第4話 ここは夢
犯罪生活一日目。
既に牢の中です。
ですが、捕まってよかったとも思っています。
なぜなら、現実では成し得なかった、女の子と同じ部屋にいるからです。
刑務所というのは男女で牢が別々のはずです。
特にこの国ではフェミニズムが激しいらしいです。
が、運命の悪戯か、はたまた単に経費がないからか、そもそも刑務所ではなく牢屋という一括りにされているからか。
何はともあれ、女子と入られてラッキー!
――ではあるものの、特にこれといった進展はありませんでした。
言うならばあっち向いてホイを一、二回したぐらい……
(クソおもんねぇな……)
ですが、只今絶賛、話に聞いたアビリティを開花させるため修行に勤しんでおります。
すると、足音と共に兵士一人と青髪の青年がこちらに向かって歩いてきた。
「あのぉ僕、本当に動かしたわけじゃないんですけど!」
青年は手首を縄で縛られている。
兵士は青年に並走し後ろを歩く。
そして青年は牢にぶち込まれた。
「んな訳ねぇだろ! あのな、あそこにいたのはお前ただ一人だ」
看守がその青年に叱責した。
この石壁でできた牢獄では、その声が驚くほど強く反響して、ウチは耳を痛めた。
一瞬だけ、青年の眉が眉間に寄り、体がピクリと動く。
「他の人もいましたよ! シャフベスさんとか、ヌヨレンガさんとか!」
少し間が空いた後に、看守はこう答える。
「全員……死んだじゃねぇか……!」
その一言を聞いた時、青年の緊張していた顔の筋肉は一気に緩和された。
そしてそのまま沈黙が続く。
「は……? 冗談きついっすよ。逃げ切ったんじゃないんですか?」
「お前の鈍感さには呆れるよ」
そう言うと兵士は牢に背を向け歩き出す。
「あ、ちょっと待ってくださいよ! 本当にやってませんよ! 僕のアビリティ知らないんすか」
「アビリティの術式は……扱う当人しかわからない。だろ?」
兵士は牢屋を後にする。
兵士の背中に悲しみが滲んでいた。
その様子に唖然としていたネル。
詠唱を毎度毎度変えて唱えるウチがいた。
そんな中、青年がこちらの存在に気づいた。
「あ、ああ……ごめんな。うるさくしちゃって」
熱りが冷めれば気の利く男だった。
彼の髪の毛は青く、とても情熱的な人とは思えない。
相当参っていたのだろう。
「え? ごめん。何も聞いてなかった」
聞いてはいたが、辛気臭い話は苦手だ。
何のことを言っているのかも分からないし。
とりあえず、惚けた。
すると、気が抜けたような声を出し、話を切り出してきた。
「リューベルドジャスハク湖って知ってるか?」
唐突に聞いてきた。
話が下手なのだろうか。
そして、ウチには地名がわからない。
この世界に降り立ったばかりだ。
「名前長えな」
適当に相槌を打っておく。
すると、調子に乗り出したのか、話はどんどん続いた。
「その湖はリューベル川につながっていて、またその川から海につながってんだよ。そこに、海から川へ、川から湖へと海の主が渡ってきてたらしい」
「主って……その言い方、絶対その魚大したことないでしょ」
「外見は、竜みたいな見た目だ」
「――竜みたいなの!?」
この世界では、それが普通なのだろうか……
もしかすると、本当に竜で、モンスターのような存在なのかもしれない。
だとしたら、やっぱりスライムとかがいてもおかしくはないだろう。
「そいつは都市伝説として、俺らの村で語り継がれてたんだけど、何回も目撃情報があるんだ。俺らもこの目で見たし」
竜みたいな見た目ってことは、都市伝説級かも。
だけど……その半面『俺らの村で』ってことは、そこの村でしか語り継がれていない程の大したことのない奴だとも取れる。
(ま、まぁビビるのはまだ早いな)
内心、胸が躍っていた。
ドラゴンのようなモンスターと戦えるのだろうか。
それとも、本当に幻想だけなのだろうか。
そんなことを思っていても、まだ会話は続いていた。
「誰かが竜に何かをしたのか、リバース村の住民はそいつに襲われた。ビームの様なものだったと思う」
竜がビームを撃ってくる?
