第二章 【25】 冒険者④
〈ヒビキ視点〉
(う〜ん……自分で提案しておいてアレだし……途中から、なんとなく予想できたんだけど……)
ふとした思いつきで。
偶然知り合った牛鬼の率いる冒険者一味の活動を、見学させてもらっていた、豚鬼であるが。
(……ぶっちゃけ、微妙だなあ)
自分から申し出ておいて。
非常に失礼な感想だとは、承知しつつも。
胸中に滲む想いを、否定することはできなかった。
なにせ……本人の自覚としては、薄いものの。
非力な只人における突然変異。
勇聖因子を覚醒させた、聖人と呼ばれる少女を母体として。
本来は勇者と呼ばれる転生者の器になるべく、独自の魔術技術を発展させた勇聖国特製の人造生命体を素体とした、鬼人の中でも優れた筋力と耐久を誇る、豚鬼としての肉体を持ち。
生粋の戦闘民族として名高い大和国においては、崇拝の対象にすらされるサムライ大将の地位を持つ師匠に、幼少期から手解きを受け。
さらにはかの家に仕える武芸者たちからも、様々な薫陶を授かって。
すでにいくつもの敗北と死線を、超えてきたヒビキは。
(あの程度の魔獣に、手数も時間もかけ過ぎだ。あんな真似を師匠の前で晒そうもんなら、それこそ、こっちの頭蓋骨が拳骨で砕かれちまうぞ?)
自分に対しても。
他人に対しても。
こと戦闘面においては。
非常に厳しい独自の判断基準を設けており。
またそれが許されるだけの、相応の実力を有していた。
(ヒムですらBランク冒険者の肩書を持ってるみたいだし、Cランク冒険者の水準が彼らくらいっていうんなら……少なくとも、戦闘面においては、俺でもなんとかなりそうだな)
慢心ではなく。
虚偽を省いた。
客観的な事実として。
現時点での己の力量を、冒険者基準で、そのように判断したヒビキであるが。
「お、おい!? なんだよその態度は!? もっとこう……驚けよ! それともアレか、俺たちを馬鹿にしてんのかあ!?」
「あ、いえべつに、そんなつもりは……」
もとより腹芸が、苦手な性分であるからして。
顔に浮かんでしまっていたらしい落胆を。
牛鬼に見咎められてしまったらしい。
(ああでも、これは俺が悪い。あっちは善意でこっちの要望に付き合ってくれたってのに、こんな白けた態度をとるとか、普通に失礼過ぎるだろ)
仮に自分が逆の立場であれば。
そんな礼儀知らずの輩など、問答無用でぶちのめしてしまっていても、おかしくはない。
であるならば最低限の、謝罪は必要だろう。
(つっても口下手な俺がこの状況から、言葉で事態を好転できるとは思えねえし……ここは大人しく、何発かぶん殴られておくか?)
前世の自分であるならば。
思わず正気を疑ってしまうような、じつに蛮族的な思考であるが。
今世において、幼少期から散々に叩き込まれた鉄拳教育によって。
そうした体罰を、自然と受け入れてしまっている。
悲しき転生者であった。
しかし、だ。
「だったら次は、テメエの番だからな! 文句があるなら、実力で示して見せやがれ!」
威圧感のある見た目や言動とは、裏腹に。
怒れる牛鬼の青年は、じつに公平な提案を口にしており。
「……フン、当然だろうが。格の違いを見せつけてやれ、ヒビキ!」
「雑魚どもがア、ビビリ散らして漏らすンじゃねエぞオ!」
「ワンワンワンッ!」
「……っ!!?」
そうした挑発に。
何故か、本人ではなく。
護衛であるはずの女蛮鬼と、部外者であるはずの半血鬼、あとおそらくは主人に呼応しているだけの銀狼が、それぞれ威勢の良い啖呵を返してしまうのであった。
「……ふん、言ってくれますねえ。ではお手並み拝見と、いきましょうか!」
「強面系イケメンの戦いぶり、しかと目に焼き付けさせてもらうピョン!」
「テんメエ……そこまでの、大口を叩いんだ。ヘボい戦いなんざ晒したら、承知しねえからな!」
そうした、同伴者たちの物言いに。
当事者である豚鬼本人が、一言も発していないのにも関わらず。
それを宣戦布告を受け取ってしまったらしい賢鬼、兎人、牛鬼の冒険者一行が、それぞれに疑惑、期待、憤怒の感情を浮かべてしまっている。
そうした面々を、前にして。
(……何故っ!? どうしてこうなったッ!?)
奇しくも、少し前の。
牛鬼と同じ想いを抱いてしまう、豚鬼であるが。
(ま、まあいい。まだ、なんとかなるよな? ここで下手にイキったりせず、彼らと同じくらいの魔獣を無難に討伐してから真摯に謝罪してみせれば、落とし所としては悪くないはずっ……だよな? だよね? そうだといいなあ!)
そこは精神年齢的な年長者としての。
冷静さと配慮を発揮して。
「……それでは、まずは魔獣のいる場所を探して――」
なんとか殺気立った場を丸く収めようと、開いた口を。
「――その必要はないぞ、ヒビキ」
何故か再び、傍の女蛮鬼が遮ってきた。
「お、オビイさんっ!?」
「案ずるな。すでに獲物を、ポチマルが見つけているようだ。運搬所も近いし、さっさと獲物を預けて次に向かおう」
運搬所とは、毎日森に散って魔獣狩りを行う女蛮鬼たちが森のあちこちに設けた、隷夫たちの待機場であり。
魔獣除けの結界を展開したそこに討伐した魔獣を運べば、待機している隷夫がそれと割符を交換して、彼らが護衛の女蛮鬼たちとともに森里へと持ち帰った獲物を、改めて狩人たちが割符と交換で回収する、段取りになっている。
こうすることで。
戦闘能力を有する戦士たちは、効率的に森で魔獣狩りを果たすことができて。
戦闘能力を持たない隷妹や隷夫たちにも、魔獣の運搬や解体といった仕事を分け与える、女蛮鬼たちの文化であった。
ともあれ。
「頼むぞ、ポチマル。大物のもとへ、オレたちを導いてくれ」
そうした女蛮鬼たち専用の運搬所を利用してまで。
ヒビキを魔獣狩りへと誘うオビイは。
何故か非常に意欲的であり。
(この子……なんでこんなに、目をキラキラさせてんですかねえ!? 狩りを遊びか何かと混同してないかっ!?)
