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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第二章「恋のウォーミングアップ」
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10.デートは二人が楽しければいいのだ(SIDE ユキ)



 朝、目が覚めて真っ先にやったのは、これが夢じゃなくて現実であることの確認だ。冷蔵庫を開けると、長谷川がくれたチョコが大切にしまわれている。オッチャンが間違って食べないよう、「食ったらコロス」のメモ付きだ。ああ、やはり昨夜のできごとは現実だ。長谷川が俺の彼女になった。ああああ~(咆哮)



 イエス! イエス!!! 俺と長谷川は天下御免の恋人同士だ、バラ色の日々が始まるぜ! 好きな女の子と付き合えるって、こんなに浮かれるもんなんだな。さあ、どうやって愛を深めていこうか。


 そう考えて俺はハッと気づいた。今までは女にリクエストされるがままで、自分でデートを計画したことがなかった。そこで、焦った俺は経験豊富そうな高橋に相談してみた。そしたら実にわかりやすい答えが返ってきたんだ。



「そんなの相手によるだろ。デートにマニュアルなんてねえよ。彼女と自分が一緒に楽しめるところを考えてみろ」



 それもそうだ。俺と長谷川なら、やっぱり体を動かすレジャーがいいだろうな。昔、印象派の絵画展に連れていかれて、歩きながら寝たことがある。きっと長谷川もそういうタイプだ。よし、俺たちらしいアクティブなデートを計画してみよう。






 というわけで、俺たちが初デートとしてやってきたのが、郊外にあるフィールドアスレチックだ。山の斜面や自然の森を利用し、体力レベルに合わせたコースが用意されている。もちろん俺たちは最もハードなコースを選んだ。まずはスタート前に軽くアップを行う。遊びだろうが、体を動かす前には準備を怠らないのがアスリートだ。



「ここ、来たいと思ってたので嬉しいです!」



 ジャージ上下をバシッと決めて、長谷川がキラキラと瞳を輝かせる。くぅ~っ! そう来なくっちゃ! それを聞いて俺も気分が上がってきた。しかも長谷川が実にいい動きをするんだ。さすが体育学部!


 トンネル状に編まれたロープの中をくぐるアクティビティでは、強靭な四肢の力とバランス感覚を発揮して、超高速で向こうまで抜けきった。また、初体験だというボルダリングでも、ぐいぐい一気に上まで登り切った。俺も手加減しなくていいので楽しい。満面の笑みを湛えながら超速でアクティビティをこなすカップルに、周囲はドン引きしているが気にしないぜ!



 約50種類のアクティビティをこなした俺たちは、心地よい疲れを抱えて電車に揺られていた。高校時代、痴女やストーカーに悩まされて以来、フルフェイスのヘルメットをかぶってバイク通学しているので、電車に乗るのは久しぶりだ。たまには公共交通機関もいいな。長谷川と二人、ジャージ上下でゴリゴリの体育会系臭を醸しているので、誰も絡んでは来ないだろう。



「お腹すきましたね~」



 長谷川が待ちきれないと言った顔で、腹に手を当てる。今から俺たちは紅南飯店に突撃するのだ。カウンター7席、プラスチックの4人卓が二つの小さな中華料理屋だ。今まで付き合った女たちなら不機嫌になるだろうが、長谷川は「餡かけ炒飯」のことを考えつつ大量のエンドルフィンを放出している。ははは、俺もだ! ついでに餃子とから揚げも注文しよう。長谷川はうまそうに食うので、一緒に食事をするのが楽しい。






「近いうち、俺んちに飯食いに来ないか」



 紅南飯店でめいっぱい食ったあと、腹ごなしに歩いて長谷川を家に送る道すがら、次回の家デートを提案してみた。長谷川と俺の家は、チャリで飛ばして10分ほど(一般人なら20分)。近いけれど近すぎない、ちょうどいい距離だ。お陰でこうしてもう少しだけ一緒にいられる。かーっ、いつから俺はこんなロマンチックな男になっちまったんだか。



「えっ、先輩、料理できるんですか」


「おうっ、何でも一通り作るぞ」



 鮮魚コーナーで鍛えた包丁技、そしてオッチャンと二人暮らしの飯の支度で、俺はだいたいの家庭料理ならこなせるようになった。もとから料理は嫌いではない。さらには洗濯やアイロンがけ、風呂掃除なんかもマメにやる。わりと家庭的な男なんだよ、俺は。



「ぜひ食べさせてください。私、デザート作っていきます」



 そういうわけで次の日曜日、長谷川がお手製のアップルパイと共に我が家にやってきた。普段からお姉さんと一緒にお菓子を作るそうで、まるで売ってるやつみたいに上手だ。この間のチョコも美味かったしな。


 俺は、刺身の盛り合わせとポテトサラダ、そしておでんを作った。長谷川がにこにこしながら大根を食べている。俺も長谷川のアップルパイを美味しくいただいた。ああ、なんて微笑ましく順調な交際のすべり出しだろう。


