災厄封印ゲート『イゾルデ』⑦/深度2・灼熱地獄
カリュブディスの素材は、心臓付近にあった『核』だけ取り出し、残りは他の魔獣のエサにすることになった。
エクリプスが、ロウェルギアの指示で心臓付近を魔法で抉り、綺麗で透き通った巨大な『核』を取り出し、血肉まみれだったので水魔法で綺麗に洗い流す。
大きさは、直径四メートルほど。ヒジリが縦に三人ほどの大きさだ。さすがに抱えることができず、大きな核をヒジリは見上げて言う。
「でっかいわね。これ、何に使えるの?」
「フーム。武器や防具の鍛冶素材としては最高のモノですな」
「アタシはいらないな。エアリア、アンタはいる?」
「ほしいぞ!! あたい、新しい『爪』がそろそろ欲しかったのだ」
エアリアは軽く浮かび、全員に足に装備した『爪』を見せる。
かなり使い込まれており、確かに新品にしてもいい気がした。
エクリプスは言う。
「リーダー、じゃあこれ、エアリアにあげていい?」
「オレは別にいいぜ。でも、せっかくだし人間界に持って行って見せてからにしようぜ。な、ロビン」
「賛成!! みんな驚くよ!!」
「あたいも賛成!! レイオスたちに自慢できるぞー!!」
エアリアは、大喜びでアイテムボックスに核を収納。
レイノルドは滝の上を見上げる。
「あの上から先が、深度2か」
「ええ。灼熱地帯……それはもう、熱いところです。最低気温は四十度以上。最高気温は百度を超えます」
「ま、マジかよ……そういや、ハイセたちは一度踏み込んだらしいけどよ」
「パシフィスからのルートはかなり安全な地域なので。我々のルートは、一番過酷なルートなので、命の危機は当然ありますネェ」
「うええ……あたし、暑いのヤダなあ」
ロビンが嫌そうにすると、ロウェルギアは歯茎を剥き出しにして言う。
レイノルドはゲンナリしていたが、着替えていつものスタイルに戻り、髪も結び直したヒジリが言う。
「フン。暑いだけでアタシは殺せないわよ」
「私は魔法で外気温を調整するわ。とりあえず、あなたは必要ないわね。レイノルド、ロビン、ロウェルギア、エアリアはどう?」
「よろしく頼むぜ」
「では、ワタクシも」
「あたしも~」
「あたい、極寒のフリズド出身だから、暑いとかあんまわかんない感覚なんだよなー、せっかくだし少し暑いの我慢してみるぞ!!」
こうして、一行は滝の上の先から、深度2へ進むのだった。
◇◇◇◇◇◇
深度2、灼熱地獄地帯。
滝の上を進み、小さな森を抜けた先にあったのは、真っ赤な砂の砂漠だった。
まるでスパイスのような砂。レイノルドはしゃがみ、砂を手で掬おうとしたが、ロウェルギアが止める。
「おやめになった方がよろしいかと」
「あ? なんでだよ──……って、あっじぃ!?」
「わわ、レイノルド、大丈夫!?」
砂は、まるで火を直接触ったような熱だった。
ロビンはアイテムボックスから冷水のボトルを出し、レイノルドの手にかける。
エクリプスは言う。
「外気温は防御できるけど、熱を持ったモノを直接触るのはどうにもできないわよ」
「あちちちち!! つか、なんだよこの砂!!」
「『火砂』ですネェ。この砂、炎と同じ温度を持つ砂です。我々はエクリプス様の魔法で守られておりますゆえに平気ですが」
「あちちちち!! あっつい!! ブーツの底溶けたぁ!!」
ヒジリが砂の上でワタワタしていた。
エアリアは飛んでいるので問題ないが……汗をダラダラ流し、ヘエヘエと舌を出す。
「あ、あっづ……なんだ、ここ。あたい、あつい……」
エアリアは、フラフラと砂の上に落ちそうになった。エクリプスはパチンと指を鳴らすと、エアリアの周囲の気温が一定になる。
「おおお……気持ちいいぞ。エクリプス、ありがとー!!」
「大火傷して治療する方が面倒だから。ところであなた、まだ耐える?」
「フン、問題ないわ」
ヒジリは、汗をダラダラ流していたが、砂の上でも普通に立っていた。
よく見ると、ブーツを青い金属で包み込んでいる。
「『遮熱鉱石』よ。熱を遮断する金属鉱石で足を包んだわ。これなら、熱は伝わらないけど……あっづ」
「ねえヒジリ、無茶するのやめなよ~」
「別に無茶じゃないし。ふん」
足の裏の防御はできたが、外気温はどうにもならない。
ロウェルギアは言う。
「現在、五十二度といったところでしょうネェ。人間界には、これほどの気温はありますかな?」
「いや、ねぇよ……おいヒジリ、意地張らねぇでエクリプスに外気温の調整頼めって」
「イヤ。アタシ、こんな暑さなんかに負けないし
アイテムボックスから水筒を出し、グビグビ飲み、頭からかける。
「よし、進むわよ。ロビン、斥候おねがいね」
「うん、わかったよ」
「あたいも行くぞ!!
