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第一章 【02】 目覚め①

〈ヒビキ視点〉


 そのように、朧げではあるものの。


 ヒビキの『こちら』での記憶が始まってから、一年ほどが経過した頃に。


(……ん?)


 ふと、不意に。


 あるいは必然的に。


 それまで蓄積してきた経験が、記憶が、情報が。

 

 カチリと、歯車が噛み合うようにして。


 結合されて。


 整合されて。


 統合された。


(……俺は……なんで……ここはいったい、どこだ……?)


 常に霞がかっていた思考が、澄み渡って。


 意識が明瞭となる。


 自我が定まることで、己という存在を認識する。


 覚醒する。


 この日、このとき、シバ・ヒビキという存在は。


 本当の意味で、この世界で目覚めたのであった。


(……う……なんだ、頭がぼーっとする……なんだこれ? 寝過ぎたか? 昨日ってそんなに飲んだっけ?)


 はっきりとしない記憶を遡ると。


 目覚める前日の自分はたしか、義妹と一緒に、旅行に出掛けていたはずだ。


 二十四歳と十六歳。


 やや歳の離れた義理の妹であるが、兄妹間は良好で、昨日は久方ぶりに家族水入らずの旅行を満喫していた。


 そこで少々ハメを外し過ぎたのだろうか。


 などとも考えたが。


 しかし徐々に思い出していく記憶が、それを否定する。


(いや……たしか俺たちは予定通りに、宿を出て……観光地を巡って……それから……)


 悲鳴。


 気が狂ったような男の哄笑と。


 女や子どもたちの泣き叫ぶ声。


 激痛。


 真っ赤に染まっていく地面と。


 全身から力が抜けていく感覚。


 絶叫。


 見たことないほどに取り乱す妹と。

 

 警官に取り押さえられる男。


 そして血だらけの自分。

 

(……ああ、そういやそうか。あの通り魔、ちゃんと捕まったのかなあ?)


 外遊先において、偶然に。


 通り魔の凶行に遭遇したヒビキは、彼に襲われていた親子を助けるため、刃物を振り回す男の制圧に挑んだのだった。


 もとより趣味で格闘技を嗜んでいた身であるからして、あきらかに素人である通り魔の力量を見るに、決して無茶な行動ではないとそのときは思ったのだが……


(……いやまさか拳銃まで持っているとか、ふつう思わないでしょ? ニホンの治安は大丈夫かよ?)


 犯人を取り押さえたまでは、良かったものの。


 不意をつかれて、銃を撃たれ、重傷を負ってしまった。


 稽古で痛みに慣れているからこそわかる、取り返しのつかない、致命的な臓器の損傷である。


 その場には他にも何名か、巻き添えを喰らってその場に倒れている人たちによる、苦悶の声が溢れていた。


『ヒャハハハ! これでえ! 俺は、向こう側に行ける! 俺は選ばれたんだあ!』


 そのなかでも、特に耳障りに響いていた。


 通り魔の、狂気に満ちた叫びを。


 最期に聴きながら。


 ヒビキの意識は暗闇へと、転がり落ちていったのだが……


(……ん? 俺は、助かったのか……?)


 こうして、意識は戻った。


 記憶も正常に繋がっていると思う。


 ただし身体が、思うように動かない。


 あと状況の意味がわからない。


(んでこの子、だれよ?)


 徐々に血の巡っていく思考の中で。


 いま現在もっとも気になるのは。


 目の前に寝転がる、天使とでも称すべき西洋人形(ビスクドール)じみた、美少女の寝顔である。


 年齢は十歳かそこらだろうか。


 幼いながらも、とにかく顔の造形が整っており、間違いなく稀代の美人に成長すると確信が持てる容姿をしていた。


 おそらく白人であろう少女の、色素の抜け落ちた無垢なる白髪が、海のように敷物(シート)の上に広がっている。


 今の自分はそんな白髪少女の胸元に抱えられるようにして、敷物の上に寝転がっている状態なのだ。


(なるほど。これはつまり……)


 事案。


 そんな単語が脳裏に浮かんだ。

 

「……ぷ、ぷぎいいいいいっ!」


 現状を認識すると同時に。


 ブワッと、大量の汗が湧く。


 混乱のあまり、口からは奇妙な悲鳴が溢れ出していた。


(……ま、まずいまずいまずいまずいどうしよこれどういう状況よ、これ!? と、とりあえず弁護士呼んでください! 俺は無実ですよね!?)


 未遂であることを願いつつも。


 どうして自分は、布一枚を被っただけの白髪ロリ西洋美少女と同衾しているのか。


 どうして彼女は、全裸なのか。


 どうして自分も、全裸なのか。


 次から次へと溢れ出る疑問が止まらない。


(っていうか俺え! なんでこの子の匂いに落ちついちゃってんだよお!?)


 どれだけ理性で否定しても。


 本能が。


 彼女のかもす甘ったるい乳糖(ミルク)のような香りに、癒しを覚えてしまっている。


 もしや、バブみに目覚めたのか。


 もうオギャってしまったのか。


 すでに手遅れなのだろうか。


 こんな年端もいかない少女に対して、自分は何という……


(……業が、深すぎるだろうがあああああっ!)


