第6話 依頼
隠し扉の奥は洞窟だった。
カンテラが道の両脇についていたものの、火は灯っていなかった。
中は随分と巧妙な作りになっており、仕掛けを作動させないと開かない扉や、迷路のような構造で、何とか追手を巻く事に成功する。
そこを抜けると森に出た。
洞窟を誰が作ったかによるけど、とにかく助かったか?
でも、敵は見えないからなんとか巻いたかな。
「何だこれ……」
今は夜、そのはずだ。
教会へ戻る際、教会には夕焼けがさしていた。
だが、ウチが見た夜空は、想像とは全く違っていた。
――赤いのだ。
赤色の空が一面に光っている。
燃え盛るように赤く光っていた。
雲までも赤く、光を貫通しているようだった。
(不気味だ……)
そう感じるほどに、印象に残ってしまっていた。
そして、中でも一際目立つ円がある。
おそらく、それのせいだ。
「何で空がこんなに赤いんだ……!?」
聞かずにはいられなかった。
空が赤い理由、それは絶対にあるはずだ。
現実では空が青いのにも、理由があった。
「何言ってんの? 夜空は赤いでしょ?」
この空を見て口を開きっぱなしにしているウチに、クハパリがさも普通かのように言った。
「ウチが聞いているのは、その理由だよ!」
「それは分からないよぉ。あの一等光っている星、あれのせいでしょ? 素性までは――」
クハパリは声を止めた。
耳をすませば、まだ足音が止んでいない。
近くに敵がいるって証拠だ。
ウチらは草木の音を出さないように、姿勢を低くして匍匐前進で森を進む。
――しばらくして、再び足音が聞こえなくなった。
ここでひと段落をつかせたいところだ。
「ごめんね、コリウス。私たちのせいで」
全員が息を荒げているところで、ネルが静かに伺った。
自分たちのせいでこうなった、と言いたいのだろう。
確かに、罪悪感はある。
犯罪者が教会内に潜入しているんだ。
怖かったろうに。
だが、コリウスはついて来た。
というか、積極的に逃してくれた。
洞窟を案内して、抜け道を抜けた。
何故だろうか。
そう考えていると、コリウスが告白する。
「いや、あれは私のせいなんだ」
ウチらが連れてきたロードブルク兵じゃないのか?
だが、確かにロードブルク兵の装備だった。
「あれは確かにロードブルク兵。だけど、シロ達を狙ったわけじゃない」
「じゃあ……あれ、なんなの……?」
「あれは私を狙っているの。預言者クハパリを」
(クハパリって誰?)
話を聞いていなかったのかもしれない。
突然出てきた知らない名前、ウチはその人の名前を聞いた記憶を辿った。
それでも、見つからなかった。
ついていけていないウチの顔を見たネルが補足を入れてくれた。
「今までのコリウスって偽名でしょ」
偽名?
何のために?
そう思う前に、クハパリが説明口調で言った。
「そう。私の名前はクハパリ。古代聚落メルマシンクの大預言者なの」
自称してて恥ずかしい単語ばかり出てきている。
大がつくほどと名乗ってるし。
古代って使ってるし。
「まず、メルマシンクについて説明するね。メルマシンクは予言者を輩出する限界聚落でね。結構当たるんだ。あ、ちなみに口外禁止ね」
「え? なんで?」
「それを話すには昔話を聞いてから。それも後で話すね」
ネルは木陰に身を隠し、それについて話す。
ウチらは草むらの中にうつ伏せになりながら聞いていた。
「メルマシンクは予言者を輩出する聚落。予言者っていうのは、未来を予測する人たちのことね。ほとんど当たるよ」
クハパリはあっさり言った。
けど、今めちゃくちゃすごいこと言ってたぞ。
しかもほぼ全部って……予言とかじゃなくて未来確定しちゃってんじゃん。
「明日嫌なことがあるかどうかも?」
「うん。分かるよ。そこに生まれた私は預言者。私は神より言伝を授かりし巫女なの。だから、これから起こることがわかる。今はわからないけど」
「分からないって……?」
「見たらダメって言われてるんだぁ。事象が確定しちゃうでしょ?」
「シュレディンガーの猫みたいな?」
「ん?」
ウチが口を挟むと、場の空気が一瞬にして凍りついた。
ネルなら分かってくれると思ったのに……いや、あいつは分かっている。
分かった上でこうしているのだ。
