第二章 【13】 腕試し④
〈ヒビキ視点〉
「……ははっ、どうしたどうしたっ、ボウヤ!? ガチガチにお硬いのはご立派だけど、ただおっ勃っているだけじゃあ、アタイを満足させらんないよ!?」
女蛮鬼の森里における、訓練所にて。
胸元に猛牛の刺青を刻んだ巨躯の大戦士、ハミュットとの模擬戦が始まって、五分ほどが経過していた。
その間、ただひたすらに。
苛烈な女蛮鬼の猛攻を、耐え続けてきた。
豚鬼が胸中に抱く想いとは。
(なんだ……この感覚? いったい俺は、どうなっちまってるんだ?)
自分自身に対する。
無視のできない『違和感』であった。
「うらららららららら――っ!」
すっかり興が乗ってしまったのか。
上機嫌に叫びながら。
その場に根差した豚鬼に対して。
容赦のない攻撃を加え続ける女蛮鬼。
大戦士という称号を頂くだけあって、その拳や蹴りは重く、鋭く、魔力を帯びている。
少なくとも数日前の……あの聖浄騎士との戦いを経験する前のヒビキであれば、一方的にそれを防ぎ続けることは、不可能とまでは言わずとも、決して容易いことではなかったはずだ。
それなのに。
(なんだ……この、余裕は?)
どれほど激しく肉を打たれたところで。
衝撃が、芯までは届かない。
肉体に備わった筋力と、技術と、魔力で、全て防ぎきれてしまう。
もちろん命懸けの死闘を経ることで、得たものはあるのだろう。
しかしそれだけでは説明がつかないほどに、変化していたのは。
(体内魔力の総量が、跳ね上がってる……!?)
今世における、肉体の鍛錬を『足し算』と例えるなら。
魔力による強化は『掛け算』のようなものだと、ヒビキは認識している。
武道を嗜む者としては、そのどちらもが蔑ろにすることのできない、大切なものだと理解はしているものの。
一般論として、実力の伸び方が顕著なのは後者であり。
如何なる理由からか、体内に保有する魔力量が著しく増加していた豚鬼は。
必然として、それを消費して発動する魔能の練度が、飛躍的に向上していたのである。
(……オイッ! まさかこれも、『テメエ』の仕業なのかよ!?)
心の中で、問いかけるものの。
返ってくる『声』はない。
あのときヒビキの中で響いた声の持ち主は、その言葉通り、あれからずっと無言を貫いているのであった。
(クッソ……やりづれえ! まるで自分の身体じゃねえみてえだ!)
当たり前の話であるが。
己の肉体を取り扱う武芸者や競技者にとって、その体調や感覚は、非常に繊細なものである。
前世の感覚で例えるなら、昨日までは自転車に乗っていたのに、目が覚めるといきなり自動二輪車に跨っていたようなものだ。
いかに、己の肉体といえど。
その扱いを習熟させるには、相応の時間が必要であり。
下手に動いて隙を晒さないため、ヒビキはただひたすらに、こうした受けに徹している次第であった。
とはいえ。
(流石にいつまでもこのままってのは、マズい。ハミュットさんに悟られる前に、なんとか事態を好転させないと!)
そうした豚鬼の焦りを、察したわけではないだろうが。
「――フンっ!」
ズガアアアンッと、一際に強く殴りつけて。
反動で後ろに距離をとった女蛮鬼が。
不可解そうな表情で告げてくる。
「……おいおい、おいおいおいおいいったいどうしたってんだい、ボウズ? マジで殴られっぱなしかい? たしかにアンタのその心意気は大したもんだが、でもそれだけじゃあ、いつまで経っても女蛮鬼らの心は掴めないよっ!?」
「……?」
なんだろう。
何やら誤解をされている気がするが。
それでもなんとなく、彼女の言わんとすることは理解できる。
むしろ願ったり叶ったりだ。
「……ふ、ふふ……そうですね、やはり貴方も、そう思われますか……」
「ああ。だからそろそろ、胸の踊るような殴り合いを――」
「一撃、です」
更なる乱戦を望む、ハミュットの誘いを遮って。
不安でいっぱいの胸中を悟らせないために、適当に話のノリを合わせていたヒビキは。
一本指を立てて、宣言した。
「一撃で、勝負をつけます。俺の一撃に、果たして貴方は耐えられますか?」
ぶっちゃけ、このような。
肉体と魔力の均衡が、不安定な状態では。
精緻な魔力運用や魔能配分など、できる気がしない。
ならば選択肢は、超短期決戦しかないだろう。
読み合いや駆け引きなどすっ飛ばして。
力技で決着をつけるのみ。
(どうせ無様を晒すんなら、せめて一発ぶちかましてから、盛大に自爆してやんよ!)
