第41話 幻想白夜の恋宙ブランコ
「……俺は、ずっと冷たい闇の中を生きてきた。感情など不要だと、そう思っていた」
低く、甘く掠れた声が耳元に落ちる。
スパーダはアリシアの手の甲に、そして震える指先に、ひどく熱く、柔らかなキスを落とした。
「あぅっ……」
「だが、君という光に出会ってしまった。君の純粋な強さと笑顔が、俺の凍てついていた心を完全に溶かしてしまったんだ」
スパーダの端正な顔が、至近距離まで近づく。
その眼差しには、かつての氷のような冷徹さは微塵もなく、ただ一人の女性を愛し抜くという、熱を帯びた独占欲がはっきりと浮かんでいた。
「これからは査察官でも潜入捜査官でもなく、君だけの専属護衛として……一生、君を守り抜くと誓おう。俺のすべては、君のものだ」
過保護すぎるほどの愛の言葉に、アリシアの顔は火のように真っ赤に染まった。
それでも彼女は、決して目を逸らさず、彼の手を強く握り返した。
「私も……スパーダさんのことが、好きです。ずっと、ずっと私のそばにいてください」
二人の想いが完全に通じ合い、重なり合ったその瞬間だった。
ポォッ……!!!
テントの隅で微かに灯っていた魔石のランプが、突如として眩い光を放った。
ランタンの中にいる炎の精霊イグニスだ。彼はアリシアの感情の昂りに敏感に反応する。そして今、彼女の心臓が爆発しそうなほどの幸福感と恋心で満たされたのを正確に読み取り、目も眩むような最高にロマンチックな『どピンク色』に発光し始めたのだ。
「い、イグニス!?」
アリシアが慌てたのも束の間。
イグニスの感情の爆発に連動するように、巨大テントの天井に吊るされた無数の魔石ランプが、次々と魔法のようにピンク色に染まっていく。
薄暗かった夜のテントは、一瞬にして幻想的で、むせ返るほど甘いピンク色の光の海へと変貌した。
「相変わらず、空気を読みすぎる精霊だ」
スパーダは苦笑しながらも、その光の中で、アリシアの腰を強く引き寄せた。
「でも、悪くない演出だ」
ピンク色の幻想的な光が降り注ぐ中。
スパーダの顔がゆっくりと傾き、二人の影が重なる。
触れ合った唇から、互いの熱と深い愛情が溶け合い、永遠の誓いを交わす、長く甘いキスだった。
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「うにゃははーーっ!! ついに結ばれたにゃー!!」
キスの甘い余韻に浸る間もなく、頭上の梁からけたたましい歓声が降ってきた。
ビクッと肩を震わせて離れた二人の視線の先、猫獣人のチャイが長い尻尾を揺らしながら、ニヤニヤと見下ろしている。
「ちょっとチャイ!? いつから見てたの!?」
アリシアが顔から火を吹きそうになりながら叫ぶ。
「チャイだけじゃないわよ〜! アタシの最高傑作ちゃんが恋を実らせる瞬間だもの、見逃すわけないじゃない!」
舞台袖の木箱の陰から、スライムのシルヴィがオネエ言葉で飛び出してきた。
「ドワッハッハ! 若いってのはいいもんだな! 隠密の旦那も、随分と甘いセリフを吐くじゃねえか!」
竜人のゴルダンが豪快に笑いながら現れる。
「おっしゃあ! 二人の門出を祝って、俺が特大の逆立ちを披露してやるぜ!」
ケンタウロスのバルガスが蹄を鳴らし、ドワーフのマグダが「今夜は祝いの特製ピクルスを開けるよ!」と包丁を振り回す。特攻隊長のジグも魔導ホイールのエンジンを空ぶかしして奇声を上げた。
メルーラが気を利かせて遠ざけたはずの団員たちだったが、結局みんな、二人のことが心配で(というより面白がって)こっそり覗き見していたのだ。
足元では、ちびゴーレムたちまでがコトコトと石の体を打ち鳴らし、大好きな親方と団長のために歓喜のダンスを踊っている。
「もうっ……みんなして覗き見だなんて、デリカシーがないんだから!」
アリシアは両手で真っ赤になった顔を覆い、しゃがみ込みそうになった。
しかし、スパーダは全く動じることなく、呆れたように小さく息を吐き出し、ふっと笑った。
「……本当に、騒がしい家族だ」
スパーダは、しゃがみ込みそうになったアリシアの腰を再び力強く抱き寄せた。
「アリシア。少し、付き合え」
「えっ?」
スパーダはアリシアを横に抱きかかえ上げたまま、空いている片手で、近くに垂れ下がっていた舞台装置のロープをガシッと掴んだ。
「お前たちの過酷な練習に付き合っているうちに、俺も、少しは飛べるようになったんでね」
スパーダがロープを強く引くと、滑車の反動を利用して、二人の体はフワリと重力を失い、空中へと軽やかに舞い上がった。
「きゃっ!」
驚くアリシアをしっかりと抱きしめたまま、スパーダは空中ブランコのプラットフォームよりも高く、夜空に見立てたテントの天井付近を優雅に飛翔する。
驚異的な身体能力を持つ彼にとって、アリシア一人を抱えて宙を舞うことなど造作もなかった。
「うおおおおっ! すげえな役人!」
「いいぞー! もっと高く飛べー!」
下からは、家族たちの割れんばかりの歓声と拍手が湧き上がる。
ピンク色に輝くイグニスの光が、宙を舞う二人の軌跡を追いかけるように、キラキラと輝く光の粉を降らせていた。
観客はいない。
いるのは、互いを認め合い、愛し合う、最高の「家族」たちだけ。
「スパーダさん……!」
「しっかり掴まっていろ、俺の可憐な舞姫」
アリシアはスパーダの首に腕を回し、特等席である彼の腕の中で、満面の、世界で一番幸せな笑顔を咲かせた。
スパーダもまた、愛おしそうに彼女を見つめ返し、月夜のテントをさらに高く、美しく舞い上がる。
光る魔石のランプが彩る、幻想白夜サーカス団『エトワール・メモリア』。
星の記憶として一生残る一夜の輝きは、秘密を抱えた過保護な専属護衛と、純粋な若き団長の、甘くロマンチックな恋のショーと共に、いつまでも幸せに踊り続けるのであった。
第1章 完
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