第18話 ゲス野郎
「俺の……夢が……俺の……希望が……! 待て……待ってくれぇ!」
一歩ずつ踏み出すごとに歩幅が広がるライグは、一階に戻ろうとする。
さっきまでの威勢は愚か、カリスマという品性が消えていた。
その様はまさに廃人と呼ぶに相応しく、何処かをただ一点を見つめて歩く。
彼が歩く体は泳いでいた。
俺は迷った。
ライグを攻撃していいものか。
そもそも奴にもう戦う意志はない。
そしてトドメを刺すべき資格があるのはマダグだろう。
ロードブルクの人達程ではないけど、紳士でありたい。
俺だって戦意喪失した相手の背中を攻撃すること程外道ではない。
(マダグは……)
そう思いながらマダグを見てみた。
すると目がガンギまりながら息を荒くして拳を握るマダグがいた。
「やめとけ!」
俺はマダグを止めた。
マダグの意志は尊重してやりたいけど――
「ライグみたいになりたくないんだろ!? だからギャングなんて抜けたんだろ!?」
マダグは何かを言いかけた。
でも、図星を突かれたのか黙り込んだ。
それでも顔は嘘をつかない。
マダグは眉間に皺を顰めた。
「アイツさえ殺せればいい。母さんが帰ってこないと分かっていても……」
ようやく親の仇であるライグを殺せる絶好のチャンスなのに、それを止められている。
それどころか、この行き場を失った怒りをどこにぶつければいいのかわからない。
この感情がマダグの中でぶつかり合っているのだろう。
「復讐をするなら、あいつにとって殺すよりも生かしたほうがずっと拷問だ。唯一の希望を失い、行く宛を失ったあいつにできることは少ないだろ」
ライグがあの本で何をしようとしたのかは分からない。
だが、マダグは大人だった。
惜しい気持ちをグッと堪えて、マダグは気持ちを落ち着かせた。
――――――――――――――――――――――――
本は燃やした。
これでライグの目的は潰えたはずだ。
さて、どうしたもんか。
さっきの戦いに戻るか?
確かにウチらの状況は優勢とは言えなかった。
ギスターナは腕を折られ、ニアスは気絶気味。
だが、最終的にはマダグが自信を持ち直した。
だったら今は優勢になっていると思う。
というかそう願いたい。
一対四で集団リンチをかましてたのに、優勢じゃないどころかやられそうは、ダサいなんてもんじゃない。
流石はギャングの親玉ってところか。
すると窓越しに声が聞こえてくる。
外の攻防戦の声だ。
仲間同士励まし合っている者もいれば、敵同士貶し合ってもいる。
親子同士嫌味を言っている者もいれば、他人同士情けをかけつつ戦っている。
これは俺らだけの物語じゃない。
そう思わせてくるような声だった。
だが、ウチが気になったのはそれじゃない。
中にはライグのことを言っている玄人組の声が聞こえる。「負けっぱなしはボスに怒鳴られるぞ」とか、「ボスは奇襲にあっても立ち上がれる」だとか。
どこからその自信が湧いてくるんだか。
お前らのボスはお前らのことを気にも留めない残酷な奴なんだと言ってやりたい。
そう思った矢先、噂のボス殿が階段を下って一階受付ロビーまでやってきた。
その顔に浮かぶのは絶望。
本を見るや否や、涙腺崩壊を免れなさそうに小粒の涙が浮かんでくる。
あんなに付け上がりながら言葉の数々を並べていたのに――情けない。
そう言えば、ここまで歩きで来ていたな。
余裕があるのか?
――まさか!?
思考がそこまで及んだ時、階段側を見るとニアスとマダグ、ギスターナが帰ってきた。
(やられたんじゃないのか……?)
やられていないに越したことはない。
が、どちらも倒れてこないでこっちに来たのは不自然だな。
向こうで何があったんだ?
「ライグ……どうしたの? 切羽詰まった表情してるしさ、倒さなくていいの?」
ニアスに近づき聞いてみた。
するとニアスは苦悶の表情を浮かべた。
「マダグは……大人だったんだよ」
「は?」
まぁ、一悶着が片付いたんならいいけどさ。
それにしたって、こいつのケジメはどうするんだろうか。
人殺して自分だけいい思いして、そんなん理不尽だ。
そう思考している最中に、何やらゴゴゴという音が聞こえる。
音の正体を掴もうと、原因元を見ると、入り口の扉が段々と開いてきていたのだ。
開いた扉の奥には、書庫に入ろうとする玄人組とそれを抑える素人組がいた。
「ボス!」 「よかった。ボスがまだ生きている!」
―
「行かせるかぁ!」
ライグは何故か部下に慕われていた。
“よかった”?
