入学試験
ブルーム王立学園の入学試験を目標にしてから、トムじいとガロンじいを筆頭に、狩人のロビンおじさんから足跡の見方や索敵、気配察知を、薬師のリリーおばあちゃんから薬草学を、釣り名人のベンおじさんから水辺でのサバイバル術を教わった。
それ以外にも、村のみんなからたくさんのことを学びながら八年が過ぎた。
◇
「人がいっぱいだね」
「みんな受験生にゃ」
やれることは全部やった。
あとは試験を受けるだけ……。
なのに、だんだん不安になってくる。
尻尾をもみもみして緊張をほぐした。
「ハッ! 今、視線を感じたにゃ!」
「索敵したの?」
「……よくわからないけど標的にされたにゃ」
「?」
たぶん同じように緊張した誰かが、私の尻尾を狙ってるのにゃ。
言ってくれれば少しだけなら触らせてあげるのにゃ……。
「午前中は魔法と武器の実技だよ。準備はいい?」
「ここまで来て待ったはなしにゃ」
アリアと顔を見合わせて笑う。
全てを出し切る。それだけだ。
◇
「次、受験番号二十三番、ミモザ村のアリア。」
「はい。」
アリアは静かに一歩前へ出る。
杖を胸の前で構え、ゆっくりと目を閉じた。
深く息を吸う。
トムじいに何度も教わったように、魔力を優しく巡らせる。
「――《星灯》」
ふわり。
一粒の光が生まれた。
やがて二つ。
三つ。
十。
数え切れないほどの小さな星が試験場いっぱいに広がる。
昼間だというのに、夜空のような光景。
受験生たちが思わず息を呑む。
「綺麗……。」
誰かが小さく呟いた。
試験官の一人が目を見開く。
「まさか……。」
別の教師が立ち上がった。
「星属性ではない。」
「これは……。」
静まり返った試験場に、その声だけが響く。
「――星聖魔法。」
ざわっ……
一瞬で試験場がどよめいた。
「星聖魔法だって?」
「今の時代に?」
「ミモザ村から?」
ティアナは胸を張る。
「アリアすごいのにゃ!」
アリアは照れくさそうに笑った。
「続いて、受験番号二十四。ミモザ村のティアナ。」
「はいなのにゃ!」
ティアナは元気よく返事をして試験場へ出る。
「まずは索敵。」
試験官が淡々と言う。
「試験官は四人。」
ティアナは目を閉じた。
深く息を吸う。
集中する。
「屋根の上に二人。」
「柱の影に一人。」
「生徒に紛れて一人なのにゃ。」
試験官たちが顔を見合わせる。
「正解だ。」
ティアナは首をかしげる。
「屋根の上の二人はパンケーキにベーコンエッグとフレンチトースト。」
「柱の影の一人はフルーツサラダ。」
「生徒に紛れている残りの一人は朝食抜きにゃ!」
「……。」
「……。」
「……。」
試験官の一人が静かに口を開く。
「どうして朝食まで分かる?」
「お腹が鳴ったのにゃ。」
しばらくの沈黙。
そして。
「……正解だ。」
「にゃ?」
「索敵能力は文句なしだ。」
「ただし。」
「朝食は評価対象ではない。」
「違ったのにゃ?」
試験場に笑いが広がった。
しかし、その笑いとは対照的に、数人の試験官は真剣な表情でアリアとティアナを見つめていた。
「……ミモザ村。やはり、あの村か。」
「あの噂は本当だった可能性があるな……。」
「まだ確証はない。軽々しく口にするな。」
「……そうだな。」
◇
「お腹すいたのにゃー!」
「朝から緊張してあまり食べれなかったもんね!」
「お昼はしっかり食べるのにゃ!」
「うん!しっかり食べよう!」
学園の中庭に座ってママの作ってくれたお弁当を広げる。
「おにぎりにゃー!」
「私はサンドイッチ!」
「たまご焼きもあるにゃー!」
「デザートは?」
「もちろんベリーベリーパイにゃ!」
「私はプリン!」
ハッ! また視線を感じたのにゃ!
狙いは……お弁当かにゃ?
