第二章 【43】 救出②
〈ヒビキ視点〉
順調にその土地の魔力を吸い上げることで、魔界樹規格にまで成長した魔生樹が、周囲の地形を変化させることで、生み出されるという魔樹迷宮。
一口に魔樹迷宮と呼ばれていても。
その在り方は、多種多様であり。
神殿型、水中型、迷路型などと、様々な迷宮仕様が存在しているため、それらを攻略するにはときとして専用の準備が必要となることもあるのだが、幸いなことに、今回の大森林に発生した魔樹迷宮は、そうした負担が比較的少ないとされる洞窟型であった。
地下空洞に芽吹いた、魔生樹を起点として。
地上に繋がる通路を無数に形成することで。
蟻の巣状となった、洞窟型の魔樹迷宮。
通路を形成している剥き出しの土壁には、魔力を吸収して光を放出する魔石や、光苔などが、一定の間隔で散布しているため、薄暗いながらも視界を確保することができている。
さらに生息する魔獣にも、呼吸や水分補充は欠かせないため。
土壁からはみ出た根によって、地下通路の空気は循環され。
根の先端から水が滴って、水場を形成することで。
地上生物でも問題なく活動できる環境が、魔樹迷宮には整えられていた。
そうした、地下で産み落とされた魔獣が。
地上に這い出るための、直径が二メートルほどもある洞穴において……
「……ブわっくション!」
男の豪快なくしゃみが、響き渡る。
「おいおい、きったねエなア……」
「馬鹿野郎、口を慎め」
無礼な態度を隠そうとしない。
自分の隣を歩く、半血鬼を軽く嗜めつつ。
「大丈夫ですか、バオさん?」
集団の先頭から振り返って、気遣いの言葉をかけたのは。
鋼鉢巻に軽装鎧という、大和国様式の戦装束に身を包んだ、強面の豚鬼であり。
「……うう。失礼したネ。きっとボスがまた、ワタシの悪口、言ってるヨ」
訛りのある、大陸の公共語で。
気恥ずかしそうに答えたのは。
袖無しの紅を基調した胴着に、荒ぶる獣が刺繍された、獣覇国様式の戦衣装を身に纏う恰幅の良い緑鬼の冒険者、バオであった。
「そんなことありませんって。きっと心配しているんですよ」
「ブーハオ。きっとボスたち、ワタシだけ美しい女性たちと同伴してル、妬んでるネ。モテない男の嫉妬、醜いヨ」
「ハハッ、ちげエねエや。あのオッサン、見るからにオンナの扱い、下手そうだモンなア」
「ハオ。だから奥さん、逃げられるヨ。いくら男の後輩にモテてモ、意味ないネ」
獣覇国独自の言葉を交えながら。
そのような軽口を語る、個性的な口髭を生やした緑鬼の背後には、後に続く大勢の女蛮鬼たちがいて。
「男はやっぱり、女性をエスコートできて一人前ネ。その点ヒビキは、ウチのボンクラどもより見所あるヨ」
「はあ。恐縮です……」
こうして自分たちのような、三十名程度の集団が。
現在の魔樹迷宮には、何組も手分けして侵入しており。
今回の作戦立案者であるヒビキは、そうした『救援部隊』のひとつを、任せられていた。
(でもあとで、この作戦に協力してくれている皆さんには、ちゃんとお礼しとかないとな)
今から数時間前に。
アブラヒムからの資金提供を受けたヒビキが。
滞在する森里の女蛮鬼たちの協力を取り付けて。
すぐさまに行ったのは、他の森里への連絡と、情報共有であった。
なにせ東西南北における四大部族においては、緊急時のための連絡用魔道具などは設置しているとはいえ。
各々の独立気風が強いこの森の住人たちは、こうした異常時においても必要以上に馴れ合うことを良しとせず、各々の判断で自分たちの森里を守るための防衛戦線を敷き、冒険者たちを雇い入れていると聞いていた。
だが、それでは駄目だ。
今回の救出作戦を実行するのであれば、そうして分散した戦力を、一度に束ねる必要がある。
そのためにまず、女族長の承認を得たうえで。
他の森里へと繋がる通信魔道具を用いることで。
現在のこの大森林が置かれている状況を。
正確に周知させる必要があったのだった。
『――今回の魔獣襲撃は、森の活性期なんかじゃありません! おそらくは異常発生した魔界樹による養分の確保、つまり収穫狩りです! だから現時点でも、半魔人なんかを生み出しているのに、もし今回の襲撃をこのまま見過ごしてしまえば、養分を吸収して成長した魔樹迷宮から、さらに大量の危険な魔族どもが溢れて出てきますよ!』
