第25話 お姫様とお嬢様
(――マダグ!?)
ウチは口をかっぴらいて仰天する。
あまりに驚いたため、席を立ち、声が出そうになったが、貴族の御前で大声によって大会をぶち壊すのはタブーだと礼節を重んじ、絶句した。
「座りなよ……」
ネルが腕を組んで人差し指を上下に動かしていた。
無理やり連れて来させられて、ムシャクシャしているのかもしれない。
だが、ネルの言う通りだ。
そう納得し、ウチは静かに座り込む。
(周りの目が痛い……)
それにしても――何で。
何でマダグ達があそこにいるんだ。
もしかして……あの執事さんが言ってた護衛ってあいつらのこと?
――今考えても仕方がない。
この演説が終わったら、マダグのところへ行くか。
――長ったらしい演説が終わった。
席を立つと共に背伸びをする。
ウチはニアスを呼んでマダグがいることを話した。
ネルとクハパリはあんまりマダグにはお世話になっていないから呼ばなかったけど……怒らないよな?
「マダグ……? あいつロードブルク方面行くって言ってなかったか?」
そういや、そんなことも言ってたな。
対してネヴキュベートは反対方面。
きな臭くなってきましたぜ。
「どっか行くのぉ?」
マダグの元へ行こうとすると、クハパリが首をかしげて聞いてきた。
「うん。まぁ……後で言うよ」
「わかった。待ってるねぇ」
――そうしてウチらは席を立ち、マダグの元へ移動する。
少し歩き、クハパリから遠かった事を確認し、ウチは笑みを浮かべた。
「ぐへへへ」
「鼻の下伸びてんぞ」
ニアスは気持ち悪いと言わんばかりの嫌悪の顔で貶してくる。
だが、ウチは屈しない。
もう一試合目が始まっており、二階の観覧スペースは塀に寄りかかりながら列をなしている。
そこに生まれる少しの隙間を掻き分けて進む。
後ろを振り返るとみんなが席に座っているのがわかる。
メッちゃんとネルはないと思うが、クハパリは武道とか格闘技とかは興味がなさそうで飽きると思っていた。
だが、興味がないのは本当だろう。
今でも席に座っているクハパリは偉いと思う。
見たくもないものを見せられているのだからな。
――――――――――――――――――――――――
――三階へ続く階段を上がると、スーツを着こなすタキシードギスターナが段々と見えてくる。
最初はこちらを見ていなかったが、ウチらの足音や、ウチらが通ってくる時の風で気づいたのか、耳をピクッとさせてウチらの方を向いた。
「――誰だ……ここから先は通さねぇぞ」
「俺らが用あんのはあんた達だよ。ギスターナさん」
――戦場を共に過ごした仲間ではあるものの、作戦開始まで、何なら開始してもあまり接点がなかったので、ニアスはギスターナをギスターナさんと敬した。
するとギスターナはウチらがマダグ達を見つけた時と同様、目を丸くし慌てふためきながらマダグを呼びに行った。
この際関係ないのか、今のマダグ達の本質である護衛を忘れているようだ。
ひょこっと廊下の角から顔を覗かせたのはマダグだった。
その横には……何だっけ?
「……えざすてーたす……?」
「エザスターテスですよ! もう……エザスタでお願いします!」
あ、そうそう、エザスタ。
と、もう一人の素人組が姿を見せる。
何でこんなところにいるのかと聞きたいが、今は護衛の真っ最中……なのか?
