第一章 【36】 選択③
〈ヒビキ視点〉
「こんな土壇場で、非常識なことは、重々承知していますが……どうかマリアンを、大和国に、転送してくださいっ!」
数ヶ月前から。
入念な準備を、仕込んできて。
度重なる、不測の事態に。
見舞われながらも。
ようやく、漕ぎ着けること叶った。
大陸間に及ぶ、長距離転移魔法の。
決行直前である。
「……ふむ」
劇的な心変わりを果たした豚鬼……ヒビキから。
大和国様式の、土下座にて。
頭を、下げられた。
転移魔法の、術者である。
精人の老人……ハクヤは。
「はてさて……坊や。果たして、おぬしはその言葉の意味を、どこまで理解されておられますかのう?」
長い白髭を、扱きながら。
当然の、難色を示した。
(……っ!)
勿論、ヒビキとて。
自分が何を、口走ったかなど。
痛いほどに、理解している。
(でも……それでも、俺はっ!)
時間。
場所。
資源。
魔力。
そのどれもが、簡単に。
都合できるものではなくて。
そこに、新たな人員を加えることが。
どれほど、無茶な物言いなのか。
理解できないはずがない。
それでも。
「俺は……俺のことなんて、どうでもいいんです! でもコイツは……マリアンは、こんなところで、死んじゃいけない人間なんだ! お願いします、助けてくださいっ!」
当初の予定であれば。
例えこの場で、離別したとしても。
聖人と謳われる、強者であれば。
今後の、身の振り方など。
自由に選択できる。
はずだった。
(でも……こんな状態じゃあ、置いてかれた時点で、詰みだ……っ!)
呪詛魔法に、侵されたまま。
この場で、朽ち果てるなど。
まだ、マシな方で。
この森に派遣されている、浄火軍に。
抵抗もできず、鹵獲されてしまえば。
祖国における、大罪を犯した聖人が。
その後、どのように扱われるかなど。
想像に難くない。
だから。
「お願いします……マリアンを、大和国に、転送してやってください!」
ようやく手にした、大切な母親を。
こんな場所になど、捨て置けない。
ならば。
「魔力や触媒が足りないって言うんなら……俺のぶんを、アイツに、回してください! それでも足りないってんなら、今からでも、俺が足りないぶんをかき集めてきますから、どうか、お願いします……っ!」
無茶を通す、筋として。
この程度の、献身など。
当然である。
「ひっ、ヒビキくんっ!? 一体何を――」
ヒビキの物言いに。
慌てて、口を挟もうとした。
白髪紅瞳の少女……マリアンを。
「――いいから! アンタは、黙っててくれ!」
心苦しく、思いながらも。
強い口調で、静止して。
「この通り、俺は考えなしで、バカ丸出しの、醜い、足手でまとい野郎ですけど……こんな俺でも、コイツはちゃんと、愛してくれたんです! 俺なんかを、ずっと本気で、愛してくれてたんです! だから! 今更ですけど……俺にも、親孝行ってヤツをさせてください! お願いしますっ!」
吐き出した。
心からの、嘆願に。
「ひ、ヒビキくん……♡♡♡」
表情こそ、伺えないものの。
おそらくは。
馬鹿息子による愚行に。
動揺した、マリアンが。
小さく声を、震わせて。
「……はあ」
決定権を有する、ハクヤは。
これみよがしに、深々と。
嘆息を、吐き出した。
(……ッ!)
常日頃から。
どんな状況下でも、鷹揚に。
微笑んでみせる、翁である。
その、慣れない反応に。
ギュッ、と。
胸が、締め付けられた。
(やっぱり……無茶苦茶、言ってるよな……でも、ここはなんとしても、俺の無理筋を、通してもらわねえと!)