ロビンとエアリアが先行し、ヒジリはズンズンと歩き出した。
エクリプスはレイノルドに言う。
「おサルさんが危なくなったら、ちゃんと守るから安心して」
「頼むぜ。ったく、ヒジリのヤツ、めんどくせえ性格してるぜ」
レイノルド、エクリプスも進む。
そしてロウェルギアは砂漠の奥を眺めるように見た。
「さてさて……深度2最大の脅威、今回はワタクシも活躍したいですネェ。ククク……」
ロウェルギアは、歯茎を剝き出しにして笑い、レイノルドたちを追うのだった。
◇◇◇◇◇◇
砂漠地帯。火砂の上を進むレイノルドたち。
斥候に出たロビン、エアリアだが、すぐに戻って来た。
「ここ、遮蔽物がない、ず~っと砂地だから斥候の意味あんまりないよ。奥の奥の奥まで砂しかない」
「あたいも上空から見たけど、もう砂しかないぞ!!」
「マジか……まあしゃあねぇな。とりあえず、進むぜ」
「うぃぃ、水……あ~っつい」
ヒジリは汗を流しながら、アイテムボックスから水を出す。
エクリプスがクスっと微笑んで言う。
「冷やしてあげましょうか?」
「けっこーよ。アタシ、こんな暑さに負けないし。てか魔王、魔獣は?」
「フム……ご安心ください。このルート、魔獣が一匹しかいませんので」
「はああああああ!? なにそれ、アタシ戦いたいのにぃ!!」
ヒジリが怒る。すると、ロウェルギアはニコニコしながら言う。
「ご安心ください。その一匹ですが、この深度2で最強の魔獣です。ここは、その魔獣の縄張りでして……他の魔獣が一切入ってこないのです。ほぉら、来ましたよ」
ロウェルギアは指先に小さな『黒玉』を作り出し放る。
全員が、その黒い球が飛んだ方を見た。
すると……砂漠の遠くから、何かが飛んで来た。
「……ウッソだろ」
レイノルドが仰天する。
飛んで来たのは、直径二十メートルはありそうな『岩石』だった。
ロウェルギアが投げた『黒玉』が一気に膨張し、岩石を飲み込み、消滅する。
「『消滅玉』……ワタクシの黒球に触れたモノは、例外なく消滅する。ククク、初めてこの場で活躍できました」
「待て待て待て、今の、なんだ!? が、岩石……だよな」
「正確には、『火岩石』ですネェ。この火砂と同じ性質を持つ、深度2特有の岩石でして」
「んなのどうでもいい!! なんで、バカでかい岩石が飛んで来たんだよ!!」
「もちろん、我々が『なわばり』にいるからですよ」
ロウェルギアは、落ち着いていた。
遠くを見るレイノルドたち。だが、見えるのは巨大な岩石だけだ。
砂嵐でも起きているのか、影形しか見えないが、間違いなく岩石の山がある。
敵が見えない……ヒジリは構えていたが、汗を拭う。
「敵とかいないじゃん。アンタ、適当なこと言ってんじゃないでしょうね」
「イエイエ。敵はいますよ? というか……見えませんか?」
「はああ?」
「待って」
ロビンは気付いた。そして、青ざめた。
エアリアも上空へ向かい……青ざめて降りて来た。
エクリプスも、驚きに目を見開いている。
ロビンは指をさす。
「あの、魔王さん……あれ、なに?」
ロビンが指差したのは、遠くに見える岩石。
かなり大きい。だが、それは岩石のような岩山だ。
だが、ロウェルギアはニヤリと言い、丁寧に一礼する。
「お気付きになられましたか。そう、あれこそ、深度2最強の魔獣です」
「おいおい、何言って」
「レイノルド、あれ……見て」
「あ?」
ロビンは、震える手で指を刺した。
すると……遠くで起きていた砂嵐が消え、遠くがよく見えるようになった。
見えたのは、岩石の山。
「…………な」
「…………うっそ」
驚愕のレイノルド。ヒジリですら愕然とした。
見えていたのは、岩石でも、山でもなかった。
ロウェルギアは、どこか懐かしむように言う。
「恐らく、魔界最大の魔獣……その名も、『ナルムクツェ』です」
直径、数千メートル。
岩石の巨人だった。
十歩も歩けば、一つの町や村がただの更地になるサイズ。
二足歩行でヒトの姿をしているが、全身が岩石で形作られ、身体の隙間からは溶岩のような液体がドロドロ流れ落ちている。
指先だけで、一つの村を押しつぶせそうだった。この巨人からすればカリュブディスなど道端の小石と変わらない。
雲を突き破りそうなサイズの巨人は、ゆっくりと、ゆっくりと歩いていた。
まだ、レイノルドたちからはかなり距離がある。だが……間違いなく、視認している。
「……馬鹿か、あれ」
辛うじて、レイノルドが言う。
ロウェルギアは言う。
「ナルムクツェは、魔界最古の魔獣の一つです。七大災厄すら凌駕する圧倒的な大きさ、強さを持ちますが……見えますか? 顔の部分、欠けていますよね?」
確かに、顔が欠けていた。
何かがぶつかり、砕けたような跡があった。
「あれは、かつてノブナガ様が付けた傷と言われています。ノブナガ様は、ナルムクツェが深度2の砂漠から出ないことを条件に、命を救ったという話です。しかし、ナルムクツェの方も、砂漠から出ない代わりに、自分のなわばりに入る者は容赦しないとも言われています」
「お、おい、おい……そのなわばりって」
「もちろん、ここです。ああ、ですがなわばりから出れば、狙われることはないでしょう。さあ、深度2をさっさと抜けて、深度3へ向かいますか。ここからは、ナルムクツェが我々を追い出そうと攻撃してきますよ」
ロウェルギアは、さっさと歩き出した。
エクリプスは、ヒジリに聞く。
「ねえ、アレとも戦う?」
「…………ごめん。絶対無理」
ヒジリにしては珍しく、戦う前から敗北を受け入れているのだった。