少なくともこうして、わかりやすい挑発をされたなら。
いかにも負けん気の強そうな女蛮鬼の大戦士が。
それを断るとは、思えなかった。
先ほどまで一方的にこちらが攻撃に耐えていたことも、この一手の、布石になってくれるはず。
たぶん。
なってくれてるといいな。
「……ふっ、ふはっ、ふははははははっ!」
そうしたヒビキの。
半ばヤケクソな申し出に対して。
目を見開いたハミュットは、天を仰いで大笑いした。
「「「 きゃああああああ〜っ!!! 」」」
何故か野次馬たちからも一斉に、甲高い声が湧いて。
そちらは予想していなかった豚鬼の身体が、ビクッと、密かに震えてしまう。
(え……なにこの、ギャラリーの異様な盛り上がり? もしかして俺、なんかヤバい地雷でも踏んじゃった?)
今更ながらに。
自分の迂闊な発言を後悔し始める豚鬼であるが、覆水は盆に返らず。
「いいねえいいねえ、最ッ高だねえ! このアタイにそこまで堂々と喧嘩売る馬鹿タレは、久々だよ!」
視線を天から地上に下ろした女蛮鬼の瞳が。
ギラギラと、肉食獣の輝きを放っている。
「気に入ったよ、ボウズ! アンタのその申し出、受けてやるさね! だから約束しな! もしこの一撃でアタイを満足させられなかったら……その時は、ベッドの中でアタイが満足するまで付き合ってもらうから、覚悟しな!」
「「「 ぶうううううう〜っ!!! 」」」
「うっさい野次馬ども! 早い者勝ちだよ! 文句があるなら、試合を組んだ族長様にでも言いやがれッ!」
どこか遠くから『……あやつ、妾に丸投げしおった〜っ!』などという悲鳴が聴こえた気がしたが。
ともあれ。
一斉に親指を下に向けて、口を尖らせる観衆たちに。
中指を上に突き立てて、恫喝するハミュットは。
自分の申し出を受けてくれるつもりらしい。
(……つーかそれ、むしろ俺からすれば、ご褒美なんですけどね)
種族的な傾向なのか。
この森里で見かける女蛮鬼たちは誰もが皆、それぞれに魅力的な容姿を有しており。
今こうして対峙しているハミュットもまた、荒々しい言動をみせる一方で。
言葉の端々から、懐が深そうな姉御肌めいた雰囲気を漂わせる、とびきりの美人さんである。
年齢的にも二十代の後半ほどなので。
精神年齢が三十路な豚鬼からすれば、余裕で許容範囲内。
体型的にもドドンッ、キュッ、ボンッであり。
巨乳好きを自負するヒビキから見て申し分なく……というか許されるなら、対価を支払ってでもお相手を願いたい、異性なのだ。
(なのになんで、お前はここぞというときに役立たずなんだよ……勘弁してくれよ、この親不孝者め!)
一瞬わざと負けてやろうかと。
魔が差したものの。
自身の下半身が抱える問題を思い出したヒビキは、仮にこのまま彼女の閨に連れ込まれた場合、避けられないであろう生き恥を想像して、悲壮なる覚悟を固めた。
(この戦い……絶対に、負けらんねえ!)
元より負けるつもりはなかったが。
男の尊厳を死守するため、全身全霊で挑む必要ができてしまった。
完全に自業自得である。
「……ぶふううう」
身体の奥から深く、長く息を吐いて。
呼吸を整え、肉体を鎮め、魔力を練り上げる。
豚鬼の肉体を覆う精錬魔力の密度が増したことで、周囲の魔力圧に変化が生じて、空気が緊張感を帯びていった。
「「「 ……っ! 」」」
そうした豚鬼の姿に。
野次馬たちが、息を呑んで。
「……はっ、いいねえ! 上等だよ、ボウヤ! かかってきな!」
対峙する女蛮鬼は、好戦の笑みを浮かべて。
どっしりとその場に、重心を落とした。
「――行きますっ!」
直後に地面を蹴ったヒビキは。
放たれた矢の勢いで、彼我の距離を詰め。
その最中で勢いを殺さず宙に飛び上がって、空中で身体を反転させる。
(――〈圧壊……衝波〉おおおおおっ!)
そしてズドオオオンッ……と。
あたかも砲弾が、銅鑼に直撃したかのような轟音が。
女蛮鬼の森里に、響き渡ったのだった。
【作者の呟き】
ママ「おっ? おっ? おっ?」
作者「落ち、落ち着いて……っ!? 貴方にはまだ、ちゃんと出番がありますから!」




