15 ジュリアの思惑
皆さん台風大丈夫でしょうか?
命大事に
「・・・大変マズいと思います」
昼食にありつこうと選んだ食堂で、食後のデザートと共に紅茶に似たお茶を啜っていたジュリアは、念話ではなく声に出して三頭に話しかけていた。
『どうなさったのですか?』
もちろん、三頭は念話で返事をしてくる。
アルゲントゥムは少し心配そうに聞いてくれるが、ジュリアは真面目っぽい表情を崩さずにズズズと再びお茶を啜った。
そして、真剣な声を出す。
「このままではお金がすぐに底をついてしまう・・・!」
手を組んでテーブルに肘をつき眉根を寄せると、周りからは何か真剣に悩んでいる可憐な少女に見える。
その可憐な少女は三頭の龍に一方的に話しかけているように見えるので不審極まりないのだが、周りは特に気にしていない様子だ。
三頭の龍が主人の声に合わせて首を傾げたりしているのもあり、それほど変に見えていないのかもしれない。
そんな自分の行動を気にすることなく、ジュリアは三頭に話しかけ続けた。
「日用品や食べ物なんかをこのペースで買い続けることは出来ないなぁ・・・ルンダさんのとこの宿泊費も考えると、食べ物を削っていくしか・・・でもご飯は人間としてちゃんと食べたいし、みんなだって果物は食べたいよね?」
『わたくし、ジュリア様のご迷惑になるのでしたら果物いらないですの』
『うん、僕も果物我慢出来るよ?』
『所詮嗜好品です。ジュリア様のものを優先してください』
聞き分けが良く主人を大切にしてくれる従魔たち・・・ジュリアは少し目頭が熱くなってしまった。
「何言ってるの、みんなで楽しく旅をするのが第一目標なんだから、食べたいものも我慢したくないしさせたくないよ!」
いつから楽しい旅が第一目標になったのか知らないが、本来であればジュリアも古龍も食事を摂る必要が無いのだから食べなきゃ良い話なのだ。が、そこだけは人間の矜持として捨てたくないと思うジュリアだ。
『ジュリア様、冒険者として狩りをしましょう!』
アルゲントゥムが翼を広げて声高に念話を送ってくる。
「そうだね、路銀を稼ぐ・・・そのために冒険者登録したんだもん」
『そうでしたっけ?』
『僕たちを連れて歩くための言い訳じゃなかった?』
「いや、路銀も稼げて一石二鳥だということよ!」
いまいち勢いのないやる気だったが、ジュリアは大真面目である。
そして、ジュリアにはひとつ思惑があった。その内容を三頭に話そうとしたところ、周りがジュリアの独り言に聞き耳を立てていることに気づき、ここではダメだとお茶を飲み干して店外へと出た。
食堂を探すついでにこの辺りの店をあらかた回ってみたジュリアは、昼も過ぎたことだしと一度ルンダの酒場へ戻ることにした。
酒場のドアを開けて入ると、遅い昼食を摂っている人たちがいたが、そちらに目を向けることなく受付にいる獣人の青年に部屋のカギを貰う。
午前中にあった冒険者ギルドでの出来事を知っている者もいたが、それを知らない者はフードの無いジュリアの姿と、背中の紋章に驚くばかりだった。
ギルドでの出来事を人伝に聞いていた者も、自分の目で見てやっと信じた・・・といった態だ。
自分の事が午前中の短い時間の中で、既に知らない人はいないというような噂になっているとも知らず、ジュリアはそそくさと自分の部屋へと帰っていく。
昼食に寄った食堂の連中も、実はジュリア見たさで店内に居たとは露とも考えていない。
部屋に戻ると、三頭をベッドの上に下ろしてローブと防具を取る。
今日は外出はせずに、今後のことを考える時間にしようと考えていたジュリアは、早速買って来たばかりの部屋着に着替え、更に買い込んで来た果物を取り出して三頭の前に置いてやった。
くるぶしまであるロングのワンピースはそこそこ品が良く、人前に出ても恥ずかしくない程度のデザインだ。というのは、少女店員が言っていた受け売りだったが、ジュリアはことのほか気に入っていた。
「さて、果物を食べながら訊いて欲しいんだけど、取り敢えず念のために盗聴防止に防音結界を張っておくね」
そう言うと、片手を軽く振って部屋全体に防音結界をいとも簡単に張ってしまう。
防音結界は基本的には自分の半径1~2メートルほどを張るものであって、部屋全体に掛けるものではない。
