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彼女の言っていることが、理解できなかった。だってそうだろう? 死後の世界というには、余りに普段と代わり映えしない世界だ。三途の川を渡った記憶もなければ、閻魔大王にあったわけでもない。死後に辿り着くと信じられている、天国や地獄のような風景は何処にもありはしない。
ただ、夜の空気と、繁華街の喧騒が聞こえてくる、そんな場所に居てどうして信じられるだろう?
『死後の世界』なんて───。
「あ、信じられないって顔してるわね。じゃあ、論より証拠を見せてあげる」
そして彼女は、目の前のビルの壁をすり抜けた。
「ね?」
顔だけを壁から出して微笑みかける女、というのも中々にシュールな光景だ。
「ほら、あなたも来なさい」
そう言って、馬鹿みたいに突っ立っていた僕の手をとり、ビルの中に引っ張り込まれる。反射的に体が硬くなったが、予想された壁の感触はなく、するりと通り抜けてしまった。
その感覚を、何と表現すれば良いのか。まるで精巧にできたホログラムの中を通り抜けたかのように、何の感触もなく。振り返れば、確かに其処に壁は存在していて、身体は建物の中に在る。
まさか、と思いつつも、先程の言葉を少し信じてしまっている自分がいた。だが、それでも………。と、あがく行為をあざ笑うかのように、
「ほら、こっちこっち。コレを見れば信じるんじゃないかしら?」
とどめを刺された。
目の前にある姿見には何一つ、変化がない。そう、文字通り、自分の姿すら鏡に映っていない。
「どう、解ったでしょう? あなたが既に、人じゃないって」
にこやかに話す彼女の顔が、小憎らしく覚えた。
「あ、ちなみに、鏡に映りたいならこっちね」
そういうと、彼女の左手から背後の姿見と同サイズの鏡がずるりと出現した。
「い、今、それは何処から持ってきたんだ?」
先程まで、彼女は確かに手ぶらだった。にも拘らず、次の瞬間には自分の身長よりも大きな鏡が出てくるとは、一体どんな手品なのか。
すると彼女は、予想と違う言葉を返してきた。
「残念。持ってきたんじゃなくて、作り出したの」
そう言うと、先程の巻き戻しでも見ているかのように、彼女の左手に鏡が飲み込まれていく。
「いい、魂というのは、エネルギーの一種なの。私達の中の未練を核にして、生前の記憶を形作っている、それが今の私達。つまり、イメージさえしっかり描けるなら、どんな物だって作ることが可能になるってわけ」
再度、彼女の手から鏡が出現する。
「そして、同じ物質で作られているから、この鏡には君の姿がしっかりと映るって事」
彼女の言葉を証明するかのように、姿見には自分の姿と思しき少年が映っていた。