ゾワゾワと、胸中に悪寒が湧くものの。
普段から世話をかけっぱなしの自覚がある豚鬼としては、そうした恩義のある少女の期待に、応えないわけにもいかずに。
(頼む……頼むぞ、ポチマルさん! こうなったらもう、貴方だけが頼りです! なんかこう、いい感じに、みんな納得するような適度な魔獣のもとへ、俺たちを導いてください……っ!)
一縷の望みを託して、縋るような視線を。
オビイの相棒に向けた、ヒビキであるが。
「……ワフン♪」
「っ!?」
その、銀狼の口元が。
器用にも、邪悪に歪んで見えたのは。
きっと気のせいだと森の精霊に願ってやまない、哀れな豚鬼であった。
⚫︎
それからおよそ、二十分後。
(……うん、わかってた。もうホントはわかってたよ、この展開)
タウロドンたちが討伐した岩鎧熊を最寄りの運搬所へ預けたヒビキたちは、銀狼の先導に従って森を進み、はやくも目的の魔獣に辿り着いていた。
『ゴッ……ブモッ! ブモオオオオオッ!』
死んだような豚鬼の視線の先で、意気揚々と。
不遜なる挑戦者どもを、威嚇してみせるのは。
「あ、アレは……毒岩鎧熊ですピョン!?」
「岩鎧熊の、特殊個体じゃないですか!?」
「流石にアレの相手は不味いぞ! おい豚鬼、俺たちも助太刀してやるが、構わねえよな!?」
驚愕に目を見開く冒険者たちが、口にするように。
先ほど彼らが討伐した熊型魔獣の上位種とされる、毒々しい色合いに相応しい毒性の魔力をその身に宿した、特殊個体であった。
とはいえ。
「ハッ。ンなもン、必要ねエよなア、ヒビキイっ!」
「すまないな、ヒビキ。この程度の魔獣しか、この近隣にはいなかったみたいだ。これで勘弁してやってくれ」
「ワンワンワンッ!」
警戒心を露わとする〈勇猛団〉とは対照的に。
余裕の態度の崩さないアブラヒム、むしろ不服そうなオビイ、なんだよわざわざ探してやった獲物に文句があるのかとでも言いたげなポチマルなどが、好き勝手なことを言っている間に。
「……」
ヒビキは無言のまま。
淡々と、歩を進めて。
「お、おい馬鹿野郎、早まるな! 短慮を起こすんじゃない!」
「たとえイケメン様でも、無理なときは無理って言っていいピョンよ!?」
「いやまあこれで人死にが出ちゃうと、流石の僕でも夢見が悪いんですけどねえ……?」
背後から聞こえてくる冒険者たちの声にも。
いちおう豚耳を傾けつつ。
(そうだよなあ……誰も、悪くない。この中に誰も、悪人なんていないんだ……)
心の中は、自己嫌悪で一杯だった。
なにせ女蛮鬼はただ、魔獣討伐という、己の本分を果たそうとしてるだけであり。
銀狼はそうした主人の想いを、正確に汲み取ったがゆえの行動で。
半血鬼は自分の作ってしまった流れに、悪ノリしていて。
冒険者たちは皆、自分たちの仕事に誇りを持っていて。
(けっきょく悪いのは全部、俺ひとり……これは俺の、迂闊さが招いた結果なんだよなあ……っ!)
その場の思いつきで、浅慮な提案を口にして。
杜撰な対応で、冒険者たちの自尊心を傷つけてしまった。
愚かで浅はかな豚野郎の、自業自得であると、ヒビキは己の所業を噛み締めていた。
であるならば。
『フゴッ! フゴッ! フゴオオオオオッ――!!!』
魔獣としての敵愾心を、剥き出しにして。
鼻息荒く、こちらに四足で駆け寄ってくる熊型魔獣に対して。
自分にできる行いなど、ただ一つ。
(せめて安らかに、逝かせてやるよ!)
下手な遠慮や、手心など加えず。
可能な限り苦痛なく、速やかに。
手前勝手な事情で、人類の天敵である魔獣の命を摘み取るのみ。
すなわち。
(――〈衝、波〉おおおおおッ!)
ズドンと、あまりに容易く。
彼我の死線を踏み越えた豚鬼の繰り出す、一撃によって。
その場に崩れ落ちた毒岩鎧熊の姿に。
「「「 ……っ!!? 」」」
冒険者たちは先ほど以上に、目を見開いて。
「ヒュー♪ 一撃たア、イッカすねエっ!」
半血鬼が楽しげに、口笛を吹いて。
「……うむ、見事な一撃だ!」
女蛮鬼が満足げに、細顎を引いて。
「……グルルルッ、ペッ」
銀狼だけは何故か、不満げに。
地面に唾液を、吐き捨てたのだった。
【作者の呟き】
鎧熊シリーズさん。
「ククク、いい気になるなよ、小僧」
「所詮ヤツは、イロツキの中でも最弱よ」
「次はこうはいかぬゆえ、覚悟しておけい!」
ママ「……は?」