今“よかった”って言ったのか?
訳がわからない。
恐怖によって支配されていたんじゃないのか。
もしかして――洗脳されている?
――じゃあウチが救ってやる。
「お前ら! ライグはもうウチらが倒した……と思う! 反撃してこないし……。だからもう怯える必要はない!」
「ふざけるな! そんなことあるはずがない!」
―
「ぶち殺すぞガキ! 他人がでしゃばってんじゃねぇ!」
「嘘ですよね、ボス!? ボス……?」
「もう……終わりだ……」
「こいつらボコって祝杯をあげましょう!」
どうして……どうしてだ。真島と嶋野みたいな関係だったら、もうついていく必要はないだろ。親玉は撃ち落とされた。もう翼は折られた。暴力による支配に怯えていたからついて行かざるを得なかったんじゃないのか?
「立ってくださいボス!」
―
「あなたはここで折れるタマじゃない!」
―
「こいつらをボコって祝杯をあげましょう!」
―
困惑しているとマダグがウチの肩に手を置いてきた。
「玄人組は、確かに支配を好む奴はいないだろう」
「じゃあ何で――」
「変わる前からの仲だったんだ。ライグと玄人組は」
俺は決めつけていたのかもしれない。
ライグは玄人組組員と出会った時に、支配してついてこさせたんじゃない。
元はあんな性格だったんじゃない。
出会ってから変わってしまったんだろう。
だから、組員はそれを心配してついてきていたんだ。
「お前ら……」
何だこの展開。
ウチの……想像していた展開じゃない……
――――――――――――――――――――――――
――玄人組からの声援。
それは、ライグの心に届く寸前だった。
俺の――希望であった忘却の書は、もうこの世にはない。
これを作った張本人であるイスベルトブリューは消息を断っているし、いたとしても話を取り持ってもらえる訳がない。
なんだってイスベルトブリューはこの世界の御所だ。
であると、同時に大犯罪者だ。
世界各国に指名手配されている。
忘却の書を渡すのも作るのも持つのも犯罪だ。
何処の馬の骨かもわからない奴のためにもう一回犯罪を犯すバカじゃない。
もし、俺の夢が完全なものになっていたら、並行世界に行くことができて、俺は過ちを繰り返さないだろう。
アビリティが形成されるためには夢が関係している。
俺の場合、夢を少ししか抱いていなかった。
あの時、あの場所、エイラを殺した時に、ほんの少しだけ、並行世界にいけたらと考えたが、その後すぐに諦めた。
ほんの少ししか夢を抱かなかったお陰で、俺のアビリティは中途半端なものになったんだ。
アビリティを二個以上有する奴は王であってもいない。
アビリティが成長することはあるらしいが、その方法すらわからないんじゃ意味ない。
何度悔やんだことか。
エイラを殺した時に得たこの力。
もっと完成された夢ならば、どれほどよかったものか。
――グローブの奴らにも悪いことをした。
「立ってくださいボス!」
特にヒョムスルだな。
いつもいつも俺のことを考えて、想って、気遣って、楽しませてくれたのに。
俺は恩を仇で返した。
「あなたはここで折れるタマじゃない!」
ハイププァル。
すまない。
俺はここで折れるようなタマだったんだよ。本来はこんな性格じゃなかったじゃないか。
俺よりも、お前らの方がそれを知っているはずだ。
「こいつらをボコって祝杯をあげましょう!」
「お前ら……」
俺は――エイラを殺したのに、何の感情も湧いてこないんだ。
それは今でもエグゼ教の信徒だと思っているからだろう。
でも――でも、お前らは違う!
お前らはエグゼ教でありながらも信託を授かっている訳じゃない。
だってそうだろ?
