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Prince of Jersey(プリンスオブジャージ)  作者: 水上栞
第二章「恋のウォーミングアップ」
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8.ごめんなさい、どうぞよろしく(SIDE 愛)



 ユキ先輩にチョコを届けるためスーパーに行ったら、案の定ファンの人たちが従業員通用口の通路前にいた。誕生日の時と同じパターンだ。ただしあの時は、私はすでに通用口の中にいて、アルバイトのスタッフだと認めてもらえたので問題はなかった。


 今回はどうやらユキ先輩目当てで関係者以外立ち入り禁止ゾーンへ侵入しようとしている不届きものと勘違いされたようだ。軍団の中でもひときわ眼力が強いお姉さんが、私の二の腕を(この逞しい二の腕を)がっしりとつかんで、ドスのきいた声で威嚇してきた。ドリルを思わせる硬質な縦ロールがまるで暗器のようだ。



「ちょっと、ここから先は立ち入り禁止よ。後から来たんだから最後尾に並んでなさい」


「私、ここのアルバイトなんです」


「嘘おっしゃい、もう閉店してるのに、今からアルバイトが出勤するはずないじゃない」


「中に用事があって――」


「いいから、すっこんでなさい!」




 ひえぇ、怖い。手下(?)と思われる10人くらいの軍団員に、がっちり行く手を阻まれてしまった。ここを突破するなら俺の屍を超えていけ的なオーラが怖いし、例の品定めされる目線もいたたまれない。私は言われた通り、彼女たちの後ろで先輩を待つことにした。どっちにしても、出てくれば私に気づくだろう。



 やがてユキ先輩が姿を現し、お姉さんたちがわーっと寄っていく。先輩はしばらくもみくちゃにされていたが、ようやくこっちを見てくれたので、手を挙げて合図をしてみた。そしたら、いきなり「走れ!」と言われたのだ。



 かなりのスピードで駆けだした先輩の背中を、反射的に追って走り出していた。軍団の人たちもキャーキャー言いつつ追ってくるが、ユキ先輩はちょっとした陸上部並みに速いので、私でもついていくのがやっとだ。そして走っているうちに、何が一体どうしたものやら、気がついたら先輩の家のリビングにいた。



 ああ、気まずい。店長と同居のおうちだとは言え、部屋に二人きりは気まずすぎる。ええい、もうさっさと返事だけ伝えて帰ってしまえと思い、バックパックからチョコの袋を出して先輩に突き付けた。



「これは正月の返事だと思っていいのか」



 まあ、そう来るよね! 想定内だよね! そう言われたときの返事もシミュレーションしてきたんだけど、とんでもないタイミングで電話が鳴るんだよ、勘弁して~。


 しかも、なんと竹内くんからだ。どうしよう、ここじゃまずいと思ったけど、先輩が出ていいよと言ってくれたので、お言葉に甘えてリビングから玄関に移動した。ああ~、そう言えばあれ以来連絡してなかったよ、なんてことだ。



「連絡あるかなって、ずっと待ってたんだ」



 竹内くんのしょんぼりした声が聞こえてきた。ほんと、ごめん。正直に言うと、すっかり彼のことを忘れていた。今日もきっと何らかのリアクションあるかと思って待っててくれたんだろうな。



「ごめんね、言い訳になっちゃうんだけど、あのあと学校で探したんだけど休みだったみたいで。インフルエンザだったんだよね。お見舞いもしなくてごめんなさい」


「いいよ、もう。まあ、ぶっちゃけ少しは気にしてくれるかな~とは期待してたんだけどね(笑)」


「ごめん」



 こういうとき、ごめんなさいしか出てこないけど、謝り倒すのも相手に失礼な気がする。とうとう私は黙り込んでしまった。



「たぶん、無理っぽいのは自分でもわかってる。でも、もしかしたら今日こそ連絡あるかなって待ってた。ケジメつけたいんで、返事もらってもいい?」



 申し訳ない、待たせた挙句に忘れてしまうなんて。せめてきちんと自分の気持ちを伝えようと、私は息を吸い込んだ。



「竹内くんとはお付き合いできません。本当にごめん」


「そっか、俺なんかダメなとこあった?」


「そうじゃなくて」


「他に、好きな人がいる?」



 頭の中に先輩の顔が思い浮かんだ。彼もまた、薄いドアの向こうで私の返事を待っている。テレビの音が大きいのは、こちらの話し声が聞こえないようにとの気遣いだろう。私は思いきってドアを開け、リビングに入った。電話を耳に当てたままの私を見て、ユキ先輩が驚いたような顔をする。



