最愛のラーエフ③
「インベント君はなんのために私に会いに来たんだっけ?」
ラーエフから再度問いかけられたこの質問。
一度目は出会って間もないタイミングだったが、今は膝を突き合わせている。
『青猿』の話で、ラーエフとの関係は大きく前進したように思えた。
だが、ラーエフの表情は友好的とは言い難い。
「えっと……俺は……」
「ん。ルベリオから色々と聞いたみたいだけど、実際に私はモンスターを生み出している。セプテムもオクトゥも、ここにいるクアットも私の作品だ。私のような危険分子は排除したいと思うのは、ん、当然と言えば当然か」
インベントは思わず立ち上がり「違う! ち、違います!」と叫んだ。
ラーエフは動じないが、後ろに寝そべっていたクアットが鋭い視線をインベントに向けた。
「あ、ご、ごめんね、クアット。驚かせるつもりはなかったんだ」
インベントはクアットに謝罪し、ラーエフはクアットをなだめた。
インベントは疑われても仕方ないのだ。このアジトは偶然迷い込んで到達できるような場所ではないし、理由もなく訪れるような場所でもない。目的を持って苦労してやってきたに違いなかった。
『青猿』の話で盛り上がったかもしれないが、ラーエフは依然としてインベントを疑い続けている。
インベントはどうすれば、ラーエフに想いを伝えられるだろうかと思案した。
順序立てて懇切丁寧に説明しようかと思った時、ふと父の顔を思い出した。
森林警備隊に入隊する以前、馬車に揺られ、帰路につく時。
父はたまに商売の秘訣を伝授してくれた。その一つが――
『インベントよ。想いを伝える時に大切なのは熱意だ』
当時、運び屋を継ぐ気がなかったインベントにはまったく刺さらなかった言葉。だが藁をも掴む状況で、この言葉に縋ることにしたのだ。
そしてインベントはなにに対して一番熱意があるかを考え、すぐに答えがでた。
「ラーエフさん、俺はですね…………モンスターが大好きなんです!」
「ん、ん?」
「子どもの頃から、モンスターが好きで、森林警備隊に入ったのもモンスターを狩りたいからなんです。町の平和とか、安全とかどおぉ~~でもよくて、モンスターに会いたいし、モンスターを狩りたい。だから森林警備隊になって、毎日モンスターを狩ってきました」
インベントの魂の叫び。それをラーエフはただ聞いていた。表情も変えずに。
「だから、これまでの生活に満足感は無いことは無いんです。だけど、モンスターってどうしても強さにバラツキがある。例えば、ネズミのモンスター。発生率が高いからよく遭遇するし、小さいけど力強くてスバラシイんですけど……やっぱりもっと大きくて強くて、特殊能力なんかあると、最高なわけですよ、ハハ」
インベントの脳裏には『モンスターブレイカー』のモンスターたちが登場していた。
そのまま伝えようとしたが、さすがに突飛過ぎるかもしれないと思い、実際に出会ってきた特殊個体を思い返した。
「ふふ、光の矢を発射するウルフとか、青い炎を吐くドラゴンとか。そうそう、あれは素晴らしかったなあ」
「ん、それは赤いオオトカゲのことかな?」
「え? あ、はい、そうです」
インベントが初めて遭遇した大物モンスター、『紅蓮蜥蜴』。巨大で真紅の身体のドレークタイプのモンスターであり、直撃すれば即死の青白い炎を吐きだした。
「ん、そうか。アレにきみは会ったのか」
「え? 『紅蓮蜥蜴』を知っているんですか?」
「そんな大層な名前かは知らんが、ん、アレも私の作品だ」
「えっ!? そうなんですか!?」
「ん、ペア実験の成功例だ。まあ、トラブルもあったんだが……もしかしたら近くに紺色のドレークもいなかったか?」
「い、いました!」
「ん~……なるほど」
ラーエフはなにかを考えているようで宙を仰いだ。その体勢のまま、
「――ひとつ聞くが」
「は、はい」
「きみは私をどうしたいんだね? なにか望みでもあるのかね?」
「どう――――」
インベントは考えた。インベントはラーエフをどうしたいのか?