かなり上級の魔法士であれば部屋全体に防音結界を張ることも可能だが、どんな種類の結界魔法もその効力に比例して魔力消費量が多く、部屋を覆うほどの結界では上級魔法士でも数分で魔力枯渇を起こす場合がある。
と、いつもながらそんなことは全く知らないジュリアなので、平常運転である。
「これでよし。で、これからの話なんだけど、冒険者として依頼を受けてお金を手に入れるのは決定事項ね」
三頭は自分たちの好みの果物を食みながらコクリと頷く。
「それで、私今日、冒険者ギルドでちょっと目立っちゃったじゃない?」
「ちょっと・・・・・・」
「かなり目立っていましたが」
「ジュリア様の感覚って結構鈍いよね~」
ジュリアの「ちょっと目立った」発言に、三頭は苦笑する。
「え、そんなに目立ったかな?まぁ、みんな座り込んでて吃驚はしたけど・・・私、それほど殺気も放ってなかったよ?」
ジュリアの「ちょっと」放った殺気で、Cランクと吠えていた冒険者が膝をつく事態になったにも関わらず、未だ普通の人との力の差を認識出来ていないのは、やはり本体は神だからだろう。
「その言葉、ぜったい冒険者の前では言わない方が良いよ~」
「自信喪失で寝込みますわね」
「失礼な者達ですから、それで良いのでは?」
やはり、人間や亜人に対して厳しいのはアルゲントゥムだ。
「ま、殺気のことは置いといて。目立っちゃった事に関してなんだけど、私はあのCランクの冒険者にしたことは後悔してないよ。でも、こんなことが今後も続いて、その度に私がやり返してたらそれこそ悪目立ちして本当に大きな噂とかになりかねないでしょ?」
もうすでに、大きな噂になっている・・・・・・
「そこで、私は隠れ蓑を探そうと思ってます!」
「「「隠れ蓑?」」」
「王都へ来るまでにかけていた、認識を阻害するような隠蔽魔法ですか?」
首を傾げて聞いてくるアルゲントゥムに、ジュリアは首を振る。
「魔法とかじゃなくて、人!私より目立つ人と一緒にパーティーを組んで、一緒に旅をしてもらうの」
容姿や強さともにジュリアより目立つ者はいないのでは・・・と三頭は思っていたが、楽しそうに語る主人に何も言わず聞き役に徹する。
アルゲントゥムだけは、ジュリアの案に色々と質問や補足を加えていた。
「パーティーを組んで、どうやって隠れるんですか?背中の後ろですか?それなら我々が大きくなって翼で隠します」
「いやいや本当に隠れるわけではないよ。私の代わりに目立ってもらうの。それなりに強い人を選んで、私がしたことを全部その人に代わってもらう。いっそ勇者や賢者と言う位まで行って欲しいと思ってます。そうしたら、私が変に目立たなくなるし、何かしても「勇者のパーティーですから~」とか言って誤魔化せるんじゃないかな?」
安直な考え過ぎるが、ジュリアはもの凄くいい案だと思っている。そんな主人に、三頭はダメだと反対意見を言える筈もない。
「パーティーを組んで、その者にジュリア様の正体がバレませんかね・・・まぁ、バレて言いふらすようなことがあれば私が消し炭にしますが」
さらりと言ったアルゲントゥムの不穏な言葉は、当然スルーだ。
「バレないように気を付けるし。今後の事も考えて、色々この世界の常識を知っている人を近くに置いておきたい」
あ、自分が常識から離れているって気付いていたんだ・・・とは三頭の呟きだ。
「そうですね・・・なら、人選のための鑑定魔法は私にやらせてください。というか、出来れば人間や亜人相手の鑑定はこれからも私がやりたいです」
「え、どうして?」
突然のアルゲントゥムの申し出に、ジュリアは首を傾げた。
「鑑定魔法は、相手のレベルを上回っていれば内容を見ることが出来、下回っていれば撥ねられてしまいます。私の今のレベルは魔王や勇者相手では足りないかもしれませんが、普通ならまあ超えられることはないでしょう。で、大事なのがこの鑑定魔法、かけられた相手はそれを察知することが出来ます。いくら無詠唱でも、かければ相手に気付かれます。でも、私なら龍ですから鳴き声で詠唱できますし、従魔が相手を観察しているくらいに捉えられるはずです」
「・・・なるほど」
