第29話 君ィ
「どうせあのミミックしか宛がないんだ! ニアスも……行くぞッ!」
「ああぁぁ――クソッ!」
俺は茂みから飛び出した。
霧のせいで周りが見えないが、目に映る信徒はとりあえず全員を殴り飛ばした。
信徒は殴り合いが得意ではなさそうだ。
中には物を運んでいたからか丸腰の奴やどこかに取りに行ったのか得物を持ち合わせている奴もいた。
次に目に映ったのは執事さんだった。
その後ろには敵がいる。
執事さんを避けそいつを蹴る。
と、同時に執事さんも俺の後ろの何かを殴る。
「背中――預けます」
「先走る様な人に、背中預けたくないけどなッ!」
執事さんに気を取られていたせいで既に手前に敵が来ていたことに気が付かず前からナイフの刃が飛んでくる。
偶然そのナイフを手の甲で弾く。
そして勢いに任せ目の前の敵の腹を蹴った。
後退りをした奴はナイフを地面に這い蹲りながら拾おうとする。
俺が見えていない様だ。
髪を掴み顔目掛け何度も殴った。
血で顔が塗れた信徒は不敵にほくそ笑む。
「ははッ! 地口教に刃向かおうとする愚か者が、司教様に勝てるわけない! 精々足掻けばいい!」
――もう一度顔を殴ったところで信徒は気絶した。
そいつが持っていたナイフを執事さんが拾う。
「俺はクハパリを助けたいだけだ」
俺は再び走り出した。
ミミックを探す。
だがやはり霧のせいでどこにあるのかわからない。
すると、後ろで戦う音が聞こえる。
振り向くと執事さんが信徒に向かってナイフの刃を向けていた。
「何やってんだよ!?」
「何って……戦闘ですけど」
「そんな物騒なモン使うなよ!」
「生きるか死ぬかの勝負です。一々情けをかける時間はないでしょう」
「殺すのは――駄目だ……!」
「こっちだって退けないんですよ。ただでさえお嬢様拉致られてイラついてんだ。何故そこまで生に執着を見せるのですか」
確かに何故だろう。
今までは弱い奴から死んでいくという思想だったのに、今では自分がされたら嫌だからという考えしか浮かばない。
そう言えば前にもこんなことがあった。
マダグにライグを殺すことを止めたことがある。
でも、それはライグの様になりたくないとマダグが言っていたからだ。
前は……そうだ。
弟が試練で俺を蹴落とす前までは殺しなんて厭わなかった。
でも、ドジャスハク村でじいちゃんと暮らしてからだった。
あの人を見ていると、不思議と穏やかな気持ちになったな。
また会いたい。
立ち止まって考えていると後ろから新たな信徒が俺を襲う。
反応できずに信徒からの攻撃を喰らいそうになった時――ナイフで執事さんが応戦した。
「言ったでしょう! 向こうだって殺る気です! やらなきゃやられますよ!」
執事さんは信徒の背中を刺した。
俺はただそれを見つめていた。
最初は悲鳴を上げていた信徒だが、次第に動かなくなっていった。
すると突如として声が聞こえた。
パリカノティタの選手の声だ。
「いたぞ! ミミックだ!」
左耳に声が通る。
執事さんも気がついた様だ。
俺らは一目散に走り出した。
ミミックに向かう途中で信徒達は俺らの邪魔をする。
執事さんと並走していく中で、右からは石が飛んできて、左からは信徒が直進で体当たりをしてくる。
囲まれているな。
吹き飛ばされた上に執事さんを見失ってしまった。
辺りには水蒸気による爆発で信徒が吹き飛んでいることがわかる。
段々と信徒の数は減っていっているが、目の前の奴はそうもいかなそうだ。
「退け! 俺は殺したく……ない」
目の前には10歳ぐらいの女の子が佇んでいる。
袖から手が出ていなくブカブカの服を着ている。
戦闘向きの服じゃない。
というか、10歳ぐらいの女の子が戦うわけない。
そうに決まっている。
「キミィは殺されないよ? 殺されるのは君ィの方だよ?」
「きみい……?」
「アタシの名前はキミルヴァ。キミィはね、強いんだよ? 副司教だからアビリティが使えるんだよ?」
今世紀史上一番何言っているのかわからない奴に会ってしまった。
“キミィは殺されないでキミィが殺される”?
あ、いや、“君ィが殺されて君ィが殺される”……もう理由ワカンネ。
「何言ってんのかわかんねぇけど……退いてくれ。子供の相手をしている場合じゃ――」
《大仏はだいぶ強い》
次の瞬間、寒いギャグとともに、彼女の背後に現れたのはとてもデカい石像。
目を瞑りながら坐禅を組むこの像は、神々しい雰囲気を放っていた。
高さにしてカンケルの機械と同等。
そして、彼女は腕を組みながら太々しい笑みを浮かべる。
周りにいた他の信徒達もその石像に目が奪われる。
「どぉ!? キミィのアビリティは強いんだよ! だから副司教になれたんだよ!」
「こりゃ、やるしかないか……?」
そういうと、彼女が腕を振り下ろす。
それと同時に大仏もそうする。
(――はやっ!?)