そもそも護衛と一概に決めつけているが、正直言ってわからない。
すると、マダグが何かをお嬢様側近の執事さまに言い、執事さんはそれを頭を縦に振り了承。
再び姿を現れたマダグにウチは問う。
「え? ご、ごえいは?」
本当に護衛なのかと口にした瞬間疑い深くなってしまい、言うのに戸惑ったが、何とか言うことができた。
「四人もいるんだ。交代制でやればいいと、仰った」
護衛であることは認めなかった。
どうやら的中していたらしい。
ふぅ、よかった。
書庫で会った時より随分と様になっている。
敬語を知らなそうだったマダグも使えるもんだな
。そう心の中で感嘆してやる。
流石に上からで舐めすぎか。
――場所を移動したウチらはマダグに控え室のような場所に移動させられた。
クローゼット、イス、ベッド、テーブル、そのどれもが現代な物よりも粗末でははあったものの、確かに用意されていた。
ベッドは必要かどうかは危うい。
お嬢様にはこの部屋は似合わないかもしれないが、お嬢様に従える護衛の身分であれば充分と言っていい程の大したものだろう。
ウチらはその椅子に腰をかけ、顔と身体を向かい合わせた。
感触は観客席の椅子よりもずっと心地が良く、あの固い席に比べれば、このイスは上物だ。
足が痺れない。
そう感銘を受けていると、マダグがお茶を持ってきてくれて、スッと座った。
これは自腹のお茶なのだろうか。
それともお嬢様のものを盗んできたのだろうか。
素人組とは言え、ギャングであることは変わりない。
父親から継がされたレッテルに疑いつつお茶を啜った。
紅茶というより緑茶だったため、多分自腹だろう。
マダグがお先にどうぞとお茶を飲む事をウチらに勧めるのを見て、催促されているのだと感じたが、毒が入っている事は疑わず啜った。
案の定毒は入っていなかった。
催促したのは自分が稼いだ金で買った物を人に共有したかったからだろう。
マダグは、某ロボットっぽいけどロボットではない、国民的アニメの主人公の父親の如くテーブルに両肘を付いて、話を始める。
ここまで殆ど無言が続いていた。
ここまで感覚が際立ってきた。
そして、マダグが肘をついた事で余計に緊張は高まる。
――そして遂に、マダグは口を開けた。
「俺らさ、ロードブルクに行こうと思うって話しただろ?」
緊張感が増していく!
ウチらはそれを知りたくてマダグへ会いに来たと言っても同義!
ウチは冷静に大人びながら答える。
「あぁ。そうだな。だが、お前らはネヴキュベートに来た。何か理由があるんダロ?」
この状況にニアスは困惑している。
まぁ無理もないさ。
これは大人な会話だ。
ニアスには少し早かったみたいだなぁ。
ウチはそう大人ぶりながら、この状況を楽しんでいた。
「そういやぁ、俺たち、ロードブルクで指名手配されてたんだった」
「へ?」
マダグの間抜け具合に、呆気にとられていると、そう答えるのがさも当然のようにニアスは話を進めた。
「そんな事だろうと思った。何なら、俺たちがマダグ達と会う前に一度、お前が指名手配されているの、見たぞ」
「え!? マジか」
どうやらこの会話に遅れをとっていたのはウチの方だったらしい。
まさかこんな不覚を取るなんてな。
へっ。
つまらねぇベイビー達だぜ。
ウチは悲しくもそう思う事でしか恥ずかしさを紛らわすことができなかった。
だって仕方ないじゃん。
マダグがシリアスな雰囲気出すんだもん。何なら、マダグがゲンドゥの真似するんだもん。
それは仕方ないじゃん。
すると、マダグはテーブルに肘をつける事を止めた。
彼は右手でお茶を飲み、飲み込んだ瞬間再び喋り出す。
「んで、じゃあ逆にネヴキュベート方面から行こうってなったんだ。けど、ネヴキュベートの奥はチケットがないといけないんだよ」
「え? どういうこと?」
初耳だ。
チケットがないといけない?
じゃあ、今のウチらじゃ奥の方へはいけないのか?
「ロードブルクと反対方面な、『ウェシアン』って国なんだけど、そこが砂漠の国なんだ。乾燥や温度からネヴキュベートや他の国を守るために透明の壁が設置されてんだよ」
透明の壁。
それもイスベルトブリューが作ったのかな。
何となくイスベルトブリューの本にそう書いてあった気がする。
「ふーん。じゃあそのチケットをゲットするために奮闘中ってこと?」
「ベルトポートにつくと、その事実を思い出した。引き返そうか迷ってたら、でかい船を見てな、白い外観だったかな……? それに見惚れてたら、俺らと同じように見惚れて、その船に群がる連中が出てきたんだ。その船の主がコクバ様の家の人だった。群がる連中が邪魔をしてたから追っ払ったら、腕を買われて今に至るってわけだ」
ベルトポートで白い外観のでっかい船。
見たことがあるな。
ディッシュポートからベルトポートへ向かう途中、何だかくどくなるが、つまりディッシュポートで見た。
あれはお嬢様の家系の船だったのか。
ウチも見惚れていたが、見惚れたままじゃなくて心底良かったと思っている。
話が逸れたな。
マダグはウチとニアスが二対一でも勝てなかったぐらいで強いのはわかっているが、貴族の護衛に雇われる程強いのか。
いや、これも話が逸れているとは言えないが、今はより強い話題がある。
「護衛って……何から――?」
すると、会場が動いた。
振動。
地震。
そんな感じだが、実際は違った。
そして、振動と共に悲鳴が聞こえる。ドア越しに聞こえる悲鳴のはずなのに、その割には大声だった。
「何だ!?」 「何、怖」 「くそっ! きたか!」
ウチらは不穏な気配を受け取ることで、一歩反応に遅れた。
最初に動いたのはマダグだ。
颯爽とドアを開けて部屋を出ていく。
困惑しかできないウチにニアスが声をかけてくれた。
そのお陰でウチはやるべき事を思い出す。
(――クハパリの護衛!)