それがただの水鉄砲だったら、笑い物だな。
メ○ゾーマだと思ったらメ○だった時みたいな。
「それがめちゃくちゃ強力で、冒険者ギルドに報告しようとしたら、『お前の仕業かも』って俺が疑われたんだよ。あのハゲざけんな」
だから、アビリティは使ってる人しか内容はわからん、みたいな会話をしてたのか。
つまりこいつは、限界集落出身なわけで、国もそのモンスターについてわからないし、こいつのアビリティ自体も国は知らないから、こいつの仕業かもしれないって話か。
この人は多分五感者じゃない。
アビリティからして、もう違う。
しかも、流暢に村について話していた。
たぶん地元の人だ。
「もう行ったか……?」
青年はかすかにぼそっと呟いた。
多分看守がもうここから去ったかな、という意味かな。
「じゃあ、俺はこれでお暇させていただきます」
「え? なんだよお暇って? 出れねぇだろ? できることと言えば、せいぜい不味い飯食うことくらいだろ」
ウチがそう言うと、青年はハニかんだ。
すると立ち上がり、トイレの中の水を手で掬い、牢の扉の鍵穴にぶっかけた。
(うわばっちぃ……)
そう思っていると、いつのまにか青年の牢の扉が開いていた。
「あれ……?」
一瞬の出来事で、何が何だか……
だが、彼にとってはこんなチンケな牢はいつでも脱出できるってことだ……すげぇ……!
「んじゃ、そういうことで――」
「あぁ、あ! 待って! 私達のも開けてよ!」
「そうだよ、連れないぞ!」
「そもそもつるんでないだろ!」
ここにきて、今まで見せて来なかったネルの動揺を見ることができた。
正直、ネルのことは結構買ってた。
だから、そんなネルの反応見ると、こいつがどんだけ凄いかがわかる。
「お願い!」
「ホント! このとおーり!」
ウチはそう言いながら正座をし、できる限り頭を地面に擦り付けた。
「いや、どの通りだよ……」
(え? 正座を知らないのか……?)
そんなことを思いながらも、ウチは擦り付ける速度を早めた。
正直痛くはなかったけど、そんなウチを見かねるや否や、彼はウチらに声をかけた。
「わか……わかった! から! やめろぉ!」
面倒くさそうに青年はまた、トイレから水を掬い、その水をウチらの牢の鍵穴に突っ込んだ。そして何かをひねり、扉を引くと――開いてしまった。
牢の中に入り、座って呆然としているウチらに手を差し伸べながら言った。
「初めまして。そして、さようなら。俺の名は……ニアス。水を固めるアビリティを持っている。はい、自己紹介終わり。もういいでしょ……?」
そう言いながらポリポリと顎横を掻くニアスにウチは呆気に取られていた。
ウチはこの世界を舐めていたのかもしれない。
いや、さっき聞いたアビリティの内容がクソ過ぎただけかもしれないが、ここはアビリティが使える世界。
おそらく施錠されたドアを開けるアビリティってわけではないと思うけど、アビリティ次第では色々なことに活用することが可能なのか。
(……いや、セキュリティ手薄すぎない? 妙過ぎるほどに)
「ウチの名前は……」
「いや、わかる。さっき聞いたしな。亜月眞月権左衛門、だろ?」
「違うわ。ウチの名前はつく……」
刹那、ウチは昔の記憶が脳裏に過ぎる。
それは小学校の頃、男の子を助けた時だ。
その時、自己紹介をすると――
「じゃあ白だから、シロね!」
そう言われた。
今はもうその呼び名はなくなっているが――
(これでいいか)
「シロ」
ウチはそう名乗り、ニアスの手をとり、全体重を手にかけながら立ち上がる。
「じゃあもしかしてあんたもちがう?」
「いや、ネルで合ってる。」
少し、ニアスの口角が上がったような気がした。
「じゃぁ、さよなら。」
「え? 一緒に行かないの?」
「いかねぇわ! ……一緒にいても邪魔だろ。つるむ義理もねぇし……そもそもあんたら、二人で……その、デートしてたんじゃねぇの!?」
「え? ウチはもうてっきり友達だと思ってたよ? 自己紹介されたから一緒に行くと思ってたのに……あと、別にこいつは恋愛対象にはいんねぇし」
「はぁぁぁぁ!? それはこっちのセリフなんだが!? なんで私が振られたみたいな感じなの!」
「それでも、一人の方が都合がいいんだ。やることもあるし。それじゃ、もう捕まんなよー」
「えぇ……」
そうしてウチとネルは、ニアスの背中を横目に牢屋から出た。
だが、ネルの表情はなんとなく曇って見えた。
――――――――――――――――――――――――
少し歩くと、水が流れている場所に来た。多分下水道だ。
すると、急にネルが止まってそのまま静止した。
「止まって……!」
「なに……?」
耳をすませばウチの呼吸が小さく聞こえる。
それと同時に足音が聞こえる。
看守か?