案の定、女蛮鬼の森里を襲撃した半魔人……擬蟻人の存在は、他の森里でも確認されており。
皮肉にもそれが、ヒビキの証言を裏付ける一因となっていた。
半魔人という揺るがぬ根拠を持ち出してしまえば、長年に渡って魔生樹の生態と向き合ってきた森の住人から、魔樹迷宮を形成する魔生樹の存在を、疑う声は上がらない。
そのうえで。
『――やるなら、今です! 今夜ならまだ、攫われた人たちが養分にされる前に、助け出すことができます! 俺たちの手で、奪われた仲間たちを取り戻しましょう! そのためにはあなたがたが雇っている冒険者たちに追加依頼を出す必要がありますが、費用はこちらで負担しますし、今回の作戦で得られる魔獣素材によって、今回皆さんが損失した財産の補填を、ある程度はできるはずです!』
ヒビキは、じつに優等生らしく。
打算的に人情へと訴えながら。
具体的な方法を示しつつ。
将来的な報酬を提示した。
さらに。
『――つーかよオ、普段は偉ぶっている戦士サマとやらがア、そもそも魔獣ごときにイモ引いてンなってハナシだよなア。危険な地下への迷宮攻略は、俺サマたちで請け負ってやるから、腰抜けどもはただ地上でガヤってくれてりゃいいだけだア。流石にそンくらいならア、ビビリな戦士どもでもできるわなア?』
感情的には、非常に苛つく。
しかし何故か人を惹きつけるアブラヒムの『説得』によって。
今宵の大森林に住まう四大部族は、例外的に、手を取り合い。
地上においては陽動作戦を行いうことで。
地下の魔獣たちを引き摺り出す狼人、虎人、森雄鬼を主体とした戦士たちと。
彼らとは別行動をとり、戦力が薄くなった頃合いを見計らって魔樹迷宮に突入して、人質の奪還と、魔界樹の討伐を目論む女蛮族たちという、二方面作戦を展開する運びとなったのだった。
「……よし、じゃあそろそろもう一度、通路を塞いでおくネ」
そうした全体の流れを踏まえた上で。
自分たちの動きを察した地上の魔獣たちが、地下へ出戻ってくることを防ぐために。
定期的に、洞穴を塞ぐ指示を下すのは。
何度もこうした迷宮攻略に参加してきた、熟練の冒険者たちであり。
「当然だけど崩落に巻き込まれないよう、注意が必要ヨ? わかってるネ?」
「ハイハイ! ああもうホント、こき使ってくれますねえ!」
彼らの指示を実行するために。
各救援部隊には、冒険者から選別された魔術士が配属されていた。
ヒビキたちに割り振られた人員は、見覚えのある、片眼鏡をかけた賢鬼である。
「ですが本来、僕の高尚な魔法は、こんな土木作業に使うものではないんですけどお!? バオ氏こそそのへん、わかってらっしゃいますう!?」
確かに腕は良いものの……
なんだかんだと、すぐに不満を垂れるモリイシュタルを。
「えっ!? モリイくん、こんなこともできないの? ざ〜こ♡ ざ〜こ♡」
「でもざっこざっこな子が頑張ってる姿とか、ちょっとキュンとしちゃうんだけどっ♡」
「え? ふへへ? そ、そうですかあ……?」
この場にはいない彼の冒険者仲間たちから、使用上の指導を受けた女蛮鬼たちが、上手く宥めすかしながら。
「うんうん、だからがんばってえ♡」
「モリイくんの、ちょっといいとこ、みってみったい〜♡」
「うおおおおお任せあれえええええっ!」
「……ワンワン! ワンッ!」
「そっちですか、ポチマルさん!」
さらには本来、安静にしておくべき身体を、引きずってでも。
主人の匂いを追跡する、銀狼に導かれて。
(……絶対に、助けてみせる!)
想いをともにした救出部隊が。
魔樹迷宮の奥へ、奥へと、潜っていく……。
【作者の呟き】
賢鬼「え!? 僕だけみんなとは別行動!? そんなの絶対に嫌ですよ!」
兎人「黙れビビリ眼鏡。救出部隊には魔術士が必要なんだから、仕方がないピョン!」
牛鬼「……それに多分、俺たちみたいに地上で陽動組に参加するより、地下の救出組に参加する方が、モテるぞ?」
賢鬼「じゃあ仕方ないですねえ! いっちょやってやりますか!」
以上、救出作戦前の、とある冒険者たちの会話でした。