そのために、腹を切れと。
申しつけられたのならば。
迷うことなく、実行する。
それくらいの覚悟を持ったうえでの、発言だった。
たとえどれほど、呆れられようとも。
少なくとも、今この場において。
退く気はない。
「やれやれ……勘違いされては、困りますなあ」
「……っ! 確かに、俺は本来、大和国の一員ですらなくて、ただ、皆さんの温情で同行を許されていただけの、余所者ですけどっ……こんなこと、本当は、言えるはずなんてないことは、重々に、わかってますけど……でもっ! それでも俺は、コイツを――」
「――喝ああああツッ!」
垂れ流される、懇願を。
老人の放つ、一喝が。
強引に、断ち切る。
(ッ!?)
またしても。
数年来の、付き合いで。
初めて耳にする、大声だった。
(しまった……怒らせちまったか!?)
地面に顔を、伏したまま。
ヒビキが硬直していると……
「……いい加減になされよ、坊」
裂帛の声音を、見事に収めて。
いつものように、穏やかに。
滔々と、翁が語り始める。
「もとより。マリアン殿の駄賃など、とうに確保しておりますわい」
ただ。
告げられた、その言葉に。
「っ!!?」
思わず。
ヒビキは、顔を上げた。
「……え? は、ハクヤさん……?」
「いやはや。全くもって、度し難い。坊は『あの』若が、己の『身内』をこのような場に捨て置くなどと、本気でお思いで? それにご自身のことも、今更に『余所者』などとは……あまりワシらを、見くびりなされるな」
手癖で白鬚を、扱きながら。
チラリと、ハクヤは。
白眉に埋もれた瞳を。
「……」
会話に、狐耳を立てている。
クノイチの狐人……カエデへと、向けて。
「坊には身内を、救われ申した。のみならず、若のご胤子までをも、助けられたのです。この恩義を蔑ろにすることは、ライヅの家臣として、許されるものではありませぬ。罪には罰を。ご恩には報いを。それが大和国の、流儀ですわい」
次いで。
透徹した眼差しを。
ヒビキの腰元に、差し込まれた。
『稲妻家紋』入りの、黒鞘へ注ぐと。
「そも、坊は……若から直々に、ライヅの家名を、賜ったのですぞ? なれば尚更に、堂々と、六年も同じ釜の飯を共した『家族』として、この老骨に甘えるがよろしい。それに応えることもまた、先達の、生き甲斐というものですじゃ」
それこそ。
孫に、難題をせがまれた。
好々爺のように。
頬を、緩ませたのだった。
「……っ!」
予想外の対応に。
思わず声が、詰まってしまう。
「ほっほっほ」
硬直してしまった、ヒビキに。
目を細めて笑う、ハクヤだが。
……チュドオオオオオオンッ!
拠点を覆う、隠蔽結界の外側。
一定の、遮音効果を備える。
魔力障壁越しであっても。
ビリビリ、と。
大地を震わせ続ける、振動に。
「それにまあ、若の無茶に比べれば……坊のおねだりなど、随分と、可愛い気のあるものですわい」
微笑みから、一転。
苦笑を、浮かべてしまう。
「あっ……す、すいません!」
ヒビキもまた、ハクヤと同様に。
拠点から距離を置いた、森の上空。
時間と共に、苛烈さを増していく。
雷鳴と爆音の狂宴を。
視界に収めて。
「俺のせいで、まだ、師匠は戦ってるっていうのに……っ!」
思わず、頭を下げてしまった。
当然である。
なにせ、敵陣にて。
時間制限が、迫るなか。
尋常ならざる、強者を相手に。
自陣の大将が、殿を務めるなど。
常識的に、有り得ない状況である。
その原因を、作ってしまった。
ヒビキの負い目は、凄まじい。
「……いえいえ。それこそお気に、召されるな」
それなのに。
「あれほど、死闘に飢えていた若のこと。強敵を前にして、嬉々として殿を名乗り出る姿が、目に浮かぶようですわい」
しみじみと。
綴られた、翁の言葉を。
「……」
