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第二章 【40】 主人公

〈ヒビキ視点〉


「……オイオイ、どオーしたよオ、親友ウ。ひっでえツラしやがってエ、男前が台無しじゃねエかア?」


「……ヒム」


 己の無力と、無能と、非力さに。


 憤死してしまいそうなほどの慚愧を抱いていた、ヒビキであるが。


 そんな豚鬼の背中にかけられた声は、あまりに気安く。


 いっそこの状況を、楽しんでいるようですらあった。


「笑えよオ、相棒オ。オマエさんにそんなツラ、似合わねえぜエ? この程度の修羅場でヘコみやがって、それでも俺サマの親友マブかア?」


「し、仕方ねえだろ! もう八方塞がりなんだよ! この状況じゃあ、俺ひとりがどれだけ足掻いたって――」


「――ひとりじゃねエ! まだ俺サマが、いるだろうがアッ!」


 ドスンッと、肩に背負っていた背嚢を手落として。


 強引に、胸ぐらを掴むことで。

 

 俯いていたヒビキの顔を。


 アブラヒムが真正面から睨みつける。


「なんでテメエは、この俺サマを頼りやがらねエ!? この素敵で無敵で最高に最強なア、アブラヒム・ヴァン・ヘルシング様をよオ!?」


「お、お前に……頼る? なんで……」


「はアッ!? オマエさん、マジで言ってやがるウ!?」


 真顔で返答した、豚鬼に。


 少しばかり、傷ついた表情を浮かべつつも。


「ンなモン、ダチだからに決まってンだろうがア! 当たり前のこと言わせンなア、ボケカスがアッ!」


 構わず語気を荒げた半血鬼に。

 

「……ッ!」


 予想外の回答を叩きつけられたヒビキは。


 言葉の意味が理解できなくて。


 しばし呆然としてしまう。


(そういやコイツは……活性期を否定した(あのとき)も、意味わかんない理由で俺の言葉を、信じてくれたんだよな……)


 仮に自分が、逆の立場なら。


 そんなことは絶対にしないと、断言できるが。


 それをさも当然のように行ってしまえるのが、目の前の少年だということを、ヒビキは改めて思い知らされた。


「それとも何かア!? オマエさんから見て俺サマは、そんなに頼りねエのかよ……ッてエ、違うなあア。そうじゃねエ、そうじゃねエよなア、ヒビキイよオ……オマエさんはただ、『ビビって』ンだよなア。そんなに誰かを信じて、頼って、裏切られるのか怖いのかよオ? えエッ!?」


 そして……そんな自分とは。


 全く異なる世界で生きているアブラヒムの、放つ言葉は。


 かつて母親の愛を頑なに信じようとしなかった、臆病な自分の一面であり。


 たとえ周囲に、どれだけ恵まれて。


 過分な評価をされようとも。


 いまだ己の手で何ひとつ手に入れたという確信を、根拠を持たない豚鬼が、心の中に隠していた弱さを指摘するものであった。


「たしかにオマエさんはア、頭の回転が早エよオ。よく気も効くしイ、礼節ってえモンをちゃんと弁えてるウ。会話の内容も理に適っていてエ、基本的にイ周りを困らすようなことは言わないしイ、いつも周囲の顔色を窺ってるウ、大人ってヤツが大好きなお利口さんだア」


 嫌われないように。


 疎まれないように。


 飽きて、捨てらて。


 しまわないように。


 誰かに何かを頼むときは、ちゃんと相手を納得させられるだけの材料を用意して。


 誰かの言葉を信じるときは、相応の根拠と、必要な対価を支払うことを前提として。


 ヒビキが構築してきた対人関係とは、そうした等価交換を基盤とした、自分と相手が共に利益を得られるような、建設的で打算的な相互共益だ。


 だからこそ……こうして、あまりにも。


 自分が求めるものと。


 相手が求めるものが。


 吊り合っていない場合には。


 簡単に交渉が決裂して、無様を晒す羽目になってしまう。


 だが、それは仕方がない。

 

 ただ単にそれは、己の力が足りていなかっただけなのだから……


「……けどなア相棒オ。人間サマを、あんま馬鹿にすンじゃねエぞオ?」


「……は?」


 そうしたヒビキの、至極真っ当な『常識』を。


 アブラヒムの『非常識』が、真っ向から否定してくる。

 

「いや、別に俺は他人のことを、馬鹿にしてなんか――」


「――いやもう、その言葉が、人様を馬鹿にしてっだろオ? いいか相棒オ、人間サマってのはア、俺サマたち程度がお行儀良く屁理屈こねくりまわしたところで理解しきれるようなア、高尚なモンじゃねえ。もっと簡単で、複雑で、単純で、難解な、『大馬鹿野郎』どもなのさア! だからこういう土壇場で正論並べたところでエ、相手の心は動かせねエ! 馬鹿どもの心を動かすにゃあ、馬鹿正直にイ、自分自身をぶち撒けるしかねエだろうがよおオ!」


「……いや、それは」


「あアン?」


 ……ヒム、お前だからできることだよ。


 などとは。


 流石に口には出さず、呑み込んだものの。


(本当に……コイツは、自分が世界の主役だって、信じきってんだなあ) 


