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眠る姫に花を。~魔法学園に咲く、恋と秘密の物語~  作者: 南ひより


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第1輪 眠る姫の部屋

『人は誰かを想う限り、決して枯れぬ花である。』

__アルメリア王国のことわざ


王宮が目を覚ますよりも少し早く、私はいつものように花園へ足を運んでいた。

朝霧に濡れた花々はまだ柔らかな陽の光を受けてきらきらと光り輝いている。


花園の隅で手入れをしていた庭師の庭師のおじいさんは私に気が付きにこりと目を細めた。


「おはようございます、フィーア様。今日も姫様のお部屋へ?」


「おはようございます!はい、今日も行ってきます」


私が笑って答えるとおじいさんは嬉しそうに頷いた。


「今日は勿忘草がよく咲いておりますよ」


そこには青く小さな花が朝霧をまとって揺れている。

私はしゃがみ込みそっとその花を覗き込んだ。


「綺麗……。」


「姫様もこの花がお好きでしたからな。昔は毎日のようにこの花を眺めておられました」


庭師のおじいさんは懐かしそうに微笑んだ。

きっとその頃の姫様を思い出しているのだろう。

私は勿忘草を一本摘み取り持っていた花束へ添えた。


「じゃあ今日はこれにします、ありがとうございます!」


「きっと姫様もお喜びになりますよ」


「そうだとうれしいです…」


私は花束を抱えなおし、王宮へ向かって歩き出す。

長い廊下にはまだ人影が少ない。朝の静けさが好きだった。

窓から差し込む光が磨き上げられた床へ映り込み、私の足音だけが小さく響く。


この時間だけは広い王宮を独り占めしているような気持になる。


「おはようございます」


すれ違った侍女さんへ挨拶をすると、相手も優しく頭を下げた。


「おはようございます、フィーア様」

「今日はいよいよご出発ですね」


「あ、はい!」


思わず笑みがこぼれる。


「緊張しますけど…楽しみです」


「皆様も応援しておりますよ」


今日は学園に向かう日。

王宮の外へ出るのは今日が初めてだった。


どんな人がいるんだろう、どんな景色がみられるのだろう。

考えるだけで胸が高まる。


だけどその前に。


私は毎日欠かさず向かう場所へ足を進めた。

王宮東棟、最上階。

重厚な扉の前で立ち止まる。

両手で抱えた花束を見下ろし小さく息を整え、小さく数回ノックをする。


「おはようございます、姫様」


そう呟くと扉前にいる見張りの兵士が静かに扉を開いた。




部屋の中は静寂に包まれており、白を基調とした広い部屋には朝の柔らかな光が薄板ーテン越しに差し込んでいる。

窓は閉じられたまま。空気は少し冷たい。


「少しだけ失礼しますね」


私は迷うことなく窓辺へ向かい留め具を外して重い窓を開けた。

春の風がふわりと部屋を吹き抜け、白いレースのカーテンをやさしく揺らす。


「今日はいいお天気ですよ、お庭のお花も綺麗に咲いております。庭師さんが『姫様がお好きだった』って教えてくれたので今日は勿忘草を持ってきたんですよ」


返事はない。

それでも私は構わず笑う。

それが毎朝の挨拶だから。


昨日飾った花を花瓶から取り出し新しい水へ変える。

そして抱えてきた花を一輪ずつ丁寧に生けていく。

誰に教わったわけでもない素人すぎる私の生けた花瓶を窓辺に置いた。

それが私の毎日のルーティーン。


毎朝こうして花を飾る度、胸の奥に理由のわからない懐かしさがふっと広がる。

まるでずっと昔からそうしていたような。

そんな不思議な感覚。

けれどその違和感はすぐに消えて行ってしまう。


「今日もやっぱり思い出せないなぁ」


私は苦笑いをしながら部屋を見渡す。


部屋の奥には天蓋付きの大きなベッド。

姫様を守るための結界が張られている幾重にも重なる白いカーテンが閉じられ、その向こうに眠る姫様の姿を見ることはできない。


私は一度も姫様の姿を見たことはなかった。


いや、正確に言うと姫様が眠りについてからは一度も会えていない。


それでも____。


「姫様」


私はベッドへ向かって柔らかく微笑む。


「今日から私、アストレア学園へ行ってまいります」


返事はない。