ヒビキは否定、できなかった。
「この瀬戸際で、随分とまあ、傾かれるものよ……いやはやじつに、若らしい」
隠蔽結界の、向こう側。
森の空を、彩る戦場に。
向けられた、翁の眼差しは。
まさしく。
手間のかかる、聞かん坊に向けられた。
苦労が絶えない、保護者のそれである。
「ともあれ、この様子ですと、若の気晴らしには、まだまだ時間がかかることでしょうて。その間にマリアン殿を、順番に割り込ませたところで、文句を付けられる謂れはありませんわい」
「……」
「それよりも、坊や」
「は、はいっ!」
「わしが問うたのは、そのような些事などではなく……その、先のことですぞ?」
「……」
「ご存知の通り、勇聖国と大和国では、常識が、あまりに異なりまする。今まで守られる立場だった坊が、今度はマリアン殿を、守る立場になるのです。その責任を、意味を、覚悟を、果たして坊は、持ち合わせておられるのか?」
「はいっ!」
即答。
ヒビキは断言した。
「コイツは……マリアンは、こんな俺を、これまで、命懸けで愛してくれたんです!」
瞳に、迷いはなく。
声には、芯がある。
「だから俺が、これから、それに報いるのに命を賭けるなんて、当たり前のことですよ!」
「ほうほう」
「いや、それだけじゃ足りねえ! 全然だ! コイツには、俺が与えてくれたもの以上のものを返さないと、俺の気が済まねえ! なんとしても! どんな手を使ってでも! 絶対に! 俺はコイツを、幸せにしてやります!」
「……ほほう?」
「だから見ていてください、ハクヤさん! それが今日から、俺の、生き甲斐で! 俺がこの世界で、生きる意味です! いつかきっと、誰もが認める立派なマザコン豚鬼に、俺は、なってみせますからね!」
「……」
それなのに。
何故か、ハクヤは。
怪訝そうに、白眉を寄せて。
「……のう、カエデや」
先ほどから、狐耳を向けていた。
樹に背中を預ける、クノイチへと。
会話の矛先を向ける。
「よもや坊は、何か、変な茸の類でも食されたのか?」
「い、いえ……そのようなことは……」
「ふうむ……呪詛の影響では、ないようですが……さては戦いの最中に、強く頭でも、打たれましたかな?」
「さあ……拙が、合流した時には、すでに、この有様でして……」
話題を振られたカエデも、何故か。
苦虫を噛んだように、渋い顔色だ。
(……?)
ただ、当たり前のことを。
宣言しただけなのに。
解せない。
「まあ良い。ひとまずそれは、さておくとして……」
不思議そうに。
首を傾げる、ヒビキから。
話題と一緒に。
視線も逸らして。
ハクヤは先ほどから、黙り込んでいる。
マリアンへと、問いかけた。
「……とまあ、坊は仰られておりまするが、肝心要のマリアン殿としては、如何かな?」
ドクン、と。
鼓動が、跳ねる。
(――っ!)
そうだ。
ここまでは、いわば。
ヒビキの勝手な、独断専行。
時間も余裕も、なかったため。
本人の許可など、取ってはおらず……
(……いや、言い訳だな)
違う。
ただ、怖いのだ。
この後に及んで。
相も変わらずに。
恐れている、だけだった。
(今まで散々と、好き勝手、やってきちまったもんな……それなのに、急に手のひら返したところで、すんなりと、受け入れてもらえるはずがねえ)
だとしても。
それは、ヒビキが背負うべき罪だ。
これから向き合うべき、罰なのである。
決してそこから、目を背けてはならない。
たとえどんな答えでも、受け入れて。
今度はヒビキの方から、マリアンに。
マリアンの、幸福のためだけに。
滅私奉公していかなければ。
ならないのだ。
(いったいどれだけ煙たがれようが……アンタを、幸せにするためなら、俺はぜってえに諦めねえぞ! 今まで散々と、アンタがやってきたことなんだから、覚悟しやがれ!)
