第二章 【31】 活性期①
本日は三話、投稿します。
〈ヒビキ視点〉
「ハッハー。流石俺サマ、持ってンよなア! 武闘会の前に活性期まで味わえるたア、わざわざこんなド田舎にまで足を伸ばしてきた甲斐があるってもんだぜエ! なあヒビキイ、オマエさんもそう思うよだろオ!?」
「黙れよ戦闘狂。空気を読め。今前線で浮かれてんのなんて、お前くらいなもんだぞ?」
「あアン? ンなこたアねえだろオ? 戦いを楽しめねエ鬼なンて、鬼じゃねエ。どうせ生きるか死ぬかの二択なら、最期まで楽しもうって考えてンのは、べつに不思議でもなんでもねエだろうがよオ?」
「なんなの、そのポジティブ過ぎる死生観。馬鹿なの? 修羅なの? 死狂いなの? 生憎と俺は自分の命が惜しい上に、守らなきゃいけないものがあるんで、そう簡単にはくたばれねえのよ。火遊びしてえんなら、他のやつを誘ってくれや」
「馬ア〜鹿ア、そういうのは、ツレと踊るから最ッ高に愉しめるンじゃねエかア。だいたいオマエさんがどれだけ真面目ぶったって、オマエの根っこは『こっち』側だア。いったいいつまでお行儀良く、そのブ厚いツラの皮ア被っていられるか見ものだなアッ♪」
「なんだよその嫌な信頼。関係ねえよ。どこまでいっても、俺は俺だ。それは変わらねえって」
「ヒャッヒャッヒャッ。イイねエイイねエ、この土壇場でも変わらないその図太さ。曲がらなさ。揺るがなさ……オイオイ、やめろやア、ますます気に入っちまうじゃねエかア♪ 活性期の前に、オマエさんを味見しちまいたくなっちまうだろうがよオっ♪」
「何言ってもテンション上がるとか、無敵かお前?」
「ダメだよ金髪のボウヤ。味見なら、まずはアタイがボウヤの童貞を味わうのが筋ってもんさね」
「ハミュットさんもいきなり絡んできて、何言ってんですか……あとケツ、勝手に揉まないでもらえます?」
そのように。
ヒビキたちが、軽口を交えているのは。
彼らが拠点としている女蛮鬼の森里から数キロほども距離をおいた、エステート大森林の只中であり。
かつて、浮遊大陸から脱出したときのように。
額に鉢金、手足に部分鎧、胴体に飢餓樹鎧を装備した、完全武装のヒビキの他にも。
その場には、初めて出会ったとき身につけていた漆黒の西洋鎧と、四本の片手剣を装備した、アブラヒムを始めとして。
普段は見かけない毛皮や皮鎧を身に纏う、胸元に雄牛の刺青を刻んだ大柄な偉丈婦……ハミュットや。
彼女を含めた、森里の誇る女蛮鬼の大戦士たちと。
彼女たちによって選抜された、戦士階級の上澄みたち。
さらには歴戦の風格を漂わせる、冒険者たちの姿もあって。
明らかに平時のそれではない、剣呑とした空気を帯びている。
そこに。
「……で、ハミュットさん。わざわざ何の用ですか?」
「ん、あれ。ボウヤに客人だよ」
日を追うごとに、魔獣の気配を増していき。
とうとう臨界を迎えつつある、森の方角から近づいてくるのは。
巨大な銀狼を従えた、燃えるような赤髪を宿す女蛮鬼の少女であった。
「ヒュー、戦いの前に逢引きかア? モテる男は辛いねエっ♪」
「うぜえぞヒム! ……すいませんハミュットさん、ちょっといいですか?」
「ああ。お互い半日後にはどうなってるのかわかりゃしないんだ。話せるときに、話しておくべきことはしっかり話しておくことさね」
この場を仕切っている女蛮鬼の代表格である大戦士に、一応の断りを入れて。
完全な躁状態に入っているアブラヒムも、振り解いて。
ヒビキは慣れ親しんだ少女の元へと、足を運ぶ。
「……オビイさん、状況は?」
「族長様の読み通りだな」
そうした豚鬼を、当然のように迎えて。
足を止めたオビイは、凛然とした顔つきに、険しい色を浮かべていた。
「じきにこの前線に、暴走した魔獣たちが突っ込んでくる。偵察部隊はここまでだ」
この瀬戸際まで、魔獣が溢れかえる大森林に散らばって。
刻一刻と変化する現場の情報収集や、狩れる魔獣を狩ることで、少しでもこの後の脅威に備えていた、女蛮鬼の戦士たちであるが。
どうやらそれも、限界を迎えてしまったらしい。