もちろん返事が返ってくるなんて思っていない。


それでも私は毎日こうやって姫様へ話しかける。

嬉しかったことも、失敗してしまったことも、誰にも言えない悩みも。

不思議と姫様のいるこの部屋で話していると胸の中にあった重たいものが少しだけ軽くなる気がするのだ。


「少しだけ不安なんです」


ぽつりと本音がこぼれた。


「王宮の外へ出るのは初めてですし、知らない人ばかりでしょう?」


私は苦笑いをする。


「治癒魔法ならだれにも負けない自信はあります。でもそれ以外は全然です」


剣術なんてからっきし。体力だって人並みより少ない。

周りにもにも昔からすぐに怪我をするから「無茶だけはするな」と何度も言われてきた。

だからこそ少し怖い。ちゃんと友達はできるのだろうか、ちゃんとした学園生活は送れるのだろうか。


「でも…」


私は花瓶に目線を移し小さく笑う。


「困っている人がいたら助けたいです。姫様のように。」


覚えてはいない。でもいろんな人たちから聞く姫様はどんな相手でも、どんな国の人でも、目の前で苦しんでいる人がいるなら手を伸ばしてしまうそんな人だから。


「だから…」


私は結界の張られた幾重ものカーテンを見つめる。


「もし失敗したら、その時は笑ってくださいね」


もちろん返事はない。

それなのに少しだけ安心したような気持になった。

自分も変だと思う。記憶の中に姫様はいないのに。

こうして話かけるだけで心が落ち着くなんて。


その時だった。

控えめなノックが部屋へ響く。


「フィーア様」


落ち着いた女性の声。


「お時間ですよ」


「あっ、はい!」


慌てて返事をすると私は姫様へ一礼した。


「行ってきます、姫様」


静かに扉を開けるとそこには侍女長エレノアが立っていた。

年齢を感じさせない美しい立ち姿。王宮の誰もが一目置く侍女長であり、私が小さいころからずっとお世話になっている人でもある。


「お待たせしました」


「いいえ」


エレノアはいつものように穏やかに微笑む。


「姫様へのご挨拶は終わりましたか?」


「はい」


私が頷くとエレノアはそっと部屋の中へ目を向けた。その視線は花瓶へ移る。

そして一瞬だけ、ほんの一瞬だけその瞳が悲しげに揺れた。

けれど次の瞬間にはいつもの優しい笑みに戻っている。


「…?どうかしましたか?」


私が尋ねるとエレノアは首を横に振った。


「いいえ。お花、とても綺麗ですね」


「ありがとうございます!今日は勿忘草を入れてみたんです」


「まぁ。素敵なお花にしましたね」


その笑顔があまりにも優しくて私は少し照れくさくなってしまう。


「それでは行きましょうか。カイル様が既に馬車でお待ちです」


「え!急がなきゃ、また怒られちゃう…!」


慌てて廊下へ飛び出そうとした私を見てエレノアが小さく笑う。


「廊下は走ってはいけませんよ」


「あっ…。」


ぴたりと足を止める。


「…そうでした」


しょんぼりと肩を落としながら歩き始めると、エレノアは口元を隠してくすりと笑った。


「ふふ」


「笑いましたね?」


「いいえ」


「絶対笑いました」


「気のせいですよ」


そんな他愛ないやり取りをしながら二人は王宮の長い廊下を歩いていく。

小さいころからエレノアはいつもこんな風だった。優しくて、少しだけ意地悪で。叱るときは誰よりも怖いけど、褒めてくれるときは誰よりも優しい。

私にとっては王宮で一番尊敬している人。


長い廊下を抜けると、大きな玄関ホールが見えてくる。

既に何人もの使用人たちが並び、忙しそうに働いていた。

その玄関口には一台の豪華な馬車。


そしてその横で腕を組む一人の少年の姿があった。


陽の光を受けて輝く銀色の髪。

騎士団の制服を身にまとい、真っすぐ立つその姿は朝から隙がない。

私の姿を見つけるなり、小さくため息をついた。


「…遅い」


「わー!ごめんなさい!」


「出発時刻の十分前には到着してるようお伝えしたはずですが」


「ぐうの音もございません…」


思わず肩を落とす。

そんな私を見て周囲の人たちがくすりと笑った。


「フィーア様、またカイル様に怒られている」


「いつものことですね」


聞こえてますよ、と言いたくなったけど本当にいつものことなので反論できない。


「まったく…」