ウチらは部屋を飛び出した。
元々クハパリより護衛を受けていたのだった。
確かに他にやることもあるが、この騒動の中で今一番に考えるべきはそれだ。
廊下を走っているときに思った。
クハパリは護衛対象だ。
であると同時に、仲間だ。
それなのに、ウチはクハパリの事をあまり知らない。
仲間なのに、ストレイダーズなのに、あまり知らなかったのだ。
どうして知ろうとしなかったのだろう。
そうだ。
ウチはクハパリに一目惚れだったんだ。
だから何をするにも気恥ずかしかった。
時間は有限である。
人生としてではない。
クハパリといられる時間だ。
無限だと思っていた。
これからゆっくり知っていこうと思っていた。
――だが、そんなことは無理だ。
そうだ。
ひと段落ついたら、クハパリとどこか出かけよう。
ネヴキュベートが一番近いんだ。
ネヴキュベートもいい。
――だが、そんなことは無理だ。
これからはクハパリの一挙手一投足に気を配り、全てを知って行こう。
そうしよう。
――だが、そんなことは無理だ。
ウチは試合ブースにたどり着いた。見るも無残な惨状に絶句せざるを得ない。破壊されている壁、逃げ惑う観客、返り討ちに合う選手、そして――。
「クハパリッ!」
クハパリは連れ去られる寸前だった。
頭から血を流し、気絶するクハパリを持っていたのは――ヌベツミだった。
クハパリと初めて出会った教会にいたヌベツミだった。
青葉を取ってきてくれとウチらに言ったヌベツミだった。
クハパリの聖書を奪おうとしていたヌベツミだった。
会場の天井は壊れており、そこから見えるのは飛空挺に乗るヌベツミと他十数名だ。
「地口教! あいつらだ!」
マダグがいた。
護衛というのはこいつらから守る事だったらしい。
地口教。
今の今まで存在を忘却していた。
飛空挺の周りは爆発を起こしている。
メトが爆発を起こして飛空挺を撃ち落とそうとしているのだ。
だが、射程がギリギリ届かず、命中しなかった。
「あれあれぇ? シロさんじゃないですかぁ。こんなところで会う何で偶然ですねぇ。いや本当に。コクバロッテスを捕まえようとしたら、もっと大物がいたんですもんねぇ。格好のカモですねぇ」
「ヌベツミぃ!」
ウチはただ、上を見上げることしかできない。
その無力さは、ウチがどれだけ弱いのかを思い知らせてくれる。
「お嬢様ぁ!」
そう言う声の元を探ると、お嬢様の執事が声を荒げていた。
この人も守るべき対象を守れなかったのかと思い、余計に無力感が増す。
(メトでも攻撃できないのに、ウチらは何もできないのかよッ!!)
「ここでお別れは心苦しいですねぇ。せっかくシロさんに会えたと言うのに……どうですか? 今、地口教に入信する気はありませんか?」
ヌベツミは円な目でこちらを見つめてくる。
その姿は一人の女の人としても、常識が通用しない狂人にも見えた。
「黙れ。瘋癲共の巣窟に行きたいわけがないだろ。クハパリを返せ!」
「は? 地口教の悪口を言うか! いずれ天罰があなたの元へ降り注ぎます! かくを――」
何かを言おうとするヌベツミを誰かが止めた。
ヌベツミは正気を取り戻し、最初に会った時と同様の穏やかな性格に一変する。
「まぁまぁ、ヌベツミ様。ここは寛大なお心でお許しになられましょう。それに、せっかくの上玉を見つけたんです。早速聖書を読み解きましょう!」
「そうですね。少々お口が悪かったですね。それではいずれまた何処かで会うと思うので、その日までゴキゲンヨウ」
そう言い残し、ヌベツミと地口教はここを去る。
その姿はいつぞやのカンケルに精通する部分があったが、前と決定的に違うところがある。
それは仲間を奪われたこと、そして自分たちが弱いと言う事実を叩きつけられた事だった。
その事実を残されたまま、地口教の飛空艇は天へ登り、姿を消した。
〜 第二十三話 完 〜




