第二章 【33】 活性期③
〈ヒビキ視点〉
そのようにして。
一定の間隔を空けて雪崩れ込んでくる大量の魔獣たちを、相手どりながら。
日の出とともに幕を切った、活性期による魔獣暴走への対応に追われて、すでに半日以上が経過している。
「……はア、はア……あ、相棒オ、生きてっかア……?」
「……いや死んでるから……話し、かけんな……体力の無駄だ……」
「……オーケイ、まだまだイケそうだなア……ったく、タフな野郎だぜエ……」
「……お前こそ、青白いモヤシの割には、粘るじゃねえか……ちょっとだけ、見直したぜ……」
などと、大地に寝転がって。
空を仰いで、空元気を吐き出す程度には。
身体中を魔獣の粘液塗れにした豚鬼と半血鬼は、疲労困憊であり。
その他の女蛮鬼や冒険者たちも、似たような有様であったのだが。
少なくとも、この戦線においては。
未だ戦意に翳りは見受けられない。
なにせ。
(もうちょい粘れば、日没だ……そこまでいけば、一息つけるはず……っ!)
このエステート大森林に占める魔獣は獣型が大半を占めており、そこに今回は蟲型も多く混じっているようだが、そのいずれもが日中に活動する魔獣であるため、夜間になれば襲撃の頻度が減るだろうというのが、ヒビキを含めた冒険者たちの見立てである。
それを証明するかのように。
正午あたりを最高潮として。
それ以降の魔獣の襲撃周期は、徐々に減少傾向にあり。
現在こうして隙を晒していられるのも、そうした間隔を体感として察せられるようになったが故の、小休憩であった。
一方で。
(でもなんか……違和感が、あるんだよなあ……襲撃の緩急が、規則的過ぎるっていうか……)
この世界に転生して、十年と経たないヒビキであるが。
それでも前世よりも余程濃密に、戦場での時間を過ごしてきている。
そうした戦士としての勘が、告げていた。
何かがおかしい、と。
命をかけた戦闘とは、闘争とは、生存競争とは、どう足掻いたって一筋縄ではいかないものだ。
たとえ、どれだけ念入りに準備をして。
綿密に周到な計画を立てて。
十分な戦力を用意したところで。
ここ一番という場面では必ずといっていいほど、悪戯好きな神様に仕組まれたかのような『揺らぎ』が存在することを、ヒビキは身をもって知っていた。
もちろん、そうやって悲観的になり過ぎるのは良くないが。
それでも、楽観視して致命的なミスを犯すよりは、遥かにマシだ。
貴重な空白時間を用いて。
ヒビキは思考を、深掘りしていく。
(そもそも今回の活性期自体が、イレギュラーなんだから、どんな異常事態が起きたって不思議はないんだろうけど……)
それにしても、気になるのが。
嫌でも目についてしまう、大量の蟲型魔獣たちの存在であり。
(やけに多い蟲……蟲……蟲型の、魔獣ねえ……)
戦場を埋め尽くすように散らばる、蟲型魔獣の死骸を眺めながら。
想起されるのは、それらに対する知識をヒビキに授けた、大男の言葉であった。
(そういや師匠も、蟲型魔獣については色々と話してくれたよなあ……)
じんわりとした懐かしさとともに。
師匠の教えが、弟子の中で、記憶と共に広がっていく。
『――良いかヒビキよ。如何なる魔獣であれ、それを侮ることは下策であるが、特に蟲型を相手取るときは用心を怠るな』
『――蟲の恐ろしさとは、個を捨てた群れの力にある。たとえ一匹一匹は力及ばずとも、それが積み重なり、群れとなれば、大岩を決壊させる穴を穿つことも、大木を腐らせることも、巨獣を屠ることすら、そう珍しいことではない』
『――ゆえに大群の蟲型を相手取るのであれば、目の前の戦いのみならず、大局を見よ』
『――雑兵と侮り、目の前の小手柄にぬか喜びをしておいて本殿を襲われた挙句、目も当てられぬ失態を招いた例など、某の祖国には数えきれぬほどあるぞ』
そうした、師の教えを。
現場に当て嵌めてみて。
(もし仮に……魔獣どもに、そういった大局的な視点があるとして……じゃあその目的って、いったいなんだ?)
決まっている。
魔獣の目的など、母樹に供物を捧げること以外にあり得ない。
ときには『狂魔』に代表される異常個体のような、通例に当てはまらない例外も存在することもあるが、今はそうした不確定要素を除外するとして。
(そうした種としての目的を……個としての犠牲を無視して……全体の効率のみで考えたときに……最適なのは、餌の質を判断して、選別していくことになんのかな?)