お前らとは幼少からの仲だ。
今日まで苦楽を共に過ごしてきた仲間だ。
気づかないほどの鈍感じゃない。
なのに俺は、お前らに何も渡すことができなかった。
楽しい記憶も、エグゼビュール祭典日のプレゼントも。
スパイがエグゼ教の信徒だと噂されてからは、最初に俺はお前らのことを疑ってしまった。
エイラな訳がない。
そう心に言い続けてきた。
そしてエイラを殺してからも俺はお前らのことを疑ってきた。
俺が疑心暗鬼になった結果がお前らへの態度だった。
最初からわかっていたんだ。
お前らではないことぐらい。
あれだけ冒険をしてきて、あれだけの時間があって、信徒ならば背中から刺すことぐらい容易い。
けど、お前らは襲ってはこなかった。
――本当の忘却の書の使い道は、エイラ達との記憶を消そうとしたんじゃない。
俺は――お前らともう一回、旅がしたかったんだ。
「お前ら……まだ、俺についてきてくれるか……?」
この言葉を言うのが、途轍もなく怖かった。
もし否定されたらと思うと、口が震えた。
だが、やっと言えた。
「勿論でっせボス!」
「俺らはボスに助けられてばっかだ!」
「こいつらをボコって祝杯をあげましょう!」
――
妻殺しは無論許されることではない。
マダグが報われないのもわかる。
だからマダグには何度殴られても何もやり返せない。
俺は甘い汁を啜り尽くす卑劣な野郎だってことも重々承知している。俺は赦されない。
でも、それでも、俺はまたこいつらと――一緒に冒険がしたい。
「思い過ぎか……」
思わず笑みが溢れた。
子供をほっといて、殺そうとしておいて、何笑ってんだ。
でも、嬉しいことには変わりない。
「さぁ! 気張ってけお前らぁ! ここを切り抜けたら祝杯だぁ!」
俺の名前はライグハート。
世界一のゲス野郎だ。
ゲス野郎 ライグハート
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――
「何だよ! 第二形態かよぉぉ!?」
こいつは文字通りボスだった。
だが、ライグの弱点はわかっている。
属性相性によりギスターナとマダグのはずだ。
「戦闘時の人数に変動がみられた場合、属性の抽選が行われる! 各自、自分の属性を探るんだ!」
はぁぁぁぁ!? ――最悪だ。玄人組と素人組の戦局は何も情報がない。
素人組にアビリティ持ちがいないのは知っているが、玄人組は知らされていない!
ウチらは対ライグのために派遣されたんだ。
玄人組のアビリティなんて知らない!
ってか、なんで作戦会議の時に教えてくれなかったんだ!
違うか。
物心ついた時に素人と玄人で派閥が別れたのかもしれない!
今責めるのは見当違いだ。
「マダグ! どこだ!」
グローブが一斉に書庫に入ってしまう。
人混みのせいでマダグもニアスも見えない。
「シロ! ライグはこっちで任せろ! お前は自分のことに集中しろ!」
そうだ。
マダグ達を信用しろ。別に一対一って訳じゃない。
これは集団戦だ。
仲間と動いて一人を確実に倒せれば、数は減っていく。
「――ぐふっ!」
ウチは左に吹っ飛んだ。
右頬に攻撃を喰らったらしい。
「お前は俺とだぁ。しーろ君」
目がデカく痩せ細った体型の男は拳を向けたポーズでせせら笑う。
体格の割にはパンチが強く、人二人分ぐらいには距離が広まった。
「何で名前知ってんだよ。ってか俺の名前知ってんだから、お前の名前も言えよ」
警戒しつつ、手の内を探る。
そのためにはまず名前からだ。
こいつはアビリティを持っているのか?
持っているのなら、それの対策を立てねばならない。
そうやって、またアビリティ所持者にあった際に素早く動けるようにするんだ。
「どうせアビリティ持ってんのかって警戒してんだろ? いいぜぇ。どうせ知られるからなぁ」
(あれ? 意外とウチに好意的?)
いや、好意的というか、無駄を省きたいタイプなのかな。
「俺の名前はノサンドス。アビリティ名は《ピンキリ》。攻撃力がランダムになるんだ」
「まじかよ……」
確かに後々わかるようなアビリティだけど――ノサンドスの攻撃はウチの攻撃が当たらなくてもいいから避けた方がいいな。
周りに味方は……いるけど、玄人組と戦っている。実質一対一だな。
有言実行できなかったわ。
そう思いながら周囲を確認する。
「よそ見はダメだよぉ!」
俺は不意を突かれてしまった。
(まずい!!)
そう思った頃にはすでにウチの間合いに入られていた。
最初の一撃。
どうなる。
吉と出るか凶と出るか。
ウチは再びノサンドスから距離を取る。
攻撃された箇所である右腕を見てみる。
「ひぇッ!!」
――ウチの右腕は真っ赤に腫れており、腕が変な方向に曲がっていた。
〜 第十八話 完 〜




