第二章 【49】 魔人②
〈ヒビキ視点〉
「いいか、ヒム。おそらくあいつの魔人特性は――」
「いいいイヤッホおオオオオオ――ッ!」
「――あ、馬鹿野郎!」
止める間もなく。
ここまでの戦闘で躁状態になっているのか。
血色の瞳孔をガン開きにした半血鬼が、左右の片手剣と二本の飛翔剣を従えて、魔人へと突撃していった。
「……いいい、あああああっ!」
そうしたアブラヒムの戦意に、応えるように。
高揚を帯びた声を上げながら、魔人も距離を詰めてくる。
「いひひひいっ♡」
ボコボコと、沸き立つように、膨張して。
硬質な輝きを宿した魔人の両腕は、体格に対して不自然な比率での巨大さを有しており、全体の均衡を保つためなのか、臀部からは蠍のような尻尾が伸びていた。
「……ハッ!」
そうした異形への変態を、目の当たりにして。
アブラヒムの口元に刻まれるのは、歓喜の笑みである。
左右の手に握る片手剣が、赤い魔力を宿して震えた。
直後にギギギギギギインッと、硬質な音色が響き渡る。
精錬魔力による魔力干渉に加えて、高速微振動する血液という物理的な切れ味を宿した刃が、魔人の両手を覆う外骨格をいとも容易く斬り裂くものの。
ジュウジュウ、と。
刻まれた端から、蒸気のような血煙をあげて。
斬り刻まれた外骨格や筋繊維が、高速再生されていく。
矛と盾の真っ向勝負は、時間にして数十秒ほど。
いち早くそれに『適応』したのは、無垢なる魔人であった。
「あはあっ♡」
ボキボキと、人体でいう肩甲骨の裏側あたりが、不自然に隆起して。
見る間に膨張していく突起はやがて、複数の関節を有する腕を形成すると、その先端には、蟷螂じみた巨大な刃が備わっていた。
キイイインと、耳を澄まさずとも聴こえてくる、刃の鳴き声は。
アブラヒムの振動剣が放つそれと、瓜二つである。
「……ッ!?」
「きゃははっ!」
血煙を纏わせながら。
高速再生を繰り返す装甲腕を、左右の片手剣で斬り刻んでアブラヒムの頭上から。
魔人の背中から伸びた、多関節の先端に備わる、二本の振動刃が振り下ろされる。
キギインッと、それらを二本の飛翔剣で弾いたものの。
「きゃはっ!」
「……ぐえッ!」
僅かな意識の合間を縫って繰り出された魔人の蹴りが、半血鬼の胴体を捉えて。
黒鎧を軋ませながら、後方へと吹き飛ばす。
「きゃっきゃっ!」
地面と水平に吹き飛ぶ『玩具』を。
無邪気な笑みを浮かべながら。
追いかけようとした魔人であるが……
「……ぶぎイッ!」
ズドンッと、横手から。
体当たりをかましてきた豚鬼によって、進路を大きく逸らされてしまう。
「ぎっ! いぎっ! ぎいっ!」
ドッ、ズダンッ、ゴロッ、と。
空中で姿勢を崩したため。
ろくに受け身を取ることもできずに。
何度も地面を跳ねるようにして、転がっていた魔人であるが。
「いぎいっ!」
それすらも『適応』したのか。
途中で器用に、装甲腕を地面に着いて。
腕力による跳躍を見せたあと、そのまま両足で見事な着地を決めた。
(……クソッタレ、不意打ちで〈圧壊衝波〉をぶち込んでもあの程度かよ!?)
その間にアブラヒムと合流したヒビキは。
底知れない魔人の耐久値に、悪寒を覚えつつも。
「……わかったか、早漏野郎? あれはまだガキ同然だが、俺たちの技を覚えてこれからどんどん成長していくタケノコ魔人だ。下手に手札、晒してんじゃねえよ!」
「……オーライ、キョーダイ。つまりご注文はア、瞬間最大火力でエ、超短期決戦なア。承り〜イ」
物理的に、頭の血を抜くことで。
少しばかり冷静さを取り戻した半血鬼と、今後の方針を固めると。
「じゃあ仕上げはキョーダイに任せるとしてエ、俺サマは仕込みを――」
そうした二人の遣り取りを。
『――グルルルルウッ!』『ギイギイギイッ!』『キチチチチチッ!』
周りを囲っている魔獣たちが。
ただ静観しているはずもなくて。
「……ッ、その前にまずは、掃除からだなッ!」
猛然と牙を剥き、襲いかかってくるそれらを。
相手取ろうとした、ヒビキとアブラヒムであるが。
「――ぎいあああああああああッッッ!!!!!」
ビリビリと。
地下空洞全体を震わせるほどの、叫び声で。
魔獣たちを静止させたのは。
怒気を露わにした、魔人であった。
「あああああっ! あっ! ぐぎゃあああっ!」
ダンダンと、童子のように、地団駄を踏んで。
不満を噴出させる魔人に、怯んだのは、それに絶対服従を刻まれた魔獣たちである。
『……ギッ』『キイイ?』『キチキチキチ……』
若干、動揺の気配を滲ませつつも。
その場から離れ、女蛮鬼や冒険者たちいる戦場へと向かった魔獣たちを。
「……ふん!」
鬱陶しそうに。
異形の魔人が、睥睨していた。
「……おい、これって」
「ヒャハッ、あの変態野郎、美食ってモンをわかってンじゃねえかア。やっぱり闘争はア、数より質が大事だよなア!」
アブラヒムなどは呑気に笑っているが。
ヒビキとしてはこの短時間に、そうした『知性』すら獲得している魔人に、怖気を覚えてしまう。
それを、証明するかのように。
「……きょー、だいい」
確実に、ヒビキのことを、指差して。
「……ひむう」
次いでアブラヒムのことを指差しながら。
魔人は、そんな言葉を口にした。
(おいおいマジでコイツ、知能高過ぎない!? 魔人ってみんなこうなのかよ!?)