ママのお弁当はおいしいから仕方ないにゃ
どうしてもっていうなら、おにぎり一個くらいなら……。
……いや、たまご焼きはダメにゃ。
ベリーベリーパイはもっとダメにゃ。
やっぱり交換ならしてあげるにゃ。
「どうしたの?」
「思っていた以上に私は心が狭かったにゃ」
◇
「受験番号二十三。ミモザ村のアリア。」
「はい!」
アリアは杖を手に試験場へと歩み出る。
向かいには木剣を持った試験官。
「模擬戦を開始する。」
開始の合図と同時に試験官が一気に間合いを詰める。
アリアは慌てない。
一歩。
また一歩。
ガロンじいに何度も教わった足さばきで攻撃をかわす。
「避けるだけか?」
試験官が笑う。
「いいえ。」
アリアは杖を静かに掲げた。
「――《星灯》」
淡い星の光が一つ。
二つ。
三つ。
試験場に浮かび上がる。
それは朝の試験で見せた幻想的な光ではなかった。
星はゆっくりと試験官の周囲を巡り、動きを制限するように軌道を描く。
「これは……。」
試験官が踏み込もうとした、その瞬間。
足元に落ちた星の光が一瞬だけ視界を奪う。
その隙を逃さず、アリアは杖の先を試験官の胸元へと向けた。
「参りました。」
試験官は苦笑しながら木剣を下ろした。
「勝者、アリア。」
試験場が静まり返る。
「派手さはない。」
試験官の一人が呟く。
「だが、魔力の制御が見事だ。」
別の試験官も静かに頷く。
「一切の無駄がない。」
客席からティアナの元気な声が響いた。
「アリアすごいのにゃー!」
アリアは照れくさそうに笑い、小さく手を振った。
「続いて、受験番号二十四。ミモザ村のティアナ。」
「はいなのにゃ!」
ティアナは腰の双剣を軽く叩く。
柄に刻まれたミモザの花が陽の光を受けて優しく輝いた。
「武器を構えろ。」
「了解なのにゃ!」
双剣を抜く。
試験官も木剣を構える。
「始め!」
合図と同時にティアナは飛び出した。
速い。
しかし試験官は冷静に受け止める。
金属と木剣がぶつかり、高い音が響く。
「いい踏み込みだ。」
試験官が押し返す。
ティアナは無理に力比べをしない。
一歩引く。
二歩目で横へ回る。
「……!」
再び死角へ。
「足運びか。」
試験官が思わず笑う。
「ガロンじいにたくさん走らされたのにゃ!」
再び斬り込む。
右。
左。
二本の剣が舞うように動く。
「速い……!」
観客席から声が漏れた。
試験官は攻撃を受け流しながら頷く。
「双剣を振る技術だけではない。」
「間合いの取り方もいい。」
ティアナは試験官との距離を保ったまま、小さく笑う。
「まだ終わりじゃないのにゃ。」
目を閉じる。
一瞬だけ集中する。
「そこなのにゃ!」
試験官が次に踏み込もうとした瞬間を読み切り、双剣の切っ先をぴたりと胸元へ止めた。
試験官は動きを止める。
静かな沈黙。
やがて木剣を下ろし、小さく笑った。
「一本。」
「正解だ。」
ティアナは双剣を鞘へ納める。
「ありがとうございましたなのにゃ!」
試験官はその背中を見送りながら静かに呟く。
「索敵、看破、足運び……。」
「実戦で生き残るための技術ばかりだ。」
別の試験官も頷く。
「派手さはない。」
「だが、この子は簡単には倒れない。」
こうして残りは面接だけになった。
ティアナは緊張していた。学園に入学したい理由は最推しに会うためだ。だがそれを正直に伝えてはいけないことはティアナでもわかっていた。だからもう、ぶつけ本番でいいやと面接の練習はしていない。
「ありがとうございました。」
アリアの面接が終わった。
アリアと顔を見合わせて頷く。
「受験番号二十四。ミモザ村のティアナ。」
「はいなのにゃ!」
◇
「では、ティアナさん。志望理由をお願いします。」
「みんなを守るためなのにゃ!」
(……最推しに会うためでもあるけど)
「あなたの夢は?」
「普通に畑を耕して、食べる分の野菜を収穫して、みんなで笑って過ごしたいのにゃ」
「……。」
「では、なぜブルーム王立学園へ?」
「守りたい人がいるからなのにゃ!」
「あなたにとって強さとは?」
ティアナは少し考え
「みんなで笑って帰ることにゃ!」
と答えた。
面接官は、小さく微笑んだ。
「ありがとうございました。以上です。」
「ありがとうございましたにゃ!」
手応えがあったかどうかもわからず部屋をあとにした。
アリアとふたり村に帰る。
何を話したのか、よく覚えていない。
ただ、ママの笑顔を見た瞬間、張りつめていた肩の力がふっと抜けた。
——なんだか、安心した。




