スタンピード戦⑤
プレセアは、遠距離攻撃部隊に配置され、その力を遺憾なく発揮していた。
能力『精霊使役』
ハイセに言ったのは、『精霊同士で遠距離会話』と『精霊が姿を消してくれる』の二つだけ。ここにもう一つ、『精霊が宿す属性を物に付与する』ことができるのだ。
つまり、プレセアは自分の矢に、地水火風の属性を付与し、放つことができる。
「……『火』」
そう呟くと、プレセアと、プレセアと同じ『能力』を持つ者にしか見えない『精霊』が、プレセアの矢に炎を灯す。
すると、鏃が燃えた。
メラメラと燃える鏃。
ちなみに、精霊の炎は精霊の水でしか消すことができない。
プレセアが矢を放つと、ゴブリンの脳天に突き刺さり一気にゴブリンが燃え上がる。
さらに、プレセアが指を鳴らすと、鏃にくっついていた精霊が、周りにいたゴブリンたちを一斉に燃やした。
「数が減らないわね……」
プレセアは、迷うことなく最前線部隊で銃を乱射するハイセに視線を向ける。
ハイセには精霊をくっつけているので、王都にいればどこにいても場所がわかる。
ハイセは無事なようだ。だが、サーシャを襲ったゴブリンをハチの巣にし……サーシャが、ハイセに抱きついている光景を見てしまった。
「…………」
プレセアは、口をキュッと結ぶ。
「『風』」
そして、鏃に風を乗せて放つ。
魔獣に刺さった鏃を起点に、暴風が巻き起こった。
「……別に、気にしてないし」
そう言い、別の鏃に属性を乗せて放った。
◇◇◇◇◇◇
サーシャは、レイノルドと共にクラン『セイクリッド』のクランホームへ戻った。
戻るなり、サーシャは自室へ駆け込み服を全て脱いで全裸となる。
新しい下着、鎧下、髪を整え、装備を身に付ける。
そして、剣を腰に差し準備完了。五分で支度を終え、ホームを出た。
「大丈夫なのか?」
「ああ……もう、大丈夫」
全てを振り切った表情で、サーシャは空を見上げる。
今、こうしている間にも、魔獣たちは進行を続けている。
「レイノルド。迷惑をかけた……」
「気にすんな。仲間じゃねぇか」
「ああ、ありがとう」
サーシャは笑う。
レイノルドは、その笑顔を見て、顔をしかめそうになった。
レイノルドが惚れたサーシャは、自信たっぷりで、決してあきらめることがなくて、迷いのないすっきりした表情をいつもしている。
今のサーシャは、輝いていた。
「さぁ、行こう!! 魔獣を食い止め───いや、殲滅する!!」
ホームを飛び出したサーシャの全身が、白銀ではなく黄金に輝きだす。
今、まさに……サーシャの『能力』が成長した瞬間だった。
サーシャが走り出すと、一瞬でレイノルドを振り切り、ほんの一分足らずで最前線に戻る。
サーシャは跳躍。正門を飛び越え、腰の剣を抜き、思いきり薙いだ。
「黄金剣、『空牙』!!」
銀を超え、金となった闘気が刃となって飛ぶ。
『ソードマスター』の力が、真に覚醒した瞬間でもあった。
黄金の刃が、数百の魔獣を薙ぎ払う。
「さぁ来い!! 我が剣が折れない限り……ここから先には、決して行かせん!!」
その声は、戦場に響いた。
黄金の闘気が、サーシャが、S級冒険者たちの、全ての冒険者たちの注目を浴びていた。
「ふ……やはり、ボクらのリーダーは違うね」
タイクーンが、魔法部隊の中心となり魔法を連射しながら言い。
「はふぅん……」
その凛々しさにピアソラが気絶。
「えへへ、あたし……サーシャのチームでよかったよ!!」
ロビンが気合を入れた。
追いついたレイノルドは「惚れ直したぜ、マジで」と呟いた。
そして───誰よりも魔獣を殺していたハイセは、大型拳銃を投げ捨てショットガンを構えながら……小さく微笑んだ。
「おっせえよ、サーシャ」
ズドン!! と、ショットガンが火を噴いた。
まるで、サーシャを迎える祝砲のような音がした。
◇◇◇◇◇◇
サーシャが現れたことで、戦況が一気に変わった。
まず、黄金の闘気を纏ったサーシャが、S級冒険者二十人以上の働きをするようになった。
剣を薙ぐと必ず黄金の闘気が放たれ、敵を両断した。
接近する魔獣は、サーシャの剣技で細切れにされた。
そして、中距離。
ハイセのショットガン、グレネードランチャーが、近づく魔獣を粉砕する。
「くっ……」