 知らない間に、新たな性癖が開花してしまった可能性に。


 戦慄すら覚えてしまう、ヒビキであった。


『……兄さん、最低です』


 どこからか義妹の、蔑むような声が聴こえた気さえする。


「ぷ、ぷぎい! ぷぎいいいっ!?」


 とにかく必死に否定の言葉を吐き出すが、動転している所為か、うまく舌が回らずに、子豚のような鳴き声しか出ない。


 むしろそうした無駄な悪足掻きは、状況を悪化させた。


「……んっ……んん……」


「――ッ!?」


 桜色の唇から、妙に色気のある声を漏らして。


 白髪の全裸少女が目を覚まし、大きく美しい紅玉の瞳が、目の前で硬直するヒビキを捉えたのだ。


(……っ、んな……っ!?)

 

 その、光景に。


 至近距離から見つめあった、少女の瞳に。


 宝石のような紅眼に映った、己の姿に。


 思わず息を呑んで硬直したヒビキが二の句を告げるより先に……


 にへらっ、と。


 美しい少女は、相合を崩して。


 じつに幸せそうに。


 だらしなく、微笑んだのだった。


「……ん。んふふ〜♡」

 

 それから白髪の少女は。


 ふにゃふにゃとした笑顔を浮かべて。


 ごく自然な動作で。


 至極当たり前だとでもいうように。


 硬直するヒビキを、ギュッと。


 薄い胸元に、抱きしめたのである。


「っ!? ぷ、ぷぎい! ぷぎいいいいいっ!」


 事案、確定である。


 少女の体温と、鼓動と、感触と、匂いを、直接(ダイレクト)に受け取ったヒビキは、一瞬前までの驚愕を忘れて狼狽した。


 チャチな思考など一切合切まとめて消し飛ばす、暴力的な母性(バブみ)がそこにあった。


 そしてそんなものを、年端もいかない少女に感じてしまっている自分に気づいて、ヒビキは死にたくなった。


 というか殺してください。


(ど、どうなってんだ、俺えええっ!? いやいや、これはない! これだけはないだろおっ!?)


 過去の記憶(トラウマ)まで刺激されて吐き気を覚えるヒビキに、少女はポンポンと、抱きついた状態のまま、手のひらで背中を叩いてくる。


「よしよし、いい子いい子。ママはここにいますからね〜。どこにも行ったりしませんからね〜」


「……ぷひい」


 つい反射的に、安堵の吐息を漏らしつつ。


 あかん、これは人をダメにするヤツやと、ヒビキは直感した。


 バブみが深すぎる。


 立派な成人男性である自分をいとも容易くオギャらせようとする少女の母性には感嘆するが、しかしそこは、鋼の精神力で抗ってみせる。


(思いだせ……俺っ! 俺はどちらかといえば年上派、こんなペッタンコに溺れるようなロリコンじゃねえよなあ!?)


 巨乳、垂れ乳、長乳、横乳、陥没乳首……と。


 己の様々な(へき)をフル動員することで、ヒビキは必死に、目の前の誘惑に抗った。


 ともすれば容易く折られてしまいそうな理性を、己の性癖で補強して、懸命に眼前の楽園(フロンティア)に耐えようとする。


(大丈夫……俺は、我慢できる。この程度で捻じ曲げられるほど、俺の癖はヌルくねえぜっ!)


 義妹に何度蔑んだ目を向けられようとも、すれ違う人々の巨乳観察を絶やすことのなかった青年の自負が、なんとか、傾きかけていた心の均衡を正常値へと押し戻した。


「……ぷ、ぷぎい……ぷぎい……ぎい……」


 危ない戦いだった。

 

 もう少しこの子の胸が膨らんでいれば、危うかったかもしれない。


 彼女が第二次性徴前で助かった、などと。


 言葉にならない吐息を漏らすヒビキに。


 さらなる試練が襲いかかる。


「う〜ん、なかなか寝つきませんねえ……あ、もしかしてご飯ですか? すぐに準備しますから、ちょっと待ってくださいね!」


「ぷぎいっ!?」


 ちょっと待つのはキミだ、などと叫ぶ間も無く。


 寝間から身を起こした少女は……ポウ、と。


 慣れた動作で指先から『光の球を放つ』ことで、宙に浮いたそれが、周囲をほのかに照らしたのだった。


(はあああああっ!?)


 目の前で起きた超常現象に、本日何度目になるかわからない混乱に見舞われるが、少女は答えてなどくれない。


 代わりに、さらなる難問を突きつける。


「はい、マンマですっ♡ ママのおっぱいですよ〜っ♡ たんと召し上がってくださいね〜っ♡」


 バブりの次は搾乳プレイ。


 怒涛の性癖連打(ラッシュ)に、ヒビキは目眩を覚えた。


(なのにしっかりと反応しちまうなんて……いったい、どうしちまったんだよ俺の身体あああ……っ!?)


 内心では咽び泣くものの。


 何故か身体は、意に反して、外気に晒された少女の突起へと近づいていく。


 文字通り、吸い寄せられて。


 吸い付いて。


「……んっ♡」


「……あむあむ」


 抗うことのできない母性に、今度こそヒビキは、屈してしまったのだった。


【作者の呟き】


 ママは合法ロリなので、規約には触れません。


 安心してくださいね〜(予防線)

  

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