第二章 【52】 決着①
〈ヒビキ視点〉
「……これで、満足か? では次は、貴様らが契約を遵守する番だ」
「……は? 何言ってんだ、お前?」
負傷者を連れた、女蛮鬼たちの転移を見届けたのちに。
改めて声をかけてきた、紅蓮蓬髪の魔人に。
ヒビキが挑発の笑みを向けると。
「……ッ、貴様、謀ったのか!? これだから、人間という下等生物はッ!」
「おいおい勘違いすんなよ。ちゃんと『契約』は『守った』じゃねえか」
「そうだぜエ、約束通り『俺サマたち』は『この場に残った』ア。けどなア、そのあとテメエらについて行くかどうかはまたア、別問題だろうがよオ?」
「……ッ! 詭弁を……ッ!」
「あははははー。もおーっ、ラースはあー、そういうところだよおー? 昔から、詰めが甘いんだってえー。こんな未成熟体にまで手玉に取られてえー、これから先いー、ちゃんとやっていけるのおー?」
「……ぐー……ぐー……」
遠目には、穏やかに眠っているようにさえ見える。
異形を収束させて人型へと戻った、中性的な魔人に膝枕をしながら。
周囲に魔獣たちを従えた、妖艶なる女型の魔人に、ケタケタと笑いながら指摘をされて。
「クッ……ならば、改めて契約だ! 我らとともに、来い! 人間ども!」
「いやそれ、契約じゃなくて、単なる命令だろ?」
「ヒャハハハ! どうやら魔人サマってエのは、力任せが過ぎてエ、交渉ごとには不慣れみてエだなア!」
「ええー、そんなことないよおー。ラースがとびきり不器用なだけでえー、僕ちゃんたちはそこまで――」
「――スロウ、喋りすぎだ」
「……あ、ごめんねえー、ラースう」
生物として不自然なまでに膨らんだ胸部を。
膝上に乗せた魔人の、瞳を覆うように乗せながら。
首を傾げたスロウと呼ばれる魔人が、改めて、ヒビキたちに視線を向ける。
「んんー? っていうかキミたちいー、この状況でえー、さらに僕ちゃんたちから情報を引き出そうとしているのおー? やっるうーっ!」
「……いえいえ、買い被りすぎですよ」
「オネーサンよオ、あんま疑り深い女はア、嫌われっぜエー?」
「あははははーっ! 僕ちゃん、嫌われちゃったかあー。ざんねんざんねんっ!」
言葉の上では、陽気に笑いつつも。
温和そうな表情を刻んだ、仮面のもとで。
じっと観察者の視線を、ヒビキたちに向けていたスロウは……
「……ひびきい……あぶらひ、むう……ずずず……」
「……うんうん、エンヴィーちゃんがあー、お気に入りになる気持ちがあー、僕ちゃんもわかってきちゃっかもー」
膝上の魔人が寝言のように漏らす言葉に、頷いて。
怒りによって額に血管を刻んだラースに。
間延びした声音で語りかける。
「ねえねえラースう、僕ちゃんも『あれ』欲しいーっ! ちょーだあーいーっ!」
「っ!? スロウ、貴様までそんなことをっ!?」
「だってだってえ、これから先はあー、もっともっと、人間たちの生態を知らなくちゃでしょー? だったら僕ちゃんたちとまともに会話を成立させている時点でえー、確保するだけの価値はあー、あると思うんだけどなあー?」
「……ッ! いや、しかし――」
「――それともラースの『想い』って、その程度なの?」
それまでの。
どこか演技のように感じられた陽気さを、取り払って。
鋭く突きつけられた、スロウの問いに。
「……そんなわけ、あるか。我らの目的は、何者にも優先される」
こちらは混じり気のない憤怒を鎮めてまで。
ラースは淡々と、答えたのだった。
「……ん、だったらいいよおー。ごめんねごめんね、変なこと言っちゃってえー」
「……謝罪は不要だ。いいから貴様は、これ以上口を滑らす前に、先にそいつらを引き連れて戻っていろ」
「ええー? ラースう、ひとりで大丈夫うー? ぜったいにいー、壊しちゃダメだよおー。人間ちゃんは、僕ちゃんたちと違ってえー、とっても脆いんだからさあー?」
「わかっている」
半信半疑といった、スロウの瞳に。
不快そうな表情を浮かべつつも。
「……とはいえ、だ」
魔人同士の不穏な会話を、切り上げて。
振り向いたラースがヒビキたち向ける視線には、驕りや油断など、一欠片も存在しない。
紅蓮蓬髪の魔人が、交渉人としては二流でも、戦士としては超一流であることに、今さら疑いの余地はない。
それでも、だ。
「「 ……ッ! 」」
彼我の実力差を理解して、なお。
気後れなど、微塵もしていない。
噛み付くような視線を向ける、人間たちを前にして。
「……アレらをあのまま、我らの拠点に持ち帰るのは少しばかり不安だ。この場で少々、躾けておく」
ゴキゴキと、面倒くさそうに。
身体の関節を鳴らしながら。
凶悪なまでの魔力を噴き出す魔人が、一歩、また一歩と、距離を詰めてくる。
「上ッ等! やれるもんならやってみやがれエッ!」
「思春期のクソガキを相手にする面倒臭さ、たっぷり教えてやるよッ!」
「……貴様らは本当に、気でも狂っているのか? 命が惜しくないのか?」
そりゃ誰だって、命は惜しい。
けれどもヒビキが取るべき対応は、変わらない。
何故なら挑みもせずに屈するような生き様を、ヒビキは今世において、許されていないからだ。
今この瞬間でも、鮮明に思い出せる。
脳裏に焼きついた光景を思い浮かべて。
最後まで己の信念を貫いた、あの偉大なる母親のように……
(……たとえ最期の瞬間になろうと、徹底的に、抗ってやるッ!)
