伯爵令嬢は普通の幸せを望まない?
「レオン、なぜここに!?」
レオナルドはまだ仕事のはずだ。少なくとも休みが被らないように調整した。ならば何か火急の知らせか。いやそうであればわざわざレオナルドが来る理由がない。急を要する事態であったのならそれこそレオナルドは陛下の傍を離れるべきでない。
「アコニート、お前、」
「落ち着け、どうしたんだ。何があった」
「それはこっちのセリフだ!」
「はあ?」
胸倉をつかんで私を問い詰めるレオナルドの胸倉をほとんど反射的に掴み返す。
「いきなりお前見合いするってどういうことだ!?」
「はああ!?」
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騎士団への訓練に参加した時、ふと違和感を覚えた。けれどわざわざ尋ねるほどのことでもないと違和感は飲み込んだ。
陛下の執務室で書類を整理していた時だ。突然爆弾は投げられた。
「そういえばアコニートは長期で休みを取るなんて初めてだな」
なんでもないように言われた陛下からの言葉に一瞬脳がフリーズする。確かにアコニートは騎士団に入団してから数年間一度も長期での休みもとっていないし、実家にも帰っていない。
「……長期休みなんですか、あいつ」
「なんだ! 知らされてなかったのか」
心底驚いたと言わんばかりに書類から目を離す陛下。本当にただ驚いているだけで珍しくこちらを小馬鹿にしている様子は見られない。ただただ純粋に俺にも知らされていて当然だと思っていたようだ。
そして俺も知らされて当然だと思っていた。
少なくともアコニートが王都へ来るときも一応俺に手紙で一報入れようとしていた。手紙を郵便屋に預けると同時に王都へ出発しては手紙より先に自身が到着してしまい何の意味もなさなかったのだが。
「長期休みって、どれくらいですか」
「ああ、1週間程だ。実家に戻るから有事の時は駆け付けられなくなると申し訳なさそうだった。プロスパシア領は王都から遠い」
「……親父さんやお袋さんに何かあったんですかね」
あの仕事大好き人間だ。1週間も仕事を休むなどそれくらい重要な用としか思えない。いつだって陛下のために馳せ参じることのできる場所にしか普段はいかないのだ。プロスパシアに行ってしまえば戻ってくるのにもそれなりに時間がかかる。
「あー……」
一瞬陛下の顔に加虐的な色が浮かんだが、すぐに別のものに塗り替えられる。俺のことを揶揄ってやろうと思ったのだろう。けれどそのあとの顔とらしくなく言いよどむ声色に衝撃を受ける。
この傍若無人の塊に俺は今気を使われている。この理不尽で自由人な年下が俺に気を使うことなど果たして今まであっただろうか。
そして気を使われたという優しさを噛み締めるでもなく襲い来る屈辱感。
この自由人に、今俺は揶揄えないほど可哀想だと思われている。
「……まあ俺に言わないってことは俺には関係のない話なんでしょう」
「お前はそのまま済ませていいのか?」
精いっぱいの虚勢に次いで飛んでくる質問。
「お前はなんでそう何の意味もない虚勢を張るんだ」
「覚えが、」
「あるだろう」
赤い目はもう書類なんて見ていなくて、俺の方を射抜くように見ていた。揶揄うでも咎めるでもないその目に思わず目を逸らす。時折ひどく痛く、鋭く悍ましい顔をする人だ。それに比べると今はどこか作り物めいていて、つるりとしている。だがそのせいで感情が読めなかった。
「何でもないようなふりして、自分は常識人で無難な奴だって顔する。お前は自分が思っているほど要領がよくはないぞ」
「まあ、要領がいい方ではないですよ。どちらかと言えば貧乏くじばかり引きがちですから」
「そこじゃない。ため息ばかりついてないで少しは泥くさくなってみたらどうだ。余計なプライドのせいで取り返しもつかなくなれば笑えんぞ」
無表情な顔にぐうの音も出ない。当たらずとも遠からずの自覚は少なくともあった。それよりもなぜそうも陛下は俺にアコニートの帰郷の理由を聞かせようとするのか。帰る理由など何でもいいだろう。それこそ実家に帰るなどそう変わったことでもない。
けれどここまで焚きつけられてしまうと、無視することもできず、今や帰郷の理由が気になってしょうがない。
「……で、なんです。アコニートが実家に帰った理由っていうのは」
