第一章 【04】 豚鬼①
〈ヒビキ視点〉
「……アンタさあ、いいに加減に、どっか行かねえの?」
淡々と、冷たい声音で。
冷徹に、本音を告げた。
ヒビキに対して。
「……っ!」
天使の如き、白皙の少女……マリアンが。
世界の終わりを、突きつけられたような。
絶望で。
紅瞳を揺らしていた。
(……ったく。なんて顔、してやがんだよ)
硬直してしまった少女を、前にしても。
ヒビキの気持ちに、変わりはない。
冷え切っている。
当然だ。
なにせ、意識が覚醒してから一年ほど。
鬼人の大男……テッシンが率いる、一団に紛れて。
人目を、避けるように。
人気のない荒野や、森など。
移動を、繰り返しつつ。
地道に収集してきた情報を。
整理するならば……
「……な、ぜ……そのような、ことを……?」
「ああん? 当たり前だろ? だってここは、只人の支配する、『勇聖国』じゃねえか」
現在、ヒビキがいるのは。
多様な人種が存在する、異世界において。
人口の七割以上を、只人が占めるという。
勇聖国なる、巨大国家であるらしい。
「勇聖教会の教えだと、只人は只人同士で……じゃなくて、真人って、名乗ってんだっけか? まあいいや、とにかく下賤な亜人なんかとツルんでないで、お仲間同士だけで仲良くやりましょうってのが、勇聖国の、常識なんだろ?」
そして只人が支配する、勇聖国とは。
かつてこの世界に迷い込んだ、転生者たちを。
偉大なる『勇者』と呼んで、崇め奉り。
それらの血を継ぐ国民を、真人と称して。
そうでない他人種を、亜人と蔑む。
差別的な階級制度が、根強いた。
宗教国家で、あるようだった。
(ったく。よりにもよってこんな国に、転生しちまうなんてなあ……っ!)
異なる世界の。
知らない国で。
馴染みのない、文化のもと。
新たな命を授けられた、転生者は。
生を賜った、感謝ではなく。
生に対する、嫌悪を抱いて。
眼前で、震える少女を。
睨みつけている。
「……っ!」
もはや隠すつもりもない、負の感情を。
真正面から、浴びせられて。
「そ、そんな……っ!」
今にも、泣き出しそうなマリアンは。
しかし。
かつては、勇聖国における国教。
勇者を信仰する『勇聖教会』に。
一定の地位を有した信徒として。
所属して、いたのだという。
「……ご、ごめんなさい、ヒビキくん……っ!」
そのような経歴を持つ、マリアンが。
異世界の教義に染まった、敬虔な信徒が。
目の前で晒す、弱々しい態度に。
「……チッ」
今更ながらに。
過去を悔いて、何になると。
ヒビキの苛立ちは、募る一方だ。
「ったくよお、国教サマの教えに従って生きてくのは勝手だけどなあ、そこに勝手に、人様を、巻き込むんじゃねえっつーんだよ! 何が『勇者召喚計画』だッ、馬鹿馬鹿しい! 宗教狂いも、いい加減にしやがれ!」
なにせ、マリアンという少女は。
外見の成長こそ、十代の前半ほどで。
停止してしまっているものの。
年齢的には、立派な成人女性であり。
その成長を凍らせた、成長阻害とは。
常軌を逸した、魔力の保持者にのみ。
発症が確認される、魔力障害である。
ゆえに……
その、稀有なる才能を。
勇聖教会に見出された、マリアンは。
国家が主導する『人造勇者計画』の一端に。
自らの意思で。
参加していた、らしいのだ。
「……そ、れは……でも……」
「はあっ!? でも、なんだよ!?」
しかし、前世の倫理観を有する。
転生者からしてみれば。
今世の母体となる少女が、参加していた『実験』とは。
不快を通り越して。
吐き気すら催す。
非人道的な。
人体実験に、他ならない。
「自分自身の体を、好き勝手に、弄くり回すくらいなら、どうぞご自由にしてくれて結構だけどよお!?」
適正のある、母体の子宮に。
特殊な魔道具を、仕込むことで。
肉体そのものを、道具として扱う。
冒涜的な行為も、さることながら。
「でもなあ、関係ねえ人サマの『魂』とやらを、本人には無断で、勝手に異世界から、こんな世界に拉致したうえに、肉体って『檻』に閉じ込めておいて、そうやって生み出される命に、アンタらはいったいどうやって、言い繕うつもりだったんだよ!? それとも宗教家サンなら、さぞご立派な、ご高説を、垂れてくれるってのかあっ!?」
