第二章 【28】 変化③
本日は三話、更新します。
〈ヒビキ視点〉
「うおおおおおおっ!」
ザンッ、と巨大な刃が一閃して。
雄叫びとともに振るわれた片手斧が、対峙していた魔獣を両断した。
納得のいく手応えによって。
確信の笑みを浮かべた牛鬼の青年が。
「……っ! や、やりましたよヘルシングさん! どうですか!?」
少し離れた場所から。
その戦いぶりを見守っていた半血鬼に。
意気揚々と、振り返りながら声をかけるものの。
「ん〜、十点」
退屈そうに、大木に背中を預けて。
耽美とさえ形容できる容姿の口元を、への字に曲げて。
金髪を太い三つ編みにした、上位の冒険者から下される評価は。
非常に、手厳しいものであった。
「踏み込みが甘エ。魔力の練りが甘エ。魔能の効きが甘エ。あと脇が臭エ。総じてクソだな。いっぺン死んで、出直してこいやア」
「……ぐぬぬぬぬっ! クソッ、もう一回! もう一回お願いします!」
「ぎゃはははっ! リーダー、ボロカス言われてますよ!?」
辛辣な指摘に、表情を歪めながらも。
それでもめげずに戦闘指南を受けようとするタウロドンを、指差して嘲笑うのは。
魔術で彼を補佐していた、小柄な賢鬼であり。
「っていうかヘルシング氏、手厳しすぎません!? 後半はもう、ただの悪口じゃないですか!」
「ンでもってテメエの魔術はクソ未満のゲロカスだア。ンだアあのしょっぼい魔力量はア? いつも一人で無駄打ちばっかしてっからア、肝心なときに使えねンじゃねエのかア? この役立たずの不能野郎がア。くっせえ口からクソ吐き出すしか能がねエから、いつも女に逃げられンだよオ」
「……ぐふっ!」
先ほどよりも罵倒が増し増しとなった。
アブラヒムの暴言によって。
ピシリと片眼鏡を軋ませたモリイシュタルは、思い当たる節があり過ぎるのが、苦しそうに胸元を掻きむしりながら慟哭した。
「そ、そんなこと、ヘルシング氏には関係ないじゃないですかあああああ……っ!」
「きゃはははっ! モリイ、ざまあだピョン! でも全部事実だから言い返せないですピョン!? つーかマジでときどき生臭いから、ちゃんと手ぐらい洗うピョン! それが人としての、最低限のマナーだピョンよ!?」
「ぐはあっ!?」
さらには、冒険者仲間であるはずの。
兎人からも追撃を受けて。
ついには精神崩壊した賢鬼が、大地に沈んでしまうのだった。
「ふふん。いつもウチらに迷惑ばかりかけやがって、いい気味だピョンっ♪」
「……つーかメス兎よオ、テメエはいい加減に、離れやがれエ」
そうして満足げな笑顔を浮かべるミミルは。
しっかりとその両手で、アブラヒムの片腕を拘束しており。
皮鎧に包まれた胸元を押し付けられた少年が、ゲンナリとした表情を浮かべていた。
「邪魔くさいしイ、鬱陶しいしイ……何より獣毛が、暑苦しいんだよオ……」
「んもう、このフワモコ感の良さがわからないなんて、アブラヒム様もまだまだだピョンねえ!」
そのような。
遠くから漏れ聞こえる冒険者たちの会話を、耳にして。
(……仲、良いなあ)
いつの間にやら。
自分の知らないところで順調に仲を深めている様子の、若者たちの青春に。
ちょっぴり疎外感を覚えてしまうのは。
今しがた自分が討伐した魔獣を、女蛮鬼の運搬所へ預けて、戻ってきたばかりの、本日も硬質な髪を天然怒髪天させた豚鬼であった。
「……結局あの者たちは、祭まで里に居座るつもりのようだな」
「バウバウ」
その隣には、魔獣の運搬を手伝ってくれていた女蛮鬼と、彼女の相棒である銀狼の姿があって。
「ん、どうやらそのつもりみたいですね。彼ら以外にもなんだか、それ目当ての来訪者が増えてきているみたいですし、祭りの時期はいつも、こんな雰囲気なんですか?」
「ああ、だいたいこのようなものだな」
「いいですよね、そういう祭り独特の空気って。それだけでなんだか、ワクワクしてくるっていうか」
「そうだな。オレもそうした浮ついた空気は、嫌いじゃない」
「ワンワン!」
などと、二人と一匹の話題に挙がるのは。
これよりおよそ半月後に森里で予定されている、女蛮鬼たちの豊穣祭。
すなわち『繚乱祭』のことであった。
そしてあの冒険者たち……というか、少なくとも彼らの頭目である牛鬼は、その祭りで執り行われる武闘会に、参加する心積りなのだろう。
そうした、女蛮鬼の祭りにおいて。
積極的に自らの力量を示そうとする男の目的など、言わずもがな。
事実、こうした機会をものにして、彼女たちの種婿に選ばれた事例は、決して少なくはない。
最近になって森里へ訪れる男性の冒険者や武芸者がやけに多いのは、そのような理由からであると、隷夫である小森人から聞き及んでいるヒビキであるが……
「……オビイさん、俺は負けませんよ」
そうした男の浪漫に賭けて。
ああして、恥を忍びながらも。
自分よりも高位階梯の冒険者に教えを乞うて。
若さを滾らせ、情熱を燃やす、青年の姿を目の当たりにすることで。
自然とこぼれ落ちた、呟きであるが。
「……ッ!? お、おう、そうか……」
それによって傍らの少女が、表情を強張らせたことに。
原因である豚鬼が、気づくことはなかった。
何故ならこのときのヒビキの胸中は、最愛の母親のことで占められている。
(タウロドンくんや……他の参加者の人たちには悪いけど……今回の武闘会で優勝するのは、この俺だ! マリーのためにも、負けるわけにはいかねえんだよ……っ!)
