小さな星
東の空から西の空へ。
星降る夜に新しい命が生まれた。
まだ小さなか弱い命。
母の腕の中で幸せそうに鳴いた。
──5年後
「にゃー! いっぱい採れたにゃ!」
カゴいっぱいに摘んだベリーベリーを見て、ティアナは笑った。
今日の夕飯はなんだろう。
ベリーベリーのソースをたっぷりとかけた鶏肉のソテーかもしれない。もしかしたら、デザートもあるかもしれない。
そう考えた途端、ふさふさの尻尾が嬉しそうに揺れる。
「あっ」
ティアナは慌てて尻尾を両手で押さえた。
「でも……楽しみだにゃ」
ティアナは猫人族だ。
嬉しい時も、驚いた時も、耳や尻尾が素直に感情を表してしまう。特に五歳のティアナはまだ上手く隠せない。
だから今日も、落ち着こうと無意識に尻尾をもみもみするのだった。
「尻尾をもみもみすると落ち着くのにゃ……」
思う存分もみもみしたティアナは、カゴを抱えて家へと急いだ。
村の入口をいつものように通り抜けようとした時、ふと木製の看板が目に入る。
ミモザ村。
年季の入った大きな看板に刻まれたその名前を見た瞬間、ティアナの足が止まった。
「……ミモザ村」
その名前を知っている。
「あ……」
心臓が大きく脈打つ。
「『星を継ぐ者たち』……」
大好きだった小説。
『星を継ぐ者たち』。
小説投稿サイトから人気に火が付き、書籍化、そしてコミックス化まで果たした大人気ファンタジー作品だ。
身分違いの恋に悩む第三王子と、平民の少女アリア。
二人が剣と魔法の世界で困難を乗り越えながら絆を深めていく、恋愛と冒険が織りなす王道ファンタジー。
ティアナは、この作品が大好きだった。
書籍もコミックスもすべて揃えた。新刊が出れば発売日に買い、友人にも「絶対読んで!」と布教したほどだ。
だが、ここで語っておかなければならないことがある。
ティアナの最推しは、ヒーローである第三王子ではない。
ヒロインでもない。
物語に時折姿を現しては、主人公たちを助け、意味深な言葉だけを残して去っていく、あの人物だ。
「私……最推しと同じ空気を吸ってるにゃ」
ティアナ、五歳。
最推しのいる世界に転生したことを知る。
そして──ヒロイン・アリアの幼馴染だった。
◇
空気を思いっきり吸って…吐いて…また吸う。
今日も空気がうまい!
「ティアはまた深呼吸?」
「この世界の空気はおいしいのにゃ」
「ふーん?」
幼馴染のアリアと川に遊びに来た。プラチナブロンドにブルーの瞳…優しくて気が強く困った人を放っておかない…間違いなくヒロインだ。なんで気が付かなかったのかな?
「ティア知ってる?」
「なにがにゃ?」
「もうすぐお城から王子様が来るんだって」
「ほーん?」
小石を川に投げる。来たにゃ。第三王子療養イベント。またはヒーローとヒロインの出会いイベントともいう。いや、待つにゃ。原作の私はこのイベントにいたっけ?
