第一章 【06】 魔力鍛錬①
〈ヒビキ視点〉
「……」
大岩の上で、座禅を組み。
瞳を閉じて、意識を集中。
深く。
より深くへと。
己を沈めていくことで。
肉体という『器』を満たす。
魔力なる、大海原の深奥に。
その源泉である『魂』を。
暗闇に潜り、探っていく。
(……)
ヒビキが異世界に転生して、三年ほど。
意識を覚醒させてからは、二年以上が。
経過していた。
当初は色々と、困惑を覚えていた。
新世界への、理解度も。
相応に、深まっている。
そうした知識の一部として。
アドラスタに存在する、生物とは。
目に見える物質世界と。
目に見えない精神世界。
そこに根源世界が加わった、異なる三位層が。
ひとつに、折り重なることで。
成立している、という考え方が。
一般的であることを知った。
そして……
境界で隔てられた、三位層のうち。
上層である物質世界と。
中層にあたる精神世界は。
二つで一つの、区切られた世界として。
完結しているために。
一定量の、魔力や物質などが。
さまざまな形を、とりながら。
ぐるぐると、世界の内側で。
循環しているのだが。
下層となる、根源世界だけは。
そもそもの在り方からして。
他の位相とは、異なっているらしい。
(……ん、見つけた)
たった今。
ヒビキが、己の内側に見出した。
生物の根幹。
『魂』と呼ばれる、特殊な魔力の。
揺籃池とされる、根源世界とは。
物質世界と。
精神世界に。
繋がってこそ、いるものの。
本質的にはそれらから、独立しており。
物質世界と精神世界で形成された、ひとつの世界を。
地上に湧き出る、無数の水場に例えるならば。
根源世界とは、その足元を流れる。
巨大な地底大河である。
そして、生物の魂とは。
根源世界を、流転する。
魂の集合体から、飛散して。
最上層である、物質世界にまで届いた。
飛沫のようなものだった。
そうして、大いなる奔流から零れ落ちた。
無垢なる魂は。
物質世界で、器を得ることで。
生物としての、命を成して。
歳月とともに、彩りを帯びてゆき。
やがて器の崩壊とともに、死を迎えて。
原初の奔流へと、還っていく。
そこで漂白された魂が。
いずれまた、新たな世界へと零れ落ちて。
世界の新陳代謝には、欠かせない。
輪廻転生と呼ばれる、魂の巡行を。
繰り返すのである。
(うっし、今度こそ……っ!)
ゆえに、だ。
世界という壁に、遮られることなく。
異なる世界を流転してきた、魂には。
肉体という、器の限界を越える力が。
本質的に、備わっているのだと。
信じられていた。
だからこそ、強者を目指すならば。
力の源である魂を、知覚して。
向き合って。
研ぎ澄まして。
練り上げるべし、というのが。
異世界に生きる者たちの。
考え方である。
(……ぐぬっ……ぐぬぬぬ……っ!)
そして、アドラスタにおける四大人族。
鬼人。
精人。
獣人。
只人のうち。
ヒビキが転生した、人造生命体の肉体が。
最終的に形作った、豚鬼とは。
四大人族のなかで、もっとも魂との親和性に長けた。
鬼人種に、分類されているために。
魔力鍛錬を開始して、程なく。
自らを満たす、魔力の深奥に。
仄かに灯る、魂という光源を。
感知するところまでは。
達成できたのだが……
(……クソッ、相変わらず……なんか、モヤってんなあ……っ!)
暗闇を照らす、燈に。
手を、伸ばすものの。
寸前で。
見えない障壁に、遮られてしまい。
指先が届かないという。
不思議で不可解な感覚が。
ここしばらく、ヒビキを悩ませていた。
(マジで、なんなんだろ、これ? 届きそうで、届かないっていうか……あああ、じれってえ!)
そもそも、自我というものは。
脳という、補助器官を用いることで。
複雑かつ高度に、演算されているものの。
発生源そのものは、魂であり。
ヒビキの自我も、そこから生じているのだから。
己の内側に、それが存在することを。
疑う道理がない。
ただし、本来は。
出力装置である、頭脳と。
入力器官である、魂が。
双方向に。
密接に。
結びついて、然るべきなのに。
ヒビキの意識が、魂に干渉しようとすると。
何故か途中で、見えない壁のようなものに。
阻まれてしまうのだ。
そのため魔力を、十全に扱えない。
つまりは、機能を発揮しきれない。
まるで、意地悪な何者かによって。
能力を、制限されてるかのようだ。
(……ぬっ……むぐうっ……むぐぐぐぐぐっ……)
そのまま、三十分程度。
あれやこれやと、試行錯誤を。
繰り返してみるものの。
(……はあー。うん、やっぱダメだわ、これー)
最終的には、諦めて。
集中力を、解いてしまう。
(ちくしょう……これも俺が、豚鬼なのが、原因なのかねえ?)