本当に、驚異的な学習能力だ。
ヒビキがより一層に、警戒心を高める一方で。
「おイおイ魔人風情がア、気安くその名を口にすンなア。それを口にしていいのは身内だけなんだよオ、馬鹿野郎オ」
相変わらず平常運転の半血鬼が、言葉とは裏腹に。
戦士としての敬意を持って、魔人に名乗りをあげた。
「俺サマはアブラヒム。アブラヒム・ヴァン・ヘルシング様だこの野郎オ、しっかりと血と魂に刻み込みやがれエ」
「あぶ、らひむう……」
その名を味わうように、口の中で転がして。
「……」
魔人は興味と好奇を宿した視線を、豚鬼にも向けてくる。
「……え? これ俺も、名乗る流れなのか?」
「キョーダイよオ、戦場での名乗りはア、最低限の礼儀だぜエ? それが命の遣り取りをする相手ならア、尚更だっつうにイ。常識だろオ?」
呆れたように、アブラヒムに諭されて。
「ああんっ!?」
普通に、苛ついたものの。
(あ、でも……たしかに、師匠も『あのとき』は、そうしてたっけなあ……)
ふと、かつての光景を思い出して。
(……まあ、いっか。べつに減るもんじゃないし)
とくに抵抗する理由もないので。
じっとこちらの反応を伺っている、魔人に向かって、名乗りをあげる。
「ヒビキだよ。ヒビキ・ライヅってのが、俺の名だ。これで満足か?」
「ひび、きい……ひびきいっ! ひびきひびき、ひびきいいいいっ!」
「おイおイ、俺サマのときとは随分と反応が違うじゃねエかア。妬けるねエ!」
「うっせえぞヒム、いちいち茶化すなよ、縁起でもねえ」
魔人に名を覚えられたところで、百害あって一利なしだ。
微塵も嬉しくない。
「……んで、お前の名前は?」
「あー? なま、ええー?」
「名前だよ、な・ま・え。お前にもあるのかどうかしんねえけどオ、いちおうはア、聞いておいてやるよオ」
「な、まえ? あ、ぎぎ……あぎぎぎい……?」
「ン? アギってエのかア? 変わってンなア」
「おい馬鹿やめろ、だから茶化すなって。どう考えてもあんなの、ただの鳴き声だろうが――」
「アギい! なまえ、アギ! アギい!」
「――ンでもあちらサンはア、それで満足みたいだぜエ?」
自らを指差して。
アギ、アギいとはしゃぐ魔人は、心から喜んでいるように見えた。
「……はあ、ならいいよ。キミたちがいいならもうそれで」
常識人を自負するヒビキとしては。
自由人の相手など、一人で手一杯なのだ。
とても二人同時に、相手などしていられない。
対応が投げやりになってしまっても、致し方ないだろう。
「……ンでエ、互いに名乗りも無事に済んだところでエ、そろそろ殺ろうかア? わりイけどこちとらア、時間を押してンだわア」
チラリと、アブラヒムが向けた視線の先では。
こうしてヒビキたちが時間を稼いでいる間も、順調に地上への転移は進んでいたようであり。
そちらを襲っていた魔獣の殲滅も、佳境を迎えているようであった。
「ホオーウ、アタタタタアっ!」
独特な呼吸法で体内魔力を練り上げ、驚異的な体捌きを見せる緑鬼と。
「いい加減にイ、くたばるさねえッ!」
全身に闘氣を纏った女蛮鬼の振るう、金砕棒が。
『ギイイイッ!?』
あちらの司令塔であったらしい、特殊個体の擬蟻人を、討伐したことで。
『キイキイッ!?』『ギギッ!?』『グルルオオッ!?』
魔獣たちの指揮が乱れて、バラバラと、霧散していく。
そうして統率を失った魔獣たちを、狩人たちが狩り尽くすのは、時間の問題であり。
あちらに向かわなかった魔獣は全て、せめて主人である魔人だけは死守せんと、こちらを伺うように包囲している状況だ。
(……でもこれだけ群がっといて、攻撃してくる気配はないから、やっぱアイツがそういう指示を出してんだろうなあ)
自分たちを囲う、無数の魔獣たちの視線を浴びながら。
奇妙な静寂の中で。
ヒビキもまた、覚悟を決めた。
「……うし、やるか!」
「やろう! やろう! 殺ろうよお、ひびきいっ!」
「……まじであいつ、学習能力高過ぎない? あとヒムが教育に悪影響過ぎる」
「ヒャハハハ、そういうおまえサンは、立派な教育パパになりそうだよなア。意外と教師とか、向いてンじゃねエのかよオ?」
「意外とって、なんだよ失敬な。俺ほどの平和主義者、なかなかいないぞ?」
「あ? なんだそりゃ、笑えねエ冗談だなア。嘘つくにしてもヘタクソすぎっぞオ?」
「うそーっ! うそーっ!」
「……」
急に真顔になったアブラヒムどころか。
無垢なる瞳の、魔人にすら否定されて。
(……たぶん……ぜんぶきっと、この凶悪な豚面が悪いんだ……っ!)
拳を握りしめる、豚鬼は。
心の中で、一雫の涙を溢したのだった。
【作者の呟き】
ママ「え? 私の出番がないまま、このまま終わりそうな感じですか!?」
作者「ママは前章でいっぱい出番あったんだから、我慢してくださいね」