「王子様は何しに来るのにゃ?」
「りょうよう?ってお母さんは言ってた」
「ほーん」
「自然の中で過ごすのがいいんだって」
「なら色々連れて行くのにゃ」
「そうだね!色々連れて行ってあげよう!」
ヒーローとヒロインの大事な出会いだからね。たくさん素敵な思い出を作ってくれ。私はモブで十分にゃ。
「王子様ってどんな人なんだろう?」
真面目で優しくて、少し頑固だけどいい人にゃ。
前世の記憶にある第三王子の姿を思い浮かべながら、ティアナは微笑んだ。
「きっと仲良くなれるにゃ」
「えへへ、そうだといいな」
「ところで今日のおやつはベリーベリーのパイにゃ!ウチ来る?」
「行くーー!!」
二人は顔を見合わせて笑うと、ミモザ村へ向かって駆け出した。
◇
ミモザ村の外れにある、小さな木造の一軒家。それがティアナの家だ。
「ただいまー!」
「こんにちはー!」
「お帰りなさいティアナ。アリアちゃんいらっしゃい」
ドアを開けると、ママとベリーベリーパイの甘酸っぱい匂いが二人を出迎えてくれた。
「二人とも手を洗ってうがいをしてきて?」
「「はーい!」」
焼きたてのベリーベリーパイはまだ湯気が上がっている。ツヤツヤしたパイ生地に切り口から覗くベリーベリーの紫色がとても綺麗で可愛い。
「「いただきます!」」
「はい、召し上がれ」
ママは微笑ましげにティアナとアリアを見て笑った。
「やっぱりパイといったらベリーベリーなのにゃ!」
あまりのおいしさに、ティアナの尻尾が大きく、ゆっくりと揺れる。
「ティアナ、また尻尾が揺れているわ」
「はわわ…」
「そんなに美味しかった?」
ティアナは慌てて両手で尻尾を押さえる。
「おいしいにゃ…」
「ふふっ、よかった」
この後、ママに今日は川に行って綺麗な小魚の群れを見たとか、原っぱで蝶々を追いかけてティアナが転んだ(ティアナは隠したかったけどアリアにバラされた)とか、もうすぐお城から王子様が療養しに来るらしいことを話した。
「今日はね、川で綺麗なお魚を見たの!」
「まあ、そうなの」
「それからティアがね!」
「アリア!?」
「蝶々を追いかけて転んじゃったの!」
「はわわ……」
「怪我はしなかった?」
「大丈夫にゃ……」
「ふふ、元気が一番ね」
「にゃー」
「それとね! もうすぐ王子様が村に来るんだって!」
「あら、本当? きっと村も賑やかになるわね」
「療養なのにゃ」
「療養?」
ママはティーカップをそっと置いて微笑む。
「体や心をゆっくり休ませることよ。王子様は自然の中でのんびり過ごしに来るのね」
「なるほどにゃ」
「あら、もうこんな時間。暗くなるのが早いから、お家に帰らないとね?」
「はーい!」
「もう帰っちゃうのにゃ?」
「また、明日遊ぼう!」
「わかったのにゃ…」
「ちょっと待ってねアリアちゃん。お土産を包むから」
「はーい!」
ママがお土産を包む間、明日は何して遊ぶか大いに盛り上がった。
「それじゃあ気をつけてね。お母さんによろしくね」
「はい!ティアママ」
「アリアまた明日なのにゃ!」
「またね、ティア!」
アリアの背中が見えなくなるまでママと一緒にアリアを見送った。
◇
アリアを見送り、ティアナは自分の部屋へ戻った。
小さなベッドに寝転び、天井をぼんやり見上げる。
「整理するにゃ……」
今日だけで色々なことが起こりすぎた。
前世の記憶を思い出し、この世界が『星を継ぐ者たち』の世界だと知った。
そして。
「もうすぐ第三王子がミモザ村へ来るにゃ」
ここまでは原作通り。
ティアナは指を一本立てた。
「まずは第三王子とアリアが出会う」
二本目。
「それから王都の魔法学園に入学」
三本目。
「二人で色んな事件を解決して、最後は幸せになる」
うん。
ここまでは覚えている。
「問題は……」
ティアナは尻尾をもみもみした。
「問題は私にゃ」
ティアナは尻尾をぎゅっと抱きしめる。
『星を継ぐ者たち』では、ミモザ村での出来事は詳しく描かれていなかった。
第三王子とアリアが幼い頃に出会い、一緒に自然の中で過ごした。
その思い出が、学園で再会した二人の絆につながっていた。
描かれていたのは、それだけだ。
だから。
「私が原作で何をしていたのか、全然わからないにゃ……」
村の子どもたちは、ただ『一緒に遊んでいた』としか書かれていなかった。
「私は背景だったのかにゃ?」
それとも。
「存在しなかった?」