大森林が活性期を迎えてしまった今、彼女らに割り振られた役割とは、このあとは後備えとして森里の周囲に控え、そこに群がる魔獣たちから森里内部に避難した非戦士階級の人間たちを、守護することであり。
この場に居残る、ヒビキやアブラヒム。
ハミュットのような大戦士や、彼女たちが率いる戦士階級の精鋭たち。
あるいは女族長によって雇われた冒険者たちの、役割とは。
そうした専守防衛の最前線において、殺到する魔獣たちを迎撃して、少しでも後方の負担を軽減することであった。
当然ながら。
そのような危険な役割を担う以上、それを任せられる者たちは、限られていて。
今後のことを考えるなら、自ら名乗り出る以外の選択肢がなかったヒビキは、それに選ばれて。
才能があるとはいえ、普段から一匹狼の気風であるオビイは、連携が重要視されるこの任務には選ばれず。
開戦の直前までは、こうした偵察部隊に。
開戦の後は、前線を抜けた魔獣を森里周辺で相手取る、迎撃部隊に配属されていた。
よって、異なる場所で戦いに挑む両名の会話が。
普段にはない緊迫感を帯びるのは、自然なことであり。
「……死ぬなよ、ヒビキ」
凛然とした表情を、いつも以上に研ぎ澄まして。
褐色肌の女蛮鬼が告げと。
「当然です。マリーとも約束しましたからね、必ず生きて帰りますよ。でないと心配性なあの人は、あの世まで追いかけてきちまいそうだ」
やや声音に硬さが混じるものの。
それでもおどけてみせた豚鬼に、少女の強張りが、ほんの少しだけ和らいだ。
「ああ、それは間違いないな。だったらやはりお前に、死ぬことは許されない。見事に役目を果たして、無事に帰ってこい。皆がそれを望んでいる」
「オビイさんの方こそ、あまり無茶し過ぎないでくださいよ? 聞きましたからね? けっきょく後備えでも一番危険そうな場所に、わざわざ志願して配置されたのでしょう? シュレイさんが珍しく俺に、不満を垂れてきましたよ?」
「……そうか、心配をかけてしまったな。あとでしっかりと、埋め合わせをしなければ」
「ええ、是非ともそうしてあげてください」
「ワンワンっ!」
「勿論、ポチマルさんもお気をつけて。オビイさんのこと、頼みましたよ?」
「ルルルルルッ……ガウッ!」
任せろ、とばかりに吠える銀狼に、目を細めて。
(なんだかまるで、戦争映画かなにかの登場人物になっちまったような気分だな)
数多くの、魔獣狩りの経験はあっても。
こうした大規模な魔獣掃討戦の参加は、初めてとなるヒビキとしては。
頭では現状を理解しているつもりでも。
感覚が未だ、それに追いついていない。
どうにも足元が浮ついて、覚束ない。
ともすれば頭上から俯瞰した自分が、画面の中の物語を、鑑賞しているような気分にすら陥ってしまう。
だけど。
(これは今の俺にとっての、まぎれもない現実で……きっとこんな光景が、この森のあちこちで、繰り広げられているんだろうなあ……)
何かを守るために。
何かを得るために。
何かを示すために。
脅威に立ち向かうことを選んだ者たちの戦場が、今の大森林には無数にあって。
そのうちのひとつに、身を置いた豚鬼は。
されどそうした一種の浮ついた空気に呑まれないように、努めて、心を鎮めていく。
(高揚するのはいい、だが興奮はするな。心は滾らせて、頭は冷静にって、師匠に散々と叩き込まれたからなあ)
ここにはいない、師の教えを思い返して。
不肖の弟子が、これからの戦いに想いを馳せていると。
「……ふふっ」
珍しく……というか。
おそらくは、初めて。
豚鬼が耳にする、少女の笑い声があった。
「……オビイさん?」
「いやすまない、何故だか不意に、今のお前の表情と、父上のそれが重なってしまってな。それがつい、可笑しくて……」
普段は凛々しい少女の顔が、花のように綻ぶ様に。
自然と、それを眺める豚鬼の気持ちも緩んでいく。
「……う〜ん、そいつは光栄なのですが、でもちょいとばかり、不敬過ぎませんかね? ほら俺って、見ての通りの豚面ですし」
