第二章 【38】 救援②
〈ヒビキ視点〉
(……クソッ! 大当たりじゃねえか、コンチクショウ!)
正直なところ。
ヒビキとしてはむしろ、外れていて欲しかった予想だったのだが。
残念なことに、どの世界においても悪い予感ほど、よく当たるものであるらしく。
当初予定されていた持ち場を離れたヒビキたちが向かった先で目の当たりにしたのは、防衛戦線の一部を突破されることで、魔獣の襲撃を受けていた、女蛮鬼の森里であり。
「このまま突っ込むぞ、ヒム!」
「応よオ、相棒オ! テメエらもビビるんじゃねえぞオおおおおおッ!」
「「「 うおおおおおおッ! 」」」
この戦いですっかり傍らが定位置と化している、アブラヒムとともに。
援軍として預けられた、冒険者や女蛮鬼たちを率いて。
森里の外周を囲う障壁結界の、一部。
結界の綻びに群がって、被害を広げようとしている魔獣と、それに抗う女蛮鬼たちとの戦いに。
前線から森を駆け続けていた一団が。
勢いを殺さずに、吶喊していく。
「あ、あれは……増援!?」
森の奥から駆け寄ってくる、集団の姿に。
森里を防衛していた女蛮鬼たちも、気付いたようだ。
「でもなんで、前から!? え!? 後ろからじゃないの!?」
「っていうかあれ、ヒビキくんじゃない!?」
「アブラヒム様までいるんだけど!」
先触れのない、前方からの増援に。
少しばかり動揺の気配が滲んだものの。
良くも悪くも最近の森里では顔を知られている豚鬼と半血鬼のことを発見した女蛮鬼たちは、すぐにそれを、受け入れてくれたようであり。
「邪魔ッ、すんなアあああああッ!」
「失せやがれッ、クソ雑魚どもがアあああああッ!」
意気軒昂なる鬼人たちの介入によって。
その場に群がっていた魔獣たちは、瞬く間に殲滅された。
「さんきゅっ、ヒビキくん! 抱いて!」
「もう滅茶苦茶にしてえっ!」
「そ、それよりも、被害は!? 中は無事なんですか!?」
「ごめん、たぶんなかには何匹か、入られちゃってる!」
「ウチらがここに来たときにはもう、結界が破られちゃってたから……」
こちらに熱い視線を注いでくる女蛮鬼たちに。
後ろ髪を引かれるものの。
「……だったら皆さんは、このまま警戒をお願いします! まだこれからも魔獣がやってきても、おかしくないんで!」
「えっ!? それってどういう状況!?」
「まさか大戦士様たちが、やられちゃったの!?」
端的に、事実だけを伝えれば。
彼女たちの間に動揺が広がってしまった。
「いやそういうわけじゃないんですけど、今は詳しく説明している時間が惜しいっていうか――」
「――だったら僕たちに、その役目は、任せてください!」
「ヒビキくんたちは、とにかく中の確認を急いで!」
そうした彼女たちの、相手を申し出てくれたのは。
前線から同行してきた、増援部隊の面々である。
「どうせこの場には何人か残らないとまずいでしょうし、お二人はとにかく、結界のなかに進入した魔獣の駆除を!」
「おウおウ、気が利くじゃねエかア、モブどもオ! 行くぜエ相棒オ、俺サマたちの戦場はここじゃねエ! あっちからもっと美味そうな血の匂いがプンプンしてらア!」
「……ッ! 皆さん、お言葉に甘えさせていただきます! この場は任せました!」
「おう、行ってこいヒーローどもめ!」
「あとでウチらのベッドにも突撃してきてよね〜っ!」
そうして、冒険者や女蛮鬼たちに見送られて。
道中の荒らされた痕跡や、戦場の気配を頼りに。
ヒビキたちが人気の失せた森里を疾駆していると。
すぐに……
(……見えたっ!)
