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第二章 【15】 新生活②

〈ヒビキ視点〉


 ヒビキがこの大森林に転移して。


 すでに十日ほどが経過している。


 転移した日から数えて、三日後。


 現在から遡れば、一週間前となる腕試しにおいて。


 女蛮鬼アマゾネスの大戦士に対して、見事、己の価値を示したことで。


 正式に女族長(レイア)の客人として認められたヒビキは、この森里でおよそ一月後に催される『繚乱祭』までの期間、彼女が用意してくれた宿泊用の小屋に滞在することが、許されていた。


 ルルチはそれまでのあいだ、女族長からヒビキの身の回りの世話を任された、小森人ポックルの隷夫である。


「ヒビキ様、本日の朝食はいかがなされますか? すぐに用意できますが、やはりその前にお身体を、動かされるので?」


「ええ、そのつもりですが……」


「ならばあちらへどうぞ。お召し物を用意してあります」


 まだ夜が明けきらない、薄暗い時間帯の早朝である。


 今世の日課として、毎朝の鍛錬を心がけているヒビキはまず水桶に貯めてある水で顔を洗い、就寝用の薄着を着替えてから、室内にて三十分以上をかけた入念な準備運動(ストレッチ)を行う。


 それらから腕立てや屈伸、腹筋や背筋などの、自己負荷鍛錬(トレーニング)を順次行なっていると……


 ……コンコンッ、と。


「ああ、今日も参られたのですね。いまお迎えにあがります」


 玄関の扉が叩かれて。


 部屋の片付けをしていたルルチが。


 手慣れた様子で、来訪者を招き入れると。


「……おはよう、ヒビキ」


「ええ、おはようございます、オビイさん」


 扉から顔を覗かせたのは。


 この数日間ですっかり見慣れてしまった赤髪の少女、オビイであった。


 さらに。


「……おはよう、ポチマル」


「……ガウ」


 今日も今日とて凛々しい顔つきのオビイの足元に控える、白銀の毛並みを有する狼型の聖獣……ポチマルに挨拶すると、不服そうだが、一応の返事をしてもらえた。


(むう……相変わらず、嫌われてんなあ)


 聖獣とは、天聖樹より産み出された翼獣(グリフォン)天馬(ペガサス)などに代表される、魔力を操る素養を有した動物の総称であり。


 魔獣のように他者を害して糧を得るのではなく、人類と共存することで生命活動を維持するそれらは、古くから人族の良き仲間(パートナー)として、人々の生活に受け入れられている。


 使役者マスターであるオビイにポチマルと名付けられた銀狼(シルバーファング)は、かつて天聖樹とともに、テッシンから彼女に授けられたものであるらしく。


 若き女蛮鬼の相棒(パートナー)として、今日まで現役で、こうして活動しているのであった。


 とはいえ。


(このバチクソカッコいい見た目で、ポチマルかあ……)


