第一章 【08】 魔力鍛錬③
〈テッシン視点〉
(……ふむ。まあ、こんなものか)
手甲に覆われた、腕を組み。
コキリと、首を鳴らして。
身の丈二メートル近い、鬼人の大男……テッシンが。
地べたに視線を、落としながら。
「良し。では本日の鍛錬は、これまでとする」
耐久訓練の、終わりを告げると。
「ご、ご指導、ありがとう、ございました……」
本日も、なんとか最後まで。
意識を繋ぎ止めていたらしい。
地面に倒れ伏した豚鬼……ヒビキが。
呻くように、呟いたのだった。
「……あ、あのお……テッシンさん?」
そのまま、傷だらけの顔を。
見下ろす、テッシンへと向けて。
「一応、言わせてもらいますけど……この鉄拳指導、たぶん俺じゃなきゃ、普通に死んでしまいますからね? 他の子にこんなことしちゃ、絶対に、ダメですよ……?」
小生意気にも。
諫言などを、口にする。
なんとも命知らずな、弟子である。
「はっはっはっ」
つい、笑い声が漏れてしまった。
「……いや、笑い事じゃ、ないんですけど?」
「安心せい、ヒビキ。某は、同門こそ数多くあれど、直弟子をとるのは、おぬしが初めてだ。よってそのような杞憂、無用で御座る」
「うえええ〜………マジですか……」
そうなのだ。
祖国である、大和国であれば。
誰もが羨んで、然るべき。
侍大将の、直弟子という。
光栄極まる立場を、承りながら。
「……クソっ……やっぱり、弟子入りする相手、間違ったよなあ……っ!」
むしろ、外れ籤でも。
引いてしまったかのように。
苦々しげな、表情を浮かべる。
転生者を前にして。
(……成程。生きている世界が異なれば、こうも物の見方が、違ってくるものか)
テッシンの胸中に浮かぶのは。
発見と、理解。
そして好奇心であった。
(……まあ、此奴の場合は、その在り方からして、奇妙奇天烈。常識の埒外で御座るからなあ)
そもそも。
この、ヒビキという豚鬼は。
生物としての自然な、営みの中で。
授かった命、というものではなく。
とある組織が実行した、実験の。
失敗作。
人造生命体の素体から、予期せぬ存在変異の果てに誕生した豚鬼という。
特殊な生い立ちを、背負っている。
(……実に、面白い)
そのためだろうか。
実年齢は、三歳程度なのだが。
肉体はすでに、その倍以上となる。
七歳児相当ほどにも、成長しており。
さらに自我に目覚めてからの、二年ほどは。
意識して身体を、鍛え。
筋肉を、育てているために。
力士体型である、恰幅の良い肉体は。
幼いながらも、密度の高い。
身体能力を、備え始めていた。
そのうえで。
(だが、まだまだよ。こやつにはまだ、叩けば伸びる素養が、山ほどある。それを腐らせるのは、あまりに勿体無いというもの)
襤褸雑巾の如く。
地面に倒れ伏した、弟子に向ける。
師の視線に、容赦など存在しない。
当然だ。
なにせ、本人に。
その自覚が、ないとはいえ。
ヒビキが教えを、請うているのは。
規模としては、小国に分類されるものの。
世界に七つしか存在しない、神代魔樹迷宮のひとつを、国土に抱え。
春夏秋冬。
日夜を問わず。
島国という、逃げ場のない檻の中で。
魔樹迷宮から溢れ出す、魔獣たちと。
嬉々として。
死闘をくり広げてきた。
アドラスタにおいても、指折りとされる。
生粋の、戦闘民族である。
そのなかでも、テッシンは。
大和国の国主たる、煌皇から。
国家の防衛に携わる、『侍大将』の地位を。
与えられるほどに。
血筋も。
武力も。
才覚も。
誰もが手放しで賞賛するほどに、突出した。
類稀な、武士であるのだ。
そんなテッシンから、直々に。
手解きを受けて。
平気でいられるはずがない。
むしろ、こうした修行を始めてから。
すでに一年ほど。
耐え続けている、ことこそが。
非凡なる才の、証左である。
(流石は教会特製の、ほむんくるす、といったところか)
他国からの、干渉を。
