災厄封印ゲート『イゾルデ』⑥/BOSS・カリュブディス
エアリアの光翼で、ヒジリとエアリアは上空へ。
そして、真正面に現れたのは、まるで巨大船のような大きさの『カリュブディス』の顔だった。
どこか、ツルツルしたドラゴンのような顔だった。ツノなのかイボなのか不明だが、頭部にはゴツゴツした突起がいくつも生えている。
そして口。鋭利な牙ではなく、あらゆるものを噛み砕き、すり潰す、ゴツゴツした岩石のような歯が百本以上、不揃いに並んでいた。
まさに岩石地帯。口に入れば命はない。
ヒジリは、一筋の冷や汗を流す。
「アタシの人生、これだけのサイズの魔獣と戦うの、初めて……」
ブルリと武者震い。間違いなく十八年の人生で最強、最大の魔獣。
カリュブディスにとって、ヒジリのサイズはコバエのようなものだろう。真っすぐヒジリを見ているが、そこに敵意は感じられない。
ヒジリは、右腕をグルグル回転させる。
「エアリア、真正面!!」
「おう!!」
「まずは……開幕、一発!!」
ヒジリは、エアリアの操作でカリュブディスの真正面へ。
カリュブディスに動きはない。エアリア、ヒジリは正面から別れ、それぞれカリュブディスの側頭部へ移動する。
「金剛拳、怒式!! 『毘沙門激怒』!!」
「『イーグル・スパイラル』!!」
金剛石の、直径十メートルほどの『拳』が形成され、カリュブディスの右側頭部を。
翼をいくつも生やし、高速回転しながらのドロップキックが左側腹部に突き刺さる。
会心の一撃……だが、巨岩を殴ったような、蹴ったような感触しか感じない。
「か、硬い……!? あ、アタシの金剛拳が」
「あ、あたいの必殺技が」
効かない。
それどころじゃない。カリュブディスは欠伸をした。
その欠伸ですら空気を振動させ、衝撃波となってヒジリとエアリアを襲う。
「「~~~~っ!?」」
ビリビリと、身体が振動した。
エアリアの光翼がブレ、消えそうになる。が……突如現れたエクリプスが、ヒジリとエアリアの前で手をかざすと、衝撃波が中和された。
「大丈夫?」
「アンタ、どうやって……」
「空を飛ぶ魔法くらいあるわ。それと」
すると、地上から大きな『鶴』が、レイノルドたちを乗せて飛んで来た。
エクリプスの魔法生物だろう。エアリアは「うう、空はあたいの戦場なのに!!」とくやしがっていたが、エクリプスは無視。
鶴に乗ったレイノルドが言う。
「おい!! 無茶すんな。っていうか……コイツ、オレらのこと敵と見てねえ!! 余計なことして怒らせる前に、さっさと深度2に行くぞ!!」
「……やだ」
「おいヒジリ、てめえ、いい加減にしろ!!」
怒るレイノルド。リーダーとして、ここは引けない。
怒りつつも、視線を一瞬だけエクリプスへ……エクリプスは小さく頷き、さりげなくヒジリの視界に入らないように移動する。
ヒジリを気絶させても、先に進む。それが答えだった。
すると、ロウェルギアが言う。
「フゥム。確かに無理をして戦う必要はないですネェ。ワタクシも賛成ですが……一つ、勝つ方法を思いつきました」
「あ?」
「え、マジで? なになに?」
「簡単ですよ。カリュブディス……あれはどんなに大きくても『生物』です。血が流れ、心臓が動き、脳で思考し、内臓が機能している。さて、今言った中で、最も大事なのは?」
「……心臓?」
「おしい。答えは脳……脳が死ねば、生命活動は停止します。狙うなら脳しかありません」
「脳……どうやってやんのよ」
「ホホホ。見てください、カリュブディス……大きな口、鼻、耳、それと柔らかそうな眼球と、侵入手段はいくつもある。先ほどの攻撃、まあ悪くありませんでしたが……なぜ、硬い外殻を攻撃したのか理解に苦しみますネェ」
「うっさい。レイノルド、聞いた? アタシもコイツの話聞いて、勝機見えたわ」
「…………あああもう。ほんっと馬鹿だなお前。意味ないだろうが」
「ある」
ヒジリは、自分の胸をドンと叩く。
「アタシはヒジリ。戦うこと、強くなることが生き甲斐のS級冒険者よ。目の前にこんな敵が現れて逃げるなんてしたくない。強者と戦い、勝利し、生きてることを実感したい」
「「「「…………」」」」
薄紫のポニーテールが揺れる。
浮かべる笑顔は、力強く、雄々しく、猛々しく……そして、美しかった。
「今、この瞬間が……アタシの、生きてる時間よ。だから、アタシは戦いたい」
不思議だった。
カリュブディスは馬鹿げたサイズだ。人間界でもこれだけのサイズの魔獣はそういない。