幸い、攻撃を避けることが出来た。
彼女の腕と同速の大仏の腕は、それと連動しているようだ。
カンケル戦ではそうだったが、“デカい相手=遅い”というわけではないようだ。
それでも連続で攻撃はして来ない。
キミィの顔を見る限り楽しんでいるのだろうか。
兎にも角にも相手は子供。
戦闘慣れしてはいなさそうだ。
俺はキミィを中心に円を描くようにして逃げる。そうしながら相手の出方を見定める。
「ほらほらぁ! 逃げ惑ってばっかじゃ何も解決しないんだよ? このままじゃキミィに負けちゃうよ?」
キミィはそう言いながら次々に腕を振り下ろしていく。
だが、特にこれといって特殊な攻撃を有している良振りもない。
本当に“だいぶ強い”だけなのか。
そして、再びキミィは攻撃を仕掛けてくる。
やはり腕を振り下ろす攻撃だ。
すると、執事さんがそれに殴りかかる。
その攻撃が通るはずもなく、執事さんは拳を痛めただけだ。
あの石像、ダイブツとか言っていたが、それを攻撃するのは先決ではなさそうだ。
結局殴るのはあのキミィだろう。
俺はキミィに近づく。
でも――ダイブツは攻撃のリーチが長過ぎてキミィへ近づく前に攻撃を受けてしまう。
腕が太いし、攻撃を跳び越えるのは不可能だ。
ましてや、霧のせいでキミィが何処にいるのかもわからない。
そうして渋っていく内に時間は刻々と過ぎていく。
「メッちゃん!!」
メッちゃんに何とか対処して欲しい事を伝えるのだ。
だが、副司教を前にしてメッちゃんは何をやっているのだか。
「何だぁ!?」
「石像に攻撃を喰らわせられないですかぁ!?」
「無理だ! 石を壊すと言っても俺のアビリティじゃあ水蒸気爆発しか攻撃手段がないし、そもそも攻撃が通らないだろ!」
(無理なんかい!!)
確かに、メッちゃんと闘った時に出てきた攻撃は殆どが人体にしか影響を及ぼせないものばかりだった。
そんなメッちゃんから再び通達が届く。
「今、俺は他の信徒の相手をしている!! だからそっちへは行ってやれないが、霧を水に変換してやることぐらいは出来る!!」
水。
それは俺にとって最大の攻撃だ。
殴るよりも遥かに強い。
その水を使えるのならこの状況を打開出来る策が見つかるかもしれない。
というか、まだ他に信徒が居たのか。居ないと思っていたが、それを全部メッちゃんが対処していたのか。凄いな。
メッちゃんに感心していると、目の前に水が現れる。やっぱり霧と水を見分ける事は難しいが、何とか目を凝らせば見える――かも。
俺はすかさず目の前の水に触れ、固めらせた水を相手に跳ばせた。
だが、向こうからの反応がない。
こんだけの飛距離じゃキミィには届かないか?
その時、俺の脳裏にある記憶が甦る。
シラゾノさんが“祈り”と共に教えてくれた“アビリティに物を通して攻撃する方法”。
これが使えるのではないか、と。
蹴りは殴りの約三倍の威力。
蹴りなら届くかもしれない。
ウチは次の水が凝固されるまで構える。
イメージとしては――“貫く”イメージ。
蹴りは対象の物体を蹴るというイメージより、その奥を蹴るイメージの方が、より威力が増す。
前、ハイププァルにこれを行った時は特に未完成な状態にあった。
でも、今、これをイメージさえすればあとは蹴るだけ!
目の前に水が現れる。
俺は体を回転させる。
(貫け、貫け、貫け、貫け……!)
そして踵で――。
「喰らえぇぇぇ!」
水は勢いにより変形し、鋭利な形に変化した。軌道は石像の真下に向かって弧を描くように跳んでいく。
「痛っ!? な、何……?」
キミィの声が聞こえる。
怯えた声、困惑している声だ。
命中……いや――掠ったな。
だが、場所は把握した。
これを続ければいつか必ず命中するはず。
そう思っていたが、直後に足音が聴こえる。
しかも走っている音だ。
誰か突っ込んできている。
最初はそう思った。
だが、音は次第に小さくなっていく。
(逃げられている……!)
