第二章 【48】 魔人①
〈ヒビキ視点〉
「……う……ああ……」
魔獣たちの歓喜が木霊する、地下空間において。
ズルズルと、ひび割れた巨大魔擁卵から這い出してきたのは。
人族の少年とも少女とも表現できる。
中性的な容姿をした存在であり。
「……あ……ああ……あああ……」
見た目通りの中性的な声音で。
生後間もない赤ん坊が口にする、喃語じみた音を漏らしつつ。
琥珀色の液体に塗れた身体をゆっくりと、起こして。
ふらつきながら。
しかし二本の足で、立ち上がるそれは……
「……ああああ……あっ、おんぎゃああああああっ!!!」
正真正銘の、魔人。
周囲で平伏する魔獣や半魔人とは一見して生物としての階梯が異なる、純然たる魔の結晶が、地下空洞に産声を響かせた。
「おイおイおイ高位階梯の冒険者サマよオ、ハナシが違うじゃねエかア。アレの孵化は、もっちっと先ってハナシじゃあなかったけかア?」
「ハオ。本来なら、そのはずヨ。だからコレ、異常事態。ワタシに非はないネ。依頼主サマにハ、そのことヨロシクですヨ」
「うんまあ、流石にこれは、予想外というか、信じたくなかったというか……まあこれも全部引っくるめて、今回の一連の出来事は、創造神様の試練ってヤツなんだとでも、受け止めるしかないさねえ」
そうした禍々しくも、神々しい光景を。
魔界樹から距離を置いて眺めるアブラヒム、バオ、ハミュットは。
それぞれに、高揚、苦渋、諦観の表情を浮かべており。
「……レイア様。転移にはあとどれくらいの時間が、かかりそうですか?」
「おぬしら以外、という意味であれば、あと二十分ほどといったところかのう」
「ん、承知。殿は引き受ける。レイア様は引き続き、転移魔法の維持に専念してください」
一方で冷静に事態を受け入れている様子の双子従者、メメとトトは。
主人である女族長の指示を仰いで。
速やかに、覚悟を完了させていた。
「ちょっ!? だ、ダメですよメメさん! トトさんも! ここまできたんですから、カッコつけるのはナシです! みんなで一緒に、帰りますよ!」
そうした会話を耳にして、慌てるのは。
彼女たちをこの場に導いた原因である、ヒビキであるが。
「……ん。可愛い、子宮がキュンキュンする。今すぐぶち犯したい」
「大丈夫、ウチらもビッキーの童貞をむしゃぶり尽くすまで、死ぬつもりはないから!」
「女蛮鬼的にはどうかしりませんけど、俺的にはわりと最低の返しですからね、それ!」
返事の内容は下品そのものだが。
しかし言葉通りに。
彼女たちの表情に諦めの色がないことに、豚鬼は安堵を覚えた。
「べつに、捨て石になるつもりはない。ウチらには、これがある」
双子従者の姉、メメが腰元に挟んでいたのは。
魔力を帯びた巻物であり。
「それは……呪巻物ですか?」
「うん。これと、レイア様の作った転移魔法陣があれば、ウチらだけでも転移魔法を使えるから」
同様のものを腰に挟んだ妹のトトが。
ヒビキの問いに答えた。
ゆえにレイアは自分たちに殿を任せたのだと、双子従者は誇らしげに語る。
「でもやっぱり呪巻物は希少だから、ウチと妹のぶんしかない」
「だからビッキーは遠慮なく、順番が回ってきたら、地上に転移しちゃってね」
「……だとしても、時間ギリギリまでは、俺も加勢しますよ。言い出しっぺが途中で尻尾巻くとか、それこそ有り得ませんからね!」
「「 ……キュンッ! 」」
「それってわざわざ口で鳴くものなんですか!?」
とはいえ、そうした保険があるのならば。
これ以上の問答は不要である。
『……キイキイ!』『……フシュルルル!』『ギギッ!』『ギイッ!』
主人の生誕による、歓喜を終えて。
徐々に王への供物を捧げる飢餓状態へと移りつつある魔獣たちを、視線の先に見据えながら。
(どこまでやれるかわかんないけど、少しでも、数を減らしてやる!)