この世界に用意した、肉体という『器』に。
異世界より招き入れた、人間の『魂』を。
封入して。
封印することで。
人為的に、転生者を生み出す。
勇聖国の『人造勇者計画』とは。
あまりにも、人権を蔑ろにした。
非人道的な、所業である。
「教義なんてもんに人生捧げている、信徒らからすれば、教会が主導する計画に参加するのは、そりゃ光栄なこったろうけどよお!? 無神論者からすりゃあ、そんなクソみたいな人体実験に参加するようなクソどもは、全員まとめて、クソキ⚪︎ガイだ!」
とはいえ。
残念ながら、この世界は。
ヒビキの人生観を構築した、前世とは異なる。
新たな常識の、敷かれた。
来世となる、異世界だ。
過去の転生者たちによる、知識供与によって。
部分的な、例外はあるようだが。
それでも。
根本的な、在り方として。
前世には存在しない、魔獣という脅威や。
魔力によって発生する、魔力災害などで。
いとも容易く、人の命が摘み取られる。
残酷で不条理な、世界である。
それゆえに。
前世とは、比べものにならないほどに。
命の単価が、安いことは。
仕方のない、ことだった。
奴隷という階級も、当たり前のように、存在しているようであるし。
何よりも……
国民に対する、教育という名の洗脳が。
幼少期から。
国家主導のもとで。
徹底された、宗教国家においては。
国教とは、絶対。
それに、異論を唱えることは。
死に直結していることも。
理解できる。
よって、年端のいかぬ少女……のように見える成人女性……を用いた、人体実験においても。
関係者はおろか。
被験者である、当人でさえ。
さしたる疑問を、抱かなかったのだろう。
(ああ、だからそれはもう、しょうがねえさ! その点でアンタだけに、罪を問うつもりはねえよ!)
つい、感情が爆発してしまい。
口汚く、罵っているものの。
じつのところ、ヒビキは。
当時の状況から、信徒であるマリアンが。
実験に参加した、経緯については。
一定の理解を、示していた。
むしろ。
国是から、逃れることができなかった。
数奇なる、少女の人生に。
同情すら、抱いている。
だから……
憤っているのは、その後のこと。
問題なのは、計画ではなくて。
その結果である。
「そうやって、好き勝手に俺って存在を、弄びやがって……挙げ句の果てに『失敗作』でしたとか、ふざけんなよッ!?」
異世界人の、『魂』を。
新たな『器』に、宿すことで。
母体の中で、順調に。
経過観察が行われていたという、人造生命体……ヒビキが。
何故か。
唐突に。
予定していた、只人から。
想定外の、他人種へと。
存在変異してしまったのだ。
当然ながら、この結果は。
宗教国家として、只人を人族における。
最上位と位置付けている、勇聖国においては。
口にすることすら、憚られる。
大失態である。
「どうせ、人の命を簡単に弄んでくれる、勇聖教会のこった、失敗作のことなんざ、母体ごと処分しようとして、それに気づいたアンタはようやく、重い腰を上げて、こんな辺鄙なトコまで逃げてきたんじゃねえのかよ!?」
この辺りの経緯は。
マリアン本人しか、知らない事情のため。
断片的に聞き及んだ情報を、組み立てた。
独り歩きの想像では、あるものの。
あながち間違っては、いないはず。
「だからアンタは、所属していた教会から抜け出して、こんなふうに、コソコソと、人目から隠れるようにして、逃げ回っているんじゃねえのかよ!? そうじゃなきゃ、ご大層な真人サマとやらが、下賤な亜人たちなんかと、一緒に、行動なんかするわきゃねえもんなあッ!?」
失態に巻き込まれた、マリアンが。
処分を恐れて、国を離れたあと。
追手から、逃れるために。
人里から離れた。
荒野や森などに、潜みつつ。
潜伏生活を、行なっていた折に……
偶然にも。
こちらも人目を避けて、行動をしていた。
テッシンが率いる、亜人の一味と。
遭遇することで。
各々の、相互利益から。
以降は、行動を共にしているというのが。
ヒビキたちが、ここに至るまでの。
経緯である、とのことだった。