そうした、ハクヤの言葉と。
ヒビキの視線を、向けられて。
当の本人である、マリアンといえば。
「……」
呆然と。
微睡む、夢遊病者のように。
気の抜けた顔を、晒していた。
「……あへえ?」
なんか、目がヤバい。
小さく可愛らしい、唇からは。
残念な涎が、垂れている。
「……ッ、マリアン!」
言うまでもなく、マリアンは。
呪詛に侵された、重篤者だ。
悪辣なる脅威は、嫌というほどに。
ヒビキ自身が、体験している。
(チクショウ……なんかピンピンしてたから、つい、気を抜いちまったっ! ンな訳ねえのによおッ!)
病状の悪化を、察知して。
マザコン豚鬼が、駆け寄った。
「大丈夫だ、マリアン! しっかりしろ! 俺が、ついてるから! 絶対に俺が、アンタにかけられた魔法を、なんとかしてやるからな! だからお願いだよ、マリアン! 気を、しっかりもってくれ……っ!」
ぎゅうううううっ、と。
壊れないよう、繊細に。
それでいて、力強く。
熱烈に。
愛おしく。
抱きしめると。
「あ、あへへへへえええ……っ!!?」
マリアンは。
グルグルと、紅瞳を回しながら。
ぶしゅっと、鼻血を吹き出して。
喉奥から、奇妙な声を漏らした。
「い、いかん! 坊よ、それはやりすぎじゃ!」
「え? ハクヤさん? で、でも……」
「……い、いいから! 今はマリアン殿を、翁に……っ!」
血相を変えた、カエデからも。
強い口調で、言い付けられて。
「は、はあ……」
渋々と、ヒビキは。
駆け寄ってきた、ハクヤに。
「こひゅー、こひゅー」
過呼吸気味の、マリアンを。
惜しくも、預けたのだった。
「……そう……まずはゆっくりと、息を、整えなされ……大丈夫ですかな? わしの声が、お分かりか?」
「……え、ええ……大丈夫、です……少し……脳が、耐えきれなかったようでして……無様を、晒してしまいました……」
背中を支える、翁の声かけによって。
徐々に、乱れていた呼吸が。
沈静化していく。
「……」
その横手から……じーっ、と。
注がれる、カエデの視線に。
ヒビキは巨体を、縮めさせた。
(そうだよなあ……俺だけが、気持ちを逸らせても、怪我人相手にそれは、悪手だよなあ……ちゃんと、加減しねえと……)
己の不出来を、恥じるばかりである。
ややあって。
「……落ち着かれましたかな?」
「え、ええ……もう、大丈夫です」
「それで、マリアン殿。急かしてしまって申し訳ありませぬが、坊の覚悟に対する、返答は如何に?」
時間を惜しむ、ハクヤから。
答えを迫られた、マリアンは。
「……」
改めて。
真っ直ぐに。
ヒビキへと、顔を向けながら。
「……ふっ、ふちゅちゅかな、ママですが、末永く、よろしくおねがいいたしまひゅっ!」
紅潮して。
噛み噛みながらも。
身勝手な、愚息の想いを。
受け入れて、くれたのだった。
「……っ! あ、ああ、こちらこそよろしくだぜ、マリアン! アンタのことは、俺が絶対に、幸せにしてみせるからなッ!」
「……あふんっ」
直後に、グルンと。
見事な、白目を剥いて。
マリアンは、気絶した。
「ま、マリアあああああンっ!?」
「いいから! 落ち着きなされ、坊や! これはわしの、仕業ですわい!」
「えっ!? ど、どういうことですか、ハクヤさん!?」
「……いや、実際に触診して、恐れ入りますわい」
様々な魔法に精通した、仙術士は。
抱き支える、聖人の背中から。
体調を、読み取ったようで。
「これほどまでの、呪詛に侵されながら、あれほど気丈に、取り繕っておられたとは……」
脱力した少女に向ける、老人の瞳には。
尊敬と畏怖が、入り混じっていた。
