第二章 【02】 女蛮鬼①
本日は張り切って、六話更新します。
〈ヒビキ視点〉
さわさわ。
ふみふみ。
ぐりぐり。
(……ん……なんだ? ……誰かに……揉まれて……?)
顔面に加えられる、程良い刺激によって。
水底に沈んでいた意識が、徐々に、浮上していく。
(ちょっと硬いけど……温かいし……気持ちいい……それにこの匂いは……なんだろう……?)
決して、花のような良い香りではない。
しかし雄の本能を、昂らせるような。
不思議な甘い匂いである。
(……なんか……こう……新しい扉が、開いちゃいそうな……)
ムクムクと。
自分の預かり知らぬところで、未知の快感が芽生えてしまいそうな、不思議な予感を覚えつつ。
(……つーか……今俺って、何してたんだっけ……?)
そうした誘惑を、振り払うようにして。
微睡から目覚めつつあるヒビキは、ひとまず、閉ざしていた瞼を開くことにした。
するとそこには……
「……ん? おお、ようやく目覚めおったか、坊や。きひひっ♪」
眼前いっぱいに、広がった。
上下を反転させた、見覚えのない少女の笑顔があって。
「本当に……目覚めましたね。流石です、族長様」
さらに視界の端には。
こちらは見覚えのある、少女の姿があった。
(あの赤髪……たしか……オビイ、とかいってたっけ……?)
燃えるような赤髪に。
瑞々しい褐色の玉肌。
黄金の瞳を宿す顔の造形は、美しく整っているものの、凛然と引き締まっており。
一見して中性的にも見える美少女であるが、胸元は彼女の性別を主張するかのように大きく隆起していて、それを民族衣装めいた薄手の獣皮服が、覆い隠している。
ピンと、背筋を伸ばして。
敷物の上で正座をする少女は。
さながら、磨かれた刃のようであり。
何故かその姿に、ヒビキは既視感を覚えてしまう。
(……ん? なんかあの顔……どっかで、見たことあるような……?)
ともあれ。
そんな曖昧な感覚は、さて置いて。
ひとまずヒビキが、視線を周囲に巡らせてみれば。
どうやら自分は、丸太積みの壁で仕切られた部屋の中に、仰向けで寝転ばされているのだと理解できた。
(……樹の、匂いだ)
開閉式の木窓から流れ込んでくる陽光と空気は、芳醇なる木々の香りを纏っており。
それらが部屋を満たすお香や、染み付いた女の匂いと混ざり合って、潰れた豚鼻に流れ込んでくる。
また室内にある飾り棚や壺はどれも、独特な装飾が施されているため、ヒビキの前世的な感性だと民族的な印象を受けるそれらから、転移前までいた勇聖国とは異なる、異国の情緒が感じられた。
(ここは……いったい、どこなんだ?)
そうした、様々な情報を得ることで。
徐々に意識が活性化していく。
しかしそうした思考が、現状に追いつく前に。
「これこれ、坊や。妾を前にして目移りなど、いい度胸ぢゃのう」
揶揄うように、そんなことを言いながら。
むんにゅりと、両頬に感じる圧力を強めることで。
部屋を漂っていたヒビキの視線を引き寄せたのは、やはり上下が反転した悪戯童女の笑みを浮かべる、十歳程度の少女であった。
状況から察するに。
彼女は仰向きで寝転ぶ自分を、股下に挟み込みながら。
上半身を弓形に曲げ、覆い被さるようにして。
こちらを覗き込んでいるらしい。
重力に従って、視界を切り取る紗幕のように垂れた銀髪が、シャラシャラと揺れている。
(えと……誰だよ、コイツ? こっちは完全に初対面だよな?)