「どうなんだよ、ええっ!? 俺が間違ってるんなら、なんとか言ってみろよ!?」
そうした、ヒビキの。
推測が混じった、指摘に対して。
「……」
マリアンは。
反論を、口にすることはなく。
ただ、黙って。
俯きがちに、震えていた。
やがて。
「……っ、……ひぐっ」
美しい紅瞳から、ポロポロと。
涙を、溢れさせて。
嗚咽を、漏らし始める。
「……ぶふー……」
一方で、鼻息荒く。
怒鳴りつけるようにして。
今まで溜め続けていた鬱憤を。
散々に爆発させた、ヒビキは。
(……ったくよお。アンタ『も』そうやって、都合が悪くなったら、泣いて逃げるのかよ)
外見こそ、幼く見えても。
その仕草から。
態度から。
どうしても、前世の『とある女性』を想起してしまう。
マリアンの反応に……スーッ、と。
頭に上っていた血が、引いていた。
(……)
あっという間に。
あれほど昂っていた、熱が冷えて。
徒労じみた、虚無感が襲ってくる。
「……はあ。まあ、それはもういいや。済んじまったことは、もう、どうしようもねえからな」
声音が、冷静さを。
取り戻していく以上に。
どんどんと心が、凍てついていく。
「そんでよお。アンタはけっきょく、何がしたいんだ? 国の命令に従って、俺なんかを孕んで。それに失敗したから、今度は古巣から逃げ出して。しまいにゃあテッシンさんたちに匿ってもらいながら、俺をここまで育てたまでは、まあ、終わっちまったこととしてよお……」
それまでは、理解できる。
そこまでは、我慢できる。
でも。
「んでもって、そのあともここでいったい、アンタは、何をやってんだよ?」
「……ぐずっ……ひっぐっ」
「なあ。アンタはこれから、ここで、何をやりたいんだよ?」
「……ずっ……」
「……」
今度は、急かさない。
ちゃんと、返答を待つ。
すると。
「わ、わたしは、ここでえ、ひ、ヒビキくんの、ママをお……」
ようやく、得ることができた。
マリアンの答えに。
(……チッ。『やっぱり』かよ)
再確認した。
母親の『愚かしさ』に。
「……いやだから、それが意味わかんねえって、言ってんだよ」
心から、辟易とした。
なぜならば。
「で、ですが――」
「――いや、ですがも何も、俺なんかを胎に抱えていた、身重のときとは違って、アンタはもう、自由なんだぞ? その気になれば、只人の街に戻って、自由気ままに……とまではいかなくとも、こんなふうにコソコソと、森の中に隠れ潜むような真似なんて、しなくてもいいはずだろ?」
少なくとも。
見目麗しい、マリアンであれば。
教会の目の届かない場所に、限定されるとしても。
そこで、人並み程度の暮らしを。
今からでも、望めるはずなのだ。
それなのに。
「いいんだよ。こんな、オママゴトみたいな、母親の真似事なんて。別に俺はそんなの、望んじゃいねえんだからさ。だから俺のことなんて忘れちまって、アンタは同族のいる村にでも紛れて、普通に、暮らしていきなよ」
「で、ですが! それでは、ヒビキくんは――」
「――俺は無理だ」
天使のような、見た目をした。
美しいマリアンとは、反対に。
「そんなの、見りゃわかるだろ?」
息子である、ヒビキは。
怒髪天を突くほどに、硬質な頭髪に。
人を射殺すかの如き、凶悪な三白眼。
潰れた、醜い豚鼻と。
下顎から天を衝く、二本の鬼牙が。
ずんぐりとした、力士体型のうえに。
備わっているのだ。
「……俺は、豚鬼だ」
今のヒビキは、只人ではなく。
素体となる、人造生命体という器が。
予期せぬ存在変異を果たした、鬼人であり。
鬼人種族の中でも、とりわけ。
頑強な肉体と。
強い生命力を有する反面で。
旺盛な性欲と、醜い容姿を与えられた。
豚鬼と呼ばれる、存在である。
「そんな俺が、この国で、普通に生きられないことぐらい、わかるだろ? それともアンタはこんな俺を、人目に晒して、奴隷にでも堕としたいのかよ?」
「そっ!? そのようなことは、決して――」
「――違うのか? じゃあ俺は堂々と、人目を気にせずに、外を出歩けるご身分なのかよ?」
「……っ」
ヒビキからの、問いかけに。
マリアンの顔が、苦悶に歪むものの。
やはり、否定の言葉は。
出てこない。