少なくとも、今のところは。
森里に逗留している客人たちのなかで、ヒビキの障害と成り得そうなのは、あの半血鬼ぐらいのものであるし。
その彼にしても、武闘会は武器の使用が禁止されているとのことなので、そうした条件下では、本来の力を存分に発揮できないだろう。
いまだ参加者が、出揃っていない状況とはいえ。
現段階においてヒビキは、十分な勝算を嗅ぎ取っていた。
(あとは優勝した俺のとこへ、花嫁さんが来てくれるかどうかだけど……それもまあ、なんとかなりそうな感があるからな)
決して、自惚れなどではなく。
ここ半月ほどの、森里での生活を振り返ってみるに。
豚鬼が覚えている手応えが、間抜けな勘違いということはないだろう。
で、あるならば。
さらに欲を、言わせてもらうなら。
その相手の中に、大戦士階級の女蛮鬼がいてくれると有り難い。
長年隷夫として、女番鬼たちに仕え。
彼女らの文化に精通した、ルルチ曰く。
やはり戦士と大戦士では、一族の中での扱いが全く異なるために、自然とそれを娶った種婿の扱いも、変わってくるとのこと。
先の見通せないマリアンの容体を鑑みるならば。
そうした保険は、なるべく確保しておきたいというのが、豚鬼の心情だった。
とはいえ。
「お前はそれでいいのか、ヒビキ……?」
そうした打算の中で。
わずかに揺れる、不安を。
赤髪の少女は、女としての感性で。
鋭敏に、嗅ぎ取っているようであった。
「……ははっ、やはりオビイさんには見透かされてますか。参ったなあ」
「……当然だ。これだけ一緒にいれば、顔色くらいは伺える」
「グルルルウ……」
「……よしよし、今は大事な話なんだ。何が不満なのか知らないが、少しだけ我慢してくれ」
いつのものように、ヒビキに向かって唸り声を漏らし始めた銀狼を。
膝を折って抱きしめながら、宥めつつ。
「まだ内心では、迷いを振り切れていないのだろう?」
「ええ、まあ……お恥ずかしながら」
問いかけてきた、少女の言葉に。
困り顔の豚鬼は、素直な気持ちを吐露した。
「いえね? こんなブッサイクな豚面には分不相応かもしれませんが、俺にも一応は、人並みの恋愛観みたいなものがありまして……もしこんな自分を愛してくれる人を見つけることができたら、その人のことだけを一生懸命に愛そうなんて、考えてはいたんですよね……」
だけど今、自分が進もうとしている道は。
そうした願望とは真反対で。
むしろそこに、本当に愛情というものが存在しているかすら怪しい。
ただ今の自分が置かれた境遇と、持って生まれた能力と。
女蛮鬼たち特有の風習と、周囲の好意を利用しただけの。
どこまでも打算的で、利己的な、手前勝手な行為である。
(そんな幼稚なワガママなんて、とっくに呑み込んだつもりでいたんだけどなあ……)
けれど、幸か不幸か。
偶然にも知り合ってしまったタウロドンという青年の、どこまでも純粋な想いを見せつけられて。
それが結実するかは、さておくとして。
見るものがつい目を細めてしまうような眩さを。
こうして、目の当たりにすることで……
「それがなんで、こんなふうになっちゃうかなあ……? こんな俺が花嫁さんを、迎える資格なんてあるのかなあ……?」
押し込めていたはずの想いが。
こうして、表に出てきてしまっているのではないかと。
半ば現実逃避気味に自己分析する、ヒビキである。
「……」
そして気づく。
(……つーか俺、なに唐突にポエミーなこと呟いちゃってんだよ!? しかも相手はまだ、自分の半分くらいしか生きていない女の子だぞ!?)
不意に去来した感傷に、興が乗ってしまい。
つい吐き出してしまった、些かに恋愛脳が過ぎる発言に。
今更ながらに気恥ずかしさと痛ましさを覚えてしまった豚鬼が、赤面した顔を隠そうと、こちらをじっと見つめる少女に背中を向けてしまったのは、もはや予定調和な光景ですらあった。
そうした情けない、豚鬼の背中に。
「……そう無闇に自分を、卑下することはない」
黙ってその様子を、見守っていた少女が。
思いの外に優しい声音で、語りかけてきたのだった。
【作者の呟き】
深夜に書いた小説や日記を翌日に読み直した時のアレ、誰しも経験あると思います!