一方的に、拒み続けている。
勇聖国であるが。
四年ほども、身を潜めて。
地道な情報収集を、行なってきた。
テッシンの、目から見るに。
その魔法技術は。
他の国々と比して。
数世代ほども、かけ離れていた。
ヒビキの母体である少女が携わっていた、『人造勇者計画』などもそうだが。
勇者たちの肉体となる、人造生命体の、製造技術を鑑みても。
情報の裏付けとしては。
十分過ぎるだろう。
(……はてさて。この様子では一体、この国にはどれほどの猛者が、潜んでいるのやら……)
少しばかり、訓練に。
熱が入ってしまった、余韻から。
戦いを欲する、戦鬼の本能が昂って。
「……」
ざりざり、と。
無精髭を撫でる、大男の顔に。
血に飢えた、肉食獣のごとき。
獰猛な笑みが、浮かぶ。
「……ひ、ヒビキくんっ!」
すると。
漏れ出す戦意を、嗅ぎ取ったのか。
悲鳴と共に。
色の抜け落ちた、真っ白な長髪を。
天使の羽のように、靡かせながら。
貫頭衣をまとった少女が……フワリ、と。
地面に横たわる、ヒビキの傍に。
舞い降りたのだった。
「だ、大丈夫ですか? 大丈夫なわけないですよね!? ああ、もう、今日もこんなになるまで、なんて酷い………」
それから……キッ、と。
鋭い眼差しで。
「……テッシンさん!」
見上げるほどの大男を、まっすぐに。
睨みつけてくる、只人の少女……マリアンが。
両目に宿す、紅玉の瞳には。
(〜〜〜ッ!)
祖国に武名を馳せる、侍大将をして。
ゾクゾクと、心胆を震わせるほどの。
威圧が、込められていた。
(嗚呼、これは……やはり、たまらぬなあっ!)
堪えきれずに。
頬が、自然と笑みを深めていく。
ご馳走を前にした、肉食獣が。
涎を、垂らすようにして。
ヒビキの訓練時には触れなかった、腰元に佩く、大和刀に。
ゆっくりと。
手が、伸びていく。
「いちおう、加減はしているようですが……それでも、もし……ヒビキくんの身に、なにか取り返しのつかないようなことが起きてしまえば、私は貴方を、絶対に、許しませんよ?」
グルルッ……と。
目の前で、腹を鳴らす。
獣の飢餓を、前にして。
怯むどころか。
むしろ、ピリピリと。
素肌を針山で、突き刺すかの如き。
研鑽された、冷たく鋭い魔力を。
見下ろすほどの、少女から。
こうも、浴びせられてしまっては。
(応! 応! 応ともよッ!)
否応にも。
テッシンの胸中に。
歓喜が、込み上げてくる。
(なんと素晴らしき、闘志! いや実に見事な、殺意で御座る!)
潜入調査という、任務の性質上。
このところ、すっかり死線から遠ざかってしまった、戦鬼であるが。
戦場で、何度となく味わってきた。
濃密なる『死』の気配を。
忘れることなど、あり得ない。
なにせ、テッシンにそれを匂わせる。
一見して、童女じみた。
マリアンの正体とは……
(……それでこそあの日、あのとき、某を魅了せしめた『聖人』也ッ!)
勇聖国における、特記戦力。
かつて、勇者として崇められた転生者たちの、血を継いで。
力の一端を、開花させた。
聖人と呼ばれる。
極上の、強者なのだ。
(是非ともその武威を、某に、味わわせていただきたく御座候……っ!)
そんな猛者から、存分に。
混じり気のない、殺意を注がれて。
死闘に飢える、武士の業が。
膨れ上がって、しまうのは。
致し方の無い、ことである。
(さあ! さあさあさあ! いざや尋常に、勝負……ッ!)
やがて臨界を迎えた、闘争心が。
弾けて。
溢れ出そうとした……
「……いや、何勝手なこと、ほざいてんだよ」
まさに。
その、寸前だった。
「ひ、ヒビキくんっ!?」
庇っていたはずの、背中から。
剣呑な声音が、上がることで。
「で、ですがママは、ヒビキくんを――」
「――だからンなこと、誰も、頼んでねえだろ?」
「……んみゅう」
聖人の、纏っていた覇気が。
瞬く間に、萎んでいく。
(……チッ。ヒビキめ、余計な真似を!)
