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又四郎の奇策  作者: 嵯峨いさら
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「終わりましたな」

 友喜は甲冑を壊し、汗だくになりながらやってきた。その姿は必死になって戦った証であった。

「上手く行ったのじゃな」

 義弘の目は戦時の鬼の目から人の目に変わっていた。

「されど……」

 友喜はあたり一面に広がる両兵の骸を見回して言葉を詰まらせた。

「おいのため戦ってくれた。おいに命を預けてくれた者に感謝しなくてはな。敵味方問わず供養せねばな」

 義弘の目にはかすかに光るものがあった。

 島津軍の損害は総兵力の八割ほどで、勝ちを得たものの代償は大きなものであった。

 義弘はすぐさま戦跡の巡検、負傷兵の手当て、遺体処理、首実検を行った。その最中に木崎原から西へおよそ五里離れた大口城から約百五十の手勢で援軍に来た新納忠元が顔を見せた。忠元は援軍前に戦が終わっていたことに驚きの表情を隠せないでいた。

「又四郎様はさすがでございますな。我々の加勢は無用にござったな」

「忠元、少し遅かったの」

 義弘は清々しい顔をして言う。

「されど相当な兵を失いましたな」

「ああ、もう一度募兵からやり直しじゃ。この戦は始まりにすぎぬ。日向進攻はさらに過酷な戦になるじゃろう」

 その晩、飯野城には勝ち鬨が上がり、盛大な祝宴が催された。

 翌朝、義弘は貞真とともに加久藤城へ向かった。加久藤城でも戦勝の喜びで城下は賑わっていた。しかし、伊東軍によって城下を焼かれた損害も生々しく残っていた。

「祝着至極にございます」

 お芳は鶴寿丸を抱き、忠智と共に直々出迎えた。

「おいも感謝するぞ。女子を引き連れて立ち向かったと聞いたが?」

「武家の女子としては当然のことをしたまでにございます」

「頼もしい限りじゃ」

 義弘はお芳と仲むずまじく城内に入ると、鹿児島から長寿院盛敦と影の立役者の権兵衛が先客として待っていた。

「戦勝、おめでとうございます」

 権兵衛は深々と頭を下げた。

「おいこそ、そなたらには大層感謝しておる。そなたらが居なければ今頃おいはこの世の者ではないであろう」

 義弘はおどけながら言った。

「もし今後の戦にも必要ならばぜひともお供したいと思っておりまする」

「その言葉、決して忘れぬぞ」

 義弘の言葉に権兵衛は満面の笑みを浮かべた。

「某も嬉しく思います。教育した甲斐がありました」

 盛敦も横でやさしく微笑んで言った。

「盛敦には礼のしようも無いの」

「いえいえそれほどに及びませぬ」

 盛敦は調子よく謙遜していたが、話を転じた。

「義弘様の働きぶりは鹿児島でも話題となっております。肝付攻略もまもなく終わりを見るでしょう。その次はいよいよ本格的に日向進攻かと」

「これからますます忙しくなるの」

「また戦にございますか?」

 お芳は悲しそうな表情をしていた。

 義弘はお芳の手を取って、

「案ずるな。おいは戦では死なぬ。そなたを置いていく事もない。しかしそのためにはそなたの手助けが必要じゃ。これからも頼んだぞ」

「あい、分かりました」

 お芳は表情を和らげた。


 伊東義祐は木崎原での大敗を知ると嘆いた。

「なぜじゃなぜこれだけの兵を投入してまでも勝てぬのか。わしは何を誤ったのじゃ?」

 義祐は自室に籠もり、疑心暗鬼のまま不安を抱える日々を送る。この戦で多くの若い将を失い、伊東氏の行く末も雲行きが怪しくなっていた。

「このままわしは日向を守りきることはできるのかの?」

 義祐は一時よりひどくやつれて言葉もかすれていた。

「ご安心くだされ。まだ道はございますぞ」

 祐青は義祐の手を取って言った。

「いかなる道じゃ?申してみよ」

「此度の戦で相良家の信頼は危険と感じました。次なる交渉先は大友が良いかと存じます」

「大友義鎮か……」

 この後伊東氏は島津氏の進攻を再三に受け衰退の道をたどる。五年後、義祐は日向を捨てて大友氏の元へ逃げ込むことになる。

 木崎原の戦いは南九州の転機ともいえる戦いとなり、伊東氏を退けた島津氏は反してどんどん勢力を拡大し、伊東氏、相良氏を攻略して九州統一に向けて奔走するのであった。そして奇策「釣り戦法」により大勝利に導いた義弘の名は九州全土から全国に渡って知れ渡ることになる。


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