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第二章 【39】 絶望

 本日は三話、更新します。


〈ヒビキ視点〉


 そうして、戦場の異変を嗅ぎつけることで。


 急造の増援部隊となった、豚鬼たちが。


 森里を襲っていた魔獣たちを発見して、ひとまずは目についた魔獣と、それを率いていたと思われる蟲型の異形……どうやら半魔人デモニアの一種である擬蟻人ギリアンというものらしい……を討伐した後は。


 引き続き、急いで。


 被害状況の確認を行った。


 幸いにしてヒビキたちが駆けつけた現場における死者はなく、重症は複数名いたものの、それらは擬蟻人による麻痺毒を受けた者たちであり、適切な対処を行えば命に別状はないという診断であった。


 それよりも、問題なのは……


「……お姉さま! ヒビキ様、お姉さまを見かけていないでありますか!?」


 ヒビキたちが確認して回った、避難所のひとつで。


 安全なはずの森里内で響いた戦闘音に怯える非戦闘員のなかから、飛び出してきた。


 目元を潤ませて主人の安否を訴える、森鬼ドルイドであり。


「……グルッ……グルルルルウ……ワンワンッ! ワンッ!」


「こら、落ち着きなよポチマル!」


「アンタ重傷なんだから、動くんじゃないって!」


 次いでヒビキが訪れた、負傷者を治療するための場所で。


 唸り声をあげる、胴体を真っ赤に染めた、銀狼の姿であり。


「……ご、ごめんなさい、ヒビキくんっ!」


「う、うちらのせいで、アイツが、オビイが……っ!」


「ポチマルだって、アタイらを庇って、あんな怪我を……っ!」


「うううううう、うわああああああんっ!」


 最後にヒビキたちが駆けつけた防壁結界の穴とは、別の場所を守っていたという


 毎朝の鍛錬で見慣れた、女蛮鬼の少女たちの泣き顔であって。


(……っ! オビイ、さんっ……!)


 何よりも、その場にいない。


 ヒビキにとってもはや家族同然とも言える。


 赤髪の少女の、行方であった。


(なんで……そんな、嘘だろっ!?)


 じきに夕日が、大森林の地平線に沈んで。


 世界に、夜が訪れる。


      ⚫︎


「……ならぬ」


「どうしてですか、レイアさん!? 今ならまだ、間に合います! 間に合うかもしれないんですよ!?」


 すっかりと、森の地平に陽が沈んで。


 照明として熾火が灯された、森里の広場である。


 夜を迎えてからは予想通り、魔獣の襲撃頻度が低下したため。


 最低限の警戒を残して、一度防衛を引き上げた女蛮鬼と冒険者たちであるが。


 その代表格たちが集まって。


 本日の被害報告と、明日以降の防衛計画を話し合うための、会議の場であった。


 そこに悲痛な、豚鬼の声が響き渡る。


「アイツらはわざわざ、麻痺毒を使って、仕留めた人間たちを連れ去っていったんです! でしたら目的は間違いなく、それを母樹の養分にすること! だったらそれまでの間に、攫われたみんなを救い出すための、時間的猶予があるはずなんです! お願いします、レイアさん! 攫われたみんなを……オビイを、助けに行きましょうよ!」


「……」


「レイアさんっ!?」


「……落ち着いて、ビッキー」


「レイア様も、意地悪で反対しているわけじゃない」


「でも、そうしないといけない立場なの」


「ビッキーだってホントは、わかってるよね?」


「……っ!」


 険しい顔で口を噤む、女族長に代わって。


 彼女の左右に控える双子従者に諭されれば、ヒビキとて、それ以上の糾弾など口にはできはしない。


 わかっている。


 ヒビキとて自分が無茶を言っている自覚はあるのだ。


 なにせ。


「……もう、夜さね。日の落ちた森の中で活動するリスク、そうしたなかで魔獣たちを相手をするリスク、さらには通常の討伐ではなく、対象の救援を目的とすることによるリスク。もっと言っちまえば、今回の襲撃には半魔人デモニアが絡んでいるっていうじゃないか。となるとその母樹は魔界樹クラスで、もしかした魔人デモルドまで控えているかもしれないってえのに、救出にはその魔樹迷宮(アジト)にまで突っ込むリスクまでもがありやがる。それらを天秤にかけて行動を移せるほどの根拠が、悪いけど、頭の悪いアタイにはさっぱり見当たらないさね。ボウズにはそれがあるとでも?」


 その場に居合わせる大戦士の一人。


 ハミュットの語る、言葉通りに。


 ヒビキの申し出を承認するには。


 あまりにも、越えなければならない敷居が高すぎる。


 少なくともこの場の誰もが、それを否定できないでいた。

 

「……ッ! それでも、俺は……ッ!!!」


「……ああ、気持ちはわかる。でも現実ってのは、無情なもんさね。ここで判断を間違えると、被害は大きくなる一方だ。アンタだって族長様に、そんなマネを、させたいわけじゃないだろう?」


「ですが! じゃあハミュットさんは、諦めるっていうんですか!? アイツらに里を荒らされて、このまま黙ってるとでも!?」


「んなわけあるかい!」


 ビリビリと、夜の空気を震わせて。


 大戦士の一喝が、森里に轟いた。


「勘違いすんなよ、ボウヤ。今はただ、条件が悪過ぎるってハナシさね。このまま感情に任せて突っ込んだところで、どれだけの被害が出るかわかったもんじゃありゃしない。それよかこの場は血を流して、痛みを堪えて、心を殺してでも、機を伺って戦力を整えてから、確実にアイツらを、叩き潰す! それが女蛮鬼アタイらの、弔い(狩り)ってもんさね!」