遠ざかっていく、闘争の気配に。
テッシンが内心で、苛立つものの。
「つーかさあ、アンタ。さっきから何勝手に、師匠に啖呵切ってんだよ? なあ?」
それ以上に。
不快を隠そうとしない、声を。
容赦なく、浴びせられて。
「あ、あの、これはその、えっとですね……」
あわあわと。
狼狽してみせる、マリアンには。
先ほどまでの、威厳など。
もはや欠片も、見当たらなかった。
(むう。すっかり興が、削れてしもうた)
テッシンとしても。
消沈して、肩を落とす少女に。
背後から、斬りかかろうとは思わない。
大和刀の柄に、添えていた手のひらを。
ゆるりと、離してしまう。
「だいたい、アンタはいつも勝手に――」
「だってだって、ママは、ヒビキくんのことが――」
そのまま、再び腕を組んで。
何やら、言い争いを始めた母子を。
「……」
腕を組み。
黙って見つめる。
テッシンであるが。
(……はあ)
視線には、多分に。
呆れの色が、含まれていた。
(やれやれ。全く、難儀なことよのう)
そもそも、だ。
本来であれば、圧倒的な上位者であるはずの、強者が。
指先ひとつで、命を詰める弱者に。
あそこまで、好き放題。
不満をぶつけられる、こと自体が。
あまりに不自然。
強者こそが正義という。
世の摂理に矛盾した、親子の姿は。
戦場で半生を過ごしてきた、テッシンとしては。
歪が過ぎる、光景である。
許されるなら。
母の温情に甘える、馬鹿弟子の頭に。
拳骨を叩き込んで。
一喝して、やりたいほどだ。
(かーっ! なんとも、歯痒いことよ!)
しかし、勇聖国の潜伏任務において。
偶然にも、縁を結ぶこととなった、マリアン自身が。
そうした外部からの、口出しを。
頑なに、拒んでいるのだ。
知識的にも。
能力的にも。
実力的にも。
非常に、得難い。
稀有な現地の協力者である。
聖人の意向を、無碍にしてまで。
たとえ、師弟関係にあるとはいえ。
込み入った、他所様のお家事情に。
気安く介入していく、道理がない。
とはいえ、だ。
(ヒビキもヒビキだ……情けないっ!)
マリアン自身の、意向はさておき。
そんな彼女の態度に、甘えきって。
不遜な態度をとる、弟子にこそ。
師として、思うところがあった。
(たしかに、聞き及ぶ前世の生い立ちについては同情するが……その因縁を今世にまで持ち込むのは、甚だ、筋違いであろうに!)
たとえ見た目が、幼なくとも。
中身は成人した、男子なのだから。
今世の母親と。
前世のそれを。
勝手に、重ねて。
前世で晴らせなかった、恨み辛みを。
一方的に、八つ当たりする姿は。
あまりに、卑屈だ。
(しかもそれを、当の本人が自覚しているのだから、なんとも救いがない!)
マリアンに、暴言を吐くたびに。
辛そうに、表情を歪める。
ヒビキの姿は。
血泥で錆刀を、研ぐが如き。
不毛な光景として。
テッシンの目に、映っている。
(嗚呼、全く以って、不器用なことよ! なにも、そのような部分だけ、親子で似通わなくともよかろうに!)