考えているつもりだったのだが、自然と言葉が漏れてしまった。
「――友達になりたい」
ラーエフは目を丸くした。インベントもまた、なぜそんなことを言ったのかわからず目を丸くした。
インベントは発言を訂正すべく、身振りで誤魔化すが――
「んふふ、友達か。ふふ、友達、いいじゃないか。私は人生で一度も友達ができたことがない」
ラーエフのなんとも寂しい発言に対し、インベントは特になんとも思わなかった。
なにせインベントも人生で友達らしい友達がいないからだ。
しかし、ラーエフは上機嫌になったようで立ち上がった。
「ついてきたまえ」
「え?」
とりあえずインベントは立ち上がった。
「ん、私の宝物でも見せてあげよう。友達にはそういうことをするものだろう?」
インベントは笑顔で頷いた。
友達に宝物を見せるなんて、友達付き合いらしいと思ったのだ。
**
ラーエフは御年百歳近いのだが、姿勢よく、クアットを隣に連れて歩く。
インベントはラーエフについて、墓地の奥へと進んでいく。
洞窟内の特有のひんやりとした空気が心地よい。
インベントは風の音とは別の、奇妙な音、小さいが長く一定の空気を震わせるような音を感じ取った。
「ん、ついたよ」
ラーエフの視線の先には巨大な木が三本あった。
洞窟内に巨大な木が生えているのは違和感でしかないのだが、そもそもこのアジト自体が違和感の塊であり、アドリーの能力を考えれば陽の光が届かない場所に生えた大樹も普通に思えてくる。
だが、その木々は奇妙な形をしていた。
太い枝が網目状に伸び木々同士で連結しているのだ。そして伸びた枝と洞窟の壁の間には侵入不可能な空間が形成されていた。
「あ――」
インベントはそれが檻であることに気付いた。
そしてその中で横たわるモンスターを発見した。
巨大な猪のモンスターである。
「起きろ、実験体」
ラーエフが呼びかけると、モンスターは目を覚ました。
猪のモンスターといえば、クリエが連れているカリューがいる。
カリューは特異なモンスターであり、攻撃的ではなく、穏やかな性格である。
それに対し、目の前のモンスターは真逆だった。
「フゴンゴゴゴッ!」
耳をつんざく雄叫びと同時に、モンスターは思い切り檻に体当たりをした。周囲一帯が揺れる。
目は血走り、鼻息荒く、その後も何度も檻をぶち破ろうと頭を叩きつけた。
「おおっ!? おおおぁ~」
インベントは間近でモンスターが暴れる様を見れて楽しそうにしている。
(そりゃあ出たいよね)
そう思ったインベントだが、厳密には違うと気付いた。
モンスターは檻を攻撃しているが、視線は常にラーエフに向けられていた。
激しい憎悪を晴らすために、どうにか檻を破り、下顎から大きく伸びた牙で無残にラーエフを殺害しようとしていた。だが無情にも檻はびくともしない。
「んふふ、インベント君。見えるかい?」
「はい! 見えてます!」
「こいつはモンスター化に成功した作品だよ。それじゃあここからは、どうやってモンスターを創りだしたか教えよう」
「はい!」
インベントにとっては夢のような授業が始まるのかと思いワクワクが止まらない。
だが、その授業はとんでもない幕開けを迎える。
ラーエフは前進し、檻の前まで近づいた。檻があるとはいえ、危険極まりない。
そしてラーエフはモンスターに左手を伸ばした。
モンスターは激昂し、檻に目掛けて突進した。
もちろん檻は破れない。だが、モンスターの牙は合間をすり抜け、ラーエフの伸ばした手に迫る。
「――あっ」
ラーエフの左手からなにかが吹き飛び、後方の壁にぶつかった。
インベントはそのなにかを見て驚愕する。それは――ラーエフの左手そのものだった。
視線をラーエフに戻すと、ラーエフは平然とした表情で、左腕からドバドバと血を流していた。
「これから『モンスター』の話をしよう」
マイケル・サンデル・ラーエフ




