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第二章 【55】 結果発表②

〈ヒビキ視点〉


「……ん、そこまでッ! 勝者、ヒビキ・ライヅうううううう――っ!」


「「「 うわあああああっ!!! 」」」


 突発的な魔界樹の誕生と。


 それに伴う魔樹迷宮ダンジョンの発生。


 母樹の飢えを満たすための、魔獣による『収穫狩り《ハーヴェスタ》』と。


 予期せぬ災厄に見舞われたエステート大森林の住人たちが、例外的な一致団結をみせ、冒険者たちの協力も仰ぐことで、なんとかそれを沈静化させた一夜から、およそ一ヶ月ほどが経過していた。


 いまだその傷跡は、大森林のあちこちや。


 東西南北の森里などに、色濃く伺えるものの。


 良くも悪くも。


 こうした魔力災害慣れした、大森林の住人たちが。


 日常の空気を取り戻すには十分な時間であり。


 エステート大森林の南側に位置する、女蛮鬼アマゾネスの森里においては。


 例年より遅くはなかったものの。


 大森林のもたらす、日々の恵みに感謝して。


 それを受け取る戦士たちを鼓舞するための、豊穣祭が行われていた。


 森里の至る所に飾り付けられた花々は、目にも色鮮やかで。


 鼻腔をくすぐるそよ風に、その香りを漂わせている。


 道端では吟遊詩人が張り上げた美声で、最新の英雄譚を語っており。


 ここぞとばかりに大道芸人たちが、路上で芸を披露して。


 陽気な笛の音や手拍子が、森里のあちこちから鳴り響き。


 ジュウジュウと、食欲をそそる匂いが、露天から溢れ返っていた。


 繚乱祭、と名付けられた。


 わざわざこれを目当てに森里を訪れる者も少なくはないほどに有名な、女蛮鬼の催しにおいて。


 いくつか見どころはあるものの。


 やはり最大の目玉といえば……


 世の男性たちが、一度は夢見るとされる。


 美しき女蛮鬼たちの『種婿』候補を決めるための、武闘会であり。


「うおおおおお、アニキいいいいいいっ! ヘルさんもすげえけど、やっぱりアニキが最強だああああああっ!」


「ちょっ、うるさいですよ、リーダーっ! 静かにしてください、恥ずかしいじゃないですか!」


「え? 祭りの雰囲気ならワンチャンあるかもとかいって、手当たり次第に声をかけまくった挙句、両頬を無様に腫らしたゴミカス雑魚メガネよりも恥ずかしいものなんて、この世には存在しないピョンよ?」


「うあああああっ! なんで僕ばっかりいいいいいっ! 僕だって結構活躍したのにいいいいいっ!」


 などと……一部は違うようだが……観客たちが盛り上がりを見せる、勝ち抜き形式の模擬戦において。


 此度の優勝を勝ち取ったのは。


 前評判通りに。


 最有力候補とされていた、怒髪天髪型モヒカンヘアー豚鬼オークであった。


「……あークソッ、やっぱり武器無し(ステゴロ)じゃア、キョーダイには敵わねエなア」


「流石に今回は、俺が有利過ぎたな。不服ならあとで、武器有りの模擬戦でもするか?」


 そうして、決勝戦の勝者である、ヒビキが。


 対抗馬と目されていた、半血鬼ダンピールに手を貸して、立ち上がらせると。


「……いやア、魅力的なお誘いだがア、今日はもういいやア。それに敗北は敗北だア、素直に優勝おめでとさンだぜエ? キョーダイ」


「ん? お、そうか。まああんがとよ、ヒム――んぐっ!?」


 そうした、一瞬の隙をついて。


 脈絡なくヒビキの唇を奪ったアブラヒムが、ガリッと。


 口腔に、鉄錆の味を滲ませた。


「「「 きゃああああああっっっ♡♡♡ 」」」


 その光景を目の当たりにした、女蛮鬼たちから。


 今日一番となる嬌声が、一斉に響き渡る。


「……ッ!? てめっ、なにしがやる!? なんの嫌がらせだこの野郎ッ!」


「ヒャハハハッ! これにて『血の盟約』はア、果たされたア。これで俺サマたちは正真正銘の、血盟兄弟キョーダイだア! せいぜい『前貸し』ぶんの働きはア、期待させてもらうぜエ?」


