第二章 【42】 救出①
〈ラック視点〉
空に昇った月が、すでに中天を超えて下り始め。
日付すら超えて、世界が闇の底に沈みきった頃合いに。
普段であれば大半の生物が寝静まり、一部の夜行性動物だけが、月明かりすら届かない暗がりのなかを徘徊している時間帯であるのだが……
「ウオオオオオンッ! 月に遠吠えを捧げよ、同胞たちよ! 今宵は狩りの夜だ! 血に宿りし獣を解放せよ!」
「ゴアアアアアッ! 狼人どもに遅れをとるなよ、貴様ら! 真の狩人は我ら虎人だと、魔獣どもに教えてやるいい機会だ!」
「アーアアーッ! アーアアーッ! 森を守護せし精霊達よ、戦いに挑む勇者にご加護を! 我らの戦いをご照覧あれっ!」
今宵のエステート大森林の中心部は現在。
狂乱とも呼べる騒乱の、真っ只中にあった。
大森林を浸す、深夜の闇夜を払拭するように。
木々の合間から漏れる、照明魔道具や松明によって照らし出されるのは。
数えきれないほどの冒険者や。
それを上回る、この森の住人達であり。
『ギイギイッ!』『キイッ!』『キチキチギチ……っ!』
『グルルオオオオオ――ンッ!』『フシャアアアアッ!』
人間たちのもたらす膨大な熱量に刺激されて。
地下の魔樹迷宮から巣穴を通じて続々と這い出してくるのは、興奮しきった蟲型や、怒りに駆られた獣型魔獣の大群であった。
「くたばれボケカスどもッ! 害虫駆除だコラあ!」
日付が変わったために。
すでに先日となった、昼間以上の勢いで。
魔獣が溢れかえる戦場で、すでに二時間近くも地下から沸き続ける魔獣たちに、愛用の戦槌を叩き込みながら。
「おいおいテメエら、大森林の戦士の実力ってのは、そんなもんかよ!? ゴミ処理が全然おいつていねえぞ!? いっそ戦士じゃなくて、ゴミ拾いにでも転職したらどうだあッ!?」
覇気は微塵も衰えさせずに。
紅蓮模様に刈り込んだ側頭部に、汗粒を滲ませながら。
周囲の人影に声を荒げるのは、赤鬼の冒険者、ラックであった。
「ふははッ、言ってくれるではないか、冒険者風情が!」
それに威勢よく答えたのは。
戦場をともにする、狼の耳と尻尾を生やした精悍なる狼人の狩人であり。
「よろしい、なれば競争だ!」
「我らの牙とお前たちの刃、どちらがより多くの獲物を狩れるのか、勝負といこうではないか!」
「うぬう、抜け駆けは許さぬぞ!」
「狩人対決において我ら虎人をさておくなど、以ての外! ワシらも交ぜろ!」
獣人の種族魔法である〈細胞変異〉によって。
身体の一部を肥大化、あるいは獣化させた。
虎人の巨漢たちであり。
「であれば私たちも、是非参加させていただきたい!」
「昼間の戦いで森に魂を還した、同胞たちの弔いだ! 盛大に送ってやろうじゃないか! アーアアーッ!」
独特の雄叫びで、精霊への祈りを捧げる。
浅黒い肌に戦士としての刺青を刻んだ、森雄鬼の戦士たちであった。
現在、夜の戦場をともにする彼らは皆。
この戦いが始まる前に合流した、大森林の住人たちであり。
広大なエステート大森林の東西南北において、それぞれがその地域の少数民族を束ねる代表人種とされている狼人、虎人、女蛮鬼、森雄鬼のうち、女蛮鬼を除いた三部族の精鋭たちが、冒険者とともにこの場で魔獣狩りを行っている主要な顔ぶれとなっていた。
「……ハッ、精々その威勢が、口先だけじゃねえことを祈ってるぜ!」
「そちらこそ石壁に囲まれて育ってきた軟弱者が、早々に根あげてくれるなよ!」
「貴様らがこの森にどれだけ抗えるのか、とくと拝見させてもらおうか!」
「貴殿らに、精霊のご加護をっ!」
こうした冒険者と森の戦士たちによる合併戦力が、今回の魔獣騒動の発生地と推定される魔樹迷宮の地上で戦闘を開始してから、まもなく二時間を迎えようとしている。
ただでさえ、精神と体力を削る。
夜間の戦闘であることに加えて。
前日の大半を、彼らも各々の森里において、押し寄せてくる魔獣の群れを相手取り撃退していたのだ。
蓄積された疲労が生半可ではないことに、疑いの余地はない。
それでも……
この場にいる森の戦士たちや、彼らとともに魔獣を討伐していく冒険者たちに、戦意の翳りは見受けられなかった。
延々と、地下から吐き出される魔獣たちを。
目につく端から叩き潰し、斬り刻み、打ち砕いて、絞め殺していく。
とくに熟練冒険者であるラックをして、見事と感心させるのが、普段からこの大森林を狩猟場としている狩人たちであり。
己の爪や牙を用いて、速やかに獲物を狩る狼人も。
強化した身体能力で、敵を豪快に叩き潰す虎人も。
魔獣素材を用いた槍や矢で、魔獣を屠る森雄人も。
各々の長所を、しっかりと理解したうえで。
長年の渡り研鑽されてきたその戦いぶりは、戦闘を生業にする者として、胸踊るものがある。
(……さっすが、各部族の精鋭ってことか。どいつもこいつも、Bランク以上の腕前はもってやがる! これならイケるぜ!)