 あまりに、世界を知らない子どもだから。


 あるいは世界に選ばれた、特別な存在だから。


 だからそんな言葉を、迷うことなく口にできる。


 そんな阿呆みたいな、自分にとって都合のいい夢物語を。


 そんなにも堂々と。


 確信を持って、断言できるのだ。


(でも俺は……お前とは、違うんだよ)


 おそらくはそうして、己の摂理(ルール)に基づいて、成功体験を積み上げてきた、アブラヒムとは正反対に。


 ヒビキの人生は失敗と、挫折と、後悔の連続だ。


 きっとこれかも、一生。


 この世界で自分が一番、自分のことを、信じられないだろう。


 それは変わらないし、今更変えられない。


 変えようとも思わないし、変わってしまったらそれはもはや、自分ではないとさえ思ってしまう。


 それこそ魂に刻まれた悪癖だ。


 でも――それでも。


 だからこそ。


(たしかにこんなド底辺の無能野郎が、お行儀よく、失敗をビビって手段を選んでいる場合じゃねえよなあ……っ!)


 失敗したから、反省する。


 挫折してきたから、立ち直れることを知っている。


 また後悔するかもしれないけど、それが経験となるのなら、何もしないよりは遥かにマシだ。


 無様に、傷ついて。


 諦めずに、学んで。


 懲りずに、何度でも挑戦することこそが。


 世界に選ばれなかった者たちが、世界に立ち向かうための、たったひとつの方法なのだから。


「……なあ、ヒム」


「あアン? ンだよオ?」


 だから、ヒビキは。


 己を信じろという少年の言葉を、信じてみることにした。


 情けないけど、非力な自分では、世界を変えることなんてできやしないから。


 怖いけど、誰かを信じて、裏切られることは、いまだに恐ろしいけれど。

 

 それでも、自分ひとりでは絶対に辿りつけない、未来を目指して。


 つい先ほどまでは欠片も想像していなかった世界へ、一歩踏み込むことを、選んだのだ。


 挑戦することを諦めない。


 それが今のヒビキにできる、唯一の、可能性だと信じて。


「俺はなあ、ぶっちゃけお前が思っているような、大したやつじゃないと思うだけど――」


「――だからそれを決めるのはオマエさんじゃねエ、俺サマだッ!」


「……なあ、お前はもうちょっと、人の話を聞こうな? だから友達いないんだぞ? わかってるか?」


「う、うるせエぞヒビキイ! だ、だだだ、ダチくらい、ちゃんといらア!」


「そうだな……俺が、いるもんな」


「……ッ!?」


「だからすまねえ、アブラヒム・ヴァン・ヘルシング。かなりの無茶振りだが、俺にお前の力を貸してくれ。頼むっ!」


 そう言って。


 迷いを振り切って。


 瞳に力を取り戻して。


 頭を下げようとする、豚鬼に対して。


「ハッ、最初から素直にイ、そう言ってりゃ良かったんだよオ!」


 ガシリと、その両肩を掴んで。


 頭を下げるよりも早くに、肯定の言葉を口にする半血鬼が。

 

「仕方ねエなア、オマエさんの唯一無二にして天上天下唯我独尊最強最高の親友……いやもはや、義侠兄弟キョーダイである俺サマがア、トクベツに力を貸してやっぜエ!」


 彼の中でさらに、親密度を爆増させてしまったことに。


 今更ながらにヒビキは「……早まったかな?」などと。


 新たな後悔(経験)を、重ねるのであった。


       ⚫︎


「……ぐずっ、ふ、フン! あ、相変わらず威勢だけは、一丁前なクソガキどもだなあ! だけどそんな御涙頂戴の三文芝居で動かせるほど、大人オレたちは安くねえぞ!?」


 そうした、ヒビキとアブラヒムとの遣り取りを。


 口先では貶しつつも。


 最後まで口を挟まず見届けていた冒険者の赤鬼ブルオーガ、ラックは、潤んだ目元を擦りながら。


 それでも、一流の冒険者として。


 遵守すべき理念を、口にした。


「冒険者を雇うなら、依頼内容に見合うだけの報酬が必要だ! それは譲れねえ!」


 誰が聞いても、ケチのつけようがない。


 冒険者としては当然の、主張を前にして……


「……ハッ。だったら『報酬』さえありゃあ、テメエらはそのクソみてえなヘッピリ腰にイ、火が点くンだなア?」


 アブラヒムがとった行動は。


 どうやら宿屋まで取りに戻っていたらしい、わざわざこの場に持参した背嚢を、乱暴に蹴り倒すことであり……


 ズザアアア、と。


 そこから大量に溢れ出たのは。


 薄暗闇の中でも、眩いほどに松明の炎を反射させる。


 金銀宝石や、魔晶石といった。


 見るからに高額な、宝石の山であった。


【作者の呟き】


 もし彼らが、ニホンへと異世界転移した場合。


 アブラヒムは業績バリバリで実績もあるベンチャーの起業者。


 ヒビキはそんな彼にいつも無茶振りをされてデスマーチしている、縁の下の力持ちになりそうですね。


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