やっぱ看守に見つかると元も子もない。
こっからは沈着に。
「私の後に続いて」
そう言うとネルは看守の視線をくぐり抜け、看守の背後に回る。
看守が完全に油断した、その瞬間。
ネルの腕が、音もなく首に回った。
看守の顔がピンク色になり、蟹みたいに泡を吹き出すと、ネルは手を止め先へ進む。
ウチはその後ろでスタンバイ。
これをずっと続けていた。
事は順調に進んでいたのだが……
「おい、お前ら、囚人か」
また看守がいたらしい。
そこで、ふと、ネルの顔を横目で見る。
ネルはここにくる道中も毎回看守の視線を観察しながら進んできた。
慣れているようだ。
それは、何だか格好が良かった。
だからネルを見た。
だが、ネルは止まっていた。
まるでサバンナの中央で虎と出会した兎のように。
息をするのも忘れていた。
音を立てたら終わる。
それだけが、頭の中を占領していた。
ネルの視線は一点に集中されていた。
ウチはその先を見つめた。
看守がいた。
看守も視線はこちらを向いていた。
動いたらと考えると脳裏に映るのは『死』だった。
怖かったのは顔だけではなく、看守の佇まい、屈強な体格。
それに鳥肌が立つ。
ネルは振り返り、ウチの手を掴み全力疾走。
看守はウチらの後を追う。
ウチの足はガクブルで途中転んだりもしたが、幸いなことに、看守は歩いてこちらに接近する。
――余裕そうだった。
――――――――――――――――――――――――
外へ出た。
だが、そこは見晴らしの良い崖。
おまけに近くには滝があり、水飛沫がウチたちの顔を濡らすことで、視界がぼやける。
「うげぇ。しんどッ!」
男の人の声だ。
だが、さっきの看守とは声色が違う。
顔にかかった水飛沫を腕で拭うと、ニアスがそこに立っていた。
「お、さっきぶりぃ」
看守が近いところまで来た。
「止まれと言っているだろ。耳糞詰まってんのか汚ねぇな」
そう言いながら看守は鼻を小指でほじる。
自然と腕に視線が行った。
だが、看守の小指は鼻の穴に入らなかった。
奴の小指は小指ではなく大指だった。
この夢の中では寿屋の女性といいこの看守といい体格のバランスがバグってやがる。
「なぁ! ウチは犯罪を犯したわけじゃなくて、冤罪だ。というか、覗き程度で死刑はおかしいって。あいつら、のぞきって聞いただけで問答無用で死刑宣告してきたぞ!」
大きな声を出したわけではないが、ウチの声が遠くの壁により木霊する。
「そうだゾ!」「もっと言ってやれ!」
取り巻きみたいでうざかったけど、代表してるみたいで気持ちよかった。
「ここはジェントルマンの国。お前らみたいな者はこの国の秩序に欠ける」
(ジェントルマンの国? キャラ濃いなぁ。なんか言い方ムカつくし)
そう考えている間に奴はゆっくりと近づいてきた。
だが、逃げられない。
逃げたところで、後ろは崖。
水に飛び込んだとして、無事だろうか。
手のひらに紋章がある勇者とかなら、大丈夫なんだろうが。
落ちたら普通に即死するな。
夢世界に来た時の落下では死ななかったが、そこよりも高度がダントツで低いここでは、落ちたら死ぬと感じていた。
とはいえ、ここで潔く捕まるわけにはいかない。
プライドもあるが、何よりウチは新庄を連れ戻しにきた。
捕まったら会えはするかもだけど、なんかあった瞬間、速攻で死刑宣告されてたし、即行で打首だろうな。
やはりやるしかない。
ウチは崖の方に身体を向けた。
「ニアス。お前のアビリティ、水を固めるんだよな。多分」
トイレの水を掬い、鍵穴にかけたことで、型取りをしたのだと思う。
トイレの水限定のアビリティな訳ないし……多分あの滝も固められるはず……!