なんて卑劣な。
こう言う奴が陰キャの自信を失わせるんだ。
悪態をつきながら、それでもウチは場の空気を取り戻そうとした。
「なんでもございません」
「君、もう黙って。話の腰を折ってる」
このやり取りで、さっきまで若干曇り掛かってたクハパリの顔が晴れた気がした。
「次、昔話するけど話の趣旨は変わらないからね」
――メルマシンクにはある女がいた
その女は酒ばかりを飲んでおり、いつも飲んだくれていた。
ある日、酒場で出会った男に恋をした。
彼はジャーナリストであるためお金持ちであり、真実を追求する彼の姿勢に彼女は惚れてしまう。
だが、彼は仕事熱心であるがため、少女を相手にしている暇はなかった。
女は立派な大人と呼ばれる歳となった。
だが、少女は未だに彼を忘れていなかった。
幾日も彼の存在を忘れ、惜しまなかったことはない。
男を探しにロードブルクへ来た女性は、ようやく酒場で男と再会を果たす。
やはりまだ男は彼女を女性として見ていなかった。
女は自分しか知らない情報を伝えることで、彼は自分を見てくれると信じて、ある都市の情報を教えてしまった。
その都市こそがメルマシンク。
メルマシンクが予言の聚落であり、中でもわずか齢三歳である少女が『モスロルの禍難』に匹敵するほどの大預言を託されたことを告発した少女は、その後、聚落で腫物にされる。
彼はジャーナリスト。
勤勉たる故、すぐこのことを弊社に報告。
それと同時にメルマシンクの情報は国家機密として管理され、世間に知れ渡ることはなかった。
その中で予言を観測させないように暗躍するロードブルクは、ある騎士をメルマシンクに送り込んだ。
国の使いであるコウドウの騎士になると期待されているコルヌスは、その都市を焼き払い国にとって英雄となった。
「――こうして、メルマシンクは国のたった一兵に壊滅させられたの。まぁ、預言にはこの昔話が別の言い方で書いてあったけどね」
「で、その少女がクハパリってことね」
「ちっがう!」
「あ、そう」
「わかってて言ってたろ」
今回は本当にその女の子がクハパリだと思った。
酒を飲める歳ではないか。
未成年とかが定められているのだろうか。
それも国別か?
色々と考察しながら話を聞く。
「ちなみに、なんで国家機密になったの? 国民に知らせてクハパリを『wanted!』とか懸賞金出せばすぐ見つかるのに」
「預言の聖書は他人の手に渡ると、強制的に最後の預言を即時実行にする制約が課せられているの」
「うぇぇ……おっかねぇ……それこそ国にそのことを直談判しにいきゃいいんじゃない?」
「あそこの人達が他人の意見を取り入れると思う? 私が言ったところで、話も聞いてくれず即刻死刑だろうね。私にそんな力はもうないのに」
よく分からなかった。
けど、とりあえず国に頼れず彷徨っているって事だな。
預言については何も分からない。
そもそも、その辺は分からなくていいだろう、
「ふーん。大変そうだね。じゃ、うちらはそういうことで!」
そう言うと、ウチは歩き出した。
ここがどこだかは分からない。
それでも、歩いていたら森は抜けるだろう。
あの兵士がウチらの追手ではないと分かっているのなら、素通りしても問題あるまい。
それでも、なるべく見つからないように行かないとなぁ。
クハパリには申し訳ないが、ウチらはここらでお暇させてもらおうかな。
ウチにはやるべきことがある。
さて、どうしたもんか――
「ちょっと待てぃ!」
ネルはそう言いながら俺の服の裾を引っ張った。
ニアスが呆れた顔でこちらを見てきた。
何か文句の一つや二つを言いたげな顔だった。
「俺はお前らのこと救ってやったのに、自分は無視か! 最っ低!」
ニアスの言い分も分かる。
そもそも、人としてどうかしている。
だが、犯罪者になった以上人として生きることは難しいんだよねぇ!
「これ以上厄介背負ってどうするつもりだよ――」
ウチは逆ギレして声を荒げた。
声はこの森に響き渡る。
我に帰った時にはもう、そうしてしまっていた。
足音が聞こえる。
ほんのすぐそばだ。
ウチらは口を押さえながら、声が漏れ出ないように息を潜めた。
そして、松明を持った兵士が一人、ウチらの横を通りかかる。
――バキッ!