最初の鈕を、掛け違えたような。
あるいは噛み合わない、歯車のように。
すでに一年近くも、すれ違い続けている。
不器用な、母子の姿を前にして。
ただ見守るしかできない、テッシンが。
内心で、ヤキモキしていると。
「――いいからもう、あっちいけよ!」
一向に、側を離れようとしない。
マリアンに向かって。
「で、ですが、ヒビキくん……」
「……あのなあ!」
癇癪を起こしたように。
ヒビキが声を、荒げたのだった。
「何べんも、言って、いるだろッ!? これは俺が、自分からお願いして、わざわざ師匠に、稽古つけてもらってんだよ! だから、盗み見るぐらいまでなら我慢してやるけど、それ以上の邪魔はするなって、前から言ってるよなあ!? 邪魔するくらいなら、マジでどっか、消えてくれよッ!」
そうした怒鳴り声に。
「んみゅっ……!」
奇妙な呻き声を漏らしたマリアンは。
「……あう」
しょんぼりと、俯いて。
「……うっ……うう……ぐすっ……」
やがて。
大きな瞳に、涙を浮かべて。
堪えかねた嗚咽を。
漏らし始めるのだった。
「……ちっ。だからそうやって、都合悪くなったら、すぐ泣くなよ。面倒くせえ」
すると、より一層に。
不機嫌さを増したヒビキが。
どこか、痛みを堪えるように。
吐き捨てて。
「……すいません、師匠。ちょっと川で、汗を流してきます」
「うむ」
テッシンに、一礼をしたうえで。
ヨタヨタと、覚束ない足取りで。
小川のある方向へと。
遠ざかっていく。
「……ひっぐ……ひっ……」
そんな豚鬼の後を、トボトボと。
鼻水を啜る、幼い見た目の只人が。
貫頭衣の裾で、涙を拭いながら。
健気に、追いかけていくのだった。
「……」
森の中へ消えていく、親子の背中を。
テッシンが、眺めていると……
「……全く。あの二人は、一体いつまで、あの調子でいるつもりなのでしょうか」
ふと、一陣の風が吹いて。
その直後には。
「まあマリアン殿も、坊も、互いに複雑な事情を、抱えておりますがゆえ……なかなか、一筋縄ではいかぬのでしょうて」
物音ひとつ、立てることなく。
振り返った、テッシンの背後に。
「カエデ。それに爺も、また覗いておったのか」
「……はっ! いかに手解き中とはいえ、護衛として、お館様から目を離すことはできませぬので! どうかご容赦を!」
恭しく、頭を下げる。
黒装束に身を包んだ狐人の女性……カエデと。
「ほっほっほ」
こちらは、悪びれなく。
好々爺の、笑みを浮かべてみせる。
木杖を手にした精人の翁……ハクヤが。
並んで、控えていたのだった。
「それよりも若。もう少しばかり、稽古に加減を加えてくださりませのかのう?」
そして、非難するような。
ハクヤの視線に。
「ん? 爺よ。まさかおぬしも、マリアン殿と同様に、某の手解きが厳しいとでも、言いたいのか?」
テッシンが、純粋な疑問で応えれば。
「いえいえ、とんでもございません」
長い白髭を、扱きながら。
老人は、首を左右に振った。
「熱き鉄は、叩けば叩くほどに、見事な鋼へと仕上がるもの。それが稀有なる素材ともなれば、打ち下ろす槌に力が籠るのは、当然でございましょうて」
「うむ、まさしく」
よって。
非難される謂れは一片もない、と。
じつに、堂々とした態度をみせる。
侍大将であるが。
「……ですがお館様は、そうやって、マリアン殿を挑発しておられますよね?」
そこには。
少しばかりの、稚気もあって。
筆頭従者の、クノイチなどは。
闘争に飢えた、主君の本質を。
正確に、看破していた。
「がははは! バレておったか! やはりカエデには、敵わぬのお!」
自覚のある、戦鬼としての性を。
隠そうとしない、テッシンは。
己が身を案じる、従者の頭を。
ガシガシと、乱暴に撫でる。
「……当然でございます。拙はお館様の、家臣ですので」
当然ながら。
頭部に生やした狐耳ごと、遠慮なく。
揉みくちゃにされる、カエデあるが。
尻部から生えた、毛並みの良い尾は。
フサフサと、上機嫌に揺れていた。
「して、爺よ」
そうして、ひとしきり。
笑い終えた後で。
「ならばなぜ、ヒビキの鍛錬に手心を加えろなどと、申すのだ?」
心配性な、従者の懸念を。
雑に誤魔化した、主君が。
話題の転換を図ると。
「若よ、勘違いしてくださいますな。手心などではありませぬぞ?」
やれやれと、首を振りながら。
白眉に埋もれた、老人の瞳が
ゆるりと、辺りを見渡した。
「あくまで『加減』をと、申しておるのです」