進展が見られない、不調の理由を。
己の体質が、原因ではないかと。
勘繰りしてしまう、程度には。
ヒビキは、この問題に。
行き詰まっていた。
(なんせ豚鬼なんて、この鬼角や鬼牙がなきゃ、まんま獣人な見た目だもんなあ〜)
アドラスタの、長い歴史の中で。
様々な人族が、交わり合った結果。
あくまで祖としての、四大人種の血統に拘った。
純血種と呼ばれる、一部の人種が。
高貴なる血筋として、尊ばれる一方で。
大多数の人種は。
主となる四大人種としての、特性の他に。
幾分かの割合で、他人種の特性を受け継いだ。
混血種である。
そして、豚鬼とは。
数多く存在する、鬼人種の中でも。
とりわけ獣人気質に寄った、鬼人に分類されており。
そして獣人とは。
四大人族の中においては、間違いなく。
魔力の扱いを、もっとも不得手とする。
人族であった。
(……ま、しゃーねえ! できねえもんはできねえんだから、魂の鍛錬は、これで終わり! そのぶん体内魔力の鍛錬に、集中するか!)
なので。
さっさと気持ちを、切り替えて。
「……すうー……」
大岩の上で、坐禅を組み直しつつ。
再び瞼を閉じて、意識を集中。
ゆっくりと。
深く。
長い。
息吹を。
一定の間隔で、繰り返す。
「……ぶふううう……」
呼吸と共に、取り込んだ。
世界に満ちる『外部魔力』を。
肉体という、密閉した容器の内側で。
より高位の魔力である、魂の干渉下に置くことで。
『己の一部』として変質させた『体内魔力』を。
着実に、練り上げていく。
(……よしよし。いい感じだぞ〜)
熱した鉄を、何度も叩いて。
鍛造される、製鉄のように。
体内魔力を圧縮して、強度を高め。
粘性や靱性を、付与しつつ。
全体の質を、均すことで。
生み出される、『精錬魔力』と呼ばれる高密度の魔力を。
折り重なる、地層のように。
己の内側に、蓄えて。
積み上げていく。
(……う〜ん。やっぱり、魂には干渉できねえのに、そこから生み出された魔力のほうは、普通に扱えるんだよなあ……)
生物が、無意識のうちに宿す体内魔力を。
加工して、生み出す精錬魔力とは。
ヒビキの認識においては、前世における。
変圧器によって調整された、電流や。
原油から精製された、石油のようなものだ。
魔法技能の起点となる、この精錬魔力を。
如何に、素早く。
大量に。
一定の品質で。
捻出できるか、否かが。
魔法技能者の、優劣として。
瞭然と、現れるのだという。
(……まあ、『師匠』にはいつも、ボロクソに言われてるんだけど……)
そもそも。
人類の礎とされる、四大人種の一角。
獣人とは。
生まれながらにして。
強靭な肉体と、生命力を有した。
身体能力に恵まれた人族である……
一方で。
体外魔力に、干渉するような。
高度な魔力操作は、勿論のこと。
己の身に宿した、体内魔力ですら。
先天的な魔法技能を、用いる程度にしか。
扱えない者が、大半であるという。
そんな、獣人としての体質が。
強く顕れた、鬼人であるからして。
どう抗ったところで。
根本的に。
体質的に。
魔力の扱いを不得手とする、豚鬼が。
四苦八苦して生み出した、精錬魔力など。
こうした魔力鍛錬の、指南役である大男からすれば。
児戯に等しい、と。
一蹴されてしまうのだ。
(……はあ。ったく、ないものねだりなのはわかってるけど、せっかく魔法が使えるファンタジーな世界に転生したんだ。どうせなら、魔力の扱いに長けた美形揃いの精人なんかに、転生したかったぜ……)
一方で、単純な肉体性能でいえば。
四大人族において、最弱とされる。
精人であるが。
彼らは、そうした肉体の短所を。
他人族を圧倒する、魔力適性によって。
十分過ぎるほどに、補っていた。