俺は走り出した。
石像に向かって。
すると、またもや信徒たちが邪魔をしてくる。
捌いていくだけじゃ一生追いつきやしない。
更に足音が聴こえる。だが、1つだけ何かが違う。
音の発信場所を見ると執事さんが向かって来ていた。
「ここは任せてアイツを追ってください!」
執事さんはそう言いながら信徒達を蹴り飛ばす。
そこに生まれる僅かな隙間をすり抜けてキミィを追った。
キミィが何処にいるのかわからない。霧のせいで見えないんだ。
それでも、石像の下付近にいる事は確かだろう。
だが、このままでは逃してしまう。
もし近づけたとしてもあの石像に攻撃されればまた逃す。
「こっち! 来ないでよ――ねっ!」
何処からか声が聞こえてくる。
キミィの声だ。
それと同時に上から石像の腕が飛んでくる。
(あ、これだ!)
着陸した石像の指先を掴んでよじ登る。
恐らく、これでキミィは俺のことを見失った。
そして、これなら近づける。
腕が持ち上がる。
それと同時に石像が立ち上がる。
「あれ……?」
腕は下に向けられた。
それにより、俺は宙吊りになる。
何とか石像の指を掴んで持ち堪えるが今にも落ちそうだ。
自然体なら当然こうなるか。
ミスった。
でも、落ちてもそう高い所じゃない。
ウチは手を離した。
勿論高い所だから痛いとは思うけど、骨折する程じゃないだろう。
そう思いながら自由落下に身を委ねる。
そして、落下の受け身を取るために下へ視線をやる。
「うわっ、ち、ちょちょちょっと――!」
地面に着地した。
俺は受け身を取ることが出来なかったが、痛くはなかった。
落下している時に気づいたが、下にはキミィがいた。
俺はキミィをヒップアタックしていたらしい。
気がつけば、視界の大半を占めていた石像は既にいなくなっていた。
キミィが気絶してアビリティが解けたのだろう。
「もういないかぁ!?」
またしても声が聞こえる。
これはパリカノティタ選手の一人。
確か名前はダイチョウキン。
筋骨隆々なガタイに性格までもが筋肉なダイチョウキン。
だが、まずいぞ。
彼は筋肉を力むたびに大腸の様子がおかしくなっていくそうだ。
ここにくるまで何度も力んできたことか。
だから、早く行かないと敵を目の前にして脱糞をするという、何処かで聞いたことのある戦国武将さながらの武勇伝を作ってしまう恐れ大。
「待ってください! 僕が視認できる限りで僕含め、3人はいます!」
メッちゃんは視認してはいなかったけど、意思疎通が図れるぐらいの距離にはいた。
そして、執事さんは近くいる。
やっぱり見えはしないけど――さっきいた!
「早く来い! 俺の外肛門括約筋と仲間が限界を迎えそうだ!」
相棒さん……は、よくわからないけど、仲間が限界という事は敵がミミックをどうにかしようとしているのを抑えてくれているのだろうか。
(でも、やっぱり何処かわからない!)
そうして路頭に迷っているとメッちゃんが言う。
「この周辺の霧を全て水に変える! そうすりゃお前達、見えるだろ! だが、ほんの一瞬だ! その間に見つけてそこに突っ走れ!」
確かにマダグがミミックの中に入っていないのなら、全てを水に変えると言う事は何かと都合が悪いようだ。
しかも、この場にいる全員がミミックの場所を把握してしまうと言うことになる。
そうなれば、場所を把握した信徒たちがミミックに向かって一斉に走ってくることになる。
――俺は全神経を集中させた。
すると、辺りの霧が集まっていくのがわかる。
霧がなくなったところから視線を配る。
「――見えた!」
俺は一目散に走り出した。
すると、横に執事さんがいた。案の定近くにいたらしい。
そして、そのまま並走する。
だが、メッちゃんの姿が見えない。
再び周囲に視線を配る。
すると、今も尚アビリティを駆使しつつ信徒達を相手にするメッちゃんがいた。
だが、とりあえずミミックのそばに着いた。
ミミックの辺りにはパリカノティタの選手達がいる。
走ってくる信徒達を追い払ってくれているのだ。
「――グローブ達は!?」
「中にいる! お前さん達も中に入りな!」
ひとまず安心した。
辺りが見えないと言うのは何とも怖いものだ。
俺はそう思いながらホッとため息をつく。
そして、ふとメッちゃんの方向を見る。
走って来ていない。
様子がおかしい。
すると、再びどんどん霧が濃くなって来た。
「メッちゃん! 何してんだ! こい!」
「こいつら倒してからな! 心配すんな! こいつら雑魚だ。すぐそっち行くから先行ってろ!」
ダイチョウキンにも肩を叩かれて先へ進むことを催促される。
心の中で葛藤した後、メッちゃんを横目にミミックの口の中へと入り込んでいった。
〜 第二十九話 完 〜