ただし凶悪な豚面を映した、少女の銀色の瞳には、幼い外見には似つかわしくない、知性の輝きが宿っていた。
甘ったるい声音に反して、口調は老婆のようであり。
声音には外連味と、成熟した老獪さが混ざっている。
彼女が身に着けているのは、オビイと同様の、肌面積の露出が多い民族衣装めいた獣皮服であるが。
耳や首元など、見える範囲の褐色肌に黄金と宝石による豪奢な装飾品を散りばめていることから、彼女の身分が一般的なそれではないことが、なんとなくだが察せられた。
(この見た目と中身が一致していない感じ……なんか、アイツに似てるな)
と、ようやくそこに思考が至ることで。
「……っ! そうだ、マリアン! マリアンはどこに――」
ガバッと、跳ね起こそうとした上半身を。
「ぢゃから落ち着けというに」
グイッと、顔の左右を挟み込む圧力が。
強引に床へと引き戻したために。
「――ぶぎイっ!?」
ズゴンッと、勢いよく。
ヒビキは後頭部を強打してしまう。
「〜〜〜ッ! いってえなあ! おいコラ、何すんだよっ!?」
たとえ前世と比較して肉体強度が上がっていても、痛いものは痛い。
それが予期せぬ衝撃であれば、尚更だ。
激痛から、ただでさえ人相の悪い三白眼に怒りを浮かべて、語気を荒げた豚鬼に対して。
「これこれ、強引なのは嫌いではないが、せっかちなのは嫌われるぞえ」
ムニムニと、ヒビキの両頬を挟み込みながら。
見下ろしてくる銀髪少女の、余裕な態度は崩れない。
「坊やよ。女子と年寄りの話は、最後まで大人しく聴くものぢゃぞい?」
「うっせえな! つーかいい加減に、この手を離しやがれ…………って、足イいいいいっ!?」
「ふひひっ♡」
ニンマリと、悪戯猫の笑みを浮かべて。
滝ように垂れていた銀髪を、シャラシャラと揺らしながら。
視界の大部分を占めていた少女が遠ざかると、代わりにヒビキの両手が掴んでいたものが、視界の両端から伸びてくる。
「その通り、ついさっきまでおぬしが散々と堪能しておった、くっさいくっさい、妾の御御足ぢゃよ♡」
それは、見間違えようもなく。
自分の顔を先ほどまで挟み込んでいたらしい、ホコホコと少し汗ばんだ、芳しき少女の足裏であり。
「ぶ、ぶぎいいいいっ!?」
「やんっ♡」
心の底から悲鳴をあげて。
握り締めていた少女の両足を放り投げながら。
今度こそ、身体を跳ね起こしたヒビキが。
慌てて少女から、距離を取るものの。
「なんぢゃ、坊や? あれほど気持ちよさそうに妾の足裏に揉みしだかれておいて、今さら恥ずかしがることもあるまいにっ♡」
すでに発生した過去は変えられない。
今も顔中に残る自分以外の体温が、銀髪少女の言葉を肯定していた。
「う、嘘だっ! あんなものに、俺が、誘惑されてかかっていただなんて……っ!」
「……やはりあの足責めは、効果があったのだな」
「っ!?」
思わず漏れてしまった、豚鬼の本音に反応したのは。
自分たちから距離を置いていた、赤髪の少女であり。
「族長は気付けとおっしゃっていたが……男のクセに、女に足蹴にされて悦ぶなど、この変態が!」
叱責とともに向けられる、半眼となった黄金の瞳には。
ありありと。
路傍の生ゴミに注ぐような、嫌悪の色が宿っていた。
「……ッ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
慌てて豚鬼は、弁明を口にする。
「それは一方的な言いがかりだ! 流石に異議を申し立てるぞ!」
「そうぢゃぞ、オビイや。いかに屈強な男の子とはいえ、抱える性癖は多種多様じゃ。それらを受け入れ、付き添うて、ともに楽しんでやることもまた、良き女子の器量ぢゃぞえ」
「フン……お言葉ですが族長様。そのような軟弱な男など、オレは願い下げです。足裏を嗅がれて発情されるくらいなら、死んだ方がマシだ」
「だから何で! 俺が! 人の足裏に興奮する匂いフェチ野郎に認定されてんだよ!? 勝手に話を進めんなッ!」
「そうぢゃぞい、オビイ。坊やは足ではなく脇、あるいは耳派かもしれぬ。決めつけはよくないぞい」
「……っ! ケダモノめっ! そのような下劣な欲情を滾らせるなど、産み育ててくれた親や家族に、申し訳ないと思わないのか!?」
「うあああああ゛っ!」
たとえ本人に、そのような意図はなかろうと。
見事なほど的確に心を抉ってきた罵倒によって、ヒビキは両拳を床に叩きつけ、慟哭した。
「うう……ごめん……ごめんよ、マリアン……師匠……ダメな息子で……弟子で……生まれてきて、本当にごめんなさい……っ!」
「あ、いや別に、そこまで本気で落ち込まずとも……」
「くかかか! 見た目に似合わず、坊やは随分と芸達者ぢゃのう!」
そうした豚鬼の、あまりの気落ちぶりに。
罪悪感を覚えてしまった様子の赤髪少女が、声をかけようとするものの。
「このような状況で、咄嗟にそのような道化が演じられるとは、なかなかに肝が据わっておるわい! 流石はあの、ライヅに連なる者ということか!」
「「 ……っ! 」」
ただひとり。
ケタケタと笑う、銀髪少女の発言によって。
豚鬼と少女が、それぞれ表情を引き締めたのだった。
【作者の呟き】
美少女から顔面にあんよフミフミを受ける豚野郎なんて、数ある異世界物語においても、流石に本作だけですよね!(やや不安)