カイルは額へ手を当て、小さく息を吐いた。


「学園へ着いてからも時間は気を付けてください」


「はーい」


「返事だけは立派ですね」


「えへへ」


「褒めてないですよ」


「分かってるって!」


思わず笑ってしまう。

カイルは真面目過ぎるくらい真面目だけどそれが嫌だと思ったことはない。

むしろ私が慌てている時ほど落ち着いていてくれるから助かっている。


……多分本人には言わないけど


「では参りましょう」


カイルが馬車の扉を開けて手を差し出してくれた。

私が手を取り乗り込もうとしたその時。


「フィーア、カイル」


聞きなれた低い声が玄関ホールへ響き、その場にいた使用人たちが一斉に頭を下げる。


「陛下」


私とカイルも慌てて振り返り頭を下げた。

王衣を纏ったアルメリア国王は大股でこちらに歩いてくる。

威厳のある姿のはずなのにその顔は満面の笑みだった。


「おぉ!フィーア!カイル!大きくなったな!我が子たち!」


私たちの前まで来ると陛下は豪快に笑う。


「陛下、それは先々月も仰っていました」


カイルが静かに返す。


「そうだったか!」


「そうです」


「はっはっは!」


全く気にしていない。相変わらずだ。


「学園へ行ってしまうとは寂しくなるなぁ!」


陛下は大げさなくらい肩を落とした。


「いつでも帰ってきて良いからな!困ったことがあればいつでも私に手紙を寄こしなさい!すぐに何とかしよう!」


「ありがとうございます!」


思わず笑顔で返事をすると陛下も嬉しそうに何度も頷いた。


「うむうむ!」


「陛下」


カイルが一歩前へ出る。


「お言葉、大変光栄です」


「なんだ、堅いなぁ。もっとこう『父上!』くらい呼んでくれても良いではないか!」


「遠慮しときます」


「即答か!」


「はい」


あまりにも迷いのない返事に思わず吹き出してしまう。


「ふふっ」


「フィーアまで笑うか!」


「だって…」


笑いをこらえながら陛下を見る。


「陛下、本当に昔から変わりませんね」


「それが私だからな!」


胸を張って言い切る姿に周囲の使用人たちも小さく笑っている。

陛下は国王としての威厳を持ちながらもこうして誰にでも気さくに話しかける人だった。


だからこそ、この王宮はいつも温かい。


「さて」


陛下はふっと表情を和らげ私を見つめ、先ほどまでとは違うとても柔らかな声で言った。


「フィーア」


「はい」


「お前はもう十五歳だ。今日から見るもの、出会う人、学こと。そのすべてがお前の世界を広げてくれる。」


陛下は優しく微笑んだ。


「フィーアもカイルも、ここへ来たときはまだ小さかったな」


「そうですね」


「王立育英制度を始めてから何年になるだろうな」


懐かしそうに目を細める陛下にカイルが静かに答える。


「二十年になります」


「もうそんなになるのか!」


陛下は嬉しそうに笑った。


「身分など関係ない。才能ある子どもが学ぶことを諦める国など私は認めん」


そう言って胸を張る姿は少しだけ子供っぽい。


「だからお前たちは皆、私の自慢の子供たちだ」


陛下はそう言って笑うとゆっくりと私へ視線を向けた。


「…特にフィーア」


「はい?」


「お前には昔から何度お礼を言っても足りん」


その言葉に私は少しだけ困ったように笑う。


「陛下…」


「お前が五歳の時我が娘を救うため命がけで治癒魔法を使ったことを、私は今でも誇りに思っている」


玄関ホールが静まり返る。

私はゆっくりと目を伏せた。


「…ありがとうございます」


その頃のことは覚えていない。何度も聞かされた話。

私が命懸けで禁呪にかかった姫様を救い、その代償として記憶を失ったこと。

そして姫様は今もなおお眠り続けていること。


私にとっては御伽話のようで、それでも決して忘れてはいけない出来事だった。


「だから無茶だけはするな」


そう言い私の頭へポンと大きな手をのせる陛下の手はとても暖かかった。


「…はい」


小さく頷くと陛下は満足そうに笑った。


「よし!」


パンっと一つ手をたたく


「見送りはこれくらいにしておこう!あまり引き留めていては学園につく前に日が暮れてしまう!」


そして陛下はいつもの威厳ある表情に戻し。


「フィーア」


「はい」


「カイル」