間違いなく、討伐にはスタンピード規模の編成が必要だ。
だが、この場にいる四人は、カリュブディスよりもヒジリが強く見えた。
エクリプスはクスっと微笑む。
「うかうかしていると、序列二位の立場を奪われるかもしれないわね」
エクリプスは、『黄金禁忌の書』を手に取る。
ロビンも、アイテムボックスから新しい弓を取り出した。
「あたし、援護する。お兄ちゃんからもらった、この『グシス・ナウタル』で」
S級冒険者序列五位ウル・フッドが本気の戦闘で使う弓だ。魔界に行く前、ロビンがもらった(実は貸しただけなのだがロビンはもらったと思っている)弓である。
エアリアは、ヒジリに手をかざす……すると、ヒジリの翼が虹色に輝いた。
「ぐ……『虹の翼』……あたいの、とっておきだ。感謝しろよ、ガイストのおっさんと編み出した切札、ハイセだって知らないんだぞ!!」
「わお……なんかすっごい」
レイノルドは大きくため息を吐き、ヒジリに手を向ける。
すると、ヒジリのジャケットの防御力が上がった。
「防御力を上げた。意味はそんなにないかもしれねぇけど……ったく、負けたよ。好きにやれ。ただし……お前が死んだら、オレらは先に進むぜ」
「構わない。ふふん、負けないけどね」
「素晴らしい!! ううう、ヒジリ様……アナタの気高さ、美しさ、ワタクシ、感服いたしました!! では、援護しますか?」
「いらない。アンタの黒いやつ、なんかキモイし」
「おおおっほっほ!! そんなこと言われたのは初めてですネエ!!」
ロウェルギアは爆笑した。
エクリプスは、黄金の本から一枚のページを抜き、そこから黄金の小瓶を取り出す。
美しい装飾のされた小瓶をヒジリに渡した。
「飲みなさい。これは、『黄金禁忌の書』禁止項目の三枚目。『神が流した奇跡の涙』よ。飲めば二十四時間、十二の命を得ることができる」
「マジ? ってかアンタ、こんなわけわかんないモン、魔法でどうやって作んの?」
エクリプスはその質問には答えず、ヒジリは薬を一気飲みした。
すると、ヒジリの身体が淡い黄金に包まれる。
「おおお!! なんか強くなった気がする!!」
「気のせいよ。ただ、十二回死んでも死なないだけ」
「じゃあ行ってくるね!! 援護、いらないから!!」
黄金に輝き、虹色の翼を広げ、ヒジリはカリュブディスに向かって突進していった。
◇◇◇◇◇◇
虹の翼は、ヒジリの意思で動かせた。
十二の命を得た。ジャケットの防御力が上がった、そして。
『ブオオオオオオオオオオオオ!!』
カリュブディスの雄叫びで、周囲が震えた。
そして、カリュブディスの『歯』に挟まっていたのか、魔獣の骨や岩石などが飛んで来る。
攻撃の意思ではない。ただ、ヒジリが向かって来たから吠えただけ。
ヒジリは、飛んで来る石や骨を叩き落とそうかと考えた……だが。
「行って!!」
ロビンの声。
同時に、背後から大量の『矢』が放たれ、飛んでくる岩や骨を全て撃ち落とした。
矢の威力、速度が桁違いだ。
一本金貨五十枚もするオリハルコン製の矢を、ロビンは後先考えずに放っていた。
「ありがと!!」
ヒジリは飛ぶ。
飛んでくる岩や骨は全て、ロビンが撃ち落とす。
「よっしゃあ!! 行くわよ!!」
ヒジリは急上昇し、右手にアクアブルーの巨大槍を、左手にエメラルドグリーンのハンマーを具現化した。
「金剛拳、『水青方天戟』!!」
アクアマリンの巨大槍を全力で投擲。
槍は、カリュブディスの目……ではなく、目頭の部分に激突した。
そして、ヒジリはエメラルドグリーンのハンマーを、巨大なエメラルドグリーンの手が掴み、振り下ろす。
「金剛拳、『緑翡翠大槌』!! どらっしゃああああああああい!!」
ズドン!! と、目頭に水色の槍が突き刺さった。
これには、さすがのカリュブディスもノーダメージとはいかなかった。
『グオオオオオオオオオオオアアアアアアアア!!』
「ッ!?」
頭をめちゃくちゃに振り、痛みで暴れた。
人間の目で言うなら、目頭に串焼きの串が刺さったような状況だ。
そして、大暴れするカリュブディスの頭に、ヒジリが直撃した。
「──っぶ」
バン!! と、破裂した。
同時に、黄金に輝きヒジリの傷が治る。
死んだ。ヒジリは、衝撃で破裂し即死……だが、エクリプスの薬で蘇生した。
「うっわ……死ぬもんじゃないわね」
ジャケットも爆ぜ、上半身裸になったが気にしていない。
虹の翼も消えていない。傷は全て消えている。
ヒジリは真っすぐ、暴れるカリュブディスに向かっていく。