「あっ! 待ちやがれ、ヒム!」


 やりたい放題、好き勝手なことをして。


 意味のわからないことを、言いたい放題に言い捨てて。


 フラリと、月夜の晩に現れたときと同様に……ヒビキはあとでそれを知ることになるのだが……これまた、アッサリと。


 これを機に、森里から姿を消してしまうことになる、アブラヒムであるが。


 このあとに『花捧げの儀』が控えているため。


 それを追うことが許されなかった武闘会の優勝者が。


 観客の中に消えていくその背中を見つめつつ……


(……やっぱりオビイさんは、来てくれなかったか)


 こちらはおよそ、一週間ほど前から。


 自分の前から姿を消してしまった、赤髪少女のことを、心に思い描いてしまっていた。


(あー、クソッ、こういう大会の雰囲気に当てられればもしかしてがあるかもと思ったけど……そんなに、甘くはなかったかあー)


 ヒビキの前からいなくなる直前までは。


 平常通りに見えたものの。


 やはりあの夜、約束を保護にしてまで無茶苦茶な我を押し通そうとした自分の行いは、相当に腹に据えて兼ねていたということか。


 というか。


(むしろそっちのほうが原因であってくれたほうが、まだマシまであるんだけど……)


 ヒビキが思い当たる、彼女の失踪の原因について。


 もう一つの可能性とは。


(……っていうかなんで『お前』はこのタイミングで、お目覚めしちゃうかなあ? マジで、空気読んでくれよお……っ!)


 生まれてこのかた、ずっと微睡続けていたはずの、自身の『相棒』が。


 よりにもよって。


 マリアンと同衾をして、オビイに見張られていた、その起床時タイミングに。


 寝具の薄布に、大層ご立派な天幕テントを張ることで。


 その存在感と健在ぶりを、実に雄々しく、主張して見せていたのだった。


『――あらあらあら♡ まあまあまあっ♡♡♡』


『……』


 あのときの。


 マリアンの無邪気な、息子の成長を喜ぶ笑顔と。


 オビイの強張った、感情を押し殺したような視線を思い出すたびに。


 布団の中で豚鬼が悶え、死にたくなったことは、すでに両手の指では数えきれないほどの回数に登っている。


 見られた。


 フルおっきした自分を、よりにもよって。


 肉親と称して間違いない女性たちに、至近距離で思いっきり、ばっちりと目撃されてしまった。


 なんならそのとき汚れた下着を、洗濯までされてしまった。


 死にたい。


 誰が俺を殺してくれ。


 今世の神よ、何故に俺にばっかり、こんなとびきりの試練ばかりを課すのか。


 これならまだ、魔人デモルドにボコボコにされたほうがマシな仕打ちであると。


 本気で豚鬼が心の底から思うものの。


 どう足掻いても、やはり時間だけは、巻き戻ってくれることはなくて。


 結局それから、ろくに会話の機会を設けることのできないうちに、オビイはその姿を消してしまっていて。


 遅れてそれに気づいた豚鬼が。


 慌てて彼女の姿を探し求めても、ときすでに遅し。


 声をかけてまわった女蛮鬼たちの大半にすら、オビイは行方を知らせていなかったようで。


 行方を知っていると思わしき女族長からは「さあの〜う? 流石にそれを妾の口から伝えるのは、野暮というものぢゃしの〜う?」などと、明らかな口封じの気配さえ、嗅ぎ取れてしまっていた。


(……いやこれ、今度こそ確実に、嫌われちまったよなあ)


 近頃では、少しずつ。


 友好が深まっていた、手応えを感じていたのに。


 たった一晩にて、全てを台無しにしまった。


 あのときの、驚きに目を見開いたオビイの表情は、目に焼きついてしまっているし。


 なんならその後、相棒の『試運転メンテナンス』の際にもそうした彼女の顔が脳裏をよぎったことで、無垢なる子どもに卑猥な知識を与えるような罪悪感を伴う甘美を覚えてしまったヒビキは、事後に冷静となった自分自身を、縊り殺してやりたくなった。