「え……ま、まぁ」
「だったらあれ、なんとかしてくれ」
ウチは滝の方を指差した。
「とにかく! やってみてくれ。行くぞネル、ニアス!」
そう言うと、ウチは二人の手を掴み崖から飛び降りる。
「はぁ?! 絶対無理だって。あれ大きすぎ!」
そう言いながらもニアスは滝に触れる。
すると水は柔らかく弾力のある物へと変化した。
ウチらはそれに乗り、水の塊を滑走していく。
固めるって聞いて、プラスチックの滑り台みたいなのを想像してた。
でも、違った。
思ってたよりずっと柔らかくて、痛くない。
(なんだこれ……)
想像以上に、やさしい。
頑張ってなるべく柔らかくしてくれたのか。
そのおかげで、看守はウチらを追えず、逃げ切ることができた。
そこから先は覚えていない。
ニアスが無事に運んでくれたのか、ネルがなんか頑張ってくれたのかわからないが、城から脱出できたのは確かだ。
――――――――――――――――――――――――
目が覚めたら教会にいた。なんでここが教会とわかったかは、別に教会の目の前にいたとか、ここの造りがそうだったとかじゃない。
ウチが横たわっているベッドの横に修道服? みたいなのを着た人がいたからだ。
「助けてくれたんですか。」
「えぇ、まぁ。大丈夫なんですか? もう?」
「はい。僕は大丈夫だったのですが、ここの近くに青髪の青年と――」
刹那。ウチは窓の方を見ていた。遠方には――
「国道で屁をこくどぉ!!」
「コンドルがケツに食い込んどる!!」
変なポーズをしながら駄洒落を言う、小っ恥ずかしい二人が見えた。
しかもニアスに限っては牢にいたときに縛られてた縄がまだ手首にあるままだった。
「あ、あのぅ……あれは?」
ウチは指をあいつらに刺しながら赤面していた。
そりゃ友達のあんなもん見せられたら何とも言えない感情にはなる。
「我らが『地口教』の教えで――」
嫌な予感しかしない。
「駄洒落を神様の言葉遊びと考えているんです」
残念ながら的中してしまった。
じゃあ、あれはここの教育方針なんだ。
そっか……何であいつらがやってんだ?
この宗教に入ったわけじゃないよな。
ってかこの世界にも宗教なるものがあったのか。
そう言えばドラクエにも教会ってあったな。
あれも何かの宗教だったりするのかな。
いや、待て論点からズレてる。
「な、何でやらされてるんですか……」
「まぁ! 『やらされてる』なんて人聞きの悪い! あなたもやってみますか? では《イイ駄洒落をイイたくなーれ!》」
シスターの言葉を聞いた瞬間、体が外に出たがった。抵抗も虚しくウチは謎の力によって外に出され、ネルとニアスの横に行くと――
「チーターが落っこちーたー!!」
くそッ! 体が勝手に動く。自我はあるのか。ってことはこれ二人にも聞かれてんのか。
ううぅ……恥ずかしい。なんかシスターが教会内で笑いながらなんか言ってるし。ここの宗教絶対おかしい……。
そっからはずっと駄洒落を言い合う大会みたいだった。誰が一番おかしい駄洒落を言えるのか勝負しているみたいに。
しかもそのやりとりが夜まで続いた。ウチも途中までは何だか楽しくなっていき、幾つか案を出して実際に口にしてみた。
そこで分かったのは駄洒落を言うときだけはウチの意識が体の主体となるそうだ。
おかげで小っ恥ずかしい駄洒落を言うことができたが、二人はウチの意思で言ったと気づいていない。
飽きた時には一つも面白い駄洒落などなかった。
もう懲り懲りだな……ってかいつまでこれ続くんだ?
まだシスターは教会で笑ってるし。
ツボが浅いのだろう。
すると微かに人影が見える。
この世界には電気がないが空は赤く光っているため、雲はいつも茜雲で夜でも視認することができた。
ウチはその人影を呼び止めようとしたが、まだ駄洒落を言っているため体が言うことを聞かない。
だが呼び止める必要はなかった。
なぜなら人影はこちらに向かっていた。
人影の正体ははっきりとではないが見えてきた。
女の子だった。
しかもこの子もウチと同じくらいの歳だ。
「こんにちはぁ。この教会に用? こんな夜分に御苦労様ぁ。中に入って。こーんなに寒い日なんだからお茶でも出すよぉ」
「ガスを外になガスな!!」
静寂が流れた後、ゆっくりと彼女は何かに気づいた。
「……あ! ごめッ! ウチのヌベツミが……! ちょ、ちょっと待ってて!」
そう言うと彼女は教会内に入って行き、持っていた本でシスターの頭部を叩いた。
アビリティによる拘束はたちまち解かれ、ウチらの駄洒落大会は終戦を迎えた。
だが、心の中にどこか大会を楽しんでいた自分がいた。
〜 四話 完 〜