「う、っぎ……」
『ゴアア、ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!』
痛みで暴れるカリュブディス。
叫びが衝撃波となり、ヒジリの身体が揺さぶられる。
目や耳、鼻、口から出血。内臓も損傷し、猛烈な痛みが襲う……が、すぐに回復した。そう、死んだのだ。そして蘇生した。
叫び声だけで死んだ。まだ、十回も死ねる。
「金剛拳、爆式!! 『轟魔弓』!!」
足を突き出し、いくつもの金属を纏わせながらの飛び蹴り。
衝撃波で足がねじ曲がり、ゴキゴキと砕け散る。何度も吐血し、そのたびに蘇生する。
そして、七回目の組成が終わり、ヒジリは全速力でカリュブディスの目頭に激突。
「おおおおおおあああああああああああ!!」
ぐちゃぐちょボジュ!! と、柔らかい肉が全身を包み、温かい血がヒジリを濡らす。
硬い何かに足が当たった……頭蓋骨だ。
「こん、剛、けん……!! 爆式!! 『紅蓮爆虎』!!」
正拳を叩きこんだ瞬間、爆発した。
アイテムボックスから油、そして火打石を出し、頭蓋骨に叩きつけたのだ。
偶然にも、カリュブディスの目元にガスが発生しており、それに引火して爆発したのだ。
ヒジリの左腕が肘から焼失したが、ヒジリは止まらない。
「があああああああああああああああああああ!!」
泳ぐように、カリュブディスの肉をかき分けながら進み……ピンクの、グニャグニャした何かが見えた。
それは、カリュブディスの脳。
ヒジリはその場で身体をすぼめ、一気に飛び上がり、僅かな空間を作った。
そして、身体が淡く輝き怪我が全て治癒……また、死んだ。
なくなった左手も復活し、ヒジリは合掌。
「金剛拳・終式!! 『金剛観音千手神像』!!」
脳を破壊するように現れた千の手を持つ神像が、ヒジリと合わせて脳内で大暴れした。
◇◇◇◇◇◇
少し離れた場所で、レイノルドたちはカリュブディスを見ていた。
「おいおい、どうなったんだ……」
ヒジリが目頭から体内に突入すると、カリュブディスはただ痙攣するだけになった。
そして、数分後……カリュブディスは白目を剥き、そのまま倒れた。
「行きましょう」
エクリプスを先頭に、レイノルドたちは倒れたカリュブディスの頭部へ。
近付くと……カリュブディスは、死んでいた。
ロウェルギアが耳を向けて言う。
「おお、鼓動は停止……間違いなく、死んでいますな」
「え、え……ヒジリは?」
「あたいの翼も、消えちゃったぞ……」
ロビン、エアリアがカリュブディスをジッと見る。
すると……カリュブディスの目頭から、ヒジリが這い出してきた。
「勝ったぁぁ……けど、すっごい最悪。くっさいし、ヌメヌメ、ドロドロ、ううう、今日は肉食べたくないわ……」
「ヒジリ、って……わわわ!! レイノルド、魔王おじさん、あっち向いてて!!」
「お、おう」
「魔王おじさん、とはワタクシのことで?」
レイノルド、ロウェルギアは回れ右をした。
ヒジリは全裸だった。ポニーテールを結んでいたリボンも消え、腰まであるロングヘアは血肉まみれ。蘇生したのか怪我は消えていた。
女性陣が近づく……が、あまりの臭いに立ち止まる。
「ヒジリ、臭い……」
「うっさいわね。ねえエクリプス、お湯出してお湯」
「便利道具みたいに言わないでくれるかしら」
そう言いつつも、エクリプスは指先から適温の湯をシャワーのように出し、ヒジリの真上から落とす。
ヒジリは身体を洗い、ロビンが石鹸を投げ渡す。
「あー楽しかった。いやー、何度も死ぬってなんかイヤな感じ」
「……あなた、十回死んでるわね」
「うっそ……ギリギリだったわー」
「てかヒジリ。このカリュブディス、討伐レートSSS以上あるよね……ほとんど一人で倒しちゃった」
「まあ、倒したのアタシだけど、一人で倒したなんて思ってないわ。みんなの勝利よ」
ヒジリはにっこりと、全裸で笑みを浮かべる。
エアリアもウンウン頷き、ロビンはホッとため息を吐き、エクリプスは苦笑した。
「おーい、まだか?」
「ワタクシ、女性の裸体になど興味ございませんがネェ」
「まだダメー」
「あ~気持ちい。あ、そうだ!! ねえねえ、こいつの肉も冷凍しておいて。アタシ、あとで焼いて食べる!!」
「あ、あたいも食いたい。今日の晩飯だ!!」
こうして、推定討伐レートSSS以上の大魔獣、カリュブディスは討伐。
レイノルドたちは中央平原『深度2』へ進むのだった。