木の枝が折れる音がした。
だが、それは兵士が起こした音ではない。
――ネルが踏んだ木の枝の音だった。
その瞬間、兵士がゆっくりと接近してくる。
ウチは息を潜める事、バレないことを祈るしかない。
すると、ネルが兵士の方に指を指す。
(何やってんだ……!)
叱責したい状況。
だが、そうしたら余計にバレてしまう。
この世界に来て、最大の焦燥感。
口を押さえる手が、強張ったその時――
――バキッ!
そんな音が数箇所で鳴った。
すると、兵士はここよりも、その音の方へと移動した。
その瞬間に、ウチらは音は立てず、だが素早く移動して、難を逃れた。
「これも私の能力なんだぜ?」
ネルがドヤ顔で能力を見せつけてきた。
おかげで助かったものの、自分のケツを拭いただけなのに、何故こんなドヤ顔ができるのだろうか。
「お願い! 私を安全なところまで護衛して! 報酬は……教会内にあるから!」
「ほ、報酬……考えてやらんこともない……」
「素直にハイって言えよ」
ネルはうちの頭を平手で殴りながら言った。
だが……どうするべきか。
本当に受けるか、この依頼。
いや、今から教会内に報酬を取りに行くのは危険だ。
そして、後で教会内に向かうにも、見張られているかもしれない事や、向かう途中に捕まるかもしれないと言う可能性を鑑みなければならない。
「ねぇ、ここは危なくない? あいつら、撒いたとはいえ、まだ近くにはいるんだから」
ネルが静かにそう言った。
まだ警戒しているらしい。
というか、本来ならそうあるべきだ。
今、ウチらは追われている身。
それなのに、こんなに声を上げていれば、見つかってしまう。
すると、ネルの問いにクハパリが答えた。
「うん。だから、まずはここから近くのペザルティアに行こっか」
「どんなところなんだ?」
「住宅が多くて……ロードブルクの人口を抑えてぶっちぎりで多い街だね。あそこなら人混みに紛れられるし、観光客も多いから宿場があるはず。人がいっぱいいるから、それだけいろんな情報も渡るからね。正直、行ったことはないけど」
今思ったのだが、依頼を受けた前提で話が進んでいないか?
まだ受けていないぞ?
そして、考え込む。
依頼を受けるか?
だが、考えるのをやめた。
ネルとニアスがこんなに推しているんだ。
おそらく、今から取り消しと言うわけにはいかない。
ウチに決定権はないのだ。
いや、もっとポジティブに考えよう。
彼女は助けてくれた。
彼女の追手だったが、それでも、ウチらだって危なかった。
そして、依頼金も発生する。
ネルの貯金が後幾らぐらいあるのかは分からないが、そう多くはないだろう。
寧ろ少ないはずだ。
そして……可哀想!
可愛いは正義だ!
心残りはあるが、ウチは勝手に問題を解決した。
「行き方はわかるの? ってか私たちお金ないんだけど宿は行くの?」
「行き方はわかるけど、足がないかな。だから結構遠いと思う。あとお金に関してなんだけど……」
「ん? クハパリ? どうかしたの?」
「本当は私のお金が革袋に入っているんだけど……置いてきちゃった☆」
「もしかしてこれ?」
うちは粗末なポーチのようなものを見せた。
教会内で『へそ』と書かれたポーチだ。
他の文字は、文字が掠れて見えてなかったが、もしかすると、『へそくり』だったかもしれない。
「え……? なんで持ってるの……」
「出癖が悪かった!」
クハパリの空いた口が塞がらない。
「ま、まぁ、結果オーライ……だよね!」
そんなフォローをするネルの後ろに、草木の音と共に人の声が数人聞こえた。
「おい! お前らぜってぇ探せ! あいつ殺したら10億ルトだってよ! ぜってぇ取り逃すな!」
遂に来てしまった。
撒いたとはいえ、短距離だ。
そう遠くまでいかないと追っては完全には撒けない。
「ねぇ、こっち。来て」
クハパリが小声で手招きながら導いた。
うちらは物音を立てずに森の中を掻き進んだ。
何でこんな目に遭ってしまったんだ。
そう自分に問う。
いや、もうよそう。
自分でも決めたじゃないか。
この依頼を受けると。
だが、預言者を排出するメルマシンクの生き残りの護衛……これは覚悟を持って臨まなければ!
〜 第六話 完 〜




