイの十六年を否定する----ハーベイの狂気を証明する言葉が刻まれていた。


「……そんな馬鹿な」


 ハーベイは、思わず呟いた。そこには、組織の頂点としての風格も、威圧も、余裕も愛情も無く。ただ、唖然としたハーベイの顔だけがそこにあった。


「そんな、そんな筈が……」

「そりゃ俺の台詞だ。どうやら、アンタは完全にイかれちまってたらしい」


 唖然として、口から否定の言葉を垂れ流したハーベイを、ダンプは冷たい目で見つめた。言葉の中にはただ哀れみと侮蔑が有り、敬意はどこにも無い。

 自分の部下からそんな目を、声を向けられているにも関わらず、ハーベイは紙の文章を読んでいる。だが、読み終えるとすぐに持っていた紙を机に叩きつけて叫んだ。


「嘘だな、これは嘘だ!」


 そう言っていると、本当に嘘の様な気がしてきて、ハーベイは内心で安堵した。

 読んでいる間、それが事実であると記憶が言っている気がしたのだ。それはまさしく狂気による記憶の捏造だったが、ハーベイは気づいていない。


「こんな物を見せて俺を騙そうってか!? ジャック、本当の事を言え!」


 叫んだハーベイは、すぐ目の前に居たダンプに掴みかかる。彼も他組織との抗争を経験した身だ、腕っ節は強い。

 それでも、轟音と共に瞬時に脳へ伝わってきた激痛に驚き、すぐ手を離す事になった。


「ガっ……てめぇ!」


 痛みが表れた場所を触ると、そこは耳だった。だが、血が溢れんばかりに流れている。

 そんなハーベイの様子を見たダンプは、呆れ顔で肩を竦めた。


「あぁ、また別人の名前を言いやがったな、アンタ。だから人の名前を間違えるなって何度も言ったのによぉ」


 ダンプの手には、いつの間にか銃が握られていた。殺傷性はあまり高くない安物だが、それでも銃だ。耳を貫く程度には威力がある。


「テメェ……何のつもりだ? 裏切りか?」


 ハーベイは全力の殺気を込めて、ダンプを睨みつける。常人なら失神しかねない程濃密な殺気は、しかしダンプには何も影響を与えられなかった。


「裏切り者はアンタだろ。ま、それは置いといて……この紙の内容が本当か確認しねぇとな」


 まるでハーベイを『どうでもいい物』として扱う様に、ダンプは独り言の様な声音で話している。

 すぐに、ダンプは何事かを思い出したように扉の近くまで歩いていき、腕を広げて笑った。


「じゃ、特別ゲストを呼んでるんでな。トニー!」

「はいはい、まったく派手だなぁ」


 ダンプの声に呼応する様に、トニーが扉を蹴り開いて表れる。ハーベイはその瞬間にトニーが敵に回っている事を認識して、怨念の様な声を上げた。


「トニー、テメェもか……!」

「悪く思わないでください、あんな物見せられちゃあ、俺だって我慢出来ません」


 トニーの声音はダンプ同様冷たい。だが、それはハーベイにとっては気にならなかった。

 何故なら、トニーが片手に掴んでいる男は、ハーベイにとっても旧知の人物なのだから。


「特別ゲストはぁ! アンタもご存じの病院からでぇーす!」

2012/8/28

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