「見合いだそうだ」
「は?」
なんでもないように放たれた一言に言葉を失う。優雅に紅茶を飲む陛下に理不尽と見える殺意がわく。すました顔をしているが間違いなくこの人は俺のリアクションを楽しんでいる。
「見合いってそんな今更……。もう手遅れな嫁き遅れですよ。何よりあんな猪突猛進な奴を選ぶもの好きなんて、」
「レオナルド。お前本当にそういうとこだぞ。可愛い妹分で身内のようなものとはいえ、そう貶していいものじゃないだろう。いい歳して、アコニートに対しては構い方がまるで男児だ。いい加減愛想をつかされるぞ」
追撃するように「いや、もう手遅れか」という言葉に顳顬がひくつく。
一方の陛下はまるで水を得た魚のように話し出す。
「アコニートから一応詳しく話は聞いている。見合いの相手は国境守護の一部を担うスクード辺境伯の三男バイオネッタ・スクード。元王国騎士団の一人、お前も在団時期は数年被ってる。先代の執政時にはかなり重宝されていた家だが、すっかり情勢の落ち着いた今ではこれと言って活躍もなければ成果を上げることもできていない。少なくとも私の知る限りでは可もなく不可もなく、と言った家だ。三男のバイオネッタは結婚に興味がなく、自軍の強化ばかりにかまけ未婚だったが、相手はアコニートだ。気が合いそうだな」
バイオネッタ・スクード。俺が騎士団に出入りするようになった数年間だけだが確かに顔も知っている。生真面目で声のでかい男だ。無骨一辺倒で面白みがないなどと言われていたが、真摯で誠実な人だった。
「プロスパシア領は近年豊かになっているが、貴族としての地位はそれでも伯爵家の中で決して高くはない。一方のスクード領は辺境伯ということもあり地位は高く金もある。だが私からの覚えはそうよくない。実際会議くらいでしか顔を合わせんし、あえてスクード領に行くこともない。良くも悪くもな。知っての通り、私はアコニートを気に入っている。それを知っている者は少なくない。もしアコニートがスクードの三男と結婚するというなら盛大に祝うし、顔だって出しに行くだろう。もちろん、スクード伯のこともよく覚えておく。……もしうまくいけば両家ともに万々歳だろう」
無表情から一転にやにやと底意地の悪い表情を浮かべる陛下に思わず横っ面を張りたくなる。もちろん理性で踏みとどまるが。
「……けれどアコニートは結婚など選ばないでしょう。あいつはあなたに心酔している。王都を離れることも騎士団を離れることもない」
「いつまでも人が同じだと思うなよ、レオナルド。誰だって変化し続け、成長し続けている。いつまでもアコニートはお前の知っている昔馴染みではないぞ。なによりあいつはあれでいて家族思いだ。王都へ飛び出してきたことも、何年も帰郷しないことも申し訳なく思っている。これが家族への恩返しだと思ったら、もうここへは戻ってこんかもしれんぞ」
思わず黙り込んだ。返す言葉が見当たらなかったからだ。
確かに陛下の話すことはあり得る話だった。アコニートはあれでも伯爵令嬢だ。普通ならもう結婚して子供の一人や二人いてもおかしくない歳。今は情勢も落ち着いている。騎士団をやめて実家のために結婚すると言うなら今だ。客観的に見て不自然なところはない。
「……それでもいいでしょう。スクードさんは真面目な人でしたし、強かった。アコニートともきっと気が合うことでしょう。スクード伯も今は冷や飯食わされているようなものですが、アコニートが家に入れば溜飲も下がる。こちらとしても望まし、」
「現状に胡坐をかいたかと思えば今度は逃げか。レオナルド、お前は本当に面倒な人間だな」
声色は不機嫌なのに、その顔から笑みは消えない。
「無駄に強がるな。傍に置いておきたいのだろう。あれはお前の気に入りのおもちゃではないぞ。その足でどこへでも行けるのだ。いつまでもお前を追いかける子供でもなければ、お前の傍にいてやる母親でもない。あまりあれに甘えすぎるな」
「ですが、」
「『幼馴染の結婚。そしてようやく自分の気持ちに気づく主人公。なりふり構わず追いかけて、結婚式をぶち壊し花嫁を連れ去るハッピーエンド』……使い古されたチープな三文芝居だが使い古されるということはそれだけ人気があり市民権があるということだ」