魔物は知恵のあるものもおり、それが鑑定魔法で相手を見ることがあるというのをアルゲントゥムは知っていた。
丁度一角獣と冒険者が対峙している場で、聖獣とも言われる一角獣が冒険者相手に鑑定魔法を使い、鼻で笑って飛び去っていくところを見ることがあった。
この提案は、無暗にジュリアが無詠唱を晒さないためと、鑑定魔法をかけることで起こる諍いを無くすためだった。
こんな時のアルゲントゥムは本当に気の利く古龍なのだが、それでもどこか抜けているため、この提案の大きな落とし穴にも気付かない。
「そっか、じゃあアル、人選はお願いね!」
魔物の鑑定魔法・・・それは、聖獣と言われる超級魔物しか扱えないものであることを、一人と三頭は全く気付いていなかった。
その夜、部屋着で夕飯を食べに酒場へ下りたジュリアは、昨夜や今朝とは違う『可憐な少女』の雰囲気全開だったため、その場にいた常連客やルンダを再び驚かせることになる。
青いロングの柔らかなワンピースに、形の良い胸は編み込まれた紐とフワリと膨らんだ生地に覆われ、ワンピースと肌の白さに映えるように真っ黒な艶のある髪が流れている。
その姿はどう見ても平民には見えず、ジュリアの後を付いて歩く小竜がいなければ、どこぞの貴族令嬢と勘違いして膝をつきそうになるところだ。
実際にこの酒場には昼間の事もあり、ジュリアに膝をついてでもパーティーに迎え入れたいと考えている者が多くいた。
だが、それはこの酒場の主であるルンダからこの場で勧誘することをキツく止められており、違えば生涯入店禁止となる厳しい罰則まで作られていた。
相変わらずジュリアの知らないところで色々と物事が進んでいるが、本人は「今日はあまり絡まれないな。新人なんて構ってもらえるのは最初だけだよね」と勘違いしたまま美味しい料理に舌鼓を打つのだった。
ジュリアの『隠れ蓑』探しは、翌朝から開始されることで三頭と話し合っていた。
夕飯を食べて気兼ねなく風呂に入ると、数時間意識を手離し早朝から魔力操作の確認を部屋で行う。
魔力操作の確認は、どんなに魔法に慣れたとしても毎日の習慣にしようとジュリアは決めていた。
一通りの朝のルーティンを終え、朝食を食べに階下へ降りる。今朝もまだ早いためか、他の客はおらずゆっくりと朝食を堪能した。
客が酒場へ下りてくるころには、ジュリアはルンダに部屋の鍵を預けて冒険者ギルドへと向かう。
昨日の今日で些か行きづらい気持ちもあるが、ギルドへ行かなければ依頼を受けることもできないし、『隠れ蓑』を探すことも出来ない。
この時の気持ちを、「風邪で一日学校を休んだ後に登校する気持ちに似ている」と三頭に言ったところ、「神様でも学び舎に通われるのですね」と返事が返って来たため、神様の学校は一体何を教えてくれるのだろう・・・と想像して少し笑ったジュリアだった。
早朝のギルドは、掲示板に新しい依頼を張りだすギルド職員の周りが賑やかだった。
その喧騒の中にジュリアも混ざっていく。
昨日のこともあり、ジュリアの姿を見た冒険者たちはギョッとして道を作る。そんな視線を特に気にすることなく、自分のランクに合った依頼を吟味し、ひとつ上のEランクの採集依頼を選んで手に取った。
そこそこ希少な素材採集だったため、依頼達成時の報酬も良い。素材採集の依頼は同時に3つまで受けることが出来るため、同じような依頼をあとふたつ選んでクロエのカウンターに並んだ。
「ジュリアさん!良かった・・・昨日は本当に、すみませんでした」
突然頭を下げて謝るクロエにジュリアは面食らい、胸の前で手を振った。
「え、いえいえ!クロエさんは何も悪くないじゃないですか!」
「いえ、私が早く間に入って止めるべきでした。直ぐにサブギルドマスターを呼んで、絡んで来たベイジンたちを窘めるべきだったんです・・・」
顔を顰めて今にも泣きそうな目の前のクロエに、ジュリアもう一度手を振った。
サブギルドマスターは別室に居ながらもジュリアの殺気に気付いており、膝を着かないまでも足が前に出なかったとすぐに駆けつけられなかった自分をかなり責めていたとは、クロエの談だ。
「いいえ、あれは新人への挨拶みたいなものでしょう?特に怪我も無かったし、クロエさんに謝ってもらう事でもないですよ。それより、座り込んでいた皆さんは大丈夫だったんでしょうか?クロエさんもベイジンの仲間の殺気に倒れていましたよね?」