ケイオスは、サーシャに向かって毒のナイフを投げたが、黄金の闘気に触れた瞬間に砕け散った。
毒に侵し、介抱するフリをして遊んでやろうと思ったのだが、あっけなく終わった。
「目覚めちまったな、クソ……」
たまにあるのだ。
逆境を乗り越え、『能力』がさらに強くなることが。
今のサーシャがまさにそれ。
何があったのかは知らないが、吹っ切れたことで能力が進化したのだ。
能力『ソードマスター』は、闘気を纏い、神技級の剣技を使用することができる、刀剣系最強の能力だ。
マスターと名がつく能力は、総じて強い。
「チッ……まぁいい。あんなガキ、元から興味なんてないしな」
ケイオスの興味は完全に消えた。
◇◇◇◇◇◇
ハイセが銃を乱射すること半日。
ようやく……終わりが見えてきた。
膨大な数だった魔獣は、残り数百にまで減った。
辺り一面、魔獣の死骸だらけだ。遠くに、ポツポツと魔獣がいるのがわかり、こちらに向かって走って来るのが見える。
ハイセは両手に大型拳銃を構え、近づいてくる魔獣に向かって発砲……最後の一匹であるオークが穴だらけとなり、ズズンと倒れた。
そして、上空にいる鷲が叫んだ。
『皆、ご苦労だった!! 殲滅完了、殲滅完了だ!! スタンピード戦は、我らの勝利だ!!』
冒険者たちが雄叫びを上げた。
武器を投げ捨てたり、泣き出したり、仲間同士肩を寄せ合ったり、歌いだしたり、笑い合ったり。
仲間たちが、大勢笑っていた。
怪我人、死人も多く出た。だが……今は、終わった喜びをかみしめていた。
「…………」
ハイセは大型拳銃を腰に差し、その場を後にする。
すると、鷲がハイセの肩に止まった。
『どこへ行く』
「宿へ戻ります。夕食近いんで」
『……ハイセ、こんな時くらい』
「こういうの、嫌なんです。一人でのんびり過ごしますんで」
『片付けがあるんだがな』
「スタンピード戦の俺の報酬、『片付けの免除』でお願いします」
『……やれやれ』
そう言い、鷲はハイセの肩から飛び去った。
ハイセは、誰にも気付かれないように、その場を後にした。
◇◇◇◇◇◇
サーシャは、大勢の冒険者たちに囲まれていた。
「ありがとう、ありがとう!!」「あんた英雄だ!!」
「やるじゃないか、お嬢ちゃん」「見直したぜ!!」
S級冒険者たちも、サーシャを讃えていた。
中盤から後半にかけ、サーシャの活躍は恐ろしいものがあった。S級冒険者たちがサーシャを認め、サーシャの咄嗟の命令を聞くまで認めてくれた。
サーシャは、S級冒険者たちから感謝の言葉を聞きながら、周囲を見渡す。
「……」
「探しているのか?」
「え、あ……」
S級冒険者のジョナサンが、サーシャに言う。
だが、首を振った。
「『闇の化身』なら、ガイストの旦那が終わりを宣言すると同時に帰ったぜ。やれやれ……あいつも、お前さんと同じくらい働いたし、魔獣を屠ったけどよ、協調性に欠ける。そういうのは評価されないぜ」
「…………すみません、私ちょっと!!」
冒険者たちの間を抜け、サーシャは走り出す。
すると、指揮をしていたガイストが現れた。
「サーシャ」
「ガイストさん、ごめんなさいっ!!」
「待て。ハイセなら、スラム街の裏通りだ」
「え……」
「あいつも、ねぎらいの言葉くらいは受け取るべきだろうな」
ガイストは、「ここは任せていけ」と言い、サーシャは走り出す。
途中、レイノルドとタイクーン、ロビンとピアソラがいたが、サーシャは無視して走りだした。
城下町に入り、スラム街近くまで行くと。
「あ」
「……あなた、サーシャ?」
プレセアがいた。
ハイセと共にいたエルフの少女だ。
なぜ、ここにいるのか? 答えは、聞かなくてもわかる。
「英雄様が、ここにいていいの?」
「……私は、英雄じゃない」
「そ」
プレセアは、スラム街へ。
サーシャもプレセアと並んで歩く。
「付いてくる気?」
「こちらに用があるだけだ」
「そ……ハイセのところ?」
「ああ」
「そ……くすっ」
「……何がおかしい?」
「いいえ。あなた、嫉妬してる小娘みたいで可愛いな、って思って」
「なっ」
「ふふ。いいわ。一緒に行きましょ」
「お、おい!! 今のは、どういう」
二人の少女は並んで歩き出す。
ハイセの住む宿に、二人並んで現れ、ハイセを困惑させるのは……また別のお話だ。