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第49話 静止した世界


 ロードブルク兵・ノスタルフォートレスはウチの身体にのし掛かる。

 身動きが取れない状態。

 そんな時に――クハパリが現れた。


(クハパリ……!? 逃げたんじゃ……)


 最悪だ。

 逃したと思っていた。

 なのに、クハパリはここにいる。

 さっきまでの時間が無駄になった気分だった。


「何でッ!? 逃げてくれないんだ!」


 腹に掛かる体重によって、声は出しづらかった。

 大声ではない。

 多少声の張った叱責だった。


 それでも彼女の耳に、ウチの声は届かなかった。


 目の前に視線を戻すと、ノスタルはクハパリをじっと見つめていた。


「あぁ! もう逃げてくれってぇッ!!」


 投げやりな声と同時にノスタルの目に指を伸ばした。


「――あっぶねぇ!」


 ニヤニヤと口角を上げながら、ノスタルはウチの腕を弾いた。

 余裕の表情。

 そこにウチは漬け込んだ。


(今だッ!)


 ノスタルの警戒が解けた瞬間に、跨っている彼から足を抜き出した。


「あ」


 ノスタルがそんな声を漏らすと同時に、彼の頭目掛けて足の甲を蹴り飛ばす。

 すると、彼の身体は想像以上に吹き飛び、彼のマウントから抜け出すことに成功する。


 クハパリは再び大声を上げた。

 

「じゃあシロは逃げてくれるの!?」


「はぁ!? 何言って――」


「私は見たことないよ! シロが戦いで逃げたことぉ!」

 

 ウチは、クハパリの言っていることを理解することが到底できなかった。

 

 確かに、戦いで逃げたことはない。


「私が逃げても、シロはずっと戦ってるでしょ!? 前は勝てたけど、今回も勝てると思ってんの!? バカじゃない! そんな青くなりながら――何言ってんの!」


 その瞬間、彼女の瞳から何かがこぼれ落ちた。

 それすらも、ウチには何が起こったのか、ほんの数秒間わからなかった。

 そして、それの正体に気がついた時、肌の毛がゾワゾワっと立ち上がった。


 ロイヤルシートで、彼女は涙を流さなかった。

 それなのに、彼女は今流した。


 ウチは後悔する。


(ウチは……ボロボロの自分を、ずっとクハパリに見せていたんだ……)


 彼女にとって、それがどれほど辛かったのだろう。

 

 クハパリを守る事を第一に考えていた自分が、ウチこそが――彼女を傷つけていたんだ。

 

 目の前の戦闘に、あと数歩先の戦いに、クハパリは足を入れ込むことが許されなかった。

 それなのに、仲間たちは段々とボロボロになっていた。


 そしてウチも、そんなクハパリの想いを蔑ろにした。


 ウチは言い返せる言葉が見つからなかった。


 クハパリをじっと見つめる。

 ウチの世界が静止した瞬間だった。


 だが、ウチの世界は急に動き出す。

 クハパリの目の前からいなくなり、気がついた時には身体が横の状態で床を飛んでいた。

 

「女の子を泣かせてんな――よッと」


 そう言うノスタルは足を蹴り上げていた。

 彼の蹴りが、ウチの身体に直撃したのだ。

 だが、彼の蹴りは蹴りじゃない。

 銃のように素早い速度を誇る彼の足が、ゴムのように壊れることのない彼の足が、ウチの身体を削ったのだ。


 ウチは彼の数メートル先に飛ばされた。

 身体は天井の瓦礫に激突した。

 全身に振動が走る。


 思わず目を瞑った。

 だが、それを堪えて再び開眼する。


「があぁ”ッ——!!」

 

 ノスタルは眼の前まで飛んできていた。

 彼の足が腹を貫く。


 それによって再度瓦礫に押し込まれた身体は悲鳴を上げていた。

 息を切らしながら腕を(おさ)えるウチ。

 息は切らさず頬を優しく撫ぜるノスタル。

 だがウチは諦めない。


 すると、ノスタルの頭上に電球が現れた。


「そうだっ、聞きたいことがある。お前は俺に、仲間の居場所を教えるんだ」


「はぁ、はぁ……へっ。今はっ、隣国の王女様に、合うための準備を——あ”あぁッ!」


 ノスタルを上目遣いで睨みながら平然を装っていると、折れた腕を彼の足で瓦礫に押し付けられる。

 ジュブジュブという音が身体から伝わって来ると同時に、骨が段差のように分かれる。

 次第に手先からピンク色になっていき、その腕を動かすことはできなかった。


「今行われているのは拷問だ。勘違いするなよ、でなきゃ腕を切るハメになる」


 ノスタルは声のトーンを豹変させ、心臓が揺れるほどの低音で語りかける。


 これまで余裕を見せられたのは痛覚がないからだった。

 拷問は痛覚がなければその価値を見いだせない。


 だが今、肉体的な拷問は精神的な拷問へと変貌する。

 その瞬間——拷問は本物となる。

 

 彼の顔を覗き込むほどに、彼の真贋を垣間見えることになる。

 その本性はドス黒く正義のためなら手段を選ばない。

 そして真贋を見定めた時、ウチは戦慄が止まらない。


「なぁ」


 ノスタルは頭を蹴り飛ばした。

 視界がぶれた。


「なぁって」


 ノスタルは顔面を蹴りつけた。

 靴底しか見えなくなった。

 

「吐いちまえば、お前だけは見逃してやるよ」


 ウチは彼らの会話を盗み聞いていた。

 見逃してくれるはずがないのに、どうしてか、ウチはその言葉に耳を傾けてしまう。


「本当……? 本当、ですか……?」


「あぁ勿論。クハパリも生かしてやる。役に立てば逃してもやれるだろう」


 ウチは考え込んだ。

 この圧倒的な力の前に、一対一では敵わないだろう。

 ましてや、護衛をしなければならない。


(どこに勝機があるのだ……)


「言いますよ。その代わり、逃してください、ね?」


 交渉は成立した。

 ウチの問いに、ノスタルは大きく首を縦に振った。


「今は——隣国の王女様に、会うための準備をしているはずです!」


 ウチははっきりと答えた。

 嘘は言っていない。

 それなのに、彼の表情は引きつっていた。

 対してウチは——満面の笑みだ。


 拷問は続行される。

 


       〜 第四十九話 完 〜

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