一瞬にしてあらゆる可能性を考える。面白がっているのか、憐れんでいるのか、楽しんでいるのか、はたまた自身の哀愁があるのか。けれどその核となる部分は見られなかった。
「さてさて自分ではまるで動けない愚鈍な可哀想な私の愛すべき部下よ! 今やお前の愛してやまないお気に入りはお前の手を離れてしまった! けれど今目の前にいるのはお前の上司! そしてほとんど全くと言って使われていない有休! 急ぎのもののない仕事達!」
「…………」
「ここまでお膳立てされていて、いまだ自分のすべきことがわからぬとでも言うならもはや私の右腕を名乗ることはできないだろう」
三日月のように吊り上がる口は、一つの答え以外求めていない。
乗ってしまえば陛下の手のひらの上で踊り狂わされているような気がしないでもないが、そうやって考察して足踏みするのが俺の面倒くささなのだろう。
動けぬ愚者も動ける愚者も、同じ愚者ならたまには後者を選んでみようではないか。
「…………陛下、五日ほど休暇をいただいても?」
「ふっははははは! それでこそ私のレオナルド! いいだろう! 有休はため込んでいても何にもならん! 行くがいいレオナルド! 自分の為すべきことを為せ! そして報告しろ! 私のつまらぬ日常のために!」
「あんったは本当に……」
完全に遊ばれている。真意など知ったことではないが現状俺は完全に陛下の日常を彩るコンテンツと化している。どう転んでも報告したらきっとかの図書館司書への寝物語へとされるのだろう。
もはや何もかも考えるのが馬鹿らしくて執務室を飛び出した。必要なら後で考えればいい。今必要なのは一刻も早くプロスパシアへ行くことだけだ。
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「ラフヴァル、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「スクードさん、お久しぶりです。そして無礼を承知で言わせていただきます。あなたに彼女はやれません」
本当に無礼なことを突然言い出したレオナルドに唖然とする。話についていけない。
プロスパシアに来たということは私に用があるということだ。そしてその用というのは陛下やダーゲンヘルムに関することではない。それをおろそかにするほどレオナルドは使えない奴じゃない。そしてさっきの発言を鑑みるに、ここに来た理由は私が見合いをするかららしい。
なるほど状況がつかめない。
「見合いをするって聞きました。でも彼女は王都を離れるつもりはありません。アコニートは騎士としての仕事が好きで、陛下のことが好きで、戦うことが好きでこの身一つで王都まで来ました。家の事情もあると思います。それに口出しする権利は部外者の俺にありません。でもどうか、彼女から今ある自由と誇りを奪わないでやってくれませんか」
自分より年上で身分も上、単純な力も上だろうバイオネッタ相手にレオナルドは一息にそう言った。
レオナルドは私のお見合いを止めるためにやってきたのだ。家族に気を使って、私が婚約すると思ったのだろうか。騎士であることも、仕事も何もかも捨て去ってしまうかもしれないと危惧したのだろうか。
「レオン……、」
「ラフヴァル、心配しなくていい。私は彼女と結婚するつもりはないよ。私もここへの道中に彼女と会うのが見合いだと聞かされたんだ。確かに彼女はとても魅力的で話しているだけでワクワクする。けれどもし妻としてなら私は自領に来てくれる人じゃないと困る」
なんの衒いもなく快活に笑うバイオネッタにふと二人は騎士団の在団期間が被っていることに思い当たりさきほどの「久しぶり」という言葉に合点がいく。
「プロスパシア嬢は騎士として活躍するのが一番なんだろう。話を聞いていればわかるよ。ただ惜しかったと思うね。あと少し退団するのが遅ければ彼女と一緒に働けたのに。もったいないことをしたよ」
シュルシュルと毒気が抜けるようにレオナルドの顔のこわばりが解けていく。
私は一人、じわりと滲む得も言われない感情に口元を引き締めていた。嬉しいような、擽ったいような、今にも暴れだしたくなるような感情。
私に向かって「自領へ帰れ」だとか「わかるんじゃないのか、普通の女の幸せとやらが」などと宣っていたレオナルドが、私が結婚するかもしれないと聞いてわざわざこんな辺境まで一人息を切らせてやってきたのだ。私が騎士団をやめてしまうかもしれない、王都から離れてしまうかもしれないと思って。