 そうして、またひとつ。


 今世において、新しい黒歴史トラウマと。


 未知の性癖を開拓してしまった。


 業の深い、豚鬼であるが。


(……まあ、もういいや。いや全然良くないけど、できれば『花捧げ』が始まる前に、そういうモヤモヤはきっちり清算しておきたかったけど……仕方ない、それはまたの機会を待つか)


 なんにせよ。


 武闘会に、優勝こそしたものの。


 ヒビキにとってはある意味、ここからが『本番』だ。


 過去の失態に、引きずられることなく。


 未来の成功を、掴みにいかなければならない。


(頼むぜオネーサマがた、この哀れな豚を、見捨てないでくれよ……っ!)


 森里に伝わる掟として、女蛮鬼の種婿とは。


 まずは当代の女族長による認可と、大戦士三名以上による推薦があって。


 さらにこうしたおおやけの舞台でその実力を示したうえで、実際に己の種を与える女蛮鬼の花嫁を、迎え入れなければならない。


 そうした認可と推薦に関しては。


 すで族長であるレイアと。


 大戦士であるハミュット、メメ、トトのそれを受けているので、問題はない。


 実力も、こうした武闘会の優勝というかたちで示した。


 あとはそうした、自分という存在に興味を持った女蛮鬼から。


 種蒔きをわれるか、否かになるのだが……


「……いいかい、お前たち? 恨みっこなしだからね? 二回目以降はともかく初夜は一対一が掟なんだから、立候補が被ったら、大人しくクジ引きに運を委ねるんだよ? とくにそこの双子ども、よもやレイア様と裏取引なんてしていないだろうねえ!?」


「……ん、それは心外。族長様は自分に『花捧げ』の権利がないからって、ウチらにも忖度してくれなかった」


「そもそもオビイが雲隠れした今、ビッキーの童貞が今日まで守られてきたのは、ウチらの尽力あってこそ。ハミュットたちはそれに感謝して、むしろ率先して順番を優遇すべき」


「やっぱり裏工作してたんじゃないか! このムッツリ淫乱姉妹がっ!」


「ありがとう。それは女蛮鬼にとってはむしろ褒め言葉」


「それにウチら双子が相手なら、初夜は一対一という掟にも、例外として適応されない。つまりビッキーとしてもお得。みんなが幸せになれる。だから貴方たちは気を利かせて、自ら『花捧げ』を辞退すべき」


「よしわかった、戦争さね! みんなっ、この発情姉妹の減らず口を物理的に黙らせるよ!」


「「「 応っ!!! 」」」


 ……などと。


 早くも乱闘じみた取っ組み合いをしている、大戦士たちの様子から。


 彼女たちが直前で、気変わりした様子はなさそうだが。


 それでも、物事が確定するまでは決して油断などできないと。


 ヒビキは気を緩めることなく、粛々と。


 舞台上で『花捧げの儀』に臨む。


「「「 ……っ♡♡♡ 」」」

 

 ちなみに、そうして。


 客観的には。


 自分に群がる大戦士たちを傲慢クールにあしらっているようにすら見える豚鬼の姿に、花捧げの権利を強制放棄させられた戦士階級の女蛮鬼たちがキュンキュンと下腹部を疼かせて、股を緩めているのだが、本人はそのことに気づいていない。


 ともあれ。


 そうして、舞台が整い。


 女族長から祝福の言葉と、優勝者の花冠が授けられて。


 いざ『花捧げの儀』へと、移行しようとしたまさにそのとき……


「……待ってくれ! レイア様っ!」


 視界を埋め尽くすほどに密集した、女蛮鬼たちを割るようにして。


 凛然と。


 颯爽と。


 およそ一週間ぶりとなる、少女の声が。


 豚鬼の耳朶を、震わせたのだった。



【作者の呟き】


 謎の声「……やれやれ。これで少しは、恩返しができたかな?」


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