第五十九話
此処まで読んで頂き、心より感謝を申し上げます。
お陰さまで無事に完結を致しました。
今後は、恋人になってからの葵と彰良の物語、「その恋、賭けですよね?〜愛しているので、もう逃がしません〜」を綴っていこうと思っております。
本当にありがとうございました。
愛する女を力の限り抱き締める。
その腕を離したが最後、泡になって消え去ってしまうかもしれない女。
「頼む……お願いだから、俺の言葉を聞いてください……!」
「……犬飼くん?」
ポタポタと、落ちてくる熱い雫。
敬語も何もかも、混ざった余裕のない喋り方。
「葵先輩………ごめんなさい」
「え……?」
「俺、は……貴女を傷付けました。」
グッと奥歯を噛み締める。
「慣れる練習とか……全部、建前なんです。
本当は……俺が、葵先輩に触れたくて堪らなくて……俺、だけを見て欲しくて……!」
「…………それ、は……?」
「葵先輩……俺は、ずっと……葵先輩のことを女性として見ています。」
「…………う、そ……」
目を瞬かせる。
質の悪い嘘か、葵をからかっている?
だが……彰良はそんなことをする男ではない。
「嘘ではありません。
土曜日の夜……本当は、あのまま葵先輩に触りたかった。
男の裸は見慣れてると言ったことに嫉妬しました。」
「まっ……い、いぬかい、くん……まって……」
「お断りします。」
「ひゃっ……?!」
彰良の腕の中に収まる細い体。
彰良から目を逸らさないように。
本気の気持ちが伝わるように。
顎を掬い上げ、瞳を合わせて固定する。
「……葵先輩を、大切にしたくて……怖がらせたくなくて。
独り善がりに守ろうとして、距離を置きました。
……距離を置かなければ……泣いて嫌がる葵先輩を組み敷いて、全部奪ってしまいそうだった……!」
「っ……」
ひゅっと喉が鳴る。
隠すことのない彰良の激情に、葵の身体がこわばる。
「俺の頭の中は、葵先輩のことで一杯なんです。
ドロドロに甘やかして、俺無しではいられなくしてやりたい……!」
「なっ……?!」
彰良の瞳の奥で蠢く熱。
葵という女を欲して止まない欲を孕んだ瞳。
「……傷付けたくなかったから、距離を置きました。
でも、それで貴女を傷付けたら……意味がない。」
「…………犬飼くん……」
「葵先輩…………もう、俺のことを彰良って呼んでくれませんか……?
俺のこと…………こんな情けない男……もう、嫌いになりましたか……?」
懇願するような声音。
だが……葵を抱き締める腕の力は緩まない。
「…………犬飼、くん……」
「っ…………」
腕の力が強まる。
逞しい胸板に顔を押し付けられる。
息が詰まりそうになる。
「……離して」
「…………いやだ」
「……顔、みえない、し……息、くるしい……」
「っ……?!
す、すみません!
しなっ! 死なないでくださいっっ!!」
葵の言葉に慌てて頭に添えていた手を離す。
しかし、葵の腰に回った手は緩まない。
「ふはっ…………ふぅ……くるし、かった……」
「あ、その……ど、どうすれば……のみもの、いや……だが、離すのは……いやだ……」
理性的な後輩の仮面をかなぐり捨てて、狼狽える彰良。
「(……よく見れば……ワイシャツもシワだらけだし……髪もグジャグジャで、汗でオデコがベタついてる……)」
職場でも、自宅でも……彰良の服装が乱れた姿など見たこともない。
世間一般的に見れば、折角の色男が台無しの情けない姿と人は言うだろう。
だが、葵にとってその姿は……誰よりも、何よりも、格好良く……そして、愛しいと感じたのだ。
「……すき、です……」
「っ……葵、先輩……?」
不安げに揺れる瞳。
器用なのに、不器用で。
お互いに言葉も、気持ちも、伝え合うことが苦手な自分達。
「……私は、犬飼く……彰良、くんが……大好き、愛してます。」
捕まってもいい。
全部を奪われてもいい。
情けない姿を、余裕のない姿を晒してでも…………葵を求めてくれる、この男になら。
「あお、い……せんぱ……」
「……私の全部……もらってくれる……?」
「っ……ください!
欲しいです……葵先輩の全部を、俺だけにくださいっ……!」
格好悪い。
必死過ぎて、情けない。
それでも、葵が手に入るなら…………どこの誰に嘲笑われても構いはしない。
「彰良くん」
「葵先輩」
名前を呼び合う。
額を重ねる。
微笑み合う。
「葵先輩……葵先輩が、最初に寝落ちした朝のことを覚えていますか?」
「……覚えているけど……?」
重なっていた額を離し、彰良は照れくさそうに顔を横に向ける。
「あの時、約束……しましたよね?
その……頼みごとを一つだけ、請負ってくれる、と。」
「うん……覚えているけど……?」
迷った様子の彰良。
決して離されることのない腕の中で、葵は首を傾げる。
「ちょっとだけ……俺に、格好つけさせてくれませんか?」
「彰良くんに……?」
「……薔薇の花束も、洒落たレストランも……女性が喜びそうな物は何一つ……準備出来ていない、情けない男ですが……」
己の腕の中に閉じ込めた最愛の女性、葵。
必死に走って、絶望して、やっとの思いで手に入れた彰良の掌中の玉。
「立花 葵さん、俺は貴女を愛しています。
こんな俺ですが、死ぬまで貴女を大切にします。
だから……どうか、結婚を前提にお付き合いをしてくれませんか……?」
「っ……」
息を呑む。
不安に揺れる瞳に、葵の心が吸い込まれる。
「はいっ……不束者ですが、末永く……よろしくお願いします……!」
「っ……ありがとう、ございます……!
葵、先輩……一生を掛けて、貴女を幸せにしてみせます……!」
固く、固く抱きしめ合った二人。
柔らかく、優しい月の光だけが二人を包み込む。
――この物語は、それぞれの"恋"を賭けた物語です――