「「・・・・・・は?」」
ジュリアの思い掛けない言葉に、目の前のクロエでなく隣のカウンターで手続きしていた見知らぬ冒険者が、つい・・・というように声を上げた。
だが、ジュリアは隣を気にしていなかったため、その冒険者に意識を向けることはなかった。
ジュリアは自分の放った殺気ではなく、ベイジンの仲間が放った殺気で皆が動けなくなったと思っていた。隣の冒険者は昨日この場に居たうちの一人だったため、殺気が誰から放たれたものか理解している。
確実にジュリアの殺気だったが、それに気付いていない本人の言葉に手続きの手を止めて愕然としていた。
そしてその冒険者の対応をしていた受付スタッフと、ジュリアの目の前のクロエも同じように愕然とした表情を隠せずにいる。
「・・・・・・あ、はい。あの後Cランクの魔法士が状態異常を回復する魔法を使ってくれたので・・・皆さん無事でした。ベイジンたちは憲兵に捕縛してもらい、当ギルドへの立ち入り条件を厳しくしました」
「そうですか、なら良かったです。で、今日はこの依頼をお願いします」
受付嬢としての営業スマイルを顔に張り付け、突っ込むことを止めたクロエ。
「良かった」の一言で済まされた昨日の惨事については、この後誰も口にすることはなかった。
数日たち、冒険者として採集依頼を熟すのにも慣れてきたジュリアは、そろそろ狩りの依頼も受けようかと考えていた。
実際には採集にいった先の森で魔物や動物を狩って、それを依頼外の素材としてギルドに買い取ってもらっていたのだが、ジュリアのインベントリのおかげで採集したものや狩ったものは鮮度が保たれているうえに量も多かったため、ギルド職員からはかなり驚かれ、本格的に狩りの依頼を受けて欲しいと懇願されたのだ。
狩りの依頼は頭数が多いと鮮度も落ち、素材の痛みも早く依頼達成までに時間が掛かるものが多いのだと、職員たちが嘆いていた。
それならばと、ジュリアは狩りの依頼を受けることを快諾して昨夜は帰宅したのだった。
ルンダの酒場から冒険者ギルドまで通い慣れた道を歩く。
『隠れ蓑』探しに関しては、アルゲントゥムが鑑定をするほどの者もおらず、遅々として進んでいない。アルゲントゥムのお眼鏡に適う人は永遠に現れないんじゃ・・・とジュリアは思い始めていたが、冒険者ギルドに到着しその扉を開いた瞬間、左肩に乗っていたアルゲントゥムが小さく「キュイッ」と鳴いた。
その鳴き声は、ジュリアにははっきりと「鑑定」と聞こえていた。
突然のアルゲントゥムの鑑定魔法に、ジュリアの方が驚いて左肩を見る。左肩のアルゲントゥムはただ一点を見据えており、ジュリアはその目線を追って冒険者が並ぶカウンターに視線を移した。
すると、こちらを怪訝に伺う背の高い見事なブロンドの男性冒険者がいた。今まさにカウンターで依頼達成の手続きをしているようだったが、それが終わるとジュリアから視線を外してギルド奥にある酒場へと行ってしまう。
『アル、見込み有り?』
ジュリアから見ても、そこら辺のCランク冒険者とは格が違うオーラが出ていた男は、そうとう強いのだろうと確信した。
『はい、ジュリア様。冒険者ランクはAランクのようです。レベルもこのギルドの中では群を抜いています。ですが、少し称号に気がかりなことが・・・』
『称号?』
『はい。【王位を奪われし者】とあります』
王位を奪われる・・・即ち元王族ということだ。
『うーん・・・王族とはあまり関わらずにいようと思ってたけど、廃嫡されてるならアリなのかな・・・』
『むしろ、隠れ蓑としてはちょうど良い称号かもしれませんよ』
『廃嫡された元王族なんて、人間が好きそうな話題だもんね~』
『元王族という肩書がありレベルも高いとなれば、ジュリア様の武勇を彼に押し付けることも可能かもしれないですの』
押し付ける・・・その通りではあるが、なんだか自分が酷い事をしているように感じて苦笑を漏らすジュリアだった。
「じゃあ、ちょっと声を掛けてみようか」
そう呟くと、ここ最近毎日眺めていた掲示板を素通りして酒場へと向かった。
ブクマ・評価・コメント・誤字脱字報告をしてくださる皆さま、有難うございます。