「本格的な治療は、大和国に渡ってからとなりますが、とにかく今は、安静が第一。これ以上の刺激は、毒にしかなりませぬゆえ」
そのために、意識を断ったのだと。
困惑するヒビキに、ハクヤは告げる。
「でも、そんな……強引な、やり方じゃなくても……」
「マリアン殿ほどの手練れ、不意をつける機など、容易には訪れませぬ。気持ちはわかりますが、この場は、呑み込んでくだされい」
「……うっす」
「して、カエデよ」
「はっ!」
次いで、ハクヤは。
先んじて転移する、クノイチに向けて。
「おぬしは一足早く、大和国にて、己と合わせて、マリアン殿のぶんも、治療の準備を進めておきなさい。全ての責は、わしが持ちまする。霊薬でも秘薬でも仙薬でも構いませぬから、糸目をつけずに、家の倉からありったけを持ち出させなさい。ライヅの宝と、恩人を、絶対に、失うことなどあってはなりませぬぞ」
「御意に、ございます……っ!」
重篤である、只人の少女を。
迎え入れる準備を、指示してくれた。
その後で。
「そして、坊や」
「う、うっす!」
「先の発言……努努、忘れることなど、ありませぬように」
告げられた。
確認の言葉に。
「……はい! 勿論ですっ!」
ヒビキはやはり。
迷うことなく。
即答して、みせたのだった。
⚫︎
〈ロメオ視点〉
(なるほど。これが黒兎どもの、目論見ですか……)
木々の暗がりに、隠れながら。
携帯用の、望遠鏡を覗き込む。
勇聖教会の神官……ロメオの、視界には。
森の広場に、設けられた。
人為的な、魔法の儀式場と。
浄火軍が『黒兎』と名付けた、亜人の密偵たちが。
映し出されていた。
(今まで慎重に動いていたはずの、黒兎たちにしては、やけに目立つ行動に頓着がないと思っていましたが……これほどまでの、高出力の魔法陣。そして魔術式から察するに、一気に地上まで、逃げ仰るつもりだったのですね)
勇聖教会に所属する、以前。
神官学校に通うなかで。
立身出世のため。
知識を蓄えていた、ロメオは。
魔法陣に描かれた、魔術式の意味と。
亜人たちの、切り札を。
正確に、見抜いている。
(これほどまでの、大掛かりな魔法の準備や、結界の仕込みを、私たちに気取られることなく、遂行していたとは……聖人様と張り合うあの『バケモノ』といい、やはりこの黒兎どもは、只者ではありませんね)
チュドオオオン……ッ!
ドゴオオオン……ッ!
バチチチチ……ッ!
断続的に、森を鳴かせる。
常軌を逸した、戦闘の余波は。
未だ、鳴り止む気配がない。
つまりあの、異形の亜人は。
勇聖国における、最大戦力。
たった一人で。
一軍すらをも。
凌駕してみせる、八耀聖の一角と。
同等の戦力を有した、怪物であり。
森に隠された、この儀式場にしても。
幾重もの。
隠蔽魔法や、探知魔法。
物理的な簡易罠が、張り巡らされていた。
これほどまでの、高度な技量。
死をも辞さない、各々の練度。
稀に見る、突出した戦力から。
総合的に、判ずるに。
おそらく、この黒兎たちは。
使い捨ての駒などではなく。
国元から、それなり以上の信を与えられた。
重要人物であるはずだ。
(コイツらを、捕えることが、できたなら……私の出世は、間違いないのでしょうが……)
道中で。
探知魔法を、避けるために。
騎乗していた、軍馬を捨てて。
呪詛魔法を含めた、干渉系統の魔法技能に長けた聖浄騎士……ダリアによる。
妨害魔法を展開しつつ。
対象に埋め込んだ『己の魂』を起点として。
魔力線を辿りながら。
複雑な、侵入経路を。
見事、踏破して。
黒兎たちに、気取られることなく。
ここまでの接近を、果たした。
ロメオであるが……
(……ああ。もう、逃げてえ)
本音としては。