一歩を踏み出す、豚鬼の隣に。
「ぶっちゃけよオ、せっかくこンな穴蔵の底まで足運ンだってエのに、ちイと消化不足だったンだア。大盤振る舞いの締めとしちゃあ、上々だよなア」
夜の散歩にでも付き合うように。
鼻歌混じりの、半血鬼が並んで。
「ハオ。デキる男は最後まで手を抜かナイ。アフターケアまで万全なのガ、一流と二流の違いヨ」
ボキボキと、小気味よく指を鳴らしながら。
獣覇国様式の紅服の裾を靡かせる、緑鬼も戦列に加わって。
「ガキどもが漢気魅せてるってえのに、ここでイモ引いてるようじゃあ、女蛮鬼の名が廃るってもんさね。いいかアンタらも、転移の順番はきっちり守ったうえで、できるだけ魔獣どもの数を削りな! 女の魅せどきだよッ!」
「はいよ!」「応ともさ!」「アンタにわざわざ言われずとも!」「ここで女をアピールしないとか、有り得ないから!」
転移待ちの後ろである……つまりは女蛮鬼の精鋭。
大戦士たちが、その後に続いた。
「……あ゛ー」
そうした、自分たちに向ける敵意を、感じ取ったのだろうか。
産声をあげてからずっと、茫洋と宙を漂っていた、魔人の瞳が。
グルリと、こちらに向けられて。
「……あはあ♡」
ニチャアと、粘着質な笑みが。
(……ッ!?)
自分に向けられた気がして。
ゾゾゾゾッと、悪寒に背筋を貫かれつつ。
(き、気のせいだよな!? つーか気のせいであってくれ!)
豚鬼が不吉な予感を覚えるものの。
火のついた導火線は、止まってくれない。
「行くぞテメエら、先手必勝だアあああああっ!」
「「「 うおおおおおっ!!! 」」」
『ギイギイッ!』『ガアアアアアアッ!』『キシャアアアアッ!』
血の気の多い、半血鬼の号令を皮切りに。
今宵最後となる、人と魔の、闘争の火蓋が。
切って落とされたのだった。
⚫︎
そしてやはり……というか、案の定。
世の中、嫌な予感ほどよく当たるもので。
「――あはっ! あはははははあっ!」
転移魔法の順番待ちがあるため。
転移間近の者たちを、後方に置く関係上。
自然と前方に出張る面子が、限られてしまうことで。
自ら転移魔法陣の護衛を買って出ていたヒビキがそこに加わることは、仕方のないことであるのだが……
(……だからってなんでわざわざコイツ、まっすぐ俺のところに突っ込んでくるんですかねえ!? もしかして俺って、本当に呪われてる!?)
そのような背景もあって。
先陣を切った豚鬼の元へ。
「きゃははは! きゃはははははあっ!」
なにがそんなに楽しいのか。
無邪気な笑みを浮かべる産まれたての魔人が、他に目もくれず、一直線に突っ込んできたのだった。
「ぶぎイいいいいいッ!」
ともあれ、闘争の意思を掲げた以上は。
相手を選り好みなど、していられない。
(むしろこれはチャンスだ! ここでこいつを仕留めれば、後顧の憂いがなくなる!)
速やかに動揺を鎮めて。
戦闘へと、意識を切り替えたヒビキは。
雄叫びをあげて、魔力を整えつつ、迫り来る魔人と激突した。
「ッギイッ!」
先手を取ったのはヒビキだ。
たとえ魔人が相手であれ、脳筋豚鬼にとれる戦法は、限られている。
恐れを捨てて距離を詰め。
愚直に拳を叩き込むのみ。
(まずは小手調べだ、〈衝波〉ッ!)
何百、何千、何万回と繰り返すことで。
もはや己の血肉となった魔技は、ズドンッ、と。
此度も見事、豚鬼の魔力を、対象の体内へと貫通させた。
「うぎいっ!?」
同時に、悲鳴をあげて。
衝撃を受け止めきれずに吹き飛んだ魔人に。
内心で首を傾げたのは、魔技を打ち込んだ豚鬼のほうである。
(なんだこの……感触? 今アイツ、防御してたか?)
物理的な、強度や技術もなく。
魔力的な、干渉や抵抗もなくて。
ただ単純に。
原始的に。
迫り来る拳を、掲げた腕で防御しただけに思えた。
相当に体内魔力の密度が高いのか、魔力の通りは鈍かったが、ただそれだけだ。
(もしかしてコイツ……そんなに、強くない?)
通常の母体を有する生物と。
魔生樹から産み出される魔族との。
大きな相違点として。
出産直後のそれが、未成熟な状態か、そうでないかが挙げられる。
母体を有する生物は、その出産の工程上、どうしても心身ともに未成熟な幼体として産まれることを余儀なくされるが。
大きさを調整可能な魔擁卵を子宮とする魔族たちは、そうした縛りから解放され、出産直後から成体としての機能を有している。
そして、確認事例がほとんどないために。
こちらは推測となるが。
おそらくそうした魔族の上位種である魔人もまた、その例に漏れないと覚悟していたのだが……
(……産まれたてだから!? だから身体のスペックに、まだ頭脳のコントロールが追いついていない状態なのか!?)