たとえ力及ばずとも、暴力などには決して屈しない。
愚かでも誇らしい、矜持だけは示してやる。
そう、生き様を定めているのだ。
「戦場で命を惜しむ馬鹿は、二流だア! 超グレートスペシャルな俺サマを、そんなザコども一緒にすんなア!」
「師匠から散々と、命の使い方は叩き込まれてきたんでね。使うべきときに惜しむなんて愚かな真似したら、それこそ師匠にぶっ殺されちまうんだよ!」
「……理解不能だな。有限なる命を、どうしてそうも無意味に消費する? ……いや、お前たちはそのように、思わないのだったな。……そうだ、あのときもたしか……」
「……ラースう?」
「……いや、いい。それよりもお前は早く、エンヴィーを連れて引き上げろ。ついでにそこの魔獣どもも連れて行け」
「はいはい。じゃあラースう、お土産よろしくねえ〜。そこの人間ちゃんたち……ひびきちゃんと、あぶらひむちゃん? も、またあとでねえ〜」
そうして、この場に現れた時と同様に。
空間に手をかざすだけで、複雑な魔法陣を展開して。
転移魔法を発動させたスロウが、未だに目を覚さない魔人と、それに付き従う魔獣たちを率いて、歪んだ空間の向こう側へと姿を消していって。
それから。
「……では、躾の時間だ。人間ども、あまり容易く壊れてくれるなよ?」
「ハッハア! アブラヒム・ヴァン・ヘルシングだア! 相手にとって不足なし! テメエも一端の戦士を気取るなら、名を名乗りやがれエ!」
「……ヒビキ・ライヅだ。さっきは偽名で済まなかったな。こっちが本名だ。で、お前の名は?」
「……」
どうやら、怒りに染まりやすい性質ではあるものの。
知性そのものは、おそらく並の人間よりも優れている魔人であるからして。
そうして名乗りをあげるヒビキたちの意図も。
見え据えてはいただろう。
それでも。
「……ラースだ。『翠』の魔王が臣、『憤怒』のラースだ」
心から不快そうに、眉根に皺を刻みながらも。
魔人の戦士は、己の名を、口にしたのだった。
⚫︎
〈ラース視点〉
そうした、人間たちの名乗りに。
ラースが応えてから、五分ほどが経過した。
(……まあ、人間にしてはよく保ったと、評価すべきなのだろうな)
ゴゴッ……ズゴゴッ……と。
飢餓に対する供給が、一向に満たされないために。
悲鳴を上げ続けていた地下空洞の、中心において。
ボロボロと崩壊していく魔界樹を眺めながら。
対照的にこちらは、息ひとつ乱すことなく。
周囲を睥睨する紅蓮蓬髪の魔人……ラースが。
地面に横たわる人間たちを視界に捉えて、そのような評価を下した。
(それにけっきょく最後まで、こいつらは敗北を認めなかった。我々《デモルド》を相手にして、屈することをしなかったな……)
全身の骨を折られ、肉を潰され、手足を歪な方向に曲げられても。
悲鳴ひとつ漏らさなかった、豚鬼や。
武器である魔剣を全て粉砕され、黒鎧を砕かれたあとは、最後は己の鬼牙を用いてまで。
不屈の意思を示した、半血鬼も。
今は二人とも意識を手放して、地に伏している。
か細い呼吸こそ漏らしているものの。
しばらくは、意識を取り戻すことはないだろう。
たとえどれほど気持ちで抗ったところで、覆しようのない圧倒的な実力差による、無慈悲な光景がそこにあった。
それでも。
(……)
そうした挑戦者たちの、気概は。
絶対強者の心に、小石ひとつぶん程度の波紋は起こしたようであり。
(……ふん。まあだからといって、どうということもないが)
すぐにそれを、強引に。
水底へと沈めることで。
(かつての愚行を、二度は繰り返さぬ。人間どもは、魔族《我ら》の敵だ。踏み潰すべき害虫なのだ。それは変わらない、創造神様の定めた摂理だ)
再び心を、業火の如き怒りで満たしていく。
(思い出せ。決して忘れるな。あのときの恥辱を、憤怒を、悔恨を、殺意を………………我らの王の、哀しみをッ!)
そうして、すでに五百年以上にも渡る積年の憎悪に身を浸しながら。
主人より『憤怒』の冠を与えられた魔人が。
ひとまず戦利品を、回収しようとして……
「……久しぶりだね、ラースくん」
まずは身近にいたために、手を伸ばそうとした。
気絶させたはずの豚鬼の口から。
そんな言葉が、漏れてきたのだった。
【作者の呟き】
ざっくりとした現時点での力関係。
魔人、聖人、テッシン、マリアン 》》》 (超えられない壁) 》》》 聖浄騎士、ヒビキ、アブラヒム、レイア 》》》 高位階梯冒険者、半魔人、女蛮鬼の大戦士たち 》》》 中位階梯冒険者、番魔獣 》》》 低位階梯冒険者、魔獣 といった感じですかね。
今の主人公は一般人から見たら十分に上澄みだけど。
逸般人から見たらまだまだ物足りないよね。
といった立ち位置ですね。