(そりゃそうだろ。今さら嘘なんて吐いても、仕方ねえもんなあ)
由あって。
勇聖国に、潜伏しつつ。
内情を調査している、テッシンたちから。
劣等人種として扱われる、亜人たちが。
どのような環境に、置かれているのか。
すでに、確認済みである。
そのなかでも。
見目が悪いため、愛玩には適さず。
しかし労働には適した、肉体を有する。
豚鬼などという、存在が。
どのように、扱われるかなど……
考えるまでもない。
マリアンの無言は、その肯定であった。
「……だ、だったらやっぱり、私は、ここにいますよ! ずっとヒビキくんの、そばにいますから!」
そうした。
懇願じみた、マリアンの叫びに。
「……はあ」
心底、気だるげに。
溜息を吐き出した、ヒビキは。
ボリボリと、頭を掻きながら。
「だから俺は、それが嫌なんだけど?」
健気な、少女の訴えを。
容赦なく、否定した。
「……ッ!」
天使のような、顔が歪んで。
またしても、紅玉の瞳に。
涙が、溜まっていくものの。
「……っ!」
それでも、マリアンは。
視線を、逸らそうとしない。
ヒビキの言葉を、本音を、答えを。
待っている。
「……はあああ」
だから……仕方なく。
ヒビキは、本心を告げた。
「そもそもさあ、アンタ。なんで俺なんかを、『産んじまった』んだよ?」
「……え?」
それこそが、根本的な問題。
ヒビキが抱く、怒りの根幹である。
「だから、どうして、俺みたいな出来損ないの、豚野郎を、産んじまったんだって、聞いてんだよ?」
「そ、それは私が、ヒビキくんの、ママだから――」
「――だけど生まれる前には、もう、あんたは俺が『こうなる』って、わかってたんだろ? その下らない責任感だか母性だかで俺を産んだ結果、こんなクソみたいな事態に陥ることなんて、はじめから、目に見えてたんじゃねえのかよ?」
「……っ! で、ですが、それでも私は、貴方を――」
「――少なくとも俺はこんな人生、望んじゃいなかったよ!」
この後に及んで、なお。
無責任な言葉を吐こうとする、少女を。
真っ向から、否定してやりたくて。
つい、語気が荒くなった。
(……ああ、わかってるよ。こんなの八つ当たりだ。でも仕方ねえ、コイツも、けっきょくは『アイツ』と、同類なんだからよお……ッ!)
とめどなく、溢れ出すのは。
前世より、抱き続けてきた。
母親という存在に対しての。
嫌悪と、鬱憤である。
「前世の記憶を持ったまま、醜い豚野郎に生み出された挙句、奴隷落ちを避けるために、コソコソと、こんな人気のない山奥を転々とする生活なんざ、俺は望んじゃいなかったんだよ。それくらいは、わかるよな? わかってくれるよな?」
「……はい」
「確かに親は子を選べないし、子も親を選べない。それが普通だ。でもあんたの場合は少なくとも、この勇聖国では、俺がこんな人生を強制されることを理解したうえで、それを『始めるかどうか』を、選ぶことができたはずなんだよな?」
「え、ええ。その通りです……」
「その結果が、これだよ。たしかに赤子の時分は、ずいぶんと手厚く面倒見てもらったようだけどなあ……それだって俺は別に、感謝なんかしちゃいないぜ? むしろ意識がまだ曖昧だったときに、失敗して、さっさと今世を終わらせて欲しかったぐらいだよ」
もし、そうであったなら。
こんな想いを、抱えずに済んだのに。
こうやって、わざわざ。
自分と。
マリアンを。
傷つけずに済んだのに。
それなのに。
「アンタはさあ、アンタの身勝手で、俺を産んで、好き勝手に母親ヅラしているだけで、ご満悦のようだけど……その茶番に、俺を巻き込むなよ。それを俺が喜ぶだなんて、変な期待を、してくれるなよ。っていうかさあ、お願いだから、これ以上、俺に、関わってこないでくれ。もう……こんなふうに……生まれ、変わってまで……また、母親らの自己満足に、子どもを、巻きこまないでくれよ……っ!」
血反吐を、漏らすようにして。
苦しみを吐露する、ヒビキの脳裏には。
前世において、母と呼んでいた女との記憶が。
鮮明に、思い返されていた。
【作者の呟き】
デレとは、ツンが大きければそのぶん振り幅も大きくなりますからね(意味深)