一刻も早く。
こんな、想定外に塗れた戦場から。
抜け出したい。
「……ひゅー……こひゅー……」
そんな青年神官を。
ほとんど、脅すようにして。
満足に動けない自分の、足代わりに。
この場まで道連れにした、ダリアは。
「……こっ、ごぽっ! ……う、ええ……」
もとより、魔力改造によって。
期限が迫っていた、命の蝋燭を。
さらに激しく、燃焼させる。
聖浄騎士専用の強化魔法……〈聖浄覚醒〉の使用と。
強引に止血した、隻腕から滴る。
夥しい、出血によって。
もはや、その灯火は。
燃え尽きる寸前だった。
(執念だけで、ここまで保っていたようですが……流石にもう、限界ですね)
樹の根本に、背中を預け。
吐血混じりに。
浅い呼吸を繰り返す、聖浄騎士は。
戦力として、使い物にならない。
(これほどの、出世のチャンス……非常に、勿体無いですけど……やはり、背に腹は変えられませんよねえ……)
ロメオとて、魔力はほぼ尽きている。
如何に、取り逃した亜人たちが。
手負いとはいえ。
このような有様である、自分たちだけで。
あれらの鹵獲に、挑むなど。
愚行の極み。
ただの自殺行為だ。
「……ポ、メオ……あいつ、は……いた、の……? もう、すぐ、そこに……いるはず、なんだ……っ!」
「私の名前はロメオですが……はあ。もう、いいですよ」
致命量の、出血から。
ろくに目すら、見えていないくせに。
怨讐に、目が曇って。
未だ聖人を、諦め切れない。
過去に囚われた、聖浄騎士に向けて。
「あと……残念ですが、聖人様は見当たりませんね」
堂々と。
ロメオは、嘘をついた。
「……え、ええ……? そ、んな、ことは……」
「いやいや、本当ですって。やはり、本調子ではないのでは?」
「……」
「それに貴方も、随分と、体調が悪そうですよね? 魔力切れで、探知対策の妨害魔法が途切れてしまう前に、やはりここは一度、退くべきなのでは?」
嘘八百を、並べ立てて。
なんとしても、早急に。
この場を離れたくて、たまらない。
青年神官である。
「……」
すると、聖浄騎士は。
「……そう」
しばしの、逡巡の末に。
ようやく己が意を、曲げたのだった。
(はあ……やれやれ。まったく、最後まで、手間をかけさせてくれますねえ)
内心で、安堵の吐息を漏らしつつ。
いそいそと、ロメオは。
撤退の準備を始めた。
(壊れかけの、不具合品のくせに、私の足を、引っ張らないでくださいよ。あとは精々、亜人どもの巣を抜けるまで、妨害魔法さえ維持していただければ、それでもう、貴方の役目は終わり――)
――ぞぷり、と。
腹部に、違和感。
「……あえ?」
「……ああ、わかった……よお……」
激痛は、遅れてやってきた。
発生源は、背中から腹部に向けて。
肉と内臓を、突き破りながら。
貫通した。
聖浄騎士の握る、刺突剣の切先である。
「ダ……リア、さん……?」
「よおく、『わかった』から……もう、いい、から……黙って、さあ……」
錆びついた、歯車のように。
緩慢な動作で、振り向いた。
ロメオの視界には。
「……ボクのために、死んで、おくれよオ……?」
ギラギラ、と。
己の最期を悟った、女の。
禍々しい狂気が、広がっている。
(そ、んな……こんな、ことで……私が……私は……っ!)
ドクン、ドクンと。
己が身に、注がれる。
悍ましい魔力を感じながら。
「……っ、こ、の……キ⚪︎ガイ、め……っ!」
ようやく、本音を吐き出して。
そこで、ロメオの意識は。
闇へと、落ちていった。
【作者の呟き】
ママがハッスルし過ぎて、やや間延びしてしまいましたが、次話で第一章は完結です。
長かった〜っ!(自己責任)