「うん、いる、好きな人」



 先輩が目を丸くした。聞いてください、ハセガワ一世一代の告白です。



「ずっと自分の気持ちに気づかないふりしてたんだけど、ようやくわかったの。だから、正直になろうと思ってる」


「もしかして俺、お膳立てしちゃった感じ?」



 竹内くんが苦笑する。結果的にそうなっちゃったかも、と返すと「マジかよ」とため息をついていた。彼には申し訳なさでいっぱいだ。



「で、その人には告白したの?」


「……今からしようと思ってる」



 私の声を拾っていたユキ先輩の耳が、ぴくっと小さく動いた。たぶん、通話の内容は理解できているはずだ。



「そっか、俺を振るくらいだから、よっぽどいい男なんだろうな」


「そうだね、かっこいいのに不器用で、何事にも一生懸命で。一緒にいると、心が温かくなる人だよ」


「うまくいくといいな、じゃあな」



 私は通話を終えて、バックパックにスマホをしまい、戸惑った表情のユキ先輩に向き直った。



「聞いてもらえたと思うんですが、えっと……そういうことなんです。私、……先輩が好きです」


「は、長谷川」


「先輩は人気者だし、私なんかでいいのかなと思ってましたけど、勇気を出して自分の心に従うことにしました」



 先輩の顔が、雲の間からのぞく太陽みたいに輝いた。わかりやすい人だ。そういうところが好きなんだと、今なら素直に思える。



「あ、ありがとう、長谷川」


「どうぞよろしくお願いします」



 私は先輩に向かってお辞儀をした。俯いた頭の向こうで、先輩が立ちあがる気配がして、やがてこちらに近づいてきた。



「こちらこそ、よろしく頼む。ありがとう、俺を選んでくれて。長谷川をがっかりさせないよう、全力で頑張ることを誓う」



 そう言ってユキ先輩は、手を差し出してきた。細い体なのに、意外なほど大きな手だ。私がおずおずと手を出すと、先輩がそれを勢いよく握った。おお、しっとり。めちゃくちゃ手汗かいてますよ、先輩(笑)



「長谷川、俺は今夜、寝られんかもしれん。嬉しすぎてどうにかなりそうだ」


「あはは、ちゃんと寝てください。ところで、先輩」


「ん?」


「ひとつ、確認しておきたいことがあります」



 確認しておきたいこと、それはユキ先輩が私と同じ高校に在学していた頃にさかのぼる。当時からモテモテだったにもかかわらず、先輩には卒業まで女性のうわさがなかったのだ。それなのに先日の告白の際には、十人以上の女性と短い交際をした経験があると言っていた。


 もしかしてその理由は、ユキ先輩が秘密主義だからではないだろうか。そして私との付き合いも、世間には隠しておきたいのではと思ったのだ。



「先輩がそういう考えであれば、私はそれでもいいです」



 そう言うと、先輩はぎょっとした表情になった。あれ、違うのかな。でも、きっと先輩のファンからはよく思われないと思うんだよね。今日だって軍団の人から「何だこいつ」という目で見られたし。


 もちろん人が何と言おうと、お互いの気持ちが大事だ。でも、世間の目が全く気にならないわけではない。王子さまのようなユキ先輩のとなりに私が引っ付いてたら、きっとペットのアライグマか何かと勘違いされてしまう。それをいちいち説明するのもウンザリするだろう。



「ああ、それに関しては、説明しておいた方がいいな」



 そう言ってユキ先輩は、今までの苦労を語ってくれた。聞いているだけで気の毒すぎて、よく女性不信にならなかったなと思える独白だった。



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