なにせ、外部から取り込んだ体外魔力を。
苦もなく、最大効率で体内魔力へと置換した上に。
更にそれらを、己の意思によって。
最適に、運用しているのだ。
滞りなく行われる、魔力循環によって。
健康状態を保ち続ける、肉体は。
長命種とも呼ばれており。
必然として、その器は。
均整のとれた『美』を、形作っている。
つまり美男美女が、基本なのだ。
保有魔力が大きい個体ほど、子を成しにくいという。
異世界独自の常識があるために。
四大人族の中で、もっとも頭数は少ないものの。
決して、軽視などされることはない。
むしろ、多くの人族が憧れる。
花形人種であった。
(肉体特化の獣人に、魔力特化の精人、魂の共鳴に特化した鬼人に比べて、只人は……)
肉体強度や、魔力適正の点でいえば。
それぞれに特化した、獣人や精人とは。
比べるに及ばず。
両者の中間である、鬼人の。
下位互換とさえ評される、只人であるが。
他の人族が、そうであるように。
彼らには、彼らだけの。
独自の強みがあった。
それこそが。
(……転生者、か)
古より、何故か。
只人においてのみ、確認されてきた。
異世界の記憶を宿した、異物。
即ち『転生者』の存在である。
数々の偉業によって、後世においては『勇者』などと呼ばれる、転生者たちであるが。
その『異世界を超えてきた魂』という。
特殊な性質で、あるためか。
過去の転生者たちは、すべからく。
破格とされる、特殊な魔法技能と。
規格外な、独特の異世界知識を。
先天的に、宿しており。
過去に、それらが起こした波紋は。
何度となく、アドラスタの歴史に。
大きな変革を、引き起こしていた。
(だからまあ……転生者っていう、突出した『個』に依存して、四大人族のなかでの立ち位置を維持していた只人たちが、転生者を勇者として、崇める国を作った流れは、理解できるんだけど……それがなんで、こんなことになっちまってるのかねえ……)
四大人族の中で、唯一。
偉大なる勇者を輩出してきた、只人こそが。
人族の最上位である、真人であると。
一方的に、宣言して。
その他の人族を、下賤な亜人として扱う。
勇聖国とは。
今から、五百年ほど前に発生した。
とある『事件』を、契機として。
その他の国々から、袂を分かち。
閉鎖的で、差別意識の強い文化を。
半世紀以上も、醸成していた。
(この国じゃあ、只人は、好き勝手に他人種を奴隷扱いしているけど……そん代わりに、他の国じゃあ、只人のほうが手酷い扱いを受けてるんだから、救いがねえよなあ……)
なんにせよ、だ。
このような、酷い階級社会に。
産み落とされてしまった以上は。
最低限の、自衛の力を。
早急に、身につける必要があった。
その一環としての、魔力鍛錬である。
「……」
改めて。
鍛錬の重要性を、確認したヒビキが。
大岩の上で、瞑目したまま。
精錬魔力を、己の内側に。
積み上げていると……
(……ッ!)
ヒュンッ、と。
飛んできた石礫の気配を。
すぐに察知したものの……ゴツン、と。
鈍い音を立てて、飛来したそれを。
微動だにすることなく、受け止めた。
(……)
痛みは、ほとんどない。
何故なら、ヒビキの全身を。
精錬魔力の皮膜が、包み込んでいるからだ。
このようにして、圧縮した体内魔力を。
魔力障壁として、肉体に纏うことで。
生身のままに。
鋼鉄以上の硬度を獲得する、魔法技能を。
魔技の代表格である、〈闘氣〉と呼ぶ。
(……どこだ?)
よって、端から。
自分に危害を与えようのない、石礫など。
問題ではない。
それよりも、注意すべきは……
(……そこッ!)
背後に。
僅かな、空気の揺らぎを感じて。
迷うことなく、ヒビキは。
座禅を組んでいた大岩から、飛び退いた。
直後に……ズガンッ!
