9.ファンクラブの元締め、鬼塚さん登場(SIDE 愛)
ユキ先輩の人生初トラブルは、小学校の高学年。ちょっと仲良くしていた女の子が、他の女の子たちから髪の毛を切られる事件があったらしい。ひゃあ~怖いな、小学生! まあ私をやっつけようと思えば、一個小隊くらい用意しろって話だけどね。
そして中学生になって、初カノができた。これがけっこうトラウマになっているらしい。向こうから告白してきて、可愛い子だったので即オーケー。そしたらその瞬間から彼女は怒涛のフォトグラファーへと変身した。
「俺らの中学はスマホ禁止だったのに、こっそり持ち込んで俺の写真を何十枚も撮るんだ。休み時間も部活の間も、ひっきりなしに。その上、プリクラに動画、いったい何に使うんだと思ったら……」
なんと彼女は、ブログを作って彼氏自慢をしていたらしい。ちゅープリをアップされそうになって別れたそうだが、その後にできた彼女も同じパターンだった。
「カラオケに呼ばれて行ってみたら、女が10人くらいいるんだよ。友だちに俺を見せびらかしたかったらしいが、こっちはいい迷惑だ。あと、俺の写真を売ってた奴とか、勝手にタレントのオーディションに書類を送った奴もいたな。要するに俺が好きなんじゃなくて、アクセサリーだと思ってたんだろう。それ以来、そういう女には近づかない」
高校で彼女のうわさがなかったのは、心安らかに学校生活を送るため、①同じ学校で彼女を作らない②こちらの学校や試合会場に来てはいけない③交際についてSNSやブログにアップしない、を徹底していたからなんだって。
しかし、そうなると会う時間が少なくなるし、彼女の不満がたまる。そのうえ先輩はバスケ>>>>>(越えられない壁)>>>>>彼女、という人だったので、だいたい3カ月も経つ頃には向こうがブチ切れて消滅するパターンばっかりだったらしい。
「俺は、告白されては振られ続けてきた男だ」
わははと自虐笑いする先輩が、ちょっと気の毒になってきた。同じ高校のカップルたちは、キラキラふわふわ楽しそうだったのに、ユキ先輩はそういう経験がないんだな。そう言えば対外試合の時なんか、カメラを向けるファンから逃げるようにロッカールームに向かってたっけ。
「大学に入ってからは、相手の年齢も高くなったので少しはマシになるかと思ったが、今度は別の理由で振られるようになった」
先輩のいばらの道はまだまだ続いた。大学生になってからは、年上の人や社会人のお姉さんとお付き合いすることが多かったが、彼女たちは物分かりがいいかわりに理想が高く、それをクリアすることが難しかったそうだ。
「服装がダサいとか、デートは牛丼じゃなくてイタリアンがいいとか、スポーツ新聞じゃ知性は養われない、とか。スーパーの魚売場をバカにされて、ケンカになったこともある。だが俺は普通の、汗臭い体育会系大学生なんだよ。こじゃれたエスコートなんかできるわけがない。そしたら、思ってたのと違うからって、はいサヨナラだ」
まあねえ、その気持ちもわかるのよ。だって、ユキ先輩のルックスでジャージはいて牛丼屋にいる方が不自然だもの。付き合う彼女も、ついロマンチックな恋愛を夢見ちゃうんだろうね。でも私は、牛丼食べてる先輩が好きだよ。クリスマスの時みたいに、ちょっとおしゃれしている先輩も少女マンガみたいで素敵だけど。
「そんなこんなで、たぶん俺はまともな恋愛経験はないと思う。長谷川に出会って、自然体で一緒にいられる相手がどんなに素晴らしいか、ようやくわかった。過去の女関係なんて、聞いていて気分が悪いだろうが、長谷川には俺が失敗した理由を知っておいてほしかった」
「話してくれて、ありがとうございます」
元カノさんたちのことを想像すると、ちょっと心がツンツンしちゃうけど、もう過ぎた話だから気にしない。それよりこれからのことだ。とりあえず秘密にはしなくても大丈夫なのかな。
「別に俺は秘密主義ってわけじゃない。むしろ、長谷川とのことは堂々としたいんだ。たぶん例の軍団のことを気にしてるんだろうが、あいつらは意外と話が通じる。まあ、ちょっと俺にまかせろ」
そう言って先輩が話を引き取り、その日は家まで送ってもらってお開きになった。そしてその数日後、駅前のカフェに呼び出されたので「デートか?」と期待して馳せ参じたところ、なんとその場にはユキ先輩と、軍団の眼力おねえさんがいらっしゃった。そう、バレンタインデーに私の二の腕をつかんだ縦ロールの姐御である。
