挑戦
ハイセは、ガイストに呼ばれギルマス部屋に来ていた。
ハイセは出された紅茶を一気に飲み干した。おかわりを注ぎつつガイストは言う。
「お前に、指名依頼が来ている。クラン『神聖大樹』のマスター、アイビスからだ」
「指名依頼? 四大クランの長が、俺に?」
「先の、スタンピード戦でお前の話を聞いたんだろう。で、どうする? 同じS級冒険者同士なら、受けなくても構わんぞ」
「それ、俺が受ける気ないって思ってますよね」
「ああ。そろそろ、出発する頃だと思ってな……」
ハイセは、討伐依頼を受けながら、旅立つ準備をしていた。
南方に位置する砂漠の国ディザーラ。そこにある『デルマドロームの無限迷宮』へ向かう準備。
ハイセは、スタンピード戦での報酬を全てつぎ込み、新しいアイテムボックスを買った。時間停止機能があり、広さも小さな町が一つ入るくらい大きな、この世界で最も高いアイテムボックスである。
ここに、大量の野営道具、食料を入れていた。
食料は約二年分、野営道具は二百名分である。道具の損傷などで使えなくなった場合に備えての準備だ。やや過剰気味だが、多いに越したことはない。
古いアイテムボックスにも、大量の食糧や水を保管してある。薬草、傷薬、医薬品も大量に用意して保管してある。
ハイセ一人で、中規模で疫病が発生しても対処できるくらいの食料、薬品、道具が揃っていた。
禁忌六迷宮に挑む……ハイセがついに、夢への一歩を踏み出す時だ。
「使える武器は五十を超えたし、切り札も出来た。射撃訓練で全部の武器を使えるようになった。後は俺がヘマをしなければ、禁忌六迷宮をクリアできる」
「…………本当に、行くんだな?」
「はい。禁忌六迷宮をクリアして、俺は最強の冒険者になります」
「一人で、か?」
「はい」
そこに、迷いはなかった。
かつて、仲間に裏切られ、追放され、たった一人でここまで強くなった少年の、本気の答えだった。
もう、ガイストは何も言えない。
「わかった。依頼の方は断っておく……ハイセ、本当にいいんだな?」
「はい」
「……わかった」
ガイストは頷き、アイビスの依頼書を丁寧に折りたたんだ。
◇◇◇◇◇◇
「何ぃぃ? 断っただと?」
クラン『セイクリッド』の執務室にあるソファでゴロゴロしていたアイビスは、ガイストが直々に持って来た『不受理』の依頼書を見て唸る。
ガイストは言う。
「S級冒険者がS級以下に命じるのは断りにくいが……同じS級同士だ。たとえ指名依頼でも、断るのに問題ない」
「むぅぅ……久しぶりに、ハイセに会えると思ったんだがの」
依頼書を折り、アイビスはゴミ箱へ捨てた。
ガイストは、執務をするサーシャの机に、一枚の羊皮紙を置いた。
「お前宛てに、指名依頼も来ている」
「え……?」
「断っても構わんぞ。その時は、ワシがやるからな」
「……?」
羊皮紙を確認すると、そこに書いてあった依頼者の名前が『ハイセ』だった。
驚き、内容を確認する。
「…………」
「そういうことだ。どうする?」
「……受けます」
「わかった。こちらで処理をしておこう」
ガイストはポケットから判子を取り出し、『受理』の印を押した。
アイビスはソファに転がりながら首を傾げる。
「む? 何か面白いことでもあったのかの?」
「ふ……若者の心は難しい、ということだ」
ガイストは苦笑し、「?」を浮かべるアイビスはソファに転がった。
◇◇◇◇◇◇
朝食を食べたハイセは、宿の受付カウンターに多めに金貨を置いた。
「延長、一ヵ月以上。ちょっと南方まで行く。部屋はそのままにして、掃除だけよろしく」
「……はいよ」
店主は新聞を広げ、足下の瓶に金貨を入れた。
ハイセが宿を出ると、プレセアがいた。
「南方、禁忌六迷宮に挑むのね」
「……ああ」
歩き出すと、プレセアも付いてくる。
ハイセはチラッとプレセアを見たが、プレセアは付いてくる気満々のようだ。
ため息を吐き、歩きながら言う。
「お前、付いてくる気か?」
「ええ」
「…………はぁ」
そのまま、二人並んで城下町を歩いていると、ハイセは言う。
「これから向かうのは南方。ディザーラ王国だ」
「ええ」
「俺はS級冒険者だから、申請すれば『デルマドロームの大迷宮』に入れる。でも、B級のお前は申請しても入ることはできない。まぁ……お前のことだから、俺の仲間だとか言いそうだし、姿を消してこっそり付いてくるかもしれないな」
「さぁ、どうかしら」
「俺に、仲間はいない。俺は一人で、禁忌六迷宮に挑む」
「…………」
「悪いな。お前はここまでだ」
ハイベルク王国の南門。
門を抜けた先にいたのは、サーシャだった。
「サーシャ? どうしてここに───」
プレセアが疑問符を浮かべた瞬間、サーシャの手刀がプレセアの首に叩き込まれ、プレセアの意識が刈り取られた。
ぐったりするプレセアを、サーシャが抱きかかえる。
「依頼達成だ。報酬はギルドからもらってくれ」
それだけ言い、ハイセは歩き出す。
その後姿に、サーシャは言う。
「ハイセ」
「…………」
「私たち『セイクリッド』は、準備が整い次第、西方にある『ディロロマンズ大塩湖』を攻略する。お前が先に禁忌六迷宮に挑むが……私は、負けないぞ」
「…………」
ハイセは、振り返る。
サーシャは、近くの木にプレセアを優しく下ろし、ハイセに近づく。
「お前はお前の道を。私は私の道を進む。私は最高のチームで、お前は最強の冒険者として、禁忌六迷宮を攻略しよう」
「ああ」
「ハイセ、一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「私は、再び……お前と幼馴染の関係に、戻れるか?」
「無理だな。俺はもう、お前の後を付いていたハイセじゃない。俺は、冒険者ハイセ。お前も、冒険者サーシャだろ?」
「そうだな。でも……繋がりは、残しておきたい」
サーシャは、ハイセの腕を掴んで軽く引く。
そして……ハイセが少し傾いた瞬間、その頬にサーシャはキスをした。
「ッ!?」
「ハイセ。私はどうやら、お前との繋がりは断ちたくないようだ」
「おま……」
「次に会う時は、互いに『禁忌六迷宮を攻略した冒険者』として会おう」
サーシャは離れ、プレセアを抱き上げ、去って行った。
その耳が真っ赤に染まっていたのは、おそらくハイセの見間違いだろう。
ハイセは、サーシャが見えなくなるまで見送った。
そして、前を向いて歩き……頬を、そっと撫でた。
「繋がり、か……」
思い出すのは、幼馴染のサーシャ。
ハイセは少しだけ笑っていた。
そう、自分は……いや、自分も……サーシャに恋をしていた。
それを思い出し、一度だけ振り返る。
「じゃあな、サーシャ。またいつか……」
この日から半年……ハイセは、ハイベルク王国から完全に姿を消した。