第一章 【06】 魔力鍛錬①
〈ヒビキ視点〉
「…………」
大岩の上で、座禅を組み。
瞳を閉じて、肉体という『器』の内側を満たす魔力を感じながら、その中心にある『魂』の存在を知覚する。
ヒビキが転生したこの『アドラスタ』という名の異世界において、肉体を有する生物とは、物質世界と精神世界、そして魂魄世界の、異なる三位層が一つに重なることによって、成立しているのだという。
そして三位層のうち上層である物質世界と、中層にあたる精神世界は、ひとつの世界で完結して循環しているものの。
下層である魂魄世界だけは、地下を流れる大河のように、異なる世界線に連なっており。
生物に宿る『魂』とは、そこから飛散して上層に舞い上がり、器を得て、生という経験を積んだのちに。
肉体の消滅とともに滴り落ちて。
再び原魂の本流へと誘われることで。
漂白と蓄積という輪廻転生を繰り返しながら、大いなる流れの一部として多元世界を巡っていくのが、正しき存在の在り方なのだという。
斯様にして、世界の最も深い部分から湧き上がってきた、己という存在の原石。
魂から発生する魂力によって、肉体という器の中で己の世界に染め上げた魔力のことを『体内魔力』と呼び。
そうではなくあるがままの自然な状態で外の世界に存在している魔力を、人々は『体外魔力』と呼んでいる。
また、そうした体内魔力を凝縮し、圧縮して、半物質化させることで。
肉体の外側でも世界に干渉できるできるようにした魔力を『精錬魔力』や『闘氣』などと呼び。
この世界において魔法と分類されるものは、大別して体内魔力を用いた魔能と、精錬魔力を用いた魔技、そして体外魔力を用いた魔術の、三つに分類されるとのこと。
そして人類の礎とされる四祖人種、獣人、鬼人、精人、只人においては、只人以外は、生来的に得意不得意の魔法体系があるとされていた。
たとえば、優れた肉体とそれを補強する魔能を有する反面で、体外魔力への干渉を苦手とする獣人。
あるいは、高度な魔力操作で体外魔力に干渉する魔術を得意とする一方で、肉体的には脆弱とされる精人。
そうした魔力素養が両者の中間である鬼人は、精錬魔力や『魂の共鳴』などを駆使して、魔道具の真価を十全に引き出すことを得意としており。
一方で、環境への適応能力こそ高いものの。
特徴がないことが特徴などとも評される只人は、能力値が全て平均的であり。
言ってしまえば鬼人の、下位互換であるのだが。
何故かこの人種からだけは、ごく低確率ではあるものの、従来の魔法に当てはまらない特殊な固有魔法である祝福が発現したり、異界の知識を携えた転生者が生み出されてくる事例が、過去には報告されていた。
そうした、武においては獣人が。
魔においては精人が。
技においては鬼人が。
数と突出した個においては只人が。
それぞれの強みを活かしながら幾つもの国を起こし、互いに切磋琢磨して。
ときに敵対して。
ときには協力しながら。
創造神が与えたもうた『神代魔樹迷宮の攻略』を、かつてこの世界は目指していたらしいのだが……
今から五百年ほど前に。
只人の国である勇聖国が、他の国々に重大な裏切り行為を働いてしまったために。
この国は今や、その他の国々から、敵対国家として認識されているらしい。
そうした背景から。
アドラスタにおけるほとんどの国々では、只人は人類の裏切り者として、不遇な扱いを受けており。
逆に勇聖国においては只人こそが優勢人種であり、他人種は徹底して奴隷として扱われているため。
この国では劣等人種の亜人などと呼ばれるヒビキは、万が一に備えて、自衛の手段を身につける必要があった。
そのために。
「……どうだ、ヒビキ? 頭、胸、丹田と、人によってそれを感じる場所はさまざまだが、おぬしなりに魂の存在は、知覚できるようになったか?」
「……はい、師匠」
ヒビキは一年ほど前から、同じ鬼人であるテッシンを師と仰いで、魔力の取り扱いを学んでいた。
大岩のうえで座禅を組んでの瞑想も、その一環である。
「まだおぼろげですが、なんとか、少しは……ですけど……」
「だが、なんだ?」
「……なんというかこう、ブレているというか、モヤがかかっているというか、いまいち安定しないっていうか……ごめんなさい、まだはっきりと、掴みきれてはいません」
瞑目するヒビキの、曖昧な返答に。
「……ふむ」
ゾリゾリと、無精髭を撫でて。
師は眉間に皺を寄せた。
「やはりおぬしは、魔力の扱いが不得手のようで御座るな。まあいい。ではそれに力を込めて、魂の力、魂力を絞り出してみよ。同時に息を吸って体外の魔力を取り込み、己の内側で、魂力を用いて、己の世界へと染め上げるのだ」
「はい、師匠」
ヒビキがこの異世界に転生して、すでに三年半ほどが経過している。
しかし今世の肉体となる素体が、豚鬼という人種に存在変異した人造生命体であるためか。
相変わらず通常の倍近い速度で成長しているヒビキの外見は、一般的な豚鬼の七歳児相当であり。
種族的な素養として、体格に恵まれているために、こうしたテッシン指導による魔力鍛錬を受けることができていた。
当然のことながら。
『危険です!』
『まだ早すぎますよ!』
『それにどんな厄災が降り掛かろうとも、ママがヒビキくんを守り……え? あ、はい、ごめんなさい黙ります……ぐすんっ』
などと。
彼の母親を名乗る白髪紅瞳の少女は、猛反対をしていたし。
『いやしかしお館様、それはあまりにも……』
『御国での、御立場を考えますれば……』
テッシンの身内……というか、従者であるらしい狐人の女性や、その仲間たちも。
難色を示していたものの。
『ふぉっふぉっふぉっ』
『まあ良いではないか、カエデ。それに皆の者も』
『ここは人目を気にしなくてはならぬ、大和国ではないのですぞ?』
『ならば巡り会ったこの奇縁、育ててみるも一興ではありませぬか』
などという、彼らの中でも発言権があるらしい、精人の翁の助成もあって。
『うむ、ならば良し!』
『ではこの御仁は、某が責任を持って、立派なヒノモト武士に育て上げてくれようぞ!』
最終的には何故か一番乗り気である鬼人の大男、テッシンの承諾を得ることで。
本日もヒビキは意欲的に、魔力鍛錬に取り組んでいる次第であった。
「……はい、師匠。外部魔力から魔力を補充できました。それと精錬魔力も練れました」
「良し。魔力の変換と精錬は、魔術を用いるうえでの基礎であり、奥義で御座る。決して軽んじることなく、普段の呼吸から常に意識して、鍛錬を続けること。いいな?」
「はい」
「ではヒビキ、退屈な瞑想は終わりだ。精錬魔力を纏え。組み手で御座る」
「はい、よろしくお願いします!」
ちなみに。
そうした鬼人師弟の背景においては。
「……ぐう……ぐぬぬぬぬ……テッシンさんめえ……あんなに堂々と、ヒビキくんに触れてくれちゃってえ……っ!」
ズゴゴゴゴゴオ……ッ、と。
小さな身体から放たれる、膨大な魔力圧で周囲の光景を歪めながら。
見目麗しい美少女が木陰から紅瞳をガン開きにしてその様子を見つめているのだが、それは断固として見えないし聴こえないものとする、鬼人師弟であった。
【作者の呟き】
というわけで、設定の説明回でした。
上手く伝わったかな……?