「ファンクラブ代表の鬼塚さんだ」
「こ、こんにちは、長谷川です」
「どうも」
おねえさんが眼力で挨拶を返し、思わず深々と頭を下げた。オニツカさん、名前まで迫力あるんだな。とりあえず座れと先輩が自分の隣を指すので、おとなしく座ってお話を待つ。
「こちらが、さっきユキさまが言ってらした恋人さん?」
「この間、僕のアルバイト先で会ったよね? 君たちに店に入るのを止められたそうだけど、彼女は僕の恋人で、特別な立場だということをわかって欲しいんだ」
「……ユキさまがそう仰るのでしたら、承知いたしました」
おー、久々に聞いた王子さま口調。そして、鬼塚さんもお姫さまみたいなエレガントなスマイル……と思ったら、私にだけ眼力Maxのビームが飛んできた~!怖ぇええ~
「そして今日は、もうひとつお願いがある。ファンクラブを解散してもらえないだろうか」
えっ、それはびっくり。俺にまかせろって、そういう意味だったの? 案の定、その場の空気が凍った。鬼塚さん、お姫さまスマイルのままバナナで釘が打てる温度まで急速冷却だ。
「理由をお伺いしても?」
「現在はバスケを実質上引退しているので、選手として応援してもらう必要がない。もうひとつは、就活が本格化するのでプライベートな情報を公開したくないんだ。今の企業は学生のSNSなんかもチェックするので、ホームページを見られる可能性が高い。それに最近、ルール違反している人たちもいるよね」
ファンクラブのルールというのは、試合以外の撮影NG、バイト先には立ち入らない、体育館で出待ちをしない、ファン同士ケンカをしない、などなど。もともとは数人ずつのグループでワ―キャー騒いでいたのを、それではユキ先輩の邪魔になるからと鬼塚さんがまとめて規律を作ったらしい。だから、彼女には感謝しているとユキ先輩は言った。
「そうだったんですね。でも先輩、この間は走って逃げちゃいましたよね」
私がそう言うと、鬼塚さんは悪役令嬢のようにのけぞり笑いをした。縦ロールが顔の横でビヨンビヨン弾んで邪悪な生き物のようだ。
「あらぁ、あれは様式美よ。逃げる王子を追う狩人の萌え、というのかしら。私たちあの後で塩対応をオカズに、ユキさま御用達の焼き鳥屋で納会をしたわ」
うわ、私も何度か行った例の焼き鳥屋だ。あそこもファンクラブにバレているらしい。ユキ先輩をチラ見すると、微笑んではいるが、こめかみに青筋が浮いていた。キレる寸前で踏みとどまっている顔だ。
「それは僕も知らなかったな。とにかく、僕は普通の大学生だし、これから普通に就職して社会人になる。プライバシーに立ち入られるのは勘弁願いたい」
「そういうことでしたら、仕方ないですね。まあ、私たちもそろそろ潮時だとは思っていました。それに、仰るとおり違反者も増えて困ってたんです。何しろ100人を超えますと、なかなか足並みがそろわなくて」
「100人!」
私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。確かに軍団は不特定多数のメンバーがいるなとは気づいていたが、そんなに兵隊がいるのか!
「あら、最盛期にはもっと多かったのよ。何しろ我が町が誇る地元アイドルですからね」
彼女たちはユキ先輩と付き合いたいわけじゃなくて、「推し」を愛でる活動で結ばれた同志だそうだ。だから、バスケの試合というステージがなくなれば、自然と活動も終わる。ちなみに鬼塚さんは、なんと30代既婚で小学生の子どももいるらしい。世の中には私が知らない世界があるのだと勉強になった。
「スプリングトーナメントの後に、追い出し試合がある。それが最後ってことでどうだろう」
ユキ先輩が鬼塚さんに提案をした。3年生はもう実質引退済みだけど、春のトーナメントが終わった後に、学年対応試合が校内で行われる。それが俗に「追い出し試合」と言われるもので、これが終わればもう彼らが試合でコートに立つことはない。その最後の試合がユキ先輩とファンクラブの花道になるのだ。
「承知いたしました。ユキさまのラストを飾るに相応しい、華麗なる応援をいたしますわ」
そう言って鬼塚さんは花のように微笑んだ。美しいが、何やら恐ろしい企みを内包しているような黒いアルカイックスマイルだった。