この感情をなんと表現したらいいか。ただ気を抜いたら口元がにやけてしまいそうになる。
「それにしても、見合いをすると聞きつけて飛んでくるとは……いやプロスパシア嬢にも申し訳ないことをした。恋人がいたのなら形だけとはいえ辛かっただろう」
「……はい? 恋人ってレオンのことですか? 違いますよ。彼はただの昔馴染みで今は同僚です」
何を言っているのか、と言うとバイオネッタはひどく気まずそうな顔をした。なるほど、ただの同僚のくせに見合いをぶち壊しに来るなんて、とレオナルドに引いているのだろう。ただの同僚ではなく子供のころからの付き合いで、もうほとんど兄のようなものなのだ。けれどバイオネッタには知る由もない。
恋人なんてそんな馬鹿な、とレオナルドの方を見るとなぜか彼は神妙な顔つきで私のことを見ていた。ここは笑っておくところではないのだろうか。
「レオン?」
どうして私は両手をレオナルドに握られているのか。ぞわぞわと背筋を嫌なものが駆け抜ける。これはよくない。私の野生の勘が言っている。今から目の前のこいつはろくでもないことを言い出すと、本能が告げている。
「すまない、アコニート。ようやく気付いた。俺はほかの男にお前をやりたくない」
「ちょ、レオ、」
「お前がほかのやつと結婚するなんて許せない。お前が傍にいないのも、耐えられない。……勝手にお前は常に近くにいるもんだと思ってた。お前なら王都から、陛下から離れないって、たかを括っていた。だが今回よくわかった。アコニート、お前は自分の意志でどこへでも行ける。俺の想像は俺のものでしかない。お前は常に変化してるし、成長してる」
青い目が私を見下ろす。真剣な目に手を振りほどきたいのに動けなかった。
「アコニート・プロスパシア、俺と結婚してほしい。もちろん返事は今じゃなくていい。お前は基本的に仕事を最優先するだろう? だが予約だけさせてほしい。お前がほかの男のものにならないように」
冗談で言っているわけではないのはわかった。後ろからいつの間にやら来ていた姉や使用人たちが黄色い悲鳴を上げている。バイオネッタでさえ後輩が乱入してきたというのに微笑ましそうに見ていた。
思わず笑ってしまう。
「ふふ、レオン、いやレオナルド。一度手を放してほしい」
「あ、いや済まないつい」
「それから歯を食いしばれ」
「……は?」
「歯、だ。歯を食いしばれ」
言い終わると同時に握りしめた右の拳をレオナルドの頬めがけて振りぬいた。
骨と骨がぶつかる鈍い音。軽く飛び、床に落ちるレオナルド。
唖然とするバイオネッタ。あらゆる音がなくなる玄関ホール。
「あまりの忙しさにすっかり忘れていたが、私は君のことをぶん殴ると決めていた」
「プ、プロスパシア嬢、何を、」
「スクード殿は黙っていてください」
思わずといった具合で止めに入るバイオネッタを睨みつけ牽制する。
「誰ぞに惚れてるだとか、女の幸せがわかるだとか、自領に帰れだとか……散々私のことを馬鹿にしておいてよくもまあ結婚してくれだなんて愉快なことが言えるものだなレオナルド・ラフヴァル。かの王の右腕」
「うっ……」
うめき声をあげるレオナルドを見下ろしながらブーツの先で蹴る。
「自分勝手に私に期待して勝手に裏切られた気になって私に理不尽に当たり散らしたのに、数か月後にほかの男にやりたくないとか自分勝手なことが言えるとは……その面の皮の厚さだけは敬服に値するよ。いい歳した男がどこまで自己中心的な思考回路なんだ。また私のことを理解したつもりになっているのか。その理解したつもりという面がこの上なく気に食わない」
見合いと聞きつけ、ようやく自分の恋心を自覚しご破算にするために乗り込んでいく。少女小説で好まれそうなチープな台本だ。けれどきっとそれで喜ぶ女もいることだろう。
けれどそれはその前に散々貶されて馬鹿にされていなければの話だ。
「ラクスボルンの一件が落ち着いてから改めて殴るなり話すなりしようと思っていたが、だめだな。殴る。私のことを舐めるのも大概にしてくれレオナルド・ラフヴァル。私は君が思っているほど単純ではないし、ちょろくもない」