そこに広がるのは……
大岩が、砕けて。
大木が、へし折れて。
ところどころ、大地が陥没した。
悲惨としか言いようのない、惨状である。
「……いかにここが、人目につかぬ森の奥とはいえ、音を遮る結界にも、限度というものがございまする。何よりも、毎度このような惨状を修復する、老骨の身にも、なってくださいませ」
勇聖国という。
鎖国国家の、特殊性から。
今回の密命に、大和国は。
多くの人手を用いることが、不可能だったために。
テッシンを、将として。
選ばれた、潜入部隊とは。
十数名からなる、少数精鋭である。
そして、祖国においては。
侍大将の地位を持つ、テッシンの。
身の回りの世話を、するために。
潜入部隊の大半は、カエデのような。
クノイチたちで、構成されていた。
「はっ。戯言を」
よって。
数少ない例外である、この老人は。
博識なる知恵と。
卓越した魔法技能を有する。
老練にして老獪な、仙術士である。
「この程度の些事、爺であれば、朝飯前で御座ろうに」
そのため、こうした『後始末』などを。
もっぱら担当している、ハクヤの技量を。
今更に疑う、テッシンではない。
むしろ。
「そも、対価として、日頃から爺が湯浴みの後に、ヒビキに足腰を揉ませておることは、某とて知っておるのだぞ?」
ちゃんと、報酬を得ているのだから。
そのぶんしっかり働け、と。
武家社会における、御恩と奉公を。
主張する、テッシンの非難に。
「ふぉっふぉっふぉっ」
今度は、ハクヤが。
長い白髭を、扱きながら。
白々しい笑い声を、漏らしていた。
「いやいや、揉ませているなどとは、人聞きの悪い。あれはあくまで、可愛げのある若輩からの、老骨を気遣う優しさですぞ? 何もやましいことなど、ありはしませぬわい」
そうした老人の。
開き直った、態度には。
「……いえ。しかしですね、翁?」
クノイチが、眉根を寄せて。
苦々しい視線を向けていた。
「お館様もですが……そうした光景を、マリアン殿が、血涙でも流しそうな形相で見つめていることは、ご存知ですよね?」
暗闇の中で。
ギラギラと、妖しく輝く。
見開かれた紅瞳を、思い返したのか。
「……っ」
ブルリと、狐尾を震わせた。
カエデの問いかけに。
「はてさて。なんのことやら」
飄々と、ハクヤは。
悪びれのない笑みを、深めるばかり。
「ふふ。いっそそのまま、勘気に触れてくれれば、愉快なのだが……」
テッシンとしても、むしろそれは。
望むところで、あるのだが……
「……お、おやめください、お館様!」
幾つになっても。
怖いもの見たさを、忘れない。
童子のような男たちとは、対照的に。
「そ、そのような、火のついた焙烙玉を、弄ぶがごとき所業……到底、火傷程度では、すみませぬ! 煌皇陛下より下賜された密命を、無碍になされるおつもりですか!?」
生真面目な性格である、カエデなどは。
悲鳴混じりの、涙目で。
狐尾を、パンパンに。
膨らませているのだった。
「ははっ。無論、某とて、お役目の重要性は、重々理解しておるわい」
これには、主君として。
少しばかり、逸ってしまった稚気を。
鎮めざるを得ない。
「であれば、何卒、何卒っ……お戯れで、龍の逆鱗を撫でるような真似だけは、どうか、ご堪忍を……っ!」
「わかったわかった。ちゃんとその辺りは心得ておるから、気を揉むでないわ」
恐縮しつつも。
必死に頭を下げる、カエデの頭を。
またしても雑に、撫で回しつつ。
「そも、某とてあやつらばかりに、構ってはおられぬでのう」
言ってしまえば。
こうした、ヒビキへの手解きや。
それにまつわる、諸問題などは。
全てが余興。
国主より、下賜された。
密命を、果たすことこそが。
わざわざ、遠く離れた異国の地を踏む。
侍大将の、本懐である。
故に。
「では、そろそろ往くか」
小さく、呟いて。
カナデの頭から、手を離しつつ。
「爺よ、しばし間を預ける。以後はよしなに」
「はっ。いってらっしゃいませ、若」
恭しく、頭を下げるハクヤに。
くるりと、背を向けて。
「往くぞ、カエデ」
「はっ、御意に!」
声音を弾ませて。
狐尾を揺らす従者を、伴いながら。
(さてさて。此度こそ、某の無聊を慰める獲物に、出逢えると良いのだが……)
まだ見ぬ死闘に焦がれる、戦鬼が。
静かな、闇を纏う。
薄暗い、森の中へと。
踏み込んで、いくのであった。
【作者の呟き】
ママは、ちからを、ためている……っ!




