第二章 【32】 活性期②
〈ヒビキ視点〉
「……ンのお、ボケカスどもがああああッ! 大人しく娘の養育費になりやがれエえええええッ!」
「あははっ! またリーダーってば、元奥さんに慰謝料の額を吊り上げられたの!? かっわいそ〜っ!」
「すぐバレるのニ、女遊びをやめないカラ、自業自得ネ!」
あまり共感できない八つ当たりを。
堂々と叫びながら。
それでも木々が群生する森の中で、器用に戦槌を扱いながら、波濤のように殺到する魔獣たちを叩き潰していくのは赤鬼の冒険者であり、それを補佐する冒険者仲間らしい青鬼と緑鬼が、笑いながらも着実に魔獣たちを仕留めていく。
(……さっすが、レイアさんがわざわざ大金を叩いて喚び寄せた高位階梯《Aランク》だな。連携に隙がねえや)
ヒビキを含めて、今現在。
女蛮鬼の森里を守るようにして敷かれた、防衛戦線の先端に配置される、冒険者たちとは。
たまたま繚乱祭を目当てとして森里を訪れていた者もいるが、そのなかには女族長が私財を叩いて交易都市から喚び寄せた、高位階梯の冒険者たちが混じっており。
聞くところによると。
こうした緊急事態を想定して。
主要都市や、ある程度の人口密集地には。
そうした定点を相互に、あるいは一方通行で繋がれた、転移用の施設や設備が用意されているとのこと。
とはいえ如何なる魔道具や触媒を用いたところで、そうした転移には相当量の魔力を消費するために、気軽に使用ことはできず、また一度に転送できる人数や物量も限られてしまう。
今回は特に、不測の事態であったがゆえに。
森里側の貯蔵魔力が十分ではなく。
さらに急募をかけたところで、如何に交易都市側としても、腕利を集めることは難しかったのために、こうして緊急依頼を受けて駆けつけた冒険者たちは、三十人に満たなかった。
それでも。
「ッしゃあ、どんどん来いや! 稼ぎどきだあ! 〈無頼悪鬼〉様の恐ろしさを、叩き込んでやるぜ虫ケラどもッ!」
「あはは、リーダー燃えてるねえっ! ボクも負けないぞ〜っ!」
「これだけ大量の魔獣がいれバ、報酬も戦闘も美食もより取り見取りネっ!」
予期せぬ活性期という渦中にも、怯まずに。
駆けつけてくれた高位階梯冒険者たちの獅子奮戦とした戦いぶりは、目を見張るものがあって。
そうした高位階梯冒険者一行のひとつ。
鬼人だけで結成された、〈無頼悪鬼〉なる冒険者たちの活躍を、視界の端で捉えながら。
「オイコラ、ヒビキイ! 余所見すンなア! 次の団体サンのお出ましだぜエッ!」
「……ッ、わあってるよ! 行くぞ、ヒムッ!」
「いいいいイヤッホーッッッ!!!」
すでに全身を魔獣の体液塗れになった豚鬼が。
似たような有様の半血鬼を伴って。
新たに森の奥から押し寄せてきた、魔獣の波濤へと吶喊していった。
『キギギギギッ!』『ギチギチギチッ!』『キシャアアアア……ッ!』
基本的に、魔生樹とは。
あらゆる魔獣を産み出す可能性を秘めた母体であるが。
元となる栄養素が。
芽吹いた土地の魔力である以上は。
産み出される魔獣がそうした魔力の影響を受けて、特定の種類に偏る傾向があることは、周知の事実であり。
(ああクソ、また蟲型の群れかよ! めんどくせえなッ!)
このエステート大森林の魔獣分布においては。
普段であれば。
獣型が、大半を占めているらしいのだが……
今回の活性期においては、何故か蟲型の比率が、従来のそれを上回っているように感じられる。
現に今もこうして殺到してくるのは蟻型、蜘蛛型、蟷螂型といった、代表的な蟲型魔獣の大群であった。
『ギッ!』『ギッ!』『ギイッ!』
大地を墨汁で染めるように。
子犬ほどもある装甲蟻の群れが、高硬度と再生能力を活かした突撃を行ってくる。
子どもの拳程度であればすっぽり飲み込んでしまいそうな顎には、強酸の他に、麻痺毒や腐食毒も備わっているため、一体一体であればさほど脅威ではなくとも、対処が遅れればあっという間に群がられて、集団の餌食となってしまう。
『キチキチギチギチッ!』
それら流動する黒の絨毯に紛れて。
獲物の隙を窺うのは、装甲蟻より頭ひとつぶんは大きい粘糸蜘蛛だ。
四対の単眼の下、キチキチと噛み合わせ音を鳴らせる口腔から撒き散らされる粘液は、含有魔力によって、外気に触れるや否や瞬く間に硬化して獲物を貫く槍にも、拘束する網にも変化するために。
単独で相手取るのも面倒だが。
他の魔獣と混合することで、より一層に、存在の凶悪さを増している。
『シュッ、シュッ、キシャアアアアアッ!』
そうした蟲型魔獣の群れにおいては。
頭数こそ少ないものの。
それぞれが一メートル以上はある体格と、独特の形状。
なによりも数万の個眼によってできた複眼から撒き散らす、圧倒的な殺意で目を引くのは、両手に刃を備えた殺戮蟷螂であり。
鎌のように変形した二本の前脚を除く、四本脚で。
カサカサと、大地を滑るように移動しながら。
刻んだ獲物の体液で、刃先を濡らしていた。
それら魔獣の雲霞を前にして。
「――ぶぎイいいいいいッ!」
勇猛に突っ込んだのは。
野太い雄叫びをあげる、豚鬼であり。
当然の如く殺到してきた装甲蟻に、ヒビキは迅速かつ確実に、〈衝波〉を込めた掌底を叩き込んでいく。
『ギッ!?』『グギッ!?』『ギイイイッ!』
如何に、鋼鉄並の強度を有するとされる。
蟲型魔獣の外骨格とはいえ。
衝撃を『表面』ではなく『内部』に貫通させる魔技に対して、存分にその機能を発揮することができない。
また内部に浸透した魔力が魔獣の核である魔晶石を砕いてしまえば、脅威的な再生能力を発揮する暇も存在しない。
本来ならそうした魔晶石の破壊とは、魔獣を獲物と考えた際には効率的でも、資源と考えた際には悪手なのだが……今回は状況が状況のため、前者の考えが適応されており、友軍からそれを咎める声は挙がらなかった。
いるとすれば。
『キチキチギチギイイイイっ! ――ビュボッ!』
それは同じ樹から産まれたのであろう、彼らの同胞であり。
無慈悲に斥候を圧壊破裂させていく豚鬼に。
四方に散った粘糸蜘蛛たちが。
それぞれの口から、粘液を吐き出して、対象の手足を絡めとった。
(……クソッ! 流石にこんだけ数が多いと、避け切れやしねえ!)