視界に入ったのは。
見覚えのある、地面に倒れ伏した冒険者たちと。
それらを嘲笑うかのように見下ろす、異形の人型どもであり。
「……ぶッぎイいいいいいいいッ!!!!!」
それらを認識した瞬間に。
ヒビキは威圧効果のある〈咆哮〉を放ちながら。
全身の魔能配分をライヅ流の『風式』に切り替えて、颶風と化していた。
『……ギッ!?』
そうした、豚鬼の突撃に。
無表情ながらも、動揺の気配を滲ませた異形の人型は。
すぐに外骨格に覆われた両腕を交差させて、繰り出されたヒビキの掌底を受け止めるものの……
ベゴオオオオンッ、と。
凄まじい陥没音が轟いて。
黒光する外骨格を陥没させた異形が。
後方に、吹き飛んでいった。
「……ハッ、虫ケラがア! 判断ミスってンなア!」
一拍遅れて、アブラヒムが。
もう一体の異形へと肉薄して。
左右の手にする片手剣で乱舞させることで、いとも容易く、防御に使用した人型の外骨格を斬り刻んでいく。
『ギッ……ギイイイイッ!』
堪らず、といった様子で。
その場から後退した異形の両腕は、血に塗れており。
人族とは異なる青い体液を流すそれに、混じった紅は。
異形のものではなく。
半血鬼が左右の片手剣に纏わせた、己の血液であった。
「どおだア、虫ケラどもオ? 俺サマの血は美味エだろうがア? 遠慮すんなア、出血大サービスだア、たっぷり味わいやがれエえええええッ!」
半血鬼であるアブラヒムの習得している種族魔法……操血魔法とは。
その名の通り、己の血液を様々な形で使用する魔法であると、ヒビキは認識している。
例えば体内の血圧を操作することで、短時間の爆発的な運動能力の増加を可能としたり。
例えば己の血液を、魔道具である片手剣に流し込むことで、魔力線を繋ぎ、自由自在に飛翔させたり。
例えば刃の表面に纏わせた血液を、高速で振動させることで、凄まじく鋭利な切れ味を付与したり。
例えば……
「虫ケラがア、余程その硬ってエ殻に自信があったンだろうがア、相手が悪かったなア!」
『ギッ……ギイッ!?』
「いくらガワを固めてもオ、内から責められちゃあ世話ねエよなアっ!」
……ギッ、ギギッ、ギシッ、と。
唐突に油の切れた、歯車めいた歪な動きを見せる、異形の人型のように。
血を纏わせた刃で対象を斬り刻む際に。
体内に血液という『触媒』を強引に送り込むことで。
体表よりも魔力抵抗の弱い体内から魔力や血液の流れを乱すことで、擬似的な呪詛魔法としてみたりと、その応用力は非常に高い。
『……ギイッ!』
「おっとオ、やっぱり虫ケラだなア、毒針を隠し持っていやがったかア……だけど残念、俺サマには効かねエよオ」
そのうえ、血液を自在に操れるということは。
回復力や免疫機能が、非常に高いということであり。
さらにアブラヒムはそうして消費した血液を、魔力によって置換や補充までできるらしいので。
「くたばりやがれエ!」
ザンッ、と。
禍々しい形状の蠍尾によって、体内に打ち込まれたのであろう毒を、ものともせずに。
半血鬼の繰り出す左右の双刃が、異形の人型を、見事な三分割にした。
(……相変わらず、ぶっ飛んだ規格外性能しやがって!)
そうしたアブラヒムの活躍を。
視界の端に捉えつつ。
彼の凄まじい魔法技能を目の当たりにするたびに、わりと脳筋一直線な豚鬼としては、思うところがないわけではないが。
それでも。
(他人を羨んだって仕方がねえし、器用貧乏になるよりは、最初から一本に絞ったほうが迷いがなくていいよなあああああッ!)
かつては、あまりにあっさりと。
弟子のそうした才能に見切りをつけた師に、不満を抱かなかったわけではないが。
ある程度の実践経験を積んだ今となっては、そうした見切りが如何に適切であったのかを、ヒビキは身をもって実感している。
所詮自分は、力押ししかできない暴れ豚だ。
ならば華麗な技能や、高等な駆け引きなど、諦めて。
ただひたすらに、単純に。
距離を詰めて、拳を叩き込むのみ。
「ぶっぎイいいいいいいッ!!!」
そうして、気炎を撒き散らしながら。
『ギイッ……ギッ! ギギイッ!?』
どれだけ距離を置こうとも。
どれだけ攻撃を叩き込んでも。
鍛え抜かれた肉体と、練り上げられた精錬魔力によって成される闘氣によって、あらゆる攻撃や魔法を無効化しながら、距離を詰め。
無尽蔵じみた体力と。
洗練された体術をもって。
延々と防御貫通能力の高い魔技を、高い精度で打ち込み続ける、豚鬼の姿を見つめながら。
「……ヒャハッ、やっぱり相棒オみたいな相手がア、闘るなら一等にヤりずれエよなア……」
先ほどは羨んでいた相手が。
今は自分を、羨望の眼差しを見つめていることに。
目の前の相手に全集中している豚鬼が、気づくことはない。
『ギッ……ギギッ……』
「ブッギいイイイイイイッ!」
ついには、防御に用いた外骨格を、ベコベコに凹ませて。
両腕を圧し折られることで、晒された胴体に。
背中を預けた〈圧壊衝波〉を叩き込むことで。
『……ギシャアアアアアッ!』
歪な人形と化した異形は。
身体中の傷口と、穴という穴から、体液を逆噴出させて。
絶叫をあげて、絶命したのだった。
【作者の呟き】
いわゆる幕ノ⚪︎一歩スタイル、大好きです。