「そんなものは関係あるか。戦士の顔に、良いも悪いもない。皆すべからく、美しく尊いものだ。当たり前の話だろう?」
「そんなもん、ですかねえ……」
「そうなのだ。それともお前から見て今のオレは、美しくないとでも?」
少しだけ、ムッとしながら。
普段とは異なる戦化粧を施した少女が、眉根を寄せると。
「いやそれはない」
少し前まで思考に没入していたたためか。
脊髄反射的に、豚鬼は真顔で即答した。
「だってオビイさん、普段から美人さんじゃないですか。美人はどんなときだって美人なんだって、むしろ今まさに実感してますよ」
「んな……っ!?」
「ワンワン! ガルルルウッ……!」
「うおいッ!? だからなんでキミは、唐突に牙を……って、すいません! 流石に今のは俺の失言でしたね! やっぱりちょっと、気持ちが昂っちゃってるみたいです。未熟者の戯言なんで、勘弁してやってください」
「……」
「……オビイさん?」
いつの間にか。
普段の凛々しさを取り戻して……否。
半月以上を共に過ごして、少しは気の置けない会話ができるようになった少女が。
このときばかりは、いつも以上に。
表情を強張らせて。
「……気の迷い、なのか?」
などと、問いかけてくる。
「え?」
「だからお前が、オレのことを美しいと思うのは、戦場の空気に当てられた気の迷いなのかと問うているのだ」
「いやそんなわけはないでしょう。オビイさんが美人さんなのは、場所なんて関係ない当たり前の話です。それをなんで今更?」
「いやだって……お前はそんなこと、今まで一度も、口にしてこなかったではないか」
「えっと……そうでしたっけ?」
「ああ、そうだ」
だとしたら。
それは、当たり前のこと過ぎて。
わざわざ口にするまでもないことだと、勝手に思い込んでいたのだろう。
(あ……駄目だな、俺。こういうところだぞ、俺。ハミュットさんにもついさっき、言われたばかりのことじゃないか)
あれだけ普段から『想いはちゃんと口にしよう』と、心掛けていたつもりでも。
斯様なまでに、一度心身に宿ってしまった悪癖とは、改め難いものなのだと。
今更ながらに、実感してしまう。
人生二週目の豚鬼であった。
それが大恩ある師匠の実娘であり、この半月余りを色濃く過ごすことで、今では歳の離れた姪っ子のようにすら感じている少女に対するものなのだから、尚更に。
だからこそ。
「……だったらすいません、この際だからちゃんと伝えておきますよ。オビイさんは美人さんですし、そんな貴方にこうして心配されているのは、男して誇らしい限りです。それを裏切らないよう、必死こいて頑張りますんで、今後も末長いお付き合いのほどを、よろしくお願いいたします」
悪癖に気が付けた、この機を逃さずに。
直様に、その場で真摯な意見を口にすると。
「……っ!」
黄金の瞳を有する少女はギュッと、口元を引き結んで。
「ガウガウガウッ……ガオオオンッ!」
彼女が押さえつけていた銀狼がその手を振り解いて『もう辛抱たまらぬわ!』とでも言わんばかりに、牙を剥いた。
「うおおおお、だからっ! 何がキミをそこまで昂らせるんだ!? お願いだから説明しておくれよ! ……オビイさん、止めて止めてえ!」
「……今の言葉」
「えっ?」
「絶対に忘れるなよ、ヒビキ」
そう、呟いて。
険しい表情のまま、踵を返して。
森里の方向へと駆け足で去っていく少女の背中を。
グルルッと、消化不良な様子の銀狼が追いかけていく。
そうした一人と一匹の背中を見送った後で。
「……あー、っていうか俺今、めっちゃキモいこと言わなかった?」
今更ながらに。
先ほどの自分の発言が、相当に場の空気に当てられたものだったと察することができたヒビキは。
「……ハッ。まさか、ねえ」
胸中に湧いた、ほんの小さな気の迷いを。
豚鼻で笑い飛ばしつつ。
(後でちゃんと、オビイさんのはキモ発言を謝ろ。そのためにはやっぱりここを、なんとか切り抜けなくちゃな)
ゴキゴキと、首を鳴らしながら。
もうすぐそこにまで迫った戦場の空気に、身を投じていくのであった。
【作者の呟き】
おや……鬼娘の様子が……?