「はい」


「二人ともアルメリアの名に恥じぬよう学んできなさい」


「「はい!」」


私とカイルの返事が重なる。


「では」


カイルが馬車の扉を開き、私に手を差し出す。


「行こう」


「うん!」


私は大きく頷き馬車へ乗り込む。

窓から王宮を見上げる。今日まで過ごした大切な場所。

嬉しかった日も、泣いた日も、全部ここにあった。

胸の奥が少しだけ寂しくなる。


「みんな、行ってきます…!」


馬車がゆっくりと動き出す。

石畳を車輪が転がる音が王宮の門へ向かって響いていく。


私は窓の外へ目を向けた。

城下町。

賑わう人々。行きかう馬車。

どれも初めて見る景色だった。


「すごい…!」


思わず漏れたその一言にカイルが小さく笑った。


「そんなに珍しいか?」


「うん」


私は目を輝かせながら窓の外を見つめた。


「全部」

「全部が初めて」




窓の外の賑やかな呼び声や笑い声が風に乗って耳へ届く。

王宮とはまるで違う。どこを見ても新鮮で気付けばあちらこちらへ視線を動かしていた。


「城下町ってこんなに賑やかなんだ…」


「今日はまだ静かな方だけどな」


「え、これで?」


思わず聞き返すとカイルは短く頷いた。

騎士団と違い王宮魔法士見習い達はあまり王宮から出る事はない。それに私は昔はすぐに体調を崩していた為城下町に出る機会はなかった。


しばらく進むと馬車の速度がゆっくりと落ちていく。


「…あれ」


進行方向の先に見上げるほどの巨大な白い門が見えた。

何本もの石柱で支えられたその門には複雑な魔法陣が幾重にも刻まれ、青白い光がゆっくりと巡っている。

その奥の空間だけが水面のように揺らめいていた。


「カイル…」


「移転門だ」


「これがあの…!」


初めて目にする景色に思わず息を呑む。

門の前には他国へ向かう商人の荷馬車や旅人たちの馬車が順番に並んでいた。

係の魔法士が一台づつ行き先と通行許可証を確認し、魔法陣へ魔力を流し込んでいる。


私たちの馬車は最後尾へと並び、そのままゆっくりと前へ進んでいく。


「通る時一つだけ忠告。外を見るな」


「…どうして?」


「酔う」


「え。」


「毎回必ず物珍しさで見るやつがいる」


私はもう一度移転門へ視線を向ける。

あの揺らめきの向こうがどうなっているのか気になって仕方がない。


「…ちょっとだけでも」


「ダメだ」


返事が早い。


「えー」


「絶対見るなよ」


そんなに言われると逆に気になってしまう。

…いや見ない。たぶん。


やがて順番が回ってくる。

係の魔法士が軽く手を挙げた。


「アストレア学園行きですね。確認できました。どうぞお進み下さい。」


御者が手綱を鳴らす。

馬車はゆっくりと光り輝く移転門の中へと入って行った。


ふわり、と体が浮くような感覚。

窓の外が白く滲み、視界が揺れる。


「うわっ…」


「だから見るなって言っただろ」


隣から呆れた声が落ちてくる。

その言葉に私は思わず笑った。


「まだ見てない」


「今見ようとしてた」


「…ばれた?」


「顔見れば分かる」


カイルは昔からそうだ。

私より私の事が分かっているし、二人っきりの時だけ敬語が外れる。


記憶を失ってから初めて会った時はなんで私だけ?と驚いたものだ。でも今ではそれが当たり前になっている。

きっと、記憶を失う前から私達はこんな距離感だったのだろう。


「酔っても知らないからな」


「大丈夫だよ」


「お前のその根拠のない大丈夫が怖い」


私は小さく笑って窓から目を逸らし目をつぶった。

言われたことはちゃんと守る。

…時々守らないこともあるけど。


耳の奥で風邪が歌うような音が聞こえる。

馬の蹄の音も車輪の軋む音もいつの間にか消えていた。

代わりに聞こえるのはどこか澄んだ鈴の音にも似た不思議な音色。


どれくらい時間が経ったんだろう。体を包んでいた浮遊感がすっと消えた。

ガタン、と馬車が小さく揺れる。


「着いた」


カイルの一言と同時に窓の外から今までとは比べ物にならないほどの賑わいか聞こえてきた。

私は思わず息を呑む。

期待を抑えきれず、ゆっくりと窓の外へ目を向けた。

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