たとえば、一定の間隔で。
一定の圧力を、一定の時間、加え続けるとして。
その場で生じた被害の大きさを……そう、たとえば。
撒き散らされた仲間たちの分泌液などで、判断できるとして。
そうした『餌場』における狩りの難易度を、測ることができたのなら。
人族の冒険者たちが、個々の力量や条件によって、獲物を選別しているように。
魔獣もまた、それと同じ行為をしていたとしても、不思議はないのではないか。
(……いやいや、流石にそれは、考えすぎか。だいたい魔樹迷宮に巣食うような連中ならいざ知らず、狂魔化した魔獣どもに、そんな知性があるわけが――)
と、そこで。
「――ッ!」
ヒビキの脳裏を、悪寒が貫く。
「……おいヒム! お前、今日の戦いで狂魔っぽい魔獣を、目にした記憶があるか!?」
「ンあア? そういえば……あんだけぶった斬っといてエ、それっぽいヤツを見かけた覚えはねエなア……?」
そもそも、狂魔とは。
今回の活性期のような、異常な魔力共有によって産み出される、魔獣の異常個体であり。
行動や見た目が、あきらかに通常種のそれとは異なるために。
たとえ現場に不慣れな冒険者であったとしても、それを見間違うようなことはほとんどない。
つまりは非常に目立つ、存在なのだ。
(その姿を、これだけの規模の戦いで、ほとんど見かけない!? そんなこと有り得るのか!?)
偶然かも、しれない。
歪な確率の偏りが、たまたま我が身に起きた程度のことかもしれない。
それでも……妙に、気になる。
一度気づいてしまった、違和感を。
無視することができない。
「……」
そうして黙り込んでしまう、豚鬼を前にして。
「まあこんだけの広い戦場だア、別にたまたま、そういうこともあっだろオけどよオ……気になることでも、あンのかア?」
「ああ。確証はない……けど、気になる!」
「そっかア……」
呟いて。
大地に寝転がり、空を仰いでいたアブラヒムは。
「……よっとオ!」
足を振り上げ、振り下ろす反動で身を起こして。
「そンじゃまッ、確かめてみっかア!」
さも当然のように。
ミシミシと、強張った背筋を伸ばしながら。
そんな言葉を口にするのであった。
「……いや、俺から振っておいてアレだけどよ、ヒム。お前、休憩はいいのかよ?」
「ンなモン、いちいち気にすンなア。俺サマとオマエさんの、仲じゃねエかア?」
「いやだからそれ、いったいどういう基準の何認定なんだよ……」
などと、苦笑を浮かべるものの。
時間に余裕がない現状で、聞き込みを手伝ってもらえるのは、素直にありがたい。
「サンキュー、ヒム」
「おウよオ」
そうして一度、アブラヒムと二手に分かれながら。
ざわつく悪寒に、急かされるようにして。
周囲の女蛮鬼や冒険者たちにも、聞き込みを行なったところ……
「……いやあ」
「そう言われれば……」
「たしかにこれだけ長い時間、魔獣暴走の相手をしている割には、全然狂魔を見かけていないなあ……」
ほとんどの者が。
やはりそのような狂魔と化した魔獣を、目にした覚えがないのだという。
「んでえ、テメエはいったい、何が言いてえんだあ? まさかオレ様たちの貴重な休憩時間を邪魔しといて、フィールドワークの課題ですなんて、抜かすわきゃあねえよなあ?」
そして最後に、声をかけた。
休憩を邪魔されて不機嫌を隠そうともしない、赤鬼の言葉に。
「……もしかして、これ、魔獣暴走じゃないのかもしれません」
「ああん?」
「いや、確証なんて何もないんですけど……でも、魔獣暴走にしては狂魔の姿が少なく過ぎますし、襲撃も規則的過ぎます。だったらこれって、活性期による魔獣暴走なんかじゃなくて……」
躊躇いつつも。
ヒビキが口にしたのは。
「……ただ単に、でっかい魔生樹……それこそ魔界樹なんかが引き起こした、魔獣たちの『収穫狩り《ハーヴェスタ》』なんじゃないですか?」
自分でも信じたくはない。
根拠の乏しい、しかし恐ろしい推測であった。
【作者の呟き】
シリアスさん「……チッ。これだから、勘のいいブタは嫌いだよ!」