 鼻息荒く語るハミュットの拳は、硬く握り込まれ、血が滴っていた。


 それに気付いてしまった豚鬼は、もう、彼女を責める言葉を口にできない。


 これ以上の八つ当たりは、あまりにも無意味だった。


 だったら。


「……」


「……ダメだよ、ビッキー。一人でも行こうだなんて、絶対にダメ」


「そんなことをしてもオビイは喜ばないし、それに母君のことは、どうするの?」


 思考停止で縋りついてしまいたくなる選択さえも。


 あくまで冷静な意見を、双子従者から述べられてしまえば。


 なまじ『優等生』であるヒビキには、それを無視することはできなかった。


(だったら……一体、どうしろって言うんだよ……っ!? オビイはもう、見知らぬ他人なんかじゃねえ! 感覚的にも、師匠の娘さんとしても、もう大事な俺の身内なんだ! それを見捨てるだなんて、師匠やマリーに、一体どんなツラ晒せっていうんだよ……ッ!?)


 大恩人である大男の実娘を見殺しにして。


 果たして自分は、あの人の弟子を名乗れるのか。


 聖女の如き気高さを有する母親の子と生まれておいて。


 果たして自分は、そんな彼女の息子であると、胸を張れるのか。


 答えは否。


 断じて否である。


 ここで彼女を見殺しにしてしまえば、もう二度と。


 彼や彼女に顔向できないという、確信があった。


(でも……一体、どうやって……どう考えても、俺だけじゃ、無理筋だ……ッ!)


 魔獣たちに攫われた人々を救出しようとするならば。


 どう考えても、それを実行するには人手がいる。


 それは。


「……っ!」


「……いちおう、確認しておくがよお」


 思わず視線を向けてしまった、ヒビキの内心を見越したのか。


 この場における冒険者側の、代表格がひとり。


 側頭部に紅蓮柄(ファイアパターン)を刻んだ赤鬼(ブルオーガン)が、豚鬼の視線を無視して、女族長に語りかける。


「レイアさんよお。今回のアンタからの依頼(クエスト)は、あくまでこの森里の専守防衛までだ。その先の積極的な魔獣討伐や、人質救出なんて話になりゃあ、当然それだけ報酬額が跳ね上がる。オレ様たちをここに喚びつけただけでもかなりの散財だったった聞いてるけど、そんな余力が、今のアンタらにあるわきゃねえよなあ?」


「……うむ。口惜しいことに、のう」


「だったらクソガキ、テメエにそれを払えんのか? 冒険者《オレ様》たちは、自分テメエの命を依頼クエストに賭けてんだ。相応のものが用意できねえんじゃあそもそもおハナシにならねってことぐれえは、その茹ったアタマでも理解できるよなあ? ああん?」


「……うす」


「ハッ、ならいい。とにかく金だ。金を持ってこい。冒険者《オレ様》たちを動かしたきゃ、そこが最低限のスタートラインだ」


 ギルドからも認められた高位階梯の冒険者、ラックの言うことは、何一つとて間違っていない。


 彼らは報酬の対価として、己の人生を賭けているのだ。


 それを蔑ろにすることは、彼らの侮辱でしかない。


(でも……強引にでも人手を動かそうとするなら、集団としての存続が優先される女蛮鬼アマゾネスたちじゃなくて、報酬によって動かすことができるかもしれない冒険者《彼ら》のほうが、先なんだ。この人たちを動かせないと、本当に話が、ここで終わっちまう!)


 何かないか。


 彼らを直接的に動かせる報酬でも。


 間接的に動かせる情報でも。


 なんでもいい。


 今の自分の手元に、何があるのか。


 改めて、隈なく、己の手札を見渡してみた豚鬼は……


(……何も、ない……っ!)


 その、手のひらが。


 あまりにもうつろなことに気づいて。


 愕然としてしまう。


(俺には……何も、ない……っ! ただいつも、与えられてきたばかりで、まだこの手になにも、俺は掴んじゃいねえ……っ!)


 果たして、それが。


 悪と評されることなのかどうかは、わからない。


 しかしヒビキ自身はそんな無力な自分を、許すことができなかった。


(クソッ……クソクソクソッ、クソッタレ……ッ! なんで、俺は、いつもこうなんだ!? どうしてこんなにも、弱い!? 愚かなんだ!? いつだって足りないものに、手遅れになってから気づきやがるッ!)


 周囲からの温情に、浸りきって。


 少しばかり周囲より秀でた、己の力量に自惚れて。


 薄っぺらい皮算用の未来を、思い描きながら。


 全力を尽くすことを、怠っていた。


 あのときと同じだ。


 母親を見殺しにしかけたあのときと同じで、後になってからあのときああしていればよかった、こうしておけばよかったなどと、醜悪にさえ感じてしまう後悔が、際限なく湧き上がってくる。


 本当に学習しない、愚かな豚だ。


 自分自身を縊り殺してやりたいほどに、己の無力を嘆く豚鬼が。


 それでもなお、諦めきれずに。


 ただただ全身を、斬鬼の念に震わせていると……


「……オイオイ、どオーしたよオ、親友ウ。ひっでえツラしやがってエ、男前が台無しじゃねエかア?」


 悲痛なる場の空気を、一切合切無視して。


 あまりにも気負いなく、投げかけられた。


 満月を背景とする、半血鬼ダンピールの声があった。


【作者の呟き】


 聖女の如き気高さを有するママ「……え゛っ!?」

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