荒っぽい見た目と、粗野な言動とは裏腹に。
常に冷静に戦況を俯瞰している、赤鬼の冒険者は。
今のところは自分たちの想定通りに、状況が進行している手応えを感じていた。
「あははっ、たっのしいね〜、リーダーっ♪」
そんな赤鬼の隣に、ひらりと。
気まぐれな夜風のように、舞い降りたのは。
魔道具である外套を不自然な気流で靡かせる、青鬼の青年であった。
両耳に幾つも連なった、大量の耳環に加えて。
常に細められている糸目と。
陽気な口調が相まって。
一見して、浮ついた印象を漂わせる青年であるが……
両手に握られた短剣は、魔獣の青い血に塗れており。
青い血痕が散った頬には、隠す気のない、好戦の笑みが刻まれていた。
「これだけ魔獣がいれば、周りなんて気にせずに、獲物を殺りたい放題より取り見取り! バっくんも、こっちに参加できればよかったのにね!」
「あんまはしゃぎすぎんなよ、キール? それにああいう狭い場所での活動は、オレ様もお前もそんな得意じゃねえだろうが……よッ!」
戦闘の片手間に。
冒険者仲間である青鬼……キールと、会話をしつつ。
本来なら立ち回りが制限される、森の中でも。
ラックは巧みな武器捌きと、驚異的な空間把握能力をもってして。
器用に戦槌を振り回すことで。
間断なく襲いかかってくる魔獣たちを殴り飛ばし、叩き砕き、押し潰していく。
「けどまあ、魔獣狩放題のボーナスステージだったことには、同意するぜ! あのエセ紳士野郎があとで悔しがるほど、狩って狩って、狩りまくるぞ!」
「あはは! それ賛成! それにリーダーは娘さんのために、いっぱいお金、稼がないとだもんね!」
「だあああああっ! うっせえええええっ! 今は! 元ヨメのことは! いいんだよ! いいからキール、テメエは口よりも手を動かしやがれッ!」
「はいはい、仰せのままに〜っ♪」
軽々しい口調で、返事して。
軽薄な笑みを浮かべたまま。
両耳に幾つもの耳環を連ねた冒険者が、糸目をさらに細めながら、両手の短剣を振るうと。
ビュウウウッ……、と。
冷たい殺意を帯びた突風が、戦場を駆け抜けて。
『ギャウッ!?』『ギッ……!』『グギャッ!?』
戦槌の乱舞を掻い潜って距離を詰めようとしていた小型の魔獣たちが、バラバラと、その場に崩れ落ちた。
「リーダーってば大雑把なんだから、やっぱり僕たちがいないとダメだよねっ♪」
「うっせえ! オレ様はビッグな男だから、そういうチマチマしたのは性に合わねえんだよ!」
「うんうん、だから何度も同じことを指摘されて、最後には元奥さんに愛想尽かされちゃったんでしょ? わかるわかるっ♪」
「だああああもうっ! うっぜえ! 戦場にまで小言を持ち込むんじゃねえよボケカスがああああああッ!」
叫びながら。
一心不乱に。
我武者羅に。
まるで何かを、振り切るようにして……
戦槌を用いた広範囲攻撃と、高火力によって。
大量の魔獣を、積極的に赤鬼が相手取り。
俊敏な足運びと、精密な魔法操作によって。
彼が撃ち漏らした小さく素早い獲物を、青鬼が、的確に狩りとっていく。
「でもリーダーって、妙なところで几帳面だよね。後輩には絶対に金を出させないし、記念日なんかも忘れないし。そういう普段はだらしないのに、自分ルールだけはきっちりしているところが逆にムカつくって、元奥さんが言ってたよ?」
「だからなんで!? アイツはお前にそんなこと、ペラペラ話すかなあ!?」
「それはギルド受付嬢に手を出した、リーダーが悪いかな?」
「……ぐう!」
「それにボクとバッくんは、今でも娘さんを交えて定期的にご飯食べに行ってるし」
「は!? おいそれ初耳なんだが!? 聞いてねえぞ!?」
「だって絶対面倒ごとになるって、バッくんに口止めされたから。ごめーんねっ、リーダーっ♪」
「クソがああああああッッッ! あの裏切り者めえええええッッッ!」
などと、新たな身内での不和が発覚しつつも。
(バオ……テメエには、聞きてえことができた! だからしくじったら許さねえ、絶対に生きて帰ってこいよ!)
この場にいない、もう一人の冒険者仲間に、心の中で語りかけて。
冒険者たちは今夜もまた、受諾した依頼の達成に向けて、仲間たちと尽力するのであった。
【作者の呟き】
ちなみに赤鬼は、元嫁に引き取られた娘と顔を合わせるのに許可がいるため、基本的に娘さんの情報に飢えています。




