壱音
このアパートに住んでから、何年経っただろうか、結構住みやすく気に入っている。ふと、夕暮れ物書きの俺は、書くことに行き詰りながら、頭を上げ気が付いた。他人からすれば特に気にすることもない位の事。それは近所の子供の下校時刻だろう、カバンだろうか、ランドセルにつけている鈴。子供が駆けて行くごとにその鈴と、鞄の中身が、元気よく鳴りながら廊下を駆けて行く。廊下側の丁度台所のすりガラスを人影が横切っていくのが見えて、追いかけるようにその音が追い駆けて行く。そうか、そんな時間か。そう思って時計を見る。そうだ、夕飯の支度。丁度また、鈴の音と、鞄の中身がかき混ざる音が駆けて行った。廊下に出ると後姿が見えて、黄色い帽子と赤いランドセル、赤いスカートが廊下の突き当りの階段を、駆け下りていくところだった。決まった時間だ、下校時刻か。鍵をかけるため廊下に背を向けていると、また俺の後ろを鈴の音と、カバンの中身がかき混ざる音が駆けて行った。気にならなかったが、ハッとした。廊下を下りて行ったのは?と、振り返ると、廊下の突き当りの階段を駆けて降りていく、黄色い帽子と赤いランドセル、赤いスカート。見間違いか。いや、違う、彼女は。そう思った時ドッと、汗が噴き出した。俺のせいじゃない、俺は、俺は・・・。声をかけただけだ、勝手に逃げ出して勝手に階段から転げ落ちただけだ。俺は何もしていない。足音がうるさい位俺の背後で走り回っている。振り返ると赤いランドセル、黄色い帽子がいた。血の気が引いた。その場から駆け出した。あ、とベタに階段から足を踏み外し、転げ落ち首の骨が大きな音を立てて折れた。おれは物書きの端くれだ、もうちょっとましにこの結末を描かせてくれ。こんなベタな終わり方なんて。
そう思いながら意識が薄れていった。
階段の上では、ニヤニヤしながら黄色い帽子の隙間から白い歯がこぼれていた。
この季節が参りました、目を通していただければ幸いです。