「そ、それに関しては本当に済まなかったと思っている……妬いていたのは俺の方だ。アコニートが俺の知らない奴になるみたいで、焦っていた。すべて俺の落ち度だ、許してくれとは言えない」
「本当にな」
いつまでも床に寝そべっているレオナルドの胸倉を掴んで立ち上がらせる。振り向くとすぐ後ろにいた使用人が短く悲鳴を上げる。その手には私が先ほど彼女に頼んだ剣が2本あった。
「お、お嬢様、いかがなさいましたか?」
震える声の彼女を怯えさせないよう、努めて穏やかな声を出す。
「ああ、さっき剣を取りに行ってもらったばかりで申し訳ないが、もう一本取りに行ってくれるかい?」
「も、もう1本……」
彼女はちらりと打ちひしがれている男を見た。
「もう一人遊び相手が増えてしまってね。なに心配することはない。もし立てなくなったら私が王都まで引きずって持って帰る」
「か、かしこまりました……」
持っていた2本の剣を渡すとそそくさと彼女はまた追加の1本を取りに姿を消した。
「さて、バイオネッタ殿、お待たせして申し訳ありません。すぐに始めましょう」
「いや……その、ラフヴァルはいいのか」
「構わないでください。すべては自業自得。舐め腐った根性を少し叩き直すだけです。邪魔なら端に寄せておきますので」
快活な笑顔はもうなく引き攣ったままであるが、それは仕方がないだろう。そして私ももう猫など被り切れないし被る余裕もない。こんなにも腸が煮えくり返る思い、そうない。
「許してくれとは言わない。お前の気が済むまで殴ってくれて構わない。剣だってお前より弱いがいくらだって付き合う。だから愛してるとは言わせてほしい」
「言わせたところで全く心に響かんな」
もはや何を言われてもただただ腹が立つばかり。頭に血が上って仕方がない。
つかつかと外へ出てなおも言い募ろうとするレオナルドを力任せに持ち上げて文字通り地面に放り投げる。低いうめき声が足元からするが歩を止めることなく横を素通りする。
「プロスパシア嬢、ラフヴァルを放っておいていいのか」
「構いません。血迷って馬鹿なことを言っているだけですので。しばらくすれば頭も冷えることでしょう」
「私の知る限り、彼は血迷って自分の上司の傍を突然離れるような奴ではないが」
そんなことは百も承知だ、という言葉は何とか飲み込む。そんなことは私が誰より知っている。だがそれはそれとして、自分だけすっきりして自己完結していることに腹が立つ。私とのことのはずなのにレオナルドの中で勝手に完結されているではないか。私だけが振り回されている。
「顔が随分と赤いようだが、大丈夫か」
「ええ、少し怒りで頭に血が上ってしまったようです。まあしばらく剣でもふるっていれば落ち着くでしょう」
「なるほど、そういうことにしておこうか。君の不興を買うのはいくら私でも恐ろしい」
恐怖など微塵も見せることなくバイオネッタは笑みを深めた。隠すことなく舌打ちをする。もう立場だとか家の関係だとか、知ったことではない。
「お喋りはそれくらいにしてください」
むしゃくしゃしてむしゃくしゃして仕方がない。持っていた剣を一つバイオネッタに放り、構える。
心も頭もひどく落ち着かない。どうしたら冷静になれるか。考えをまとめられるか。正しい答えを出すことができるか。何一つわからない。けれど剣を持ったからには私がすることは一つだ。
「……どうぞ地面に這い蹲ってください」
混乱も戸惑いも懊悩も振り切るように、踏み込んだ。
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「陛下、どうかされたのですか。今日は随分ご機嫌ですね」
「ははは、そう見えるか。いやな、しばらくレオナルドとアコニートが王都を離れていてな」
「まあ、お二人とも一緒にですか。……お二人がいないから監視の目が緩くて外出しやすいというお話ですか?」
「まさか、奴らのためにいない間は”いい子”にしているさ。ここでなにかやらかせばあいつらは余計休みを取らなくなる」
「見栄っ張りの背中を押して、意地っ張りに特攻させてみたのだ」
「特攻……?」
「まあ直にわかるさ。……狩人に恋はまだ早い。だが時間の問題だろう」
「なるほど! あのお二人が……、それは楽しみですね!」
読了ありがとうございました!