いっそ、小気味い音を立てて。
大岩が、一刀両断される。
「……ちっ」
小癪にも。
石飛礫による、陽動を無視して。
本命である、背後からの奇襲を回避してみせた、ヒビキに向かって。
つまらなそうに。
舌打ちを漏らすのは。
「し、師匠!? 殺す気ですか!?」
この一年間ほど。
ヒビキが魔力鍛錬の師として、仰いできた。
鬼人の大男……テッシンであった。
「ヒビキよ。人は、痛みを伴ってようやく成長するのだ。痛みの伴わぬ鍛錬など、無為と知れ」
「だからって! 限度がッ、ありますよねえ!?」
「……? だからちゃんと、加減はしておろうに」
不思議そうな、顔をして。
テッシンが、差し出してくるのは。
その辺で、拾ったのだろう。
手頃な枯れ枝だ。
「ほれ、真剣ではないのだ。当たったところで、どうということは御座らん」
「……それ、マジで言ってます? そこの岩の惨状、気づいてません?」
とはいえ、先ほど。
ヒビキが自身の肉体を、〈闘氣〉で覆って。
物理強度を高めたように。
テッシンは、手にする枯れ枝に。
同様の、魔力技能を施していた。
得物に魔力強化を施す、魔技の基本形がひとつ、〈魔装〉である。
結果として。
「大岩をぶった斬る枯れ木はねえ、そりゃもう、立派な凶器なんですよ!? そんなの当たったら、タダじゃ済まないでしょ!?」
見事なまでに。
真っ二つとなった、大岩を前にして。
非難の声を上げる、ヒビキであるが。
「そのときは、技を受けきれなかった未熟者が悪い。反省して、精進せよ」
テッシンは、まるで。
聞く耳など、守ってくれない。
むしろ、黒曜の瞳には。
聞き分けのない弟子に対する、呆れの色すらあった。
解せない。
「……っ!」
「して、その様子から察するに、本日も魂の本質を掴むまでには、至らなかったようで御座るな。やれやれ、この調子だと、秘奥を伝授するまで、どれほど時間がかかることやら……」
しかも、正確に。
きっちりと。
駄目出しまで、してきやがる。
本当に、解せない。
(……だ、ダメだダメだ。ここで変に歯向かって、前みたいに、逆ギレされたら、もっと酷い目に遭うのが、目に見えてるんだ……っ!)
とはいえ。
産まれ落ちた、お国柄と。
現在の、置かれている状況から。
自衛の術を身につける必要のある、ヒビキとしては。
馴染みのない、魔力技能を。
早急に。
誰かに、手解きしてもらう必要が。
あったわけで。
そうなると。
限られた、候補者の中から。
個人的な嫌悪感を抱いている、只人の少女などは。
真っ先に除外するとして。
見るからに、戦いに慣れた武芸者であり。
種族も、自分と同じ鬼人であるため。
消去法で、なんとなく。
軽い気持ちで。
弟子入りを志願した、ヒビキであるが。
(……チクショウ。こんなことから初めから、ハクヤさんあたりに、教えを乞うていればよかったぜ……っ!)
二つ返事で快諾してくれた、大男が。
文字通りの、鬼教官であることに。
気づいた時には、すでに遅し。
慌てて、他の面々に。
師事の鞍替えを、申し出たところで。
『ほっほっほ。若人よ、安楽を覚えめさるな。あえて苦難を選ぶ、気概を尊びなされ』
などと。
もっとも、指導に長けていそうな。
仙人然とした、精人の翁には。
暖簾に腕押しな、対応をされて。
『ヒビキ殿。それはあまりに、不敬ですよ』
『然り然り。お館様直々の手解きなど、本来、乞うても請けられるようなものではありませぬ』
『その僥倖を手放すなど、言語道断!』
『むしろ毎朝毎晩、その有り難みを、噛み締めるべきです!』
などと。
その他の従者たち……ちなみに全員が女性である……には。
強く、釘を刺されてしまった。
そのため今更、他に教えを乞うアテはない。
完全に詰んでいる。
「……」
不満げな、ヒビキの視線に。
「ふん。何やら、物言いたげな目つきだな。生意気な小童よ」
テッシンは、ニヤリと。
むしろ、楽しげに。
好戦の笑みを、浮かべていた。
「良かろう。少しばかり早いが、本日の精神鍛錬を切り上げて、組手稽古と参ろうか。よもや、臆してなどおらぬだろうな?」
そんな、あからさまな挑発に。
「上ッ……等、ですよ! 今日こそはその余裕面を、吠え面に変えてやりますから、覚悟してくださいッ!」
豚鼻から、荒く息巻いて。
ヒビキは威勢よく、吠えるのだった。
ちなみに。
「……ぐう……ぐぬぬぬぬ……」
そうした、鬼人師弟の。
背景においては。
「……テッシンさんめえ……あんなに堂々と、ヒビキくんと、戯れてくれちゃってえ……っ!」
ヒビキが瞑想を始めてから。
かれこれ三時間ほど。
ほとんど、身動きをしない豚鬼を。
少し離れた木陰から。
紅瞳を、ガン開きにして。
片時も、その場を離れることなく。
見守っていた少女が……ズゴゴゴゴッ、と。
滲み出る、膨大な魔力で。
周囲の景色を、歪めているのだが。
「では構えよ、ヒビキ」
「ウッス! 師匠ッ!」
「……きいいいいっ!」
すでにその光景に慣れきっている、鬼人師弟は。
特に彼女に、触れることはなく。
平常運転で。
修行を、続けるのであった。
【作者の呟き】
というわけで、長ったらしい世界観の説明回でした。