本体からの魔力供給によって。
即座に鋼の強度を得た束糸に、絡め取られて。
暴れ回っていた豚鬼の動きが一瞬、停止するものの……
(……だったら餌の時間だ! 喰らいやがれ、飢餓樹鎧ッ!)
己を身に纏う主人との、魂の共鳴によって。
目を覚ました魔道具が。
『ウボオオオオオッ……!』
胴体に人面じみた、樹洞穴を開くことで。
周囲の魔力を、貪欲に簒奪していく。
『ギッ……ギギイッ!?』
奇妙な唸り声とともに。
魔力を奪われたことによって。
たちどころに鋼鉄糸は、もとの粘着糸へと成り果てた。
「フンがっ!」
逆にそれらを、引っ張っることで。
手足と繋がっていた粘糸蜘蛛を、釣り糸にかかった魚の如く、自分のもとに引き寄せた豚鬼が。
そのずんぐりとした体格に見合わぬ、高速の掌底連打を以てして、逃げ場のない空中に舞った蜘蛛型魔獣たちを、次々と爆散させていく。
『……キシイイイッ!』
そうした同胞たちの死すらも、目眩しとして。
生まれながらの暗殺者とも評される殺戮蟷螂が、無音のまま大地を滑り、豚鬼の死角から距離を詰めてきて……
「……させっかよオおおおおおっ!」
振りかぶられていた、両前脚の鎌が。
間に割り込んできた二本の片手剣によって、それぞれ弾き飛ばされる。
「クソ蟲がア、テメエの血をぶち撒けやがれエッ!」
キキギギキギイイインッと。
刃のと刃の奏でる硬質な合唱が、鳴り響くが。
残念ながら殺戮蟷螂と対峙する半血鬼の刃は、二本だけとは限らない。
『……ギッ!?』
先の奇襲の意趣返しとばかりに。
今度は自分の背後から飛翔してきた二本の魔剣を、複眼による広範囲視野で補足した蟷螂型魔獣は、脳とは別の腹神経索による脅威的な反応速度で迎撃するものの。
「ハッ!」
あくまで本能的な反射でしかない隙を。
研鑽された魔技を以てして。
獲物を狙う狩人が、見逃すはずもなく。
眼前に晒された胴体を、二本の片手剣が切り刻んで、対象の命を迅速に刈り取った。
「虫ケラがア、たった二本ぽっちの刃でエ、俺サマのタマあ獲れるモンかよオッ!」
「……ヒム、それフラグな」
「……あ゛ン?」
そうした人族における公共語を用いた会話が。
魔獣たちに、理解できた訳ではないだろうが。
『『『 ……キチキチキシャアアアアッ!!! 』』』
自分たちを侮る敵意だけは、十分に嗅ぎ取ったのだろう。
あきらかに、こちらに焦点を定めながら。
殺到してくる殺人蟷螂を前にして。
「オラ行け、アレはお前の分担だろうが!」
「痛ッて、だからってケツを蹴ンなよ、相棒オ。ツンデレかア?」
「ツンじゃないしデレてもないしそもそも相棒じゃない。いいからさっさと片付けてこい、戦闘狂」
「アイアイ、今日の俺サマは大盤振る舞いだア、お月サマが出てなくても踊り狂ってやんよオッ!」
豚鬼に発破をかけられた半血鬼が、好戦の笑みを浮かべて。
荒れ狂う刃の嵐の中へと、身を投じていく。
(んでもって、テメエらの相手はこっちだ)
そうした仲間を。
少しでも上手く、立ち回らせることを意識して。
(たいして美味くもねえ豚肉だろうが、まあ存分に、味わってくれや!)
障害となる魔獣たちに。
荒ぶる豚鬼が、襲いかかるのであった。
【作者の呟き】
ちなみにこうした蟲型魔獣は、正確には魔『獣』ではなく魔『蟲』に分類されるのですが、広義では魔族に分類され、大雑把な冒険者たちによって魔獣と一括りで呼ばれているため、その呼び方が一般的にも浸透している感じです。