 ほんと、ラブラブでいい感じだったんだ。レジを閉めて帰ってきた、ひげ面の四十路さえいなけりゃな。



「ユキ、そろそろ長谷川さんを送ってあげなさい」



 図々しくもオッチャンは、俺と長谷川のラブい空気に割り込み、すすめられるままパイまで食いやがった。そして10時を過ぎると長谷川を家に帰せと言いだしたのだ。


 わかってるよ、「節度のあるお付き合いを」って言うんだろ。俺だってそのつもりだ。今度ばかりはじっくり固めていくつもりなんだから、外野がごちゃごちゃ言うんじゃないよ。しかし長谷川は性格が素直なので「すいません、遅くまでおじゃまして」なんて恐縮している。まあ、そういうところが彼女のいいところなんだが。






 名残惜しい気持ちを引きずりつつ、長谷川を送って家に帰ると、おっちゃんがスポーツニュースを見ながらビールを飲んでいた。



「ちゃんと送って行ったか」


「おう」



 部屋に入ろうとしたら、オッチャンが冷蔵庫からもう一本ビールを取り出してテーブルに置いた。俺にも飲めということだろう。俺が向かいに座ってプルタブを開けると、いつになく真面目モードで話し始めた。



「お前、長谷川さん、大事にしろよ。お前のことはガキの頃から見ているが、あの子はお前の今までの人生で、いちばんの大ヒットだぞ」



 普段、俺の付き合いには口出ししないオッチャンが、珍しいこともあるもんだ。長谷川はスーパーのバイトでなじみがあるから、彼なりに応援してくれているのかもしれない。俺だって長谷川はようやく巡ってきたチャンスだと実感しているぜ。



「おう、そのつもりだよ」


「それならいい。大事な縁は、手放しちゃいかん」



 過去になんかあったんだろうか。そう言えばオッチャンの女関係って聞いたことないな。まあ、四十路で独身だから、それなりにいろいろあったと思うんだが。



「オッチャンはさ、今まで誰かいなかったの、いいひと」



 何の気なしに聞いたら、顔が曇った。やばい、何か触れてはいけない場所に触れたか? いや、よく考えたらデリケートな話だよな。すまん、オッチャン。辛い過去を思い出させたなら謝る。



「いたよ、結婚しようと思ってた人」



 ぼそっとオッチャンが呟いた。初めて聞く叔父の恋バナに、どうすっかなと思ったが興味が勝った。



「なんで、結婚しなかったんだ」


「振られたんだよ、ちなみに6年付き合ってた」



 オッチャンと彼女は大学の同級生。20歳ごろから付き合いはじめ、いつか結婚するものだと思っていたが、長い春に終了宣言を出したのは彼女の方だった。その原因は100%自分にあるとオッチャンは嘆いた。



「学生の頃は、学校へ行けば会えたし、友だちも知り合いばっかりで、自然に共有できるものが多かった」



 しかし、お互いに仕事をするようになり、時間に余裕がなくなった。それでも彼女はオッチャンの一人暮らしのアパートに食事を作りに来たり、少しでも一緒に過ごせるように努力をしていたらしい。それなのにオッチャンは、仕事と友達付き合いにかまけて、彼女をないがしろにした。



「男女の違いって言うと、言い訳になるんだが。俺は自分の気持ちが変わらないなら、二人の関係も変わらないと思ってた。だけど彼女からすれば、自分に興味を失ったと思うよな。逆の立場ならそうだ。でも、その時の俺は捨てられたような気持ちになった」



 結局、そのショックが尾を引いて、30代になっても恋愛に興味が持てず、仕事に没頭しているうちにスーパーを立ち上げ、さらに忙しくなって今に至るそうだ。まあ、よく聞く話だし、彼女のことは自業自得と思うが、きっと今もダメージが残ってるんだろう。



「なんで、俺に話してくれたんだ。思い出したくない話だろ、それ」


「長谷川さんに似てるんだよ、その彼女。見た目じゃなくて、素直なところとか、気遣いするところとか。ああいう人は、限界まで笑顔で自分を抑えるんだ。それだけに、壊れたときは取り返しがつかない」



 長谷川を見ていると、当時の自分の身勝手さが思い起こされて、申し訳ない気持ちになるらしい。しかし、6年は長いよな。きっと、彼女もオッチャンをそれだけ好きだったんだと思う。



「これからお前も、就職やら何やらで生活が変わる。俺みたいに、自分の都合で相手を振り回して失敗すんなよ」



 そう言ってオッチャンは風呂場に消えて行った。俺が長谷川を放置するなど考えられないが、肝に銘じておこう。オッチャンの言う通り、長谷川はギリギリまで我慢するタイプだ。そうさせないためにも、長谷川のサインを見逃さないように気をつけるし、俺も思っていることはちゃんと言葉にすることが、何より大事なんじゃないかな。きっとそうだ。



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