 ヒビキの記憶にあるニホンオオカミよりも、二回りほどは大きい。


 一メートルほどもある背丈は、猛虎や獅子といった、四足獣の迫力を備えており。


 全身を覆う白銀の毛並みや、野生的な精悍さで磨かれた相貌は、刃の鋭利さを匂わせている。


 聖獣としての特性なのか、頭も非常に良く。


 人間たちの会話を、おおよそ理解しているようであり。


 総合して、男の夢を凝縮したような浪漫狼が、そのような気の抜けた名称に甘んじていることに、前世からの犬派であるヒビキとしては、口惜しい限りであった。


「……ガルルルッ」


「ん? どうしたポチマル?」


 けれど、そうした豚鬼の憐憫を嗅ぎ取ったのか。


 鼻頭に皺を寄せた銀狼が唸ると、使役者であるオビイが、頭を撫でる。


「……くうーん」


「よしよし。どうした、今日は甘えん坊だな?」


 途端にポチマルは尻尾を振って、主人に身を擦り寄せた。


 その懐きっぷりから察するに。


 彼はそうした自らの名を、受け入れているようであり。


「ははっ。こらこら、良さないか。人前だぞ?」


「きゅーん、きゅーん」


「あ、いいですねえ。オビイ様、ぼくも撫でさせてもらってもよろしいですか?」


「わふわふっ」


「ん、問題ないみたいだな。いいぞ、ルルチ」


「では失礼して……ほう……やはりいつ触っても、ポチマル様は見事な毛並みですねえ……」


「ハッハッハッ」


「え? そうなの? じゃあ俺もちょっとだけ……」


「……ガルルルルルルッ!!!!」


 オビイとルルチに、揉みしだかれて。


 ご満悦の様子だった銀狼が。


 ヒビキが近づいた瞬間に、尻尾を逆立てて威嚇してきた。


 どうやらこの賢狼は、ヒビキを主人の敵とまでは言わずとも、害なす者だと認識している節がある。


(なんで俺だけッ……って言いたいところだけど、心当たりが有り過ぎるんだよなあ……ッ!)


 悲しいかな、これまでの経緯を鑑みれば。


 オビイを護衛する者としては、非常に納得のいく対応であった。

 

「……どうしてお前は、ヒビキにだけそのように敵意を剥き出しなのだ? 特に何か、害を成されたわけでもないだろうに……」


「まあポチマル様は、オビイ様の番犬ですからね。近づく悪い虫は、看過できないのでしょう」


「……? ヒビキは虫ではなく、鬼人(オーガン)だぞ?」


「べつに俺は、オビイさんに害を与えようだなんて思っていないだけどなあ……」


「うんうん、そうしたお二人の純粋(ピュア)さは、得難い才能ですので、ずっと大事にしていてくださいね?」


「「 ……??? 」」


 何故か、訳知り顔のルルチが。


 意味深な笑みを浮かべているものの。

 

「まあいい。もう準備は、できているのか?」


「あ、はい、大丈夫です。では行きましょうか」


 さも当たり前のように。


 銀狼を従えた女蛮鬼に声をかけらた豚鬼は、彼女の待つ玄関先へと足を向ける。


 その際に。


 手首や足首に、獣皮に砂を詰めた重しを嵌めて。


 胴体に巻きつけた、魔力阻害効果のある呪帯の確認も、忘れない。


(……うし、準備オッケー)


 そうしてライヅ流の伝統的な鍛錬装備を整えた豚鬼が。


 女蛮鬼と銀狼を、連れ立って。


 小屋の外に出ると……


「……あ、ヒビキくんっ♡ おはよっ♡ 今日も筋トレ? 精が出るねっ♡」


「今から走りに行くんなら、ウチらも一緒していいかな? いいよねっ?」


「なんならそのあとで、背中を流してあげるしっ♡」


「あ、ポチマルもおっはー。今日もいい毛並みだねっ」


「わんわん!」


 まるで、前世のアイドルに対する出待ちのように。


 家の前に待機していた女蛮鬼の少女たちが、ワラワラと、群がってきたのである。


(……またいるよ。毎日懲りねえのなあ)