ヒビキ自身が、常日頃から実感しているように。
技術とは、情報とは、ただ受け継げば終わりというものではない。
研鑽して、精査して、試行錯誤を繰り返すことで。
ようやく、己の血肉となっていくのだ。
つまり目の前の魔人は、どれほど生物として最上級に産み出されていたとしても、圧倒的に経験値が足りていない可能性がある。
豚鬼はそこに、勝機を嗅ぎ取った。
(だったら尚のこと、今ここで、全力でぶっ潰す!)
吹き飛んでいった魔人を庇うようにして飛び出してくる魔獣を、弾き飛ばしつつ。
自らもまた距離を詰めようとするが。
「……いひひひっ、あははははあっ!」
ドンッ、と土煙を巻き上げながら。
相変わらずの無垢な笑みを浮かべた魔人が、向こうから飛びかかってきた。
そこに先ほどの負傷は微塵も見受けられない。
(……ちいッ、流石に耐久力だけは、一丁前か! だったら何度でも、叩きのめしてやんよお!)
両者が互いだけを見据えて、前に進むため。
すぐに彼我の距離が縮まって。
再び相見えた豚鬼と魔人が、今度は同時に拳を交わした。
ズドンッと、またしても魔力が貫通した手応えと共に。
(……ッ!?)
魔人の攻撃を防いだ腕に、違和感を覚える。
「あははははっ! きゃははははっ!」
その後も何度となく拳を交わして。
あちらからの攻撃は、的確に防御しつつ。
こちらからの攻撃は、精密に打ち込んでいくものの。
その手応えが……
(……だんだん、硬くなってきてる!? コイツ戦闘中に、自分の身体を変化させていやがるのか!?)
感触としては。
散々と相手をしてきた、蟲型魔獣の外骨格のように。
しかしそれらとは比較にならないほどの、圧倒的な硬度を宿して。
ピキピキと、ヒビキに打ち込まれた急所を守るようにして。
裸体同然であった魔人の身体を、鎧のような形状の、生体外殻が覆っていく。
そのうえ。
「きゃはっ! きゃっきゃっ!」
ズドンッ、ズドンッと、軽量級に見える体格に反して。
打ち込まれる打撃は鋭く、重い。
否、見る間に『重くなって』いく。
筋肉や技術といった防御を貫通して、体内に直接魔力を打ち込んできるその魔技に、ヒビキは心当たりがあった。
(こ、いつッ……俺の技を、『学んで』やがるのか!? この短期間で!?)
仮に目の前の魔人が、産まれたての、無垢なる白紙だというのなら。
そこにこれからどんな絵を、どれだけ描こうと、自由である。
本来は産まれた時点で、完成しているはずの魔人が。
これから成長しようとしている矛盾。
おそらくはそれが、この魔人の特性なのだろうと、ヒビキは推測をつけた。
(だったら尚更に、ここでこいつは、確実に仕留めないとヤバい! 放置すると手に負えなくなるぞ!?)
とはいえ、迂闊に手札を晒せば。
それを真似て、吸収されてしまう恐れがある。
理想とすれば、そうした時間を与えぬように、一撃で勝負を決めるような大技を叩き込むのが望ましい。
だが、それを実行するには。
相応の隙を作り出す必要があって。
どうやら今は自分という『玩具』にご執心な様子の魔人が、そこから目を離してくれるかどうかが、ひとまずの問題点であった。
でもそれは……
「……ヒャッハア! 独り占めはズルいぜエ、キョーダイ! 俺サマも混ぜろオっ!」
ヒビキとしては、大した問題ではなくて。
(やっぱりお前は来るよな、ヒム)
戦闘に乱入して、両手に構える二振りの片手剣で魔人を吹き飛ばした、半血鬼に。
「……遅えよ、馬鹿野郎。どこで道草くってやがった?」
皮肉を告げると。
「ハッ、真打ってエのは、遅れて登場するもんさア!」
戦鬼の笑みを浮かべるアブラヒムは。
当然のようにヒビキと並び、刃を構えるのであった。
【作者の呟き】
ちなみに作者はバトルシーンを執筆する際には、テンションを上げるために漫画やアニメを干渉する派です。
逆に執筆中は雑音が無理なため、わざわざ静かな時間帯や場所を選んで彷徨うことが度々ですね。