 ヒビキがこの小屋を拠点としてからいうもの。


 毎朝繰り返されている光景であるが。


 心中ではぼやくものの、そうした女性たちに対する耐性が、一朝一夕で身に付くはずもなく。


 いまだ彼女たちに強く出ることを躊躇ってしまう豚鬼が。


 無言で表情を強張らせていると……


「……ええい、どけどけえっ! 男の鍛錬を邪魔するなど、女蛮鬼の恥晒しどもめ!」


 女族長の言いつけ通りに。


 今日も今日とてしっかりと防波堤の役割を果たしてくれたオビイが、彼女たちの憤懣(ヘイト)を一身に集めてくれたのだった。


 すると次の瞬間に。


「うわ、出たよオビイ。うっざあ」


「アンタさあ、族長様から世話係を任せられてるからって、ちょっとチョーシ乗ってない?」


「ウチら、ヒビキくんと話してんだけど?」


「アンタはお呼びじゃないんだけど? ねえ、わかる?」


 面と向かって非難された少女たちが。


 一斉に噛みついて。


「……きゅううん? きゅうううん?」


 ヒビキのときと違って、対応の甘い銀狼が。


 どうするべきか、主人の顔色を窺っていると。


「……フッ。文句があるなら、言葉ではなく肉体カラダで語れ。それが女蛮鬼(オレ)たちの流儀だろう?」


 女蛮鬼の戦士は、一歩も引かずに。


 不満を露わにする同年代の少女たちに対して、むしろ両腕で支えた豊満な胸部を見せつけるようにして、威嚇してみせるのだった。


 総じてオビイより胸部の膨らみがなだらかな少女たちが。


 まとめて、大噴火する。


「ああん!? 上等だよ、オビイ!」


「胸と態度はデカけりゃいいってもんじゃないってこと、理解(わか)らせてやんよ!」


「そっちが大きさなら、ウチらは質と量で勝負だし!」


「つーかそれ、絶対に垂れるからな! 覚悟しなよ!」


「……ふふっ、どうやらその様子では、お前たちは一族に伝わる豊胸体操(バストトレーニング)を知らぬと見えるな。まあその程度の胸では、必要ないのかもしれないが」


「「「「 ぶっ殺すっ!!! 」」」」


「きゃいん! きゃんきゃん!」


「……それでは俺は、行かせてもらいますね」


 白熱した少女たちが、バチバチと火花を散らしているなか。


 あわあわと困惑する、銀狼を見捨てて。


 上手くそれを収める手段など持たない豚鬼が、火傷をする前に、そそくさとその場から立ち去ろうとすると……


「……あ、待って待って! ウチらもイクからっ♡ ヒビキくんと一緒にイクうっ♡」


「オビイ、決着が後回しだかんな! 逃げるんじゃねえぞ!」


「あとその豊胸体操については、詳しく!」


「……はあ。亭主関白な男の背中、ちゅきい……」


 慌てた少女たちが、あとを追いかけてきて。


「お前たち。ついてくるのは勝手だが、遅れれば置いていくからな。ヒビキの足を引っ張るなよ」


「わんわん!」


 当然のように。


 オビイと、彼女に並走する銀狼もまた。


 ヒビキの一歩後ろを、追走してくる。 


「……」


 ちなみに。

 

 本音を言わせてもらうなら。


 オビイは中性的な容姿をした、かなりの美人さんの卵であるし。


 そんな彼女が汗をかくことで醸す体臭(フェロモン)は、童貞豚野郎にとっては刺激が強すぎるため、彼女の同伴もご遠慮いただきたいところではあるのだが。


(この子がいないと、トレーニングどころじゃないからなあ……)


 ヒビキが腕試しで、女蛮鬼の大戦士に力量を認められてからというもの。


 先ほどのような出待ち、待ち伏せなどは、当たり前。


 酷いときには強引に物陰に連れ込まれそうにもなった。


 オビイが毎回、こうして自主的な護衛ボディーガードを買ってくれなくては、一人で外出もままならないというのが、豚鬼の置かれている現状である。


(最初は冗談かと思ってたけど、こんな豚ヅラがモテるだなんて、異世界ってわかんね〜)


 未だにそこは、自分自身でも納得できていないものの。


 こんな凶悪三白眼豚面野郎でも強ければモテる異世界の不思議を、噛み締めながら。


 ヒビキは今日も早朝の森里周辺を、女蛮鬼の少女たちや銀狼を引き連れたまま、小一時間ほど駆け回るのであった。



【作者の呟き】


 国家や人種、文化や時代が違えば、美醜の感覚が異なるのは当然ですからね。


 ちなみに鬼女たちには好評のようですが、精人あたりだとヒビキくんの前世的な美的感覚が近いので、普通に醜男扱いされると思います。


 あとポチマル(♂)くんは女蛮鬼で育ったからか、基本的に雄が嫌いです。


 ただし男のルルチのような例